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第1話

Side紅。


魔女と家族。

魔女で母で大ばあちゃん。


 懐かしい、夢をみた。


『ねぇ、私たち、ずっとずーっと友だちよね』


 美しい花畑で、花のように幸せそうに笑う、私の友人だった人。

 ゆるいウェーブの青銀の髪。紫水晶を思わせる、深い紫の瞳。


 彼女はもう、どこにもいない


 感傷的な気分を振り払い、部屋のカーテンを開ける。

 朝日が眩しい。今日もいい天気だ。

 これから、また1日が始まる。


 私の名前は(クレナイ)=ランフォード。 今年で512歳。

 この国で最も高齢で『炎の魔女』と呼ばれている。

 現在はこの彩国の姫である、白亜姫の教育係をしている。

 12歳のあの日、私の運命は変わった。

 私の身体は12歳で時が止まっている。それから500年を生きた。

 どこからかおいしそうな匂いがする。そういえば、お腹すいたかも。


 服を着替え、自分の部屋を出ると、階段を降りて一階へ。

 この国の民家は大体大木のうろを利用しているため、円筒状になってる。我が家も然り。


 一階のキッチンでは、私の息子が朝食を作っていた。

…匂いからして、パンと、チーズオムレツと、ヨーグルトサラダかしら。


「もう少しでできるから。待ってて、母さん」


 私の気配に気付いて、息子が声をかける。茶色の髪と瞳。視力が悪く、眼鏡をかけた青年。フライパンでオムレツを焼きつつ、ちらりとこちらを見た。


「ありがとう」


 返事をして、コーヒーを人数分いれる。コーヒーをすすりつつ、息子が料理する姿を見つめた。

 ずいぶん料理上手な子になったものだ。


…あれから、20年。

 息子と言っても、血は繋がっていない。私の身体では、恐らく子供は作れない。

 20年前、戦争で孤児となったこの子を引き取った。もう25歳になる。子供扱いすると怒るが、可愛いのだから仕方ない。


『茶色の髪と瞳だから茶希(サキ)


 名前もわからなかったこの子に、私が名をつけた。

 血は繋がっていなくとも、大切な家族だ。


「ぼーっとしてないで、お皿並べてよ」


 茶希の声で、現実に引き戻される。少し心配そうな表情。


「わぁ、おいしそう」


 心配させないよう、笑顔で言われた通りにお皿をセッティングしていく。

 我が息子ながら、良い子に育ったものだ。


 ふと、もう1人の息子同然の同居人が居ないことに気付く。


朱里(シュリ)は?」


「多分、まだ寝てるんじゃない?あ、いいよ、母さん。僕が起こす」


 時計はまだ7時。とはいえ、そろそろ起きた方がいいだろう。やはり起こしに行こうかと考えていると、話題の主が下りてきて…


 ごす。


…壁にぶつかった。

………………………。

 流れる沈黙。何事もなかったかのように、テーブルにつく朱里。


「…おはよう、大ばあちゃん、茶希」


 朱里はいつものんびりした口調で喋る。先程、壁にぶつけたおデコが赤い。


「おはよう、朱里。痛くないの?」


「……痛い」


 まぁ、痛いよね。すっかり寝ぼけちゃって。

 茶希はいつの間にか席を立ち、布を濡らして持ってきていた。朱里に差し出す。


「当てとけ。赤くなってる」


「…ありがとう。…冷たい」


 変わらない毎日。2人が来てから、いつもこんな調子。

 朱里は私の妹の子孫だ。他にも何人かいるのだが、職場から近いので、この子だけ同居している。

 私と同じ銀の髪と、青い瞳。髪は短く切り揃え、背がかなり高い。穏やかな顔立ちで、いつも眠たそうにしている…実際眠いのかもしれない。城の近衛をしており、かなり筋肉質だ。

 私のことは、いつも大ばあちゃんとよんでいる。


 この国は、精霊と共に生きている。喩えではなく、現実に。

 彼らは、人間に求めている。それは何なのかは解らないが、相性のようなものだと考えている。

 精霊と契約した者を、契約者(リンカー)と呼ぶ。契約者は体のどこかに刻印を持っている。


 私はけやきの精霊と火の精霊の契約者で、胸にバラのような紅い刻印と、左手首に蔦が絡み付いたような刻印。

 朱里は風の精霊と契約しており、左の鎖骨に羽のような刻印。

 茶希は地の精霊と契約しており、左手の甲に灰色の石のような刻印。


 この国の民全てが契約者という訳ではないが、他国と比べると明らかに多い。

 契約者は特性を活かした職に就くことが多い。

 例えば、炎と風の属性の契約者は砂漠を渡って行商をしたり、水属性なら、高速船を動かしたり。

 朱里はこれでも警備隊長。茶希は鉱物専門の学者をしている。


 そんなことを考えていたら、もう仕事に行かなければならない時間。

 片付けを済ませ、慌ただしく外へ。

 家のドアを開けると、懐かしい面影。咄嗟に『雪白(ユキシロ)』と告げかけて、口をつぐむ。


 違う。


 この子は白亜(ハクア)。この国の、姫だ。

「ごきげんよう」

 ゆるいウェーブの、青銀の髪が揺れる。生気に満ちた、紫水晶の瞳。左肩に、魚の鱗のような刻印。彼女は水の精霊の契約者。

 涼やかな声で挨拶すると、ふわりとオレンジのスカートを持ち上げ、礼をとった。


 洗練された、優雅な仕草。


 白亜は、お日様みたいに人の心を暖かくする柔らかい笑顔を私たちに向けた。


 びす!


「ごきげんよう、じゃないでしょう!」


 後ろにいた茶希が、私の頭上から白亜に向けチョップをかましていた。


「痛ーい!暴力反対ですわ!!同じ女性に育てられたのに、どうして茶希はこんなに乱暴なのでしょう!!」


「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ、姫様。この間、キレて研究所の壁壊したのは誰だ」


 おほほほほ、あはははは、と笑い合う2人。

…狭い。私を間に挟んだまま、笑い続けている。


「…とぉ」


 ガクッと茶希がよろける。どうやら後ろの朱里がひざかっくんをやったようだ。


「何すんだ!朱里!!」


 当然怒る、茶希。朱里はこういうことは滅多にしないので珍しい。


「時間、ない…から」


 一斉に時計を見る。


 遅刻だ!!!!!!


「もっと早く言えよ!」


 茶希の叫びと共に、全員全力疾走する。


 小さいぶん、足が短く(泣)、私が遅れてしまう。とはいえ、頑張ればなんとか間に合うだろう。 朱里が私に気づき、茶希に先に行くよう促す。茶希は研究所だから、私達より勤め先が遠い。

 私達の勤め先である城は、見えているのだが、崖を迂回しなければならない。

 私のほうに戻ってきた朱里は、何故か白亜を荷物みたいに抱えていた。私も片手で抱き上げられ、


「…黄砂(キサ)…大ばあちゃん、急ぐ、よ」


 朱里が風の精霊・黄砂を喚び、風を纏う。

 明るい金髪がなびく。砂漠の風の精霊らしく、砂の海を思わせる、琥珀の瞳。背中の大きな羽根が朱里の呼びかけに応え、羽ばたく。


「任せとけ!」


 朱里は黄砂の返事にうなずくと、私と白亜を抱えたまま、飛んだ。

…というか、崖から飛び降りた。


「きゃあぁぁぁぁ!!」


「ヒャッホォ!!」


…流石の白亜も叫んでいる。泣きそうだ。対して、黄砂は楽しそうだ。琥珀の瞳が煌めいている。

 いつも私より後に出るのに先についてるのはこのためか。妙に私は落ち着いていた。

 自分より白亜がびっくりして大騒ぎしているからかもしれない。

 強い風が衝撃を緩和し、城の中庭に着地した。


 手元の懐中時計を見る。時間は十分間に合いそうだ。


「ありがとう、朱里」


 抱えられたまま、頭を撫でると、嬉しそうな表情。幼い頃と同じ、あどけない顔。


「もう、下ろしてくださいまし!」


 足をばたつかせる白亜を降ろすと


「行って、きます」


 朱里は兵舎のほうに駆け出して行った。朱里の姿が見えなくなってから、話をきりだした。


「…それで、どうしたの?白亜。用があって来たのでしょう?」


 よく白亜は城を抜け出すが、街をうろつくか、茶希の研究所に遊びに行く。私達の家に、朝から来るなどあり得ない。


「そうなんですの!!酷いんですのよ、お父様!!!」


…興奮した様子の白亜。この後、だいぶ父への不満、愚痴を交え、かなり長かったので、要約するとこんな感じ。


『針の国の王が求婚してきたので、嫁に行け。本人の意思も聞かず勝手に決めた』


 私は極上の笑顔で微笑み、


「白亜、王には私からも聞いてみるわ。貴方は私の娘同然ですもの」


 で・も。授業は通常通りに行った。

それはそれだもの。



 彩の謁見室は、石造りで、この500年、少しずつ修復しながらも、変わりがない。

…毎日見てるからわからないだけかもしれないが。


 赤い絨毯の先には玉座。美しく金糸銀糸で縫いとられ、部屋全体は青が基調となっている。日の光がさす昼間は、晴れた日の水底の様に美しい。

 そんな謁見室は、現在かなりの緊張に包まれていた。


「…どういう事か、私に解るように説明していただけます?」


 私はにっこり微笑みながら国王・白夜(ビャクヤ)に向かい合う。

 王は蛇に睨まれたカエルのようにダラダラ脂汗を流している。白亜と同じ青銀の髪。瞳は青い。彼は直系の王族ではなく、婿養子だった。しかし、王として国のために尽力している。私は、そんな王におもいきり笑顔で重圧をかけていた。

 見かねて文官の1人が叫んだ。


 見かねて文官の1人が叫んだ。


「国政に、貴女のような教育係風情が意見するなど、もってのほかだ!」


 叫んだのは、まだ年若い文官だ。他の文官達、特に上の者達が一斉に青ざめる。王も然り。

 私に意見する勇気は認めるが、引き下がるつもりなど全くない。

 私だって国政に干渉すべきでないことぐらい、解っている。しかし、娘同然の白亜の未来がかかっているなら、話は別だ。

 白亜は母を早くに亡くし、本当に娘のように私が育てた。

 白亜が幸せになる為なら、何だってしてみせる。

 私はまだ年若い文官を冷たく見据えると、思いっきり殺気を飛ばしつつ言った。


「お黙りなさい、坊や」


 ひっ、と小さく悲鳴をあげ、年若い文官は青ざめ、黙りこんだ。

 余談だが、この時更に体感温度が10度は下がったと、王は涙目で語った。


「答えなさい、白夜」


「し、仕方ないのだ!従わねば森に火を放つと!!」


 もはや、やけくそ気味で叫ぶ国王。私はため息をついた。


「それで?要求を飲んでも、相手がつけあがるだけではないの?」


 ぐ、と言葉に詰まる白夜。


「ねぇ、可愛い娘を不幸にするつもりなんてないわよね。私のお願い、聞いてくださるかしら、陛下?」


 青い瞳に諦めが見えた。

 もう、私に逆らうことなど誰もできなかった。




 深い、深い森の中。

 私達は、国境付近に来ていた。

 彩は北側に森林地帯。

 西側は海。

 南は広大な砂漠。

 東は山岳地帯となっている。

 ちなみに城は中心部ではなく、西側にある。

 彩国の北側には、針。北東に、鋼。

他にも国はあるが、

 彩、針、鋼が最もこの辺りで強い勢力である。


 何故、国境付近にいるかというと、白亜を后にしようという、王を見に来たのだ。表向きは、親善・文化交流という名目で。

 勿論、息子(茶希)は反対したが、結局折れた。なんだかんだいって、茶希と白亜が恋仲なのは皆知っている。まだ恋人同士ではないようだが。


「もう少しで、森を抜けますわね」


 風に肩で切り揃えた銀髪が揺れる。私の隣には、理知的な雰囲気の女性。朱里そっくりの顔つきだが、纏う空気は全く違う。聡明な光を宿す瞳は、私と同じサファイアの青。

 彼女は、朱花(シュカ)。朱里の双子の姉であり…


「異常ないぞぉっ!?」


 今現在、戻ってくるなり朱花に抱き締められて頬擦りされている、風の精霊・夕海(ユウミ)の契約者で、ついでに2人は結婚していたりする。

 夕海は少年のような姿で、背中と耳に白い羽を持ち、海を思わせる青色の髪とエメラルドの瞳をしている。朱花より小柄で、今現在かなり絞められている。


「いやーん、ダーリン、ありがとうですわ。かっわいいー!!」


 朱花は出会いからして、このテンションだったらしい。平常時と全く違うため、引く人も多い。


「あの、大ばあちゃん、助けない?夕海」


 後ろから、朱里が来ていた。

…あ、なんか夕海オチそう。骨もミシミシいってるし、確かにヤバいかも。


「ハニー、オレが死ぬからヤメテ。後、かわいいも、ヤだ」


 さすがにいつも一緒なだけあり、自力で身体をずらして朱花に訴える、夕海。朱花も絞めすぎたのに気付いたらしく、抱き締める手を弛め、夕海に謝っている。

 気をとりなおして、また森の中を進んでいく。


「あぁ、見えてきましたわ」


 朱花の言葉に、目を向ける。急激に視界が開けた。

 まるで、墓石のような巨大な建造物の群れ。冷たい卵の殻のような物に包まれている。


「これが、針の国」


 私の呟きは、風に溶けた。

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