第15話
Side紅。
魔女の愛した人。
終わりさえ許されない初恋。
私は可愛い息子をもう一度説得しようと茶希の部屋を訪れた。
「茶希?ちょっと話が…」
部屋のドアを開けると、勢いよく風が吹いてきた。
「茶希?」
部屋には誰もおらず、窓が開いていた。荷造りも途中のようだ。
「珍しいわね」
茶希はいわゆる神経質なタイプなので、物事を途中にするのをひどく嫌う。何かあったのだろうか。
「何がだ?」
「きゃあ!」
後ろから声をかけられ、すごくびっくりした。全く気配をかんじなかった。
「別に普通に声をかけただけだろうが」
「考え事をしていたからです。いきなり後ろから声がしたら、普通は驚きます」
シオンにぷぅっと膨れてみせた。シオンはゲラゲラ笑っていた。とりあえず茶希の部屋の窓を閉めようとして、綺麗な月が目に入った。
何故だろう。それはきっと、気まぐれだった。
「シオン」
「ん?」
「少し、散歩しない?月が綺麗よ」
「ああ、構わない」
それは、きっと気まぐれだった。だけど、大切なことだった。
シオンを連れて、私は森を歩いた。道は木々が教えてくれる。
実は私はかなりの方向音痴であり、私の精霊・翠との契約で木々の声を聴けるようにしている。森の中での迷子はヘタをすれば命がけだ。だが、木々の案内のおかげで、暗闇の中でも道に迷うことは無い森を抜け、目的地にたどり着く。
赤色が一面に広がる。鮮やかな、あか。悪夢のようにおぞましく、美しい。あの人が作った『紅』の花畑。
足が、震えたのには気付かないフリをした。ここは、私が好きだった人が殺された場所。私はこの場所が大好きだった。
私が、私を無くした場所。
今まで、あの日から来ることができなかった場所。
今は、大嫌いな場所。
「ここは…」
シオンは驚いた様子だった。
「綺麗でしょ」
私は極力平静を装い、笑ってみせた。綺麗だなんて少しも思えない。赤なんて、大嫌いだ。
「無理すんな」
くしゃっとシオンは私の頭を優しく撫でた。ズルいと思った。シオンは、優しい。
「どうしてそんなに私に優しくするの。私にそんな資格、無いのに。私は、人殺しなのに」
優しくされると泣きたくなる。シオンは優しくて、私に甘い。
「そんなん俺様がしたいからに決まってるだろ。大体、それを言うなら俺だって戦場に出てた事がある。俺だって人殺しだ。それで?紅は俺を嫌うか?人殺しだと。それとも、仲間だと安心するか?」
「私はシオンよりずっと沢山の人を…」
「数なんざ関係無い。人殺しは人殺しだ。一生消えない」
「そうね」
私は同意した。数は問題ではない。
罪は消えない。消えることはない。たとえ、500年が経ったとしても、忘れてはいけない。
忘れることなど出来ない。
「けどな?」
「きゃあ!?」
グッとシオンは私を抱き上げた。小さな子供に高い高いをするみたいに。シオンが下に見える。
「お前は気にしすぎだ。忘れちゃいけないだろうが、戦場にいる以上は、覚悟の上だ。殺さなきゃ、殺される。恨むのは筋違いだ。死なせたくなきゃ、戦争を止めるか、行かせなきゃいい」
「でも」
「お前は頑固だよな。年くってるからか知らねーけど、それで子供を心配させてどーすんだよ」
「え?」
びっくりした。誰の事だろうか。
「…もしかして、気づいてなかったのか?」
「子供って、茶希?」
「ああ。後は彩国国王とか、白亜とか、朱花と朱里もだな。国王なんか俺にアンタを頼むとか頭を下げたぜ」
「なっ!?」
なんでそんな事をするのだろうか。私は別に辛い事も無いのに。何か心配されるような事をしただろうか。
「紅。お前、無理してるだろ。今も。いつからか、わかんねーけど。本当は、ここに来るの、辛いんだろ?無理すんな。俺は、紫苑がここで死んだ事を知ってる」
もう何も考えられず、ただひたすらシオンにしがみつき、声が出なくなるまで泣いた。
色々疑問はあったけど、全てを吹き飛ばす程の強烈な感情に支配された。
それは『悲しみ』
紫苑の死を、私は受け入れる事が出来ず、紫苑が死んだ瞬間に、私の心は砕け散った。
私は紫苑が好きだった。心が砕けた今はもう、それがどんな感情だったか解らない。
私の初恋は想いを告げる事さえ出来ず、消化不良のままだ。
私の初恋は、終わることすら許されない。




