第11話
Sideシオン。
精霊・水都は過去を抱く。
青銀の姫の、悲しい約束。
俺は城で、彩の高官と会談をすませ、城のテラスで休憩していた。
「シオン様」
白亜姫が俺に声をかけた。彼女はいつになく緊張した様子だった。
「白亜姫?」
何かあったかと声をかけようとするより先に、白亜姫が口を開いた。
「来ていただきたい所があります。ついてきてください」
例の件のことだろうか。素直についていくことにした。地下室を通り、隠し部屋をいくつも通り抜ける。もはや人の気配はなく、カビ臭い空気が流れている。俺にこんな道を知られていいのだろうか。
ふいに通路が開けた。今までの人工的な通路でなく、自然にできた、地底湖。
いや、潮の匂いがするから、海と繋がっているのだろう。
白亜姫は、海水に触れると、名を呼んだ。
「水都」
水が、意思を持ったかの様に集まり、美しい半人半魚の生き物になった。
「紹介します。私の精霊・水都ですわ」
「はじめまして…あら。あらあら。本当に、そっくり…翠ちゃん達からも聞いていましたけれど…貴方がシオン様ですね?」
「ああ」
とりあえず、俺は返事をした。
「こんな所まで来ていただいて、すいません。でもここ、一応、王家の聖域ですの」
「は?」
白亜は軽い口調だが、そんな所に連れてきてよかったのだろうか。
「大丈夫なのか?」
「ダメに決まってるでしょう。でも、内緒話に最適で、水都が一番力を使えるのが、ここだったの。バレなきゃ平気」
「なんか、口調違うな」
「いつも敬語は疲れるもの。必要ない時ぐらい、いいでしょう。あと、私は姫と呼ばれるのも好きじゃない」
「了解、白亜」
「よくできました」
白亜は、楽しげに笑った。心なしか、水都も楽しそうだった。
「うふふ、白亜ちゃん、シオン様、いいひとね」
楽しそうに、水都は白亜に語りかけた。
「うん、それに、シオン様の夢の話は、過去の実際と符合してる。それに、私、シオン様が本当のお兄様みたいに感じるの。会ったばかりなのに、懐かしい」
「うん、前も言ったけど、私も賛成よ。白亜ちゃん」
すっと、水都が俺に手を伸ばした。白亜が説明してくれた。
「王子・紫苑は、この国では禁忌とされています。水都は、特殊な精霊で、王家の姫に代々継がれています。彼女は、水を媒介に過去を他者に見せる事ができます」
「つまり…」
「百聞は一見にしかず」
「いいのか?」
「バレなきゃ平気」
ある意味男前な発言に苦笑する。白亜はなかなか面白い。
「では、始めましょう」
その声に誘われるように、俺の意識は、堕ちていった。
深い、水底を漂うような、不思議な感覚で、俺は、堕ちていく。柔らかな、光を感じ…
「お兄様」
不思議な感覚だった。繰り返し見続けた夢と同じでありながら、視点が違う。
俺は『雪白』の視点であの花畑と、紅、紫苑、もう1人の少女を見ていた。
もう1人の少女は『朱蓮』紅にそっくりで、どこか、朱里に似ている娘だった。
雪白の心が流れてくる。彼女は紅を大切な親友と思っていた。紅が、大好きなお兄様のお嫁さんになったらいいなと思っていた。
彼女は、幸せだった。
心から、穏やかな笑顔をたたえた、白い花のような娘だった。
俺は、彼女の幸せが壊れるであろう日を知っていた。無理なのは解っていても、過去を変えたいと、初めて思っていた。
俺はもう、これが夢でなく、現実だったことを知っている。
紫苑が、雪白が、朱蓮が、本当に生きていた人間だったことを知っている。
そして、雪白の願いが叶わないことも…知っていた。
あの幸せな日々が穏やかに流れ過ぎて行く…
そして美しい彩が、炎に包まれる日が来た。
走る、走る、走る。
暗い森の中を、ひたすら走り続けた。さっきの落雷でまた火事になったのか、空気が熱い。木々の枝で、腕が傷ついたが、構わない。
雪白の靴は、森を走るには向かない。何度も転びかけ、何度も転び、傷だらけになりながらも雪白は走り続けた。
確信が、あった。
「お兄様…」
あれは、紫苑の精霊の能力。
「お兄様…」
他者を傷つける能力を、兄は嫌っていた。
「お兄様」
それを、使わねばならない事態が起きたということ。
「お兄様!」
最悪の事態への不安から、耐えきれず、雪白は叫んでいた。
「お兄様ー!!」
そして、辿り着いた場所で、雪白が目にしたものは――――
あかい、あかい、花畑。兄が品種改良して作った『紅』の花の中に、2人はいた。
それは、ゾッとするほど美しく、おぞましい光景だった。
あかい、炎に照らされて、
あかい花畑の中で、
あかく染まった紅が、
あかく染まった兄を抱いていた。
あかい、あかい、血溜まりの中に、2人がいることに気づき、雪白は叫んだ。
「嫌ぁぁぁぁぁぁ!」
雪白は、2人に駆け寄る。兄の身体は、もう、生命の熱をおびてはいなかった。
冷たい。
あかい血が流れて、雪白もあかく染まる。
「にいさま?にいさま!」
必死で兄を呼ぶ。
解っている。解ってはいるのだ。もう、命の炎はここにないことぐらい。それでも叫ばずにはいられない。感情が、ついていかない。
失いたくないから。
認めたくないから。
大切な兄が、死んだなんて。
「目を開けて!起きてよ!!にいさま!にいさまぁぁ!!」
声は悲鳴のよう。もう、殆ど泣き声になっていた。
初めて、紅がこちらを見た。いや、こちらを向いているのに、雪白も、何も映してはいない、空虚な瞳だった。
「…紅?」
振り向きもせず、紅はふらふらした足どりで、山岳地帯にむかい、歩いて行った。雪白は、動けなかった。兄にすがるように、兄を抱きしめたまま、動けなかった。
兄を置いてはいけないと思ったから。
紅の背中は、雪白まで拒絶しているように感じたから。
それが、最期になるなんて、思っていなかったから。
急速に、視界が真っ暗になった。俺の目の前に、仄かに光る水都が現れた。
「…これが、私が知る限りの、王子・紫苑です」
わかったのは、やはり紫苑は何者かに殺されたのだということだけ。
「まだ、解らないことがある。俺は、紅を知りたい。教えてくれ、この先を。何故、紫苑が禁忌の王子になったのかを」
水都は俺から視線を逸らし、上を見つめた。何かを呟き、俺に向き直った。
「白亜ちゃんも賛成みたいなので、良いでしょう。お見せします。私に500年も約束を守らせる、私の主の記憶を」
水都の言葉と共に、意識は沈んでいった。
「私も、貴方に知って欲しい。貴方は、私の主の願いを叶えてくれるかもしれないから」
沈みゆく意識の中で、どこか切なげな水都の声を聞いた気がした。
雪白が目を覚ますと、自室の天井が見えた。
嘘だったらいい。
悪い夢だったらいい。
あの花畑で、お兄様も紅も笑っていてくれたらいい。
今までの自分はなんて幸せで、なんて愚かだったのだろう。続くと思っていた。あの毎日が、終わることなどないと信じていたのだ。そんな確証など、どこにも無かったのに。
…覚えている。
兄の、冷たい感触。
流れる血の匂い。
あの場に転がっていた、ヒトだったモノ。
ヒトの焦げた匂い。
燃え盛る、森の熱さ。
…忘れられない。
雪白の中に、強く焼き付いて離れない、あのあかい光景。
恐らく、兄は咄嗟に雷を落としたが、間に合わなかったのだろう。剣で一突き。多分、苦しまずに逝けたはずだ。
頭では、理解していた。しかし、感情が、ついていかない。
悲しい、苦しい、寂しい、怖い、寒い、暗い…
もはや自分が今何を感じているのかすら、わからない。どうしても、兄の死を信じたくなくて、雪白はこっそり部屋を抜け出した。
傷だらけの体は痛むけど、じっとしていることなんてできなかった。
城を抜け出し、森の中を走って、花畑に辿り着いた。あかい、『紅』の花は相変わらず美しい。
しかし、花畑はあの夜の爪痕をくっきりと残していた。
兄の血の跡。
雷による、クレーター。
美しい花畑に残る、確かな証拠に、雪白は泣きたくなった。
まだ、どこかで、夢だったのではないかと思っていたから。
「雪白?」
ふいに自分の名を呼ばれ、雪白は振り向いた。
「朱蓮」
そこには、紅の双子の妹・朱蓮がいた。心なしか、やつれている気がする。
どうしたの、と雪白が声をかける前に、朱蓮は言った。
「姉様を、見なかった!?」
泣き出しそうな朱蓮の言葉にどきりとした。朱蓮から詳しく話を聞いたところ、紅はあの夜から行方不明になっているということだった。
あの日の事を、朱蓮に話した。
そして、2人で山岳地帯を必死で探し、雪白は妙な事に気が付いた。
彩の火山には、最強の火の精霊がいる。
彼のテリトリーに入るだけで、気配がわかる程なのに、それがない。
まさか。
雪白は、走り出した。
そこは、彩の聖域のひとつ。
炎の祭壇と呼ばれ、王族であっても、みだりに入ることは出来ない場所。
火山の火口に近く、常に暑い祭壇は、変わりないが、やはりこの場の主の気配がない。
雪白はそこで、きらきらするものに気が付いた。
それは、とても見覚えのあるものだった。
長い、銀髪。
自分と違い、真っ直ぐで、さらさらで、綺麗ねと誉めると喜んでくれた。
ばっさりと切り落とされたであろう、その髪は、紅がここを訪れた証拠としては十分だった。
それから、2人は紅を探したが、見つからない。日が暮れてきたために、また明日改めて探すことにした。
城は異様に静かで、沈んだ雰囲気だった。城の召し使いが雪白に気づき、明日、紫苑の葬儀を行う事を告げた。
城の地下、遺体が安置された氷室に雪白は忍び込み、もう一度、兄を見つめた。
もう、笑いかけてくれない、冷たい兄。
たくさん、思い出す。
この国を、兄は愛していた。
いい王様になろうと、たくさん勉強していた。
雪白に優しく、先に進んでも、雪白が追いつくまで待ってくれていた。
たくさん、もらった物がある。
雪白が大人になったら、少しずつ返して行きたい、その先があることを疑ってもいなかった。
もう、明日になったら、姿を見ることすら叶わない。
兄を目に焼きつけておこうと思ったのに、涙が溢れて、できなかった。もう二度と、兄が笑いかけることは無いという事実が、どうしようもなく雪白を打ちのめした。
冷たい氷室で、たった1人。雪白は泣き続けた。
王子・紫苑の葬儀は、静かに行われた。紅は、兄の葬儀にも現れる事はなかった。
葬儀が終了してから、雪白は朱蓮や、手の空いた大人にも頼み、ひたすらに紅を探した。何日も何日も探したが、ついに見つかることはなかった。
わかったのは、紅の失踪と同時期に消えた精霊達がいること。
紅の精霊で森のオジジ様と呼ばれた、彩・最古の精霊。
最強の火の精霊。
兄の精霊・雷歌。オジジ様の孫にあたる精霊。
彩の中でも、力ある精霊達の失踪に、民も精霊も不安を感じていた。
それから1週間が経った。紅はまったく見つからない。しかし彩に、妙な事が起こるようになった。
敵対していた国から使者が訪れ、次々に友好条約を結ばせて欲しいと言ってきたのだ。
最初は彩の国王も警戒していたが、敵対国の内情を探らせ、驚愕した。友好条約を申し出た敵対国は、軍備のみがほぼ壊滅状態にあり、しかもそれは1人の少女の仕業だと言う。
炎を纏い、兵士と兵器全てを焼き尽くした少女。単身城に乗り込み、王に恐怖を植え付けた。
その少女は、炎の魔女と呼ばれ、その名だけで、近隣の敵対国を震えあがらせた。
精霊を使える国は、彩のみ。敵対国の王たちは、少女が彩の軍事兵器だと思ったのだ。
何故だろう。
雪白は、その少女が紅だと思った。消えた精霊、祭壇に残された髪。状況証拠のみだったが、きっと紅に違いないと思った。
「父様、きっと、炎の魔女は紅だわ!お願いします、紅を探しに行かせて!」
しかし、雪白の願いは叶わなかった。紫苑亡き今、彩を継げるのは雪白のみである。
「お父様!お願い!お願い、だから…」
紅に、会わせて。
悲痛なまでの雪白の叫びは、ついに叶えられる事はなかった。
それから、1ヶ月が経った。敵対国は殆どが友好条約を結び、残すのは、鋼のみとなった。
鋼は国力が強く、前回の侵攻で民も精霊も傷ついた彩では、太刀打ちしようがなかった。
鋼から、使者が来た。用件は、簡単。『王女・雪白を妻にしたいと、鋼国王からの求婚』
断れば、戦争は免れない。受ければ、裏から彩は鋼に操られることになる。
雪白はこの国唯一の後継者だったから。
雪白は、覚悟を決めた。兄に代わって、彩を護ろうと思った。自分だって、この国が好きだから。
いつ紅が戻ってきてもいいように、護り続けたいと願った。
相手が誰でも敗けはしない。
しかし、鋼は求婚を撤回した。炎の魔女が、鋼の国王と結婚したという。彩との、友好条約を結ぶことを条件に。
雪白は、炎の魔女に手紙を書いた。兄の死から疎遠になっていた朱蓮にも書いてもらった。雪白は、炎の魔女が紅だと確信していたから。
返事はきた。ほんの1ヶ月だけど懐かしい親友の筆跡で、ひとこと。
『いきている』
雪白は、最後にみた紅を思い出した。兄の死により、紅は辛いままなのかもしれないと、雪白は何度も何度も手紙を書いた。
たとえ、返事がひとことでも、ほんの少しでいいから、紅の慰めになるように。
それから、雪白は恋をして、結婚し、子供を産んだ。
手紙は、習慣になっていた。朱蓮も結婚していたが、一緒に手紙をだし続けていた。
兄が死んでから、50年が経った。
王位は息子に譲り、雪白は病に侵され、死にかけていた。
兄を失い、親友は離れ、悲しかったけれど、人を愛し、大切な子供が生まれ、雪白は幸せだった。
心残りは、ひとつだけ。
『あいたい』
初めて雪白は、手紙にずっと書けなかった願いを書いた。雪白は、紅が心配だった。彼女がまだ、あの日のまま、さまよってはいないか。彼女はちゃんと、幸せになれたのか。
死の淵に立たされ、思うのは、紅のこと。
それは、雪白の、最初で最後の我が侭だった。
「雪白様、面会を希望している者がいるのですが…」
病気の為雪白が自室で寝ていると、古参の文官が言いにくそうに告げた。
「私が寝たままでも、先方が構わないとおっしゃるなら、お通しして」
「はい」
しばらくすると、文官は1人の少女を連れてきた。少女は鋼の民族衣装を纏い、どこか虚ろな瞳で雪白を見つめた。
記憶が、50年前に遡る。
あの、あかいあかい場所。
異なるのは、少女の髪と、洋服のみ。
「紅、なの?」
涙が、溢れる。
雪白の心には、嵐が吹き荒れていた。
再会の、喜び。
彼女がまったく年をとっていなかったことへの、驚愕。
これまで、どんな暮らしをしていたかという、不安。
彼女に手紙を送ることしかしなかった自分への、怒り。
彼女が兄の死に、囚われ続けていることへの、悲しみ。
そして、もう自分に時間が残されておらず、紅を置いて逝くという事実への、絶望。
まるで小さな子供に戻ったように、雪白は泣き出し、紅にしがみついた。
「紅、紅、紅…」
「…雪白は、変わらないね」
泣き止まない雪白を不器用になで、いびつな笑みを紅は浮かべた。
「ゴホッ」
「雪白様!」
雪白が血を吐いた。いよいよ時間は残されていないことを雪白は悟った。雪白の血に怯えているのか、紅は顔面蒼白になっている。
「大丈夫よ」
苦しかったけれど、紅に笑いかけた。
「私は大丈夫だから、朱蓮にも会ってあげて」
紅はうなずくと、雪白の部屋から出ていった。
雪白は紅が出ていくのを見届けると、部屋に残っていた文官に、自分の孫を連れてくるよう頼んだ。
残された時間は、あとわずか。
誰もいなくなった室内で、雪白はもう1人の親友を喚んだ。
「水都」
机の水さしが揺れ、水を媒介に半人半魚の水の精霊・水都が現れた。その瞳は、憂いに満ちていた。
「雪白ちゃん、逝くのね?」
「まだ、死ねない。死にたくない」
あんな紅を残して置いて行くなど出来ない。でも、もう時間がない。
「水都、貴方の契約条件は『約束』よね?」
「ええ、そうよ」
水都は首をかしげつつ返答する。
「私と、最期に約束して欲しいの」
雪白は、水都によりかかる。体は既に支えるだけで精一杯。
「紅が、あの頃の様に笑えるまで、私の孫達の精霊になって、私の記憶を伝えて。私が出来ることなら、なんでもするから…お願い、だから…」
無理は承知の上での、身勝手な願いだと解っている。しかしもう時間もなく、他に方法も思いつかない。祈るような気持ちで、水都を見つめる。
「いいわ。そのかわり、誰の精霊になるかは、自分で選んでいいかしら」
「ありがとう」
そして、雪白の孫・白妙が走ってきた。
「おばあさま!」
雪白は最期の力を振り絞り、水都に寄りかからず、自分の孫娘の方を向いた。
「白妙、おばあさまのお願いを聞いてくれるかしら」
「はい」
白妙は、雪白の孫の中でも、心優しい娘だった。まだ幼いが、頭もいい。雪白の必死な想いを感じたのか、雪白の吐いた血を見ても、何も言わなかった。
「貴方に、水都の契約者になって欲しいの。そして、私の願いを叶えて。何年かかっても、いいから」
雪白は泣いていた。白妙は雪白の涙に驚いた様子だったが、ははっきり答えた。
「わかりました。だからなかないで、おばあさま」
「ありがとう」
そして、世界は闇に包まれた。
俺は、真っ暗な世界で泣いていた。きっと、誰も悪くはないのだ。
言ってやりたい。もう、雪白は何処にもいない人だとわかっていても。
お前が悪い訳じゃないんだと。
そんなに泣かなくて、いいんだと。
どうか、苦しまないでくれと。
始まってしまった戦争と、巻き込まれた少女達。
紅の言葉が蘇る。
『相手を滅ぼすまで、戦うのですか?戦いは何も産み出さないのに。互いが傷つくだけなのに』
あれは過去に基づく、彼女の言葉。
復讐したことを後悔している、
炎の魔女の言葉。
一度全てを焼き尽くした、炎の魔女の言葉。
仄かに、光を感じ、顔を上げると水都がいた。
「優しいのね。泣いてくれるの?雪白ちゃんのために」
「俺が泣いても、雪白は救われないだろ。涙なんか無意味だ」
俺は、乱暴に涙を拭った。
「届くかもしれないわよ」
水都は柔らかく微笑んだ。
「泣くより、俺は俺に出来ることをする。戦争なんか、起こしてたまるか。二度と、繰り返さない」
もう、紅にあんな思いはさせない。もう、誰も泣かせない。そのために、ここに来た。白亜と結婚せずとも、彩との同盟が結べれば十分に戦争の抑止力となる。
水都は語る。
その後の青銀の姫達の物語を。
「皆、いい子たちだったわ。だけど、誰も雪白ちゃんの望みを叶えてあげられなくて、自分の子供や孫達に望みを託したの。紫苑ちゃんが隠されたのは、誰にも紅ちゃんを傷つけさせないため」
復讐の事実を隠すため。だが、それより大切な事がある。
「そんなことはねーだろ」
水都は驚いた表情をした。俺は逆にそんな表情をされた事が意外だった。
「白妙や、他の姫とか、朱蓮の子供達が時間かけて頑張ってたから、今の紅がいるんだろ?あんな目はしてない。今の紅は、ちゃんと世界を見ている」
水都の目から涙溢れた。
「うん」
泣きながらも、水都は嬉しそうだった。
「雪白の記憶を見せてくれて、礼を言う。アンタに『約束』するよ。もう誰にもあんな思いはさせねーから」
「うん」
水都が今度こそ、幸せそうに微笑んだ。同時に、眩しい光に包まれた。
「おかえりなさい」
目を開くと、そこは薄暗い洞窟だった。目の前には、青銀の髪。自分と同じ髪の色。
「白亜?」
もう一度、辺りを見回す。水都は上にいた。まるで、長い夢を見ていた様に感じた。白亜も水都に気づき、声をかけた。
「何か良いことでもあったの?」
「うふふ、うん。あったの。白亜ちゃん、ありがとう、私に相談してくれて」
「良いこと、後で教えてくれる?」
ふわり、と水都は白亜を抱きしめた。
「もちろん」
仲の良い2人を見て、微笑ましい気持ちになった。
「さて、じゃあ後でゆっくり聞くとして、シオン様、見つかったらマズイので、こっそりでましょ」
「了解」
幸い、誰にも見つからずに済んだ。別れ際、俺は白亜に声をかけた。
「白亜」
「はい?」
「ありがとう」
白亜は目を丸くしたが、すぐに笑顔になった。雪白とは全然違う。見る者の心まで明るくする、太陽みたいな笑顔。
「どういたしまして。貸し1ですわ。利子つけて返してくださいましね」
その言葉に、互いに笑いあった。
「利子、考えておく」
俺は、白亜と別れ、王宮の長い廊下を通り、窓の外を見つめる。もう二度と、この国をあかに染めない。
必ず、止めてみせると俺は心に誓った。




