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魔物の残党を追い払い、怪我人の手当てをし、壊された瓦礫を片付けたり補修をしたり……大慌ての間に、夜は明けた。
太守の館の脱出通路まで整備されている、非常時緊急避難用地下室に退避していた市民の皆さんも、順次戻ってきて手当てや片付けのお手伝いに奔走しているらしい。
あの牛頭にぶっ飛ばされたコデルロスさんは、身体中青あざだらけで手当てを受けてもまだ目を覚まさないし、変な黒い煙に燻されたティエリちゃんは苦しそうに意識を失ってしまうし……私は途方に暮れてしまった。
コデルロスさんもティエリちゃんも、太守の館の一室で手当てを受けて身体を休めているのだけれど、コデルロスさんはお医者様から「そのうち目を覚ます」と太鼓判を捺されたけれど、ティエリちゃんに関しては、熱がある訳でも大怪我を負った訳でもなくて、お医者様にも原因がよく分からないんだよね。あの煙が未知なる毒だったのだろうか?
新しい守り石を城壁の見張り塔に設置し終えた都市専任常駐天官のおじいちゃんは、激戦後の疲労した老体に鞭打って太守の館を訪れ、ティエリちゃんの様子を診察し、「むうっ!?」と唸った。
「老師、いかがなされたのですか?」
「これはいかん」
私と一緒にティエリちゃんの様子を見守っていたリュカさんが、心配そうに声を掛けた。今日の私の護衛役は、コデルロスさんが倒れて選別出来ないのでオーレリアン殿下がリュカさんをつけてくれた。
天官おじいちゃんは懐から取り出した小瓶から、寝ているティエリちゃんに塩を撒き、口惜しげに唇を戦慄かせる。お塩が撒かれたティエリちゃんは、少し楽になったのか苦しげな呼吸がやや落ち着いた。
「『災厄の牛頭』めは、ティエリ殿の身の奥深くに瘴気を埋め込んでいったようじゃ。このままでは、ティエリ殿は遠からず魔物に変じてしまうぞ」
「ええっ!?」
「それは……」
仰天して椅子を蹴倒し立ち上がる私の傍ら、立ったままのリュカさんは軽く首を捻った。
「サーヤ様に浄化して頂けば、問題無いのでは?」
「お、おおう」
リュカさん、穏やかな表情も変えずに冷静だね。ティエリちゃんが魔物に変身しちゃう、って聞いて頭の中がパニックを引き起こしかけていた私は、上手く返事も出来ずにどもってこくこくと頷いた。
意識を失っているティエリちゃんの手に手を添え、私は両目を閉じて祈った。瘴気消えろー、瘴気消えろー。
「……何の変化も無いのう」
祈っての浄化は一分ぐらい掛かります、とお伝えしていたのでしばらく様子を見守っていてくれたが。明らかに一分以上、どれだけ経過しても浄化される気配が無く、天官おじいちゃんが困ったように口を挟んだ。
「ど、どうして……?」
「考えられる可能性は、幾つかありますが……」
リュカさんは思案するように目を細める。
「一つ目、サーヤ様の浄化の能力は魔物相手にしか、実質的な効果をもたらさない。
二つ目、ティエリ殿の身体を蝕む瘴気に、直接触れなくては浄化が出来ない。
三つ目、サーヤ様は現在一時的もしくは恒久的に、浄化能力が無くなった」
「ど、どれであっても困るっ!」
一本ずつ指を立てて仮説を述べるリュカさんに、私は思わず頭を抱えそうになるが、天官おじいちゃんはもう一度小瓶から塩を振り撒いて、顎髭を撫でつけた。
「ティエリ殿を蝕む瘴気の持ち主が、『災厄の牛頭』めであったならば、今頃はサーヤ殿の浄化によって奴共々浄化されておるじゃろう。
何者かの瘴気の一部であるならば、本体を倒してしまえば良い」
「本体って……」
牛頭じゃない、とすると……?
「魔帝ですね。陛下のお力を披露する云々とのたまっておりました。
『災厄の牛頭』が『陛下』と崇める存在は、古の魔道帝国皇帝でしょう」
「あんな戦いの真っ最中で、よく牛頭の言葉なんて覚えていられましたね」
私が感心してリュカさんを見つめると、彼は穏やかな微笑を浮かべてこちらを見返してきた。
「根本的に頭の出来が違うのでしょうね」
「あ……そ、そうですか」
や、優しい声音でバカにされてしまったよ……うん、そりゃ私、自分でも頭が良いだなんて考えた事無かったけど。リュカさんは内心、バカな私に辟易しているのかも。でも、王族と対等な扱いが求められる天姫の私には、言いたい事があってもストレートには言えない、と。
「魔帝を討伐出来なければ……それこそ『当たり』が出るまでティエリ殿の身体を切り刻むか、お互い素っ裸になって全身包み込むようにティエリ殿を抱き締め、ひたすら浄化の祈りを続ければいずれは瘴気が失せるやもしれません」
「……リュカさん、怖いこと言わないで下さい」
「浄化の非常手段として、こういった方法もある、という提示です。わたしとて本意ではありません」
ちょっと眉を寄せ、悲しげに首を振る。リュカさんは職務上、非情な手段であっても必要ならこなさなくてはならない立場なんだな。うん、私に自覚しろって事だよね……
抱っこはまあ、人名救助の許容範囲として。切り刻むとか無理。絶対に無理。私に外科医の知識はない。
昨夜の夜襲で、都市の守備兵や傭兵さん達だけではなく、討伐隊の面々にも相当の被害が出たらしい。
今後の方策を練る会議の開始時間までまだ時間があるとの事で、私は突貫修復作業中の南街門を出て、戦場となった原っぱにやって来た。
怪我の手当てをする方法は、よく知らない。あちらの世界で学んでいれば良かったと思う。
朝靄のけぶる中に残されているのは、火矢で焦げくすぶる大地や折れた武器、倒れ伏す無数の魔物の遺骸……私は短剣を引き抜く。
私に確実に出来る事は、彼らを望まぬ彷徨から解き放ってやる事ぐらいだ。
淡々と、無言のまま魔物達を白い光と共に『わらわ様』の御手に委ねていると、昇る朝日と共にサァッ……と、淡い煌めきを纏った一陣の風が吹き抜けた。それはどこまでもどこまでも大地をくまなく駆け抜け、倒れ伏した魔物達を慰めるように包み込む。
「婆様の浄化の祈りですね」
淡い燐光に瞬いて、小さな魔物達に浄化の光が灯る。
婆様、婆様、私、ちゃんと浄化の力を発揮出来たよ。でもね、ティエリちゃんが……
婆様の力がなかなか及ばないらしい、大きな身体の魔物達に私は焦点を絞って、短剣を振るう。
「サーヤ様」
私の警護のため、ずっと付き添っていたリュカさんは、短剣を握る私の手を掴んで引き留めた。
「昨夜から動き続けてお疲れでしょう。そろそろお休み下さい」
「でも、まだ……」
都市の周囲に転がる魔物達の遺骸は、百や二百じゃきかない数だ。
「後の事は婆様や太守の私兵にお任せしましょう。
ずっと武器を握っていらしたから、握力が落ちているようですよ。そのままではサーヤ様がご自分の手を傷付けてしまいます」
「……あ」
短剣を取り上げられた手は、微かに痙攣していた。
「あなたが無理をして怪我を負えば、殿下が悔やみます」
多分リュカさんは、今頃後処理に奔走している殿下を手助けしたいんだろうなあ。私の警護なんかよりも。
促されて太守の館に追い立てられ、仮眠を取って下さいと、ペイッと一室に放り込まれた。
「……サーヤ殿、戻ったか」
短剣は鞘ごと取り上げられた上、さあさあと、リュカさんの有無を言わせない圧力に押されて押し込められた部屋。床に転げてしまった私に、室内に居た人物から声が掛けられた。
「殿下」
「私もつい先ほど使ったばかりだが、ぬるま湯で良ければ浴びた方が良いぞ?」
……そういや私、昨夜からお風呂はおろか着替えてすらいないや。あちこち煤やら泥やらで汚れている事に今更ながら気が付いて、私は顔が赤くなるのを感じた。
殿下が指差した浴室で残り湯を急いで使わせてもらい、リュカさんが運び込んできたという、新しい服に着替える。
「オーレリアン殿下も、休憩ですか?」
「ああ、粗方の指示は終えたし、ここは太守の守護する都市であって、私があまり出過ぎるのは好ましくない」
この館には、年配から年若い娘さんまで、たくさんの女中さんだって働いているのに、またしても髪の毛を濡らしたまま軽食をもぐもぐと頂いている殿下。
私は今朝もタオルを殿下の頭に被せ、丹念に洗い髪の水分を拭い取った。
「殿下、コデルロスさんは?」
「骨が折れてもいないし、頭をぶつけた形跡も無い。そのうち目を覚ますだろう」
「良かった……だけどティエリちゃんが……」
「リュカから報告は聞いた」
椅子に座って髪の毛を拭われるまま、野菜やお肉を挟んだパンを食べていたオーレリアン殿下は、背後に立つ私へ振り向いて非常に嫌そうに眉根を寄せて唇を尖らせた。
「ティエリとサーヤ殿に、一糸纏わぬ姿で抱き合わせる許可など出したら、目を覚ましたコデルロスに私が殺されかねんからな」
一番安全な方法な気がするんだけどなあ。
「丁度良いから魔帝を倒そう」
「ちょ、丁度良い?」
真顔で言い放った殿下は私の口にパンを突っ込み、うんうんと頷く。あぐっ、髪の毛まだ湿ってますよ殿下。
「魔帝は瘴気の溜まりやすい谷底や森の奥地などに身を潜め、神出鬼没と聞く。
常ならぬ浄化の形跡を察知し、『災厄の牛頭』がその日のうちに都市を襲った事からも、魔帝が近辺を根城にしている可能性は非常に大きい。
ならば、我々がそこを叩き、魔物の勢いを削ぐべきだ。そう思わないかサーヤ殿?」
返事を求められても、私はパンを咀嚼するので手一杯だ。
オーレリアン殿下は眼に炎を灯して語り続ける。
「ティエリを瘴気で蝕むなど、魔帝め、自ら進んで終末を早める愚を犯したものだ。なあそう思うだろう、サーヤ殿。
魔帝を浄化さえすれば、意識の無いティエリと抱き合う必要など無いからな。安心してくれ」
もぐもぐ、とパンを噛んで飲み込んだ私は、これはアレかな? と、ハタと思い当たった。
オーレリアン殿下は数年前まで、ティエリちゃんを将来の奥さんにすると思っていたのだ。結局ティエリちゃんは天姫ではないと判断されたから、次代の天姫の為に婚約者の座は空けておいたけれど。
この挙動を見る限り、実は殿下は今でもティエリちゃんに気持ちを残していて、『マッパ抱っこで治療になるかも!?』という、男性からしてみれば美味しい選択のある私にヤキモチをやいてるとか、そういう状況なんじゃない?
「私は最初から、魔帝を浄化する為にこの世界にやって来たんだから、否やはないよ」
「うむ。頼りにしているぞ、サーヤ殿」
自分でも不毛だって分かってるけど、モヤモヤするなあ。
殿下は気懸かりが解消されたかのように、爽やかに笑うけれど。私の心は晴れない。魔帝と戦うからというだけじゃなくて、オーレリアン殿下とどれぐらいの間、一緒にいられるかも考えさせられちゃったから。
殿下は私よりだいぶ年上で成人して久しい大人だし、次世代天姫は存在しないのだからそのうちどっかからお妃様でも迎えて……そうしたら私は?どれだけいるのかも分からない魔物と、ただひたすら戦い続けていくのかな。だって私はただのオカマじゃなくて、『勇者様』なんだから。
重傷者を除いた討伐隊の人々を集め、今後の方針会議を開くと、オーレリアン殿下は開口一番に「では、魔帝を倒しに行くか」などと言い放った。少しは作戦とか練って欲しい。殿下には見えてないかもしれないけど、背後のリュカさんが口元をひきつらせたのを、私はバッチリ目撃。
ツッコミ役のコデルロスさん不在の大きさを実感しつつ、私は会議の様子を見守っていた。
「魔帝が潜んでいる現在地は、どうやって探るんですか?」
「事前に太守に、近辺の瘴気溜まりについて尋ねてあるし、昨夜の夜襲時に潰走した魔物を追跡し、炙り出しを行っている。
『災厄の牛頭』を失った今、魔帝の守りは薄いはず。追撃の機会を逃せば、再び魔物を増やすべく魔帝が人里を襲う懸念も大いにある」
なに……オーレリアン殿下が、既に策を巡らせていた、だと……!?
討伐隊の隊長さんの問いに、自信満々に答えるオーレリアン殿下に、周囲からおおと声が漏れる。彼らもまた、昨夜の牛頭の来襲と反撃して浄化されたという結末に、攻勢に転じるべきだという声が上がった。
「そう言えば私、魔帝の根城って、漠然と古の魔道帝国のお城なんじゃないかって、そんな風に思っていたんですよ。
今、魔道帝国の跡地ってどうなっているんですかね?」
やっぱり、住み慣れた自分の城を支配したままなんじゃないのかな。ゲームの中の魔王の城みたいな場所に少数で特攻するんじゃ? と、そんな風に思っていたんだけど。谷だか、森とかに数十人で進軍かあ。
私はリュカさんに何気なく問い掛けただけなんだけれど、何故かリュカさんは意外そうな表情を浮かべて固まった。
「……サーヤ殿には、話していなかったか?」
「はい」
オーレリアン殿下が目を瞬いて話し掛けてくるので、コクリと頷くと、「あー」と、気まずげに言葉を繋いだ。
「フラーシスだ」
「はい?」
「だから、フラーシスの現在の王城が、かつての魔帝の城だ。
この都市とて、古の時代には魔道帝国の版図だったのだ」
んん? んんん?
私は一拍置いて、ポンと手を叩いた。
フラーシスの初代王は、天姫を娶る事で国家を開闢したと教わったし、牛頭や魔帝は天姫を非常に憎んでいる様子だった。
街道沿いにやたらと魔物が多いのも、この近辺がそもそもの発生源だったからで。フラーシスのお城がとても立派なのも、大帝国が遺したお城をそっくりそのまま貰い受けていたなら当然で? フラーシスの人が魔帝側の事情に詳しいのも、残っていた書物をあたったとかそういう……
人々の身を守る岩塩採掘の為に、魔道帝国の都確保は必須だったんだろうなあ。
魔帝の牙城に最後の戦いを挑む勇者とその仲間達……ファンタジーは幻想のままに消えた。
「な、なるほど。魔帝が潜んでいそうな候補地って、地図とかあるんですか?」
「うむ」
私の疑問を受け、オーレリアン殿下が顎をしゃくって目線を投げかけ、その意を受けたグレン君が中央の机に近辺の地図を広げた。都市を中心としたけっこう大きな地図で、地理が詳細に描かれている。太守さんから借りてきたのかな。
王都と繋がる街道だけでなく、東西南北に主要な街道が伸びていて、交易の重要都市である事が分かる。地図で見る限り海面は描かれていないので、フラーシスから海は遠く、ますます岩塩の重要度が高いという現状を悟る。
オーレリアン殿下は指揮棒よろしくレイピアを引き抜き、ペシッと中央の都市を示す。
「まず、我々の現在位置はここ、王都からほど近い交易都市」
高い防壁を築けなければ魔物に襲われてしまうので、領土の広さの割に人里が少ない。
オーレリアン殿下のレイピアの先端がツツ……と滑って、北へやや離れた距離にある森でぐるりと円を描いた。
「第一候補はここ」
更にレイピアが移動し、西にある渓谷を示す。
「第二候補はここだ。
どちらにも既に偵察は向かわせているが、私はこの谷が怪しいと睨んでいる」
「それはなにゆえに? 殿下のお考えをお聞かせ願いたい」
隊長さんの一人の問いに、殿下はレイピアを鞘に戻しつつ、うむ、と頷く。
「それはな……木々が密集し暗くジメジメした森の奥地よりも、乾いた大地と狭く密集し澱んだ瘴気を纏い、谷底の深淵から眼光鋭く睨み付けてくる方が、『らしい』からだ!」
「そッスかねぇ? オレはむしろ、樹齢ン百年ものの大木の狭間で瞑想でもしながら浮かんでる方が、『らしく』思えるッス」
「むう……?」
自信満々に胸を張って言い切るオーレリアン殿下に、難しげに両腕を組んで唸るグレン君。その情景に思うところがあったのか、殿下が何やら考え込む素振りを見せる。
君達はいったい、何を討論しているのかね……? 隊長さん達はポカーンとしているし、リュカさんは笑みを深めているぞ。
ああっ、コデルロスさん! あなたの存在の大きさが、よく分かります。
私の願いが通じたのか否か。その時、会議室の扉がバァン! と音を立てて開かれ、「オーレリアン!」と大声で名を呼ばわりながら、あちこちに包帯を巻いた痛々しい姿のコデルロスさんがズンズンと入室してくる。
「コデルロス! 気が付いたのか」
「オーレリアン、近衛の身でこのような進言をする俺を、側から外しても良い。
俺は魔帝を討伐する。たとえ俺一人ででも……一刻も早く、ティエリを救わなくては……」
パッと表情を明るくするオーレリアン殿下の前に立ち、コデルロスさんは力強く言い放った。殿下はうんうんと頷き、コデルロスさんの包帯が巻かれていない方の肩を叩く。
「安心しろ。様々な側面から、魔帝は今叩くべきだと私も考えている。お前一人を死地に向かわせたりはしない」
「オーレリアン……」
「今も丁度、魔帝が身を潜めていそうな候補地での戦術について、討論していたところだったのだ。
私は、牛頭の巨体さで森林の奥地へ踏み入れ痕跡が大きく残る事を厭い、魔帝は渓谷に身を潜めていると睨んでいるのだが……グレンは、移動は川沿いに行い、進軍がより難航し身を隠せる森林の奥地こそ怪しいと考えていてな」
「なるほど……どちらも頷けるものがあるな」
……あれ? そんな議論だったっけ? あの『らしい』云々討論は、オーレリアン殿下流に意訳するとそうなるの?
討伐隊の隊長さん達は引き続きポカーンとしているが、コデルロスさんは納得したように頷き、グレン君は真顔で腕を組んだまま地図を睨んでいる。リュカさんは口を挟まない。
「どちらにせよ、偵察の報告待ちだが……
やはり、谷ならば気が付かれぬうちに近付き上から岩を落としたいところだ」
「森だと馬も弓矢も平地のようには使えないッスから……何か良い策を練らないとヤバいッス」
……もしかしてこの二人、直前のアレをコデルロスさんに叱られるのが嫌で、それらしく取り繕ってる?
ふと、私は包帯ぐるぐる巻きのコデルロスさんを見て、ある事を思い出した。
「そう言えばコデルロスさん、あなたが牛頭に槍を突き刺していたお陰で、あいつを上手く浄化出来ました。ありがとうございます」
「……どういう事だ?」
私はコデルロスさんに、牛頭の浄化の際に起こった武器の継ぎ足し現象について説明した。するとオーレリアン殿下が「閃いたぞ!」と、会議室の机をバンっと叩く。
「サーヤ殿の腰に我々全員と繋がる縄を結び付け、そのまま戦えば、我々自身もサーヤ殿の武器の一種として浄化の力が発揮されるやもしれん!」
「おお……例え森でも討伐がサクサク進むッス! 画期的ッス!」
木々に縄が絡まり雁字搦めになるグレン君とオーレリアン殿下、ついでに巻き添え食った私の姿が私の脳裏に浮かんだ。
と、その時。めっちゃくちゃ優しい笑みを浮かべたリュカさんが、「オーレリアン殿下」と背後から穏やかに声を掛け、殿下がビクッと肩を震わせた。
「我々とサーヤ様は、等しく地面に足を着けておりますね?
ですが昨夜の戦いで、サーヤ様以外の誰も、直接的に武器を奮っても浄化の力は発揮されませんでした。即ちサーヤ様のお力が影響するのは、サーヤ様の意識が向かう先のみ、と考えられます。縄作戦はお考え直し下さい」
「う、うむ。言われてみれば確かに。実に残念だが」
こくこくと頷くその姿に、実はオーレリアン殿下ってコデルロスさんをからかうのは好きでも、リュカさんを怒らせるのは怖いのかなあ? などと、力関係が垣間見える思いだった。
ちょっと厳しく接してみたら簡単に追い詰められてしまったようだ。メンタルが弱すぎる。なので、労るのに殿下のところへ運んで、ついでにティエリ殿の状況と浄化方法の見解を述べました。
「サーヤ殿が、ティエリを、抱……!?」
しばし絶句した殿下が、「ダメだダメだダメだ!」と、腕を振り回します。
瘴気の持ち主を直接浄化する方法も……とお伝えすると、殿下は「ふっ、ふふふふ……」と、笑い出しました。全力で拳を突き上げる殿下。
「魔帝め、策士策に溺れおったな……! サーヤ殿の純真さ、決して誰にも穢させはせぬ!」
あ、コレもう完璧駄目なやつだ。
この調子では恐らく、コデルロスにも理性的な対応は期待は出来ませんね。愉快な暴走コンビの誕生です。