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5.

 二次会では、あたしはトモダさんと話す機会をねらっていた。トモダさんは、皆にあいそをふりまき、てきばきと注文をまとめて、いつも誰かとにこやかに話ししていた。

「ね、なになに? クロダさんが言ってたよ。なにか、あたしに聞きたいことがあるの?」

 トモダさんの方からあたしのことを見つけてくれて、何かくったくなく聞いてきたので、あたしはちょっぴり恥ずかしくなってしまった。

「あたしに何か聞きたいことがあるって?」

 とクロダさんがまた言った。

「え、うん。あの、ササキミユって子…」

「ああ、ミユちゃんね」

「知ってるの?」

「知ってるって、名前は知ってるよ。もちろん」

「途中で転校したの?」

「そうそう。転校したのよ」

「どうして?」

「さあ、どうしてかとか、そんなことは知らない」

「そうだよね」

 あたしはなんで美結のことにこんなにこだわっているのだろうか。自分でもさっぱりわからなかった。わかるとしたらそれは、ただ「シミ」のように心の中に残っているから。そうとしか言いようがなかった。

「でもね、あたし、見たのよ。ミユちゃんみたいな人を」

 とそこまで聞いて、あたしはさっきのカミハラの話を思い出した。

「え、渋谷で?」

「え? 渋谷?」

「違うの?」

「違うよ。シーワールドだよ」

「シーワールド?」

「うん。二年前かな? 家族とね、行ったのよ。イルカのショーがあるの」

「うんうん」

「そこでさ、イルカの世話している人。ミユちゃんみたいだったよ」

「そんなことわかったの?」

「うーん、たぶん、違う。だってその人、二十歳くらいで、すごく若かったから」

 いったいトモダさんたら何が言いたいのか? あたしは見当もつかなかった。

「なんかね、ずっとミユちゃんのことなんかちっとも思い出したことがなかったのにさ。その時、その人を見て急に思い出したのよ。ミユちゃんのことを」

「へええ」

「で思ったんだ…、イルカとかと一緒に生活できる、そういう感じの子だったなって」

「そうかな?」

「そうだよ。たぶん。人と話しするより、動物とか魚とかと話が通じるような、そんな不思議な子だった」

「そう?」

 と言いながら、あたしは美結が描いていた不思議な花の絵を思い出していた。

「きっと違う世界を見ているのよ」

 とトモダさんがポツリと言って、もう一言ポツリと続けた。

「たぶん、あたしがそう思いたいの」

 あたしはただトモダさんのことを見つめてしまって、返事に困っていた。そのあたしの背中を叩いて、トモダさんが言った。

「あたしだって、いろいろさ、できずに残してきたことあるよ。わかってるんだ」

 まだ話を続けようとするトモダさんに、ミシマが声をかけてきた。

「ねえねえ、トモチン、ちょっと来て来て」

「待って」

 とトモダさんはミシマの方に行ってしまった。


 それだけだった。結局、あたしは今の美結のことを知ることはできなかった。でも、一つ言えることは、カミハラの話に出てきた人が見結だと思いたくはなかった。できれば、イルカの世話をしていて欲しかった。

 そんなこと思って何になる? わからない。

 むかしむかしの思い出の中にある、一点のシミ。それが美結だ。そのシミはなぜあたしの心の中に残っているのだろうか? 美結のような子がそのまま踏みつけられているとしたら、あたしに何ができるのだろうか? 何もできない。

 それでもあたしは美結のことを時々思い出して、そのシミが洋服の一つの模様になったらいいな、と願っているんだ。たぶん。そこにポツンとあって、それでいいと思えるもの。そして、そのことで何かの思いを引っ張り出してくれるもの。


 あたしは、誰かとシーワールドへ行ってみたいと思った。そこで生き生きとイルカの世話をしている人を見てみたいと思った。それが何になるのか? わからないけれど、ただ見て、そういう人がいるんだということを知りたかった。


 クラス会の帰りに実家に寄った。

「あらあら、今日だったの?」

 と母が言った。クラス会のことだ。

「そうだよ」

「で、どう? だれかいい人と再会できた?」

「まさか」

 とあたしは笑い飛ばした。

「ね、お母さん、今度シーワールドへ行かない?」

「なに? 急に…」

「べつに…、旅行」

「ふうん、いいけど…」

 母を誘ってしまってから、何か急にシラけた気分になったけれど、それでも、あたしは実行してみようか、と頭のどこかで思っていた。日にちさえ決めてしまえばいい。

 母はなんだかつまらないバラエティー番組を見ていて、ハハハと声を上げて笑った。

 あたしは、この人に大事にされていたんだ。たぶん。小さい時は。

 それは思い出とは違う。しっかりと残っている感覚なんだな、とはっきりとそう思えた。


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