表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/42

閑話

知らない表情。


『強い人』

 紅の息子、茶希はイライラしていた。それというのも、シオンが来てから。あまりの殺気に研究所の職員もびびっていた。


「なぁ、大丈夫か?」


 何故人は、大丈夫じゃないときにこう聞くのだろう。声をかけた比較的年若い職員はわりと茶希と仲がよく、世間話もする。


「大丈夫?誰が?僕か?」


 オーラが黒い。身の危険を感じた年若い職員は追求を諦め、仕事に戻った。


 茶希はイライラしていた。理由は簡単。嫉妬である。


 大切な母。

 大事に思うただ1人。


 そのどちらも離れてしまったような気になった。仕事のために一時離れたが、紅を見つめていたシオンが気になった。母にまたちょっかいを出すかもしれない。そう考えたら、いてもたってもいられず、


「僕、気分悪いので早退します!」


 茶希は研究所を飛び出した。葬儀の場にまだ居るかもしれない。必死に茶希は走り、見た。


 そこに、まだ2人はいた。


 紅が、泣いていた。


 茶希は、紅が泣くところなど見たことが無かった。外見は小さくとも、紅は茶希の『母』だった。とても強い人だと思っていた。


「かあさん?」


 目の前の光景が、信じられない。あれは本当に紅だろうか。茶希は初めて、紅がただの子供の様に見えた。


 そして、恥ずかしくなった。


 完全に強い人間なんて、居はしない。それを考えもしなかった自分が、茶希は恥ずかしかった。

 母の気持ちを考えたことなんて無かった。


 茶希は、走り出した。何も考えたく無かった。ただ、逃げ出したかった。頭が真っ白になるまで走って、何かに足を取られて転んだ。


「あ、痛…い。」


 つまづいた何かが動いた…というか、茶希は昼寝していた朱里につまづいたらしい。


 いつの間にか、葬儀の場から森を抜け、草原の広がる広場に出ていた。ここはたまに、兵士達の訓練の場になっている。


「…悪い」


 最悪だ。今日は、最悪な日だ。茶希は泣きたくなった。


「あら?どうしましたの?」


 さらに、朱花まで来た。この場にはいないが、兵士が訓練してたのかもしれない。丁度茶希は聞きたいことがあった。


「…朱花は、母さんが泣いたとこ、見たことあるか?」


「ありますわ」


「いつ!?」


 茶希の様子に驚いた朱花。マイペースに、朱里が答えた。


「針で、おれと、大ばあちゃん…と、朱花と、シオン様…で」


「またアイツか…」


 茶希はガリガリ頭を掻いた。


「また?」


「シオンだよ…なんなんだ!アイツは!」


 怒りに任せ、木を殴り付けた。木の葉がいくつか舞い散る。

 朱里が、茶希をぺしっとはたいた。


「八つ当たり…ダメ」


『ね、茶希。いつかはこの木も、精霊になるかも知れない。このこが、茶希のせいで人を恨んだら嫌でしょう。怒りをぶつけてはダメ。茶希は強い子だから、ちゃんと自分の怒りを飲み込んで、一番いい方法を探せるよね?』


 いつか、余所者で、身寄りもないから苛められた時の言葉が蘇る。

 茶希は今と同じように苛立ちを木にぶつけ、紅にいさめられた。


 手を、さしのべてくれた。


 家族という居場所をくれた。


 寒い夜は、一緒に寝てくれた。


 優しい言葉を数えきれないぐらいもらって、いつしか、寂しく思うことはなくなった。ここが茶希の居場所なのだと疑わなくなった。

 ここに居ていいのだと、思えるようになった。


 茶希は思う。


 自分は貰うだけで、何か少しでも返せただろうか。


 あの、優しいひとに。


 気が付いたら、涙が溢れていた。


「!?」


 朱里は驚いてた。強く叩いたつもりはないのに、茶希が泣き出したからだ。実際に本気で殴り付けたとしても茶希は泣かないだろうが、朱里は知るよしもない。


「なぁ、僕、母さんに貰うだけで、何か返せたかな」


「茶希?」


「悔しいんだ。ずっと、近くにいたのに、苦しんでいることすら気付かないで!もっと、沢山泣きたいことはあったはずなのに!!」


 茶希は泣き叫んでいた。悔しい。今頃気付くなんて。


「…でも、大お祖母様は、茶希に気付いて欲しく無かったかもしれませんわ」


「え?」


「大お祖母様は、茶希を大事にしていました。私も、解る気がします。自分を必要としてくれる相手。大お祖母様にとっても、茶希は居場所だったのだと思いますわ。茶希を守ることで、自分の居場所を作ったのかも」


 紅=ランフォードは、ここ、彩においてあらゆる意味で特別だ。


 崇拝する者

 化物扱いする者

 憧れる者

 邪魔だと思う者


 純粋に母として慕ってくれる。人間として、紅をみる者は意外に少ない。


 紅にとっても、茶希は特別なのだと、朱花は思った。


「それ…に、これから、支えたら…いい」


「私達もいますわよ」


 2人は笑ってみせた。茶希の涙は止まっていた。遅いかもしれないけど、これから出来ることはあるはずだ。後悔するより、今出来ることを。すればいい。


 支えられるだけの、自分になる。今度は絶対に、気付いてみせる。守られるだけでなく、守りたい。

 どれだけ頑張っても、母さんがくれた物には適わないけど。そう、茶希は思った。


 茶希はまっすぐに2人を見据え、笑った。


「ありがとう」


 2人も初めて見るぐらい、晴れやかな笑みだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ