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3.

 実家に小学校のクラス会の葉書が届いた。

 皆、四十歳になる。なので集まりましょう、とか、そういう内容だった。母から電話がかかってきて、休日に葉書を取りに行くと、

「あなた、まだ結婚していないから、ここにこの葉書が届いたのね」

 と母が言いながら私にその葉書を差し出した。

 ちょうど美結のことを思い出していた時だったので、私の心は動いた。

「どうせ行かないんでしょ?」

 と決めつけるように言った母の言葉に反発したのかもしれない。私はとっさに

「行くよ。行ってみたい」

 と答えた。

「へえ」

 という言葉の後ろに、何か母の私に対する侮蔑のような思いがあるような気がして、私はそれを振り払うように首を振った。

「なに?」

 と母が聞いた。

「お母さんだったらどうするの? こういう時、行く?」

「そりゃ、あたしは行くわよ。昔の友達と会うのはいつも楽しいもの」

「だったら、あたしだって同じだよ。昔の友達と会ってみたい」

 と言いながら、自分の言葉にシラけていた。

「そうね、刺激になるかもね。あなただって、これから自分の人生を自分で責任持って生きていくんだものね。良い機会ね。独り者の同級生に出会って、新しいおつきあいが始まるかもしれないしね」

 少しムッとしながらも、私はその葉書をバッグにしまい、母の目の前で出席のメールを幹事に送った。

「時代は変わったわね」

 と母が言った。

 そのクラス会は6年生の集まりのようだったから、美結が来るはずはなかった。美結はその前に学校からいなくなったのだ。でも、何か美結に会いたくて、私は出席を決めたのだ。


 クラス会の日、私は誰彼かまわず、話ができる相手には同じ質問をしまくった。

「ねえ、太田川の近くに、ボロ小屋があったの覚えている? あそこに美結という女の子がいたよね?」

 と。

 私はその日会った誰にも興味を持っておらず、自分のつまらない日々のことなんか話す気もなく、ただ、美結のことだけが知りたかった。


「ああ、知ってる」と頭頂部の薄くなってきたキダとう男子が言った。

「なんかさ、あそこに、アオキのオヤジがさ、出入りしててさ…。アオキって知ってる?」

「知らない」

「けっこう、大きい家でさ…、オヤジは役人かなんかだったんだよ…」

「へえ…? 出入りして、何してたの?」

 私が問い詰めると、キダは目をそらし、

「さあ、役所の仕事だろ? 良くは知らない」

 と言い、つまらなそうに他の友達と話しに行ってしまった。


「知ってるよ。いじめられてたよね。細くて、でもおかっぱでかわいかった子だったよね」

 とミシマという女子が言った。

「あたし、なんか川の辺りで摘んだような変な花みたいなしおれたものをもらったのよ。あの子から」

 とミシマが続けた。

「なんで?」

「知らない。でも、気持ち悪いし、捨てた。で、それからずっとシカトしてた」

「へえ」

「ああいう子って、どうするんだろうね、あの後」

「あの後?」

「学校を卒業した後だよ。働くのだって、大変だよねきっと」

「そうかな」

「ま。それ以上のことわからないけどね」


 何人かの人の記憶の中に、何かしら小さいシミを残している? と私は感じた。私と同じように。


「知ってる。アオキ君ちが大変になったの」

 さっきキダが言っていた、アオキだ。アオキって誰だ?

「あたし、アオキ君のすぐ近くの家だったのよ。あたしの実家はまだそこにあるけどさ、アオキ君ちは、引っ越ししちゃった」

「へえ」

「あの、ササキさんのお母さんがさ、なんか問題作っていた人だよ」

 と説明してくれたのは、クロダという女子だった。私は初めて、美結の名字がササキだということを知った。

「つまり、商売的な…、してたのよ。あそこで」

「あの小屋?」

「そう」

「お母さんって見たことある?]

「ない」

「そうなのよね、いつもササキさんがいろいろ買い物とかしてさ、お母さんって外に出ることなかった感じだよね」

「そうだった?」

「そうだよ。だからすごく印象に残っている。ササキさんがお母さんと歩いていたの」

「へえ」

「ササキさんは小さくて、目がくりくりっとしてかわいい子だったけどさ、お母さんは背がひょろひょろ~って高くて、なんか消え入りそうな、お化けみたいな人だったよ」

「お化けって…、ひどい言い方ね」

「ハハハ。だってさ、まっすぐ先を見ていないような不思議な感じだったんだよ。足が地についていないというのか、ふわふわ~って漂ってる感じ」

「病気だったのかな?」

「ま、病気って言えば、病気なんじゃない? だって…」

 と続けて言おうといながら、クロダさんはふいに言葉を切った。


 私はなぜ、美結を美結としか覚えていないのか不思議に思った。そして唐突に思い出した。

「ミユね、本当は○○さんの子なんだ」

 という風に、自分の名前を言っていたことを。

 その○○さんの、○○の部分は思い出せない。

「ミユね、いなければいい子だったの」

 その寂しい美結という存在が、何か私の心のくぼみのような所にひっかかり、そのままずっとぶら下がっている。時間が積もっても、その陰に埋もれることもなく、時間の流れに運ばれることもなく。

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