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 ――渓谷に変異あり。


 その報を受けたオーレリアン殿下は思案げに顎へ手をやり、グレン君を透かし見ながら、やはりな、と呟いた。

 どんな罠を仕掛けて待ち構えているッスかね、と、グレン君は斜に構えて肩を竦め。

 ……二人とも。格好を付けているけれど。コデルロスさんに叱られないようにこっそりと匂わせて、自説の討論関連のやり取りだって私達にはバレバレだからね?


 出立の直前、オーレリアン殿下は私の両手をはっしと握り、真正面から私の目を見据え、静かに尋ねてきた。


「我々は少人数で無数の魔物を相手取り、魔帝を討ち取らなくてはならない。

恐らく、ギリギリの戦いになる事だろう。サーヤ殿にも、とても大変な戦いを強いると思う。

それでも……どうか、サーヤ。この命をあなたに預ける。私を信じて、あなたの命も私に与えてくれないか。私と共に最後まで戦って欲しい」

「はい」


 何だろうね。殿下本人には、そんなつもり全っ然無いんだろうけど。

 なんかもう、真剣な目でそんな事を言われたら、まるで私、オーレリアン殿下からプロポーズされた気分になったんだけど?

 どうも熱血漢なところがあるけれど、この人はきっと、普段から無意識のうちに同性を口説きまくっているんだ。単に言われた方も、口説き文句だとは欠片も認識していないだけで。


 いいよ、もう。

 この世界に降り立ったオカマ勇者は、王太子様のプロポーズもどきを胸に、この世界に平和をもたらすべくこの先一生涯、日夜せっせと戦う覚悟を完了させたよ。

 だって、私の心の中だけで伴侶だと認識している王太子様が、この世界の平和を願っているんだもん。伴侶なら、旦那様の夢を支えてやらないと。


 そうしたらきっと、可愛い奥さんを貰って、殿下に似たやんちゃな後継ぎなんかも儲けちゃったりしたオーレリアン殿下は、幸せそうに笑ってくれるのだろう。



 太守の館の客室、その寝台の上で少し息苦しげにしている意識の無いティエリちゃんに、絶対助けるからねと囁き天官お爺ちゃんに後を任せ。太守夫妻を始め、都市の人々に見送られ、私達は渓谷に向かって馬で出立した。

 私? 私はもちろん乗馬なんて高度な技術を持ち合わせていないので、オーレリアン殿下の後ろに乗っけて貰っている。振り落とされるのが怖くて、殿下の腰に腕を回してギュッとしがみついているが、殿下は馬を操り辛くないのだろうか?

 併走しているグレン君の鞍に長槍は括り付けて、槍持ちしてもらっているので私の方は楽は楽なのだが、馬の背って揺れるっ。


 総勢百名程の騎馬で街道を外れて道無き道を突き進み、草花も疎らな乾燥した地面が目立ち始めたところで、正面前方に黒い壁が土煙を巻き上げ立ちはだかる様子が遠目に映る。

 ……いや……あれは。


「ふん、来たか!」


 前で馬を操るオーレリアン殿下が、高揚を滲ませスラリとレイピアを引き抜く。


「総員、全速前進!

立ち止まるな! 駆け抜けて蹴散らせ! 我らの狙いは魔帝のみ!」


 揺れる馬上では舌を噛みそうになるので決して声は上げられないが、オーレリアン殿下の命令に私は内心、ええっ!? と、悲鳴を上げていた。

 罠とか仕掛けられていたらどーするんだ? という私の不安を打ち消すように、討伐隊の面々は鬨の声を上げて馬を駆り、突進する。


 近付いてゆけば黒い壁のように見えたそれはやっぱり、色んな動物の姿をした魔物達で、ぶつかり合うも戦馬の蹄に蹴り飛ばされ、討伐隊は壁に穴を空けるように直進する。

 昨夜の夜襲では、防壁があったからマトモな戦闘になったけれど。遠目には壁のように立ちはだかる無数の魔物との交戦だなんて、まともに戦っていたら勝てるとは思えない。なので、ひたすら馬の勢いで怯ませ直進って事なんだろうけど。


 周囲でぶつかり合う物凄い音が響き渡る中、「おお、殿下に奇跡か!」とかいう感嘆が響き渡る。

 ヒュンッ! と、オーレリアン殿下がレイピアを振るうたび、魔物がキラキラと光り消えていく。強敵と見たのか、隊の先頭に躍り出たオーレリアン殿下の前に立つ魔物達が逃げ惑い、仲間同士でぶつかっては大混乱を引き起こしている。

 ……ええっと……


「我らには、かの方より祝福を受けし勇者殿の加護がある!

勝利は我らのものだ! 全隊、このまま突き進め!」


 魔物達が逃げてしまった事で、オーレリアン殿下の前にだけ局地的な空間が開き、オーレリアン殿下は馬を走らせたままレイピアを翳して味方を鼓舞し、騎士達からわあああっ! と、歓声が上がる。


 槍持ちとして併走していたグレン君は、この時のオーレリアン殿下の様子について、後にこう語った。


「サーヤ殿には騎馬戦なんて難しいだろうし、オレの出番が無いのは良いことッスけど……

さては殿下、一撃でサクサク魔物が消え失せるハイパーな浄化の力を、自分でも体感してみたかったと見たッス」


 馬に二人乗りして私が後ろからオーレリアン殿下の腰にしがみつく事で、私の『戦う浄化』の力は、どうやらオーレリアン殿下を私の武器の一種と見做して浄化能力を発揮してくれちゃっている、らしい。そりゃあ素人で戦闘能力なんて無いに等しい私よりも、訓練を積んできたオーレリアン殿下が武器を奮った方が、遥かに効率的だけれども。


 ザッ! と、側面から飛びかかってきた魔物を横凪になぎ払い、愛馬を跳躍させ隙を突こうと別方面から飛びかかってきた魔物を馬の蹄が踏み潰す。

 乱戦に巻き込まれている私は、もういっぱいいっぱいだ。


「……見えた!」


 ドドドド……! と、馬の駆ける地響きを地平に打ち鳴らしながら突き進んでいった先に、地面が消え失せている箇所が見える。対面の崖は馬で全力で跳んでも越えられそうにないほど遠く、渓谷は幅広い。

 今の地点では谷底が窺えない為、その深さは全く測れない。だが、何やら底の方から黒い霧めいたものが立ち昇っており、威圧感さえ感じさせた。

 けれど、恐らくはあれこそが、ティエリちゃんの身を今も蝕んでいる魔帝の瘴気に違いない。


 地面に先を尖らせた柵付きのロープを伏せておいて、敵が近付いてきたら引っ張って突き刺すだとか、棘がびっしりついた網を潜ませておくだとか、落とし穴を掘っておくだとか。そういった罠を私は警戒していたのだけれど、よくよく考えてみればこの渓谷は広い。どの方面から進軍してくるのか、敵側からしてみればその時になってみないと分からない。

 まあ今回我々は、作戦が実行可能な地理的条件を満たす地点がここだったから、都市からの進路は真っ直ぐで脇目もふらずに直進特攻してきた訳だがっ。


 魔帝側も移動を繰り返しているのならば、仮の拠点周辺にトラップを仕掛けるにも限度があるのだろう。壁のように群れて立ちはだかる魔物達だけで、防衛線としては十分脅威だ。

 今回ははっちゃけた王子様が、搦め手も弄さず『全軍突撃ー!』をかまして下さり、よく調教された軍用馬の突進力で突き進んでいる。


「コデルロス!」

「応!」


 オーレリアン殿下の呼び声に応えたコデルロスさんは、でっかい槍をブン回して魔物達を蹴散らし、馬の腹を軽く蹴って速度を上げ、我々の傍らをすり抜けるとそのまま崖っぷち目指して駆け抜け……あわや、真っ逆さまかと思いきや直前で馬首を巡らせて方向を転換した。


「居たぞ! 魔帝だ!

山羊が駆け上ってくる!」


 コデルロスさんは崖下の谷底を示し、そのまま翻って滑落しないよう距離を取る。

 渓谷の中でも、何だってこんな防衛には向かない場所に、魔帝は潜んでいたんだろう? やはり、強い魔物を再生させやすい地だとか、そういうファクターがあるのだろうか。

 首を傾げる私の眼前で、崖下から何頭もの山羊型魔物が勢い良く飛び上がって姿を現す。コデルロスさんは山羊型魔物を打ち払って一匹を追い返すも、次から次へと山羊型魔物は崖っぷちを駆け上がってくる。それにしてもコデルロスさん、あちこち包帯だらけの身体とは思えぬ暴れっぷりだ……


 もしもこの渓谷が、起伏が大きく谷の裂け目の距離も短ければ。

 コデルロスさん達は谷の上で今のように魔物達を引き付けて陽動し、私と他に数名だけで谷底を隠れながら移動し、魔帝に近寄る事も可能だったかもしれない。

 けれど現実に討伐隊の人数は絶望的に少なく、魔帝が潜む谷底には無数の魔物が潜んでいる事が予想されており、どう戦力を割いたところで魔帝討伐完遂は不可能に近い。

 今こうして、山羊型魔物が山ほど飛び上がってきている事からしても、谷底の魔物はどれほどの数が居るのか……


 だが、谷底に澱んだ瘴気を凝らせ新たに生み出した魔物ならば、魔帝の浄化を完了させれば、ティエリちゃんに埋め込んだ瘴気が魔帝本体につられ消滅するように、彼らもまた浄化される可能性は十分にある。


「振り切るぞ! しっかり捕まっていろ、サーヤ!」


 縦横無尽に群れをなして押し寄せる山羊に対処するべく、オーレリアン殿下は腿でしっかりと馬の胴を挟み込み、ハイヤッ! と、まるで曲芸師のように愛馬を操り障害物を飛び越え蹴倒し……


「サーヤ!?」


 はい、ただ後ろに乗せて頂くだけとはいえど馬に初めて乗った私に、オーレリアン殿下と同等以上の、淑女も真っ青な超バランス感覚を期待されて、ロデオよろしく振り回されたが為に、分かりきった結果が訪れました。

 ……ありていに言えば落馬です。元の世界に居た頃、ロデオマシーンか何かで修業していれば良かった!


 ポーンと放り出されてどうっ、と地面に倒れ伏す私。『わらわ様』の貸し与えて下さった頑丈なお身体は、骨折もしないという健闘っぷり。中身が素人で申し訳ない。山羊の突進は根性の転がりで、すかさず回避させて頂きました。


「コデルロス、リュカ、我々はこのまま落ちる!

お前達はこのまま魔物共を引き付けて距離を取れ!」

「ハッ!」

「承知!」


 オーレリアン殿下はすぐさま馬首をとって返して私の傍らに華麗に着地し、部下に指示を下すと愛馬をリュカさんに任せて私の腕を取って立ち上がらせた。

 声を張り上げ、武器を振り回して魔物達の意識を自分達に向けさせ、引き付け追い立てたままリュカさんやコデルロスさんは隊の仲間と共に馬で駆け、私とオーレリアン殿下の周囲から魔物達が一時的に居なくなった。


「サーヤ殿!」


 グレン君がすれ違いざまに長槍を放ってきたが、私はわたわたして咄嗟に受け取れず、オーレリアン殿下がパシッと握った。ぶ、武器を投げるなんて危ないんだぞ!


 少しだけ、戦いの場が移動していったそこで、私とオーレリアン殿下は息を潜めて谷底を見下ろし様子を窺う。

 黒い霧を立ち昇らせている、大きな……あれ? 縮尺が大きいだけで、人間?

 谷底に座しているのは、煌びやかな刺繍で飾られたローブと高級そうな毛皮の裏打ちされた緋色のマントを羽織り、金銀に飾られた宝冠を被るざんばら髪の巨人……のように、私には見えた。


 すぐにそれは、違うと気が付いたけれど。服の下にあるべき腕が無い。首が無い。顔面が無い。身体を形作る部位が輪郭だけをなぞって、漆黒の瘴気が集合している。

 漆黒に塗り潰された巨大なのっぺらぼうが豪奢な服を着て、黒いカツラの上に宝冠を乗っけているような。唯一、瞳に相当する位置にのみ、赤く輝く光点。それが、魔帝の姿だった。


 魔帝は魔物達と討伐隊の戦闘に意識を向けているのか、あちらへは新たな山羊型を向かわせたけれど、私と殿下の方へ新たな魔物を放つ気配が無い。


「今度はゴロゴロと転がり落ちるなよ?

先ほどは心底肝を冷やした」

「善処します」

「サーヤが馬術を会得していれば、馬で駆けられたのだがな」


 殿下の言葉に、私はギュッと槍の柄を握り締める。逆落としとか、もっと難易度高そうな。

 大丈夫、直下じゃないし、傾斜は十分にある。

 魔帝の意識が、十全に、討伐隊の方へ、注がれてから。魔帝の放つ無音の威圧感が、少しだけ、ほんの少しだけ弱まり……


「……往くぞ!」

「わああああっ!」


 ざざざざ! と、斜面を滑り落ちてゆくオーレリアン殿下と並んで、私は再び槍を抱えた突撃兵と化して崖……ではない斜面っ、斜面を滑り落ちてゆく。

 この渓谷で最も傾斜が緩く、また高低差が少なく、岩がゴツゴツしていない地点……人間が何とか上から駆け下りて行ける場所の谷底に、魔帝が潜むタイミングを見計らって、私達はこうして討伐作戦を敢行したのだ。

 返す返すも、何故私の弓矢には浄化の力が乗らないんですか『わらわ様』っ! 弓矢で浄化が出来たら、こんな怖い思いをせずに済んだのにっ!


 特攻を察知した谷底に蠢いていた魔物達が、こちらを狙って移動してくるが、バランス感覚優良王子様は危なげなく谷底に着地するなり駆け出して、レイピアの一撃を見舞い、私の突撃進路を確保する。

 肝心のオカマ勇者様は着地が上手くいかなくて、たたらを踏んでから走り出すという遅参っぷりだが、許して欲しい。斜面を滑り落ちるというのは本当に恐ろしい体験だったのだ。


「やああああ!」


 ゆっくりと、魔帝は漆黒に揺らめく面をこちらに向ける。

 殿下が対処しきれなかった魔物達に噛み付かれ、切り裂かれるけれど、足を止めさせられる程でもない。ブンブンと槍を適当に振り回したら、勝手に当たって浄化されていく。

 私はただ、真っ直ぐに魔帝へと向かって槍を突き出し……ガンッ! と、黒い壁が現れて穂先が弾き飛ばされた。

 ……し、シールドだとぅっ!?


「サーヤ!」


 驚愕している間にも、谷底の魔物達が周囲へ集結しつつある。私の槍の先は魔帝に向けられ外す事は出来ず、齧り付かれるがままに配下の魔物達を放置せざるを得なかったが、傍らへ駆けつけたオーレリアン殿下がレイピアを的確にふるい、引き剥がしてくれた。

 魔帝がゆっくりと、手に当たる部分の黒塗りに瘴気を溜め込み始める。何? 今度は何? 衝撃波的な?


「天官の障壁とて万能ではないのだ! ましてや魔帝の張った障壁など、サーヤの前では恐れるに足りん!」


 オーレリアン殿下の声に、私はハッと思い出していた。

 そうだ。昨夜なんて、牛頭はティエリちゃんの張った守り石の障壁を超・力業! な、丸太の一撃でぶっ壊していたじゃないか!

 奴に出来て、私には出来ない道理は無いっ! だって、殿下が言ってるんだし!


「たああああっ!」


 私は槍の穂先が弾き飛ばされないように、全力で腰を据えて槍を押し込みにかかった。反発しあう磁石のような手応えに、足下がズズ……と滑っていきそうになる。


「助力するぞ!」


 オーレリアン殿下が、私の槍に手を添え押し込み始めた。

 魔帝のシールドの抵抗を押し返し、槍の穂先がググッとめり込み始める。


 その攻防は私にはとても長く感じたけれど、時間にしてみればほんの僅かな間に行われた事だったのだろう。

 弾き飛ばされそうな反発を押し返し、槍の穂先が魔帝の胸へ届く寸前、魔帝は手のひらに集めていた瘴気を霧散させた。


 ――解放。


「えっ?」


 誰かがそんな事を言ったような気がして、私が間抜けな声を漏らした途端、黒いシールドは砕け散り、全力で押し込んでいた槍は深々と魔帝へと刺さり……純白の眩い閃光が辺りに弾け飛んだ。


 ――逝ける。願い思い出す。逢える。かの方の下……


 あまりの眩しさに目がくらみながら、私は誰かのそんな声を聞いたような気がした。


 うん。ゆっくりお休み。かの方の御手で。



******


 で、まあ気が付いたら、またしても白い世界でフワフワっと、浮いていた訳ですわ。


「サーヤ、サーヤ、有り難う。感謝の念に絶えぬ!

最も大きな災厄が浄化された為、世界の歪みが正常化に向かいつつあり、そなたにまみえる機会を得られた。故に、こうして最後に感謝を伝えに参ったのじゃ」


 さっきまで最終戦だったのに、何でこうなったのかな? という疑問に答えてくれつつ、まー、やっぱり姿は見えない『わらわ様』が、喜色を滲ませ語りかけてきている、と。こちらも『わらわ様』との約束を果たせられて良かったです。

 そして『わらわ様』は、一転してやや沈んだ声で伝えてきた。


「わらわはそなたに、最も相応しい身体を貸し与えたつもりであったが……わらわの手落ちのせいで、サーヤには無用の不都合を与えてしもうた事、心苦しゅう思っておる」


 『わらわ様』……介入は出来ないと仰りながら、ちゃんと私を見守っていて下さったのですね。きっと、私は女なのに、何で男にしたんですかーっ!? という嘆きをキャッチして下さったのだ!


「まさか、わらわの世界で暗殺の危険を強いるなど……!」


 ……そっちですかーい。

 いや、確かに暗殺の危機は重大事だけどさ。むしろこう、別の意味ですんごーく困った事態に直面していてですね。


「むう、いかん。わらわとした事が、ついつい話し込んでしもうたの。

やはり本来の身体が一番であろうと、そなたの遺灰から新しい身体を準備しておいたぞえ。無論、ありったけの祝福を込めておいた。これで再び死病に冒される事はあるまい。

理の安定の為、わらわはこれで去るが……いつでも見守っておるぞ、サーヤよ」


 流石は『わらわ様』っ! 私の身体を新しく再生? してお返し下さるだなんて、なんて行き届いたお気遣い!

 さようなら『わらわ様』、いずれ再びお目にかかる日まで……


 私は感謝の念を込めて、『わらわ様』の気配が遠ざかってゆくのを見守っていた。



*******


 ふっと、心地良い微睡みから覚めた私は、見覚えの無い天井をしばらく眺めていた。

 どうやら私は、知らない部屋の寝台で寝かされていたらしい。掛け布団ではない、緩いくせにやけに身体に纏わりついて絡み付く謎の布地で身動きが取り辛いが、首を巡らせると……見覚えのある金髪頭が枕元に突っ伏していた。


「……オーレリアン殿下……」


 寝起きの掠れ声でも分かる。私の声が、つい先ほどまでの低い重低音ではない普通に慣れ親しんだ声に戻っていると!

 私は喜びのあまり飛び起き、そのまま寝ているオーレリアン殿下の肩を揺すって起こそうとした、のだが。


「のわっ!?」

「うわっ!?」


 やけに絡まる謎の布地のせいでバランスを崩し、寝ている殿下を突き飛ばして自分も一緒に寝台からずり落ちるような形で、オーレリアン殿下の上にのしかかってしまった。

 下敷きにしてしまった殿下は流石にその衝撃で目を覚ましたのか、グイッと私の手首を掴んで身を捻り、体勢を入れ替え私を床に抑えつけた。そして、驚愕に目を見開いて私を見下ろしてくる。あれだ。きっと、寝入ってるところに襲撃されたとか、咄嗟にそんな判断を下して即座に行動したに違いない。流石は王族だなあ。


 しかし、転んだのはいったい何が原因だ!? と、自分の身体を見下ろせば……えーと、ミイラ男の包帯ゆるゆる巻き版?のようなファッションになっていた。包帯の隙間から素肌が覗いている。


「殿下!?」


 室内の物音を聞きつけたのだろう。バタン! と、大きな音を立てて勢い良く扉が開け放たれた。

 私とオーレリアン殿下の眼差しが、反射的に出入り口に向かう。


「……殿下。この臣は、近々の殿下のご様子を見るにつけ、このままではいずれ殿下が衆道の道に堕ちてしまわれるのではないかと、心密かに危惧しておりましたが……」


 すわ、オーレリアン殿下の一大事!? と、扉の向こうで警備していて物音を聞き逃さず踏み込んできたらしきリュカさんは、ポケットから取り出したハンカチで、感に堪えず溢れた涙を目許で拭い、続いていつもの笑みを浮かべた。

 そんなリュカさんの背後には、口をポカンと空けているコデルロスさんやグレン君、元気になったらしきティエリちゃんの姿も見える。


「ティエリちゃん、元気になったんだね、良かった!

見ての通り、私も元の身体に戻ったよ!」


 転げ落ちて、オーレリアン殿下に押し倒されたまま私がティエリちゃんに呼び掛けると、あちこちから「え?」だの「は?」だのという声が。

 リュカさんだけは、うんうんと頷いて笑みを深める。


「杞憂に過ぎなかった様子で、わたしは大変、非常に、心より深く安堵致しました。

我々は下がります故、どうぞ殿下、ごゆるりとお励み下さいませ」

「んなぁっ!?

これはっ、違っ!?」


 実に穏やかに言い放たれて、ススス……と閉まりゆく扉と私を交互に見やり、口をパクパクさせていたオーレリアン殿下は何かを臣下に伝えようとしたのだが、リュカさんは主君の意を敢えて汲まずにパタムと扉を閉める。


「殿下はコデルロスさんをよくからかうけど、リュカさん相手だと殿下の方がからかわれるんだね」


 遠慮なく笑ってしまったら、包帯が余計絡まって苦しい。

 オーレリアン殿下はズザザッ! と、飛び跳ねて私から離れ、慌てて寝台の上の掛け布団を被せてきた。そしてキョロキョロと、焦ったように室内を見回す。


「わ、私はここで、唯一無二の心友にして戦友であるサーヤを看病していたのだっ!

そ、そなた、いったい何者だ!? そのようなふしだらな格好で忍び込んでくるなど……!」

「いや、包帯巻いたのはそっちだし」


 どうやら、リュカさんはすぐに事態を把握したようだけれど、オーレリアン殿下は全く理解していないらしい。


「殿下、殿下。私私。サーヤです」

「サーヤは私よりも背が高く、がっちりとした筋肉質の大柄な体躯をした男でっ……!」

「ですから、『偉大なるかの方』が、魔帝を倒したからって元の身体に戻してくれたんですってば。

ほら、男の天姫は下手に祭り上げられては暗殺の危険もある、って話だったでしょう? それを『偉大なるかの方』が憂いて、本来の身体の方が馴染み深いし安全だろうって戻して下さったんです」


 キッ! と眉尻を釣り上げて、仮初めの男の身体の容姿を説明してくるオーレリアン殿下の言葉を遮り畳み掛けると、オーレリアン殿下は絶句してしまった。

 理解が追い付かず、固まってしまっているオーレリアン殿下に、私は遠慮なくガバッと抱き付いた。


「私、オーレリアン殿下が世界で一番大好きです!

殿下は? 私の事、嫌いですか?」

「……!?」


 顔を真っ赤に染めて、声も出せずにいたオーレリアン殿下は、私が上目遣いで幾度も重ねて尋ねると、顔に手を当てて視線を思いっきり逸らしつつ、小さな声でポソポソと答えてくれた。


「私もサーヤが……好き、だ」


 私はにっこり笑って、殿下の頬にチュッと唇を押し当てた。



 『慈悲深く偉大なるかの方』に一番深く感謝しているのは、このまま目に優しくない無自覚バカップルのいちゃつきをずっと見守っていかなくてはならないのかと、遠い目をしながら部屋の外で警護をしていたリュカさんである。


 しかし、サーヤの性別が変わったら途端にヘタレになったオーレリアン。今後は、別の意味で目に優しくないバカップルのいちゃつきが警護中に展開されるのである。

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