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 長槍は、まだ簡単な扱い方を習っただけに過ぎない。構えて、突く。最初の訓練として、その動作を繰り返した。

 槍の柄を握る私の手を上から包み込むように、オーレリアン殿下がその手を添える。


「大丈夫、サーヤ殿。あなたはただ、槍の先を魔物に当てる事だけを考えるんだ。あなたを狙う魔物共は、我々が全力で打ち払う」

「はい」


 そうだ、私はほんの僅かの掠り傷でも付けてやれば良い。仕留めるとか、かいくぐるとか、隙を狙うといった戦いの駆け引きをまだ知らなくても、穂先が当たりさえすれば魔物は浄化されていく。


「よし、っと。動き辛いところは無いッスか?」

「大丈夫。ありがとうグレン君」


 戦いに備えて身体の要所要所を守る革製の鎧を渡されたのだけれど、着用方法さえ分からなかったので、グレン君がテキパキと装着させてくれた。



 都市を囲む壁は、目算でおよそ高さ十メートル前後。厚みは、上部に武装した兵士が三人は余裕で並んで歩ける通路があるほど。等間隔に塔のように一部見晴らしの良い建物が引っ付いていて、そこの螺旋階段を上って、私達は街壁の上に出ていた。

 篝火がたくさん焚かれ、振り返れば街壁をぐるりと囲む火が夜闇を照らしている。街壁の外にも篝火が焚かれているのだが、いかんせん照明としては範囲が狭すぎて、月夜に闇が伏しているだけでよく分からない。


「ぜ、全然見えない……」

「うむ、大丈夫私もだ」


 私の呆然とした呟きに、オーレリアン殿下が同調するが、それは全く大丈夫ではない気がする。

 動物型にしろ爬虫類型にしろ、足音を立てないで移動出来る魔物は多いし……


「なあ、サーヤ殿。今日の午後、我々がこの都市に到着するまでの間、魔物が現れなかったのを覚えているか?」

「え? うん。きっと襲われると思っていたのに、拍子抜けした覚えがある」

「……恐らくは今宵の夜襲の為、近隣の魔物を召集していたのだろう」


 オーレリアン殿下は街壁外の闇を睨み付け、呟く。


「魔物は基本的に、かつての知恵や知識をほぼ失っている、と思われる行動を取る。だが、瘴気が色濃く澱み、格を上げた上位の魔物ほど知恵を巡らせていると思しき策略を仕掛けてくる。こういった、夜襲などもな。

だが……同種数百で攻め寄せてくるならばともかく、異種二千匹もの魔物を率いられるほどの格を持つ魔物など、私も聞いた事が無い」

「……それって……」


 私の脳裏に、ある存在が浮かび上がった。私が浄化する事を期待されている、魔物達を生み出した元凶……古の魔道帝国皇帝。


「オーレリアン殿下、総員、配置に付きました」

「火矢の準備を」


 伝令兵の報告に、オーレリアン殿下が指示を下す。それに従って、弓を構えた大勢の兵達が矢を篝火の火に近付ける。特殊な処理がされているのか、矢全体に燃え広がらずに先端部分にだけポッと火が燃え移る。

 警護役のコデルロスさん、グレン君も弓を携えており、リュカさんに渡された弓矢をオーレリアン殿下も篝火に翳し、火を灯す。

 私? 私に期待されているのは街壁這い上ってきた根性爬虫類を槍でチクチクする簡単なお仕事です。下手に火矢なんか撃たせたら、間違いなく味方に当たるって……ううっ。


「構え……」


 やることないので、お手本のように綺麗な姿勢で弓矢をつがえ、構えるオーレリアン殿下の横顔を眺める。見えない暗闇を彼だけは見通しているかのように、すうっと目を細め。

 きっと大丈夫。オーレリアン殿下がいれば大丈夫って、私の心が訴えている。怖いって気持ちが、溶けるように消え失せていく。いつの間に私、こんなにもこの人の事を信頼するようになっていたんだろう。


 ギリ……と、弦を引き絞る微かな音と、篝火にくべられている薪が爆ぜる音だけが、無音の静寂に世界を閉ざさず時が止まっていない事を私に伝えてくる。


「撃て!」


 オーレリアン殿下の力強い号令と共に、一斉に放たれた幾つもの火矢が闇夜を切り裂き、篝火の届かない暗がりに突き刺さり視界を開かせる。魔物の先鋒達に突き刺さり、燃え移る炎。仲間の被害をものともせず、一斉に駆け寄ってくる山ほどの影……

 オーレリアン殿下のよく響く声が、次なる矢を準備させて撃たせるが、減らせど減らせど押し寄せてくる魔物達の勢いは止まらない。

 都市の街壁遠方をぐるりと包囲されている今、別方面でも次々と戦端が開かれているようだった。全方位をオーレリアン殿下が同時に指揮する事は不可能なので、別方面では討伐隊の隊長さんや、太守が指揮している。


 都市専任の天官おじいちゃんやティエリちゃんも、今頃は岩塩もとい守り石の力を最大限に引き出すべく力を尽くしているはず……なんて考えていたら、街壁にかなり近付いてきた犬型の魔物が謎の白いシールドに弾かれて、ゴロゴロとのたうち回っている姿を目撃してしまった。あ、矢に貫かれて……


「うむ、やはり守り石の守護は偉大だ」

「あれが、がん……いや、守り石の力なんですね」

「うむ。とはいえ、瘴気の色濃い強敵に効果は薄い。壁に取り掛かられたら優先的に落としていこう」

「こういった防衛戦では、サーヤ殿の矢に浄化の力が乗りさえすれば、こちらが圧倒的に有利なのだが……」

「無いものはしょうがないです」


 悔しげに次々と矢を放つコデルロスさんに、私は肩を竦めて返した。今の私に出来る事は、ただ戦況を眺めている事と、下から運ばれてきた煮えたぎる油を邪魔にならない場所に配置しておく事ぐらいだ。


「って言うか、石とか油を投げて落とすんですね……」

「取りこぼした魔物全てに登られたら、とてもではないがこの場所で切り結んでいられないからな」


 幸いというか、石なら弓矢と違って投げつけるのにそう難しい技術は必要無い。『わらわ様』からお借りしているこの身体、ちょっと大きめの石だろうが軽々と投げられる。「フンッ!」と全力で投げつけられたらけっこう痛いようで、当てられた爬虫類型魔物がペシャッと潰れた。大群で押し寄せてきている地点を狙えばほぼ命中するし。


 予めこういった防衛戦が考えられていたのか、街壁からは街道沿いの森林もやや遠く、都市を攻める為には身を隠す遮蔽物が殆ど存在しない。街壁に取り付けられたカタパルトが守備兵によって火を噴き、街壁の上からひたすらに火矢を撃ち、あちこちに小さな火が燃えていた。下を見下ろした私は、信じられないモノを発見し、大慌てで槍を構え……


「殿下! 水門が!」

「ひゃー! ひょえー!」


 悲鳴を上げながら伸ばした槍が宙にあったその巨体を上手く掠め、白い輝きに囲まれ浄化してゆく。な、なんとかなった……ゼイゼイと息を荒げる私の背後を、伝令兵さんが殿下に危急を報告している。


 人間が生きていく上で必須の栄養素と言えば塩分だが、なくてはならない存在がある。それは水だ。

 都市の東を通過するように流れる川は、街壁のように大きな石を積み重ねて潰す訳にはいかない。水の流れを遮らないよう、作られていた水門は街壁の中で最も脆い部分だ。報告によると、今、水門に体当たりする緑色のイノシシがいるらしい。

 爬虫類型の魔物に壁をよじ登られるのは想定範囲内だったけれど、蹴爪でガッ! ガッ! と、三角跳びの要領で街壁を飛び上がってくる山羊だとか、水門をぶっ壊そうとするイノシシだとか、そんな魔物は想像の範疇外だったよ!

 鳥型魔物が居ないなら楽勝? なんて、甘かった……!


「ま、またきたぁぁぁっ!」

「サーヤ殿、少し下がれ。先ほどと同じ要領で、飛び上がってきたところを狙うんだ」


 新たな山羊型魔物が複数、ドドドッ! と駆け寄ってきて、私は思わず悲鳴を上げていた。オーレリアン殿下が私の手を引いて下がらせ、


「水門の前には傭兵達を回してティエリに援護を。水が勢いを殺している間に、門の内側から槍で応戦させろ!

リュカ、グレン、油を落として少しでも山羊型の数を減らせ!」


 私が半ばパニックを起こしている間に、殿下はあちこちへ指示を下し、自らも新たな矢をつがえている。

 上から落とした油壷が当たったのか、ガッ! という壁を蹴る音と共に飛び上がってきた山羊型魔物は、また一匹だけ。私は下がっていた分の歩数を踏み込みに費やし、ただ真っ直ぐに槍を突き出し……反撃か、穂先を逸らす為か。空中で動かされた脚の蹴爪に当たり、それでも穂先が僅かに爪を削ったのか浄化の力が発動し、山羊型魔物はまたしても白く輝きその姿を消す。


「すっげえ……マジで一撃必殺ッス……」

「ぼやぼやするなグレン! 次が来るぞ!」


 コデルロスさんの叱咤が飛び、伝令兵さんが駆け込んできた、次の瞬間だった。……地面が揺れた。


「えっ、地震!?」


 こんな時に!? と呻きながら私は咄嗟に足を踏ん張って耐えたが、オーレリアン殿下が放った矢は狙いが外れて明後日の方向に飛んでいき、体勢を崩してよろめいた。震度はそれほど高くないし、日本でなら珍しくもない程度の揺れだ。


「ほ、報告します! 現在、敵魔物勢の将を名乗る『災厄の牛頭』が南街門に丸太を……うわっ」


 伝令兵さんが報告している最中に、またしても下から少し揺れが伝わってきた。……わ、私達も都市に入るのにくぐってきた南街門って、見張り塔を一本挟んで向こうの、ここから少し離れた位置だった。なのに、こっちにまで揺れてるってどゆ事?

 って言うか、魔物って喋れたの?


「ギャーハハハハ!」


 何か、謎の笑い声が響いてくる。恐る恐る、南街門がある方向を覗き込むと、これまで見た動物的形状の魔物とは異なり……『モンスター』と聞いて思い浮かべるような、そんな何かがいた。頭はこう、確かに牛……なんだけど。むしろ身体の構造は人間に近いのか二足歩行で、手にでっかい丸太を握っている。

 大きさは……高さが街壁の半分近くはあるから、びっくりするほどの巨体だ。


「脆い、脆いわ!」


 ぶうん! と牛頭が振るった丸太が街門の大扉に突き刺さり……ここからではよく見えないけれど多分、突き破ったような、木が裂ける大きな音が響いた。

 は、破城槌も攻城兵器も使わずに、力業で門を攻略しやがった……!?


「まずい、門から魔物が流れ込んでくる。

市民の避難状況は!?」

「八割方完了致しました!」

「……守備兵はこのまま持ち場を死守せよ!

コデルロス、リュカ、グレン、我々は街門から雪崩れ込む魔物を……」


 オーレリアン殿下の指示の途中で、街門の方から篝火のオレンジがかった光とは異なる、白い輝きが眩く炸裂した。


「むうっ!? まさかこの輝きは……! ひ弱な小娘の分際で、このワシに刃向かうか!」


 白い巨大な壁が、街門の前に立ち塞がり牛頭魔物の侵入を防いでいるようだ。


「あれって……」

「ああ、恐らく水門の防衛から駆け付けたティエリが、守り石の力を開放したのだろう。だが、それとて長くは保たん。急げ!」


 オーレリアン殿下に促され、私達は塔の螺旋階段を全速力で駆け下りる。街壁沿いに駆け抜け、遠目に視界に入る街門の戦況は、直接ぶつかり合う激しいものだった。

 ボスの牛頭は、ティエリちゃんが開放した守り石の効果で障壁に取り囲まれ身動きが取れないようだったが、奴の脇を配下の魔物達がすり抜け殺到。

 傭兵さん達が門前を固め、街壁の上部からは援護の矢が降ってくる。やや後方で、晩餐会の時から制服に着替える暇もなく参戦していたティエリちゃんが、片手に収まるサイズにまで縮んでしまった、光る守り石を掲げている。……格好いいよ塩、今夜も輝いている!


「ティエリ!」

「コデルロス!」


 状況が見えて来るなり、コデルロスさんは装備している重たそうな鎧をものともしない物凄い速さで加速し、ティエリちゃんの名を呼んだ。振り返ったティエリちゃんが、私達の姿を確認してパッと表情を輝かせる。

 私達も全速力で駆け、街門の戦闘区域まであと少し、というところで、またしても牛頭の怒声が耳に届いた。


「洒落臭いわ!

さては小娘、貴様が陛下を付け狙う、憎き天姫の末裔か!」

「きゃっ!」


 牛頭の豪腕から振るわれた丸太が障壁に大きな音を立ててぶつかり、パリン! と、ガラスの割れるような音と共に障壁が四散し、同時にティエリちゃんの手にしていた守り石が砕け散った。

 ティエリちゃんを守るように傭兵さん達が牛頭に立ち向かうも、ぬっと突き出したその巨大な腕で鬱陶しげに振り払われてしまう。


「コデルロス、ティエリを!」

「応!」


 その間にかなり距離を詰めていたコデルロスさんの背中に向かって、私と併走しているオーレリアン殿下が指令を出し、トップスピードで駆け抜けたコデルロスさんは長槍で牛頭の手を打ち払い、ティエリちゃんを背後に庇った。

 速いっ! コデルロスさん超速い! まだこっちは目標地点まで五十メートルはあるよ!?


「ほう、やはりその小娘、貴様らにとりよほど重要と見た。

残すところは老い先短い婆一人と、寛大に終焉の時間を与えてやっていたが……この近辺で次々と手駒が浄化される気配を陛下が感知され、ワシがこうして直々に視察に来た甲斐があったわ!

天姫の後継者など、見逃す訳にはいかぬ!」


 ええっ、次々と浄化ってそれ……今日の午前中に私が武器試用実験した時の話じゃあ!?


 せっかく追いつけると思ったのに、牛頭と対峙するコデルロスさん、その背後に庇われるティエリちゃんとの間に、牛頭の背後から黒犬魔物達が走り寄ってきて近寄らせまいと分断し、そう簡単には救援にいけなくなってしまった。

 黒犬は利口かつ動きが軽やかなので、私の素人丸出しの槍突きではちっとも当たらず、私を庇ってオーレリアン殿下が足を止め、殿下の身の安全を優先するリュカさんやグレン君も、周囲の傭兵達と共に黒犬魔物を相手取らざるを得ない。


「ティエリちゃん!」


 私の悲鳴に、ティエリちゃんがチラッとこちらを見やり……そして声を張り上げた。


「そうだ! 僕こそが第三十二代天姫が曾孫、ティエリ!

『災厄の牛頭』よ、我々の前に姿を現したのは悪手だったな。貴様なぞ我々の手で浄化してくれるわ!」


 今や欠片になってしまった守り石を握って光らせ、ティエリちゃんは人々を鼓舞するように大声を張り上げる。

 私の眼前に飛びかかってきた黒犬の、そのぱっくりと開いた口の中目掛けて真っ直ぐ槍を突き出し、振り払う。


「クハハハハハ!

良かろう幼き天姫よ、今ここで貴様を仕留めれば、うぬらに残るは老いぼれただ一人!

いざ、尋常に勝負!」

「うおおお!」


 コデルロスさんが巨体に向かって突進し、牛頭の丸太の一撃を潜り抜け、ティエリちゃんの障壁が再度振り下ろした丸太の軌道を逸らす。突き出した槍は牛頭の臑に突き刺さり、コデルロスさんはそれを足場にして跳び、素早く腰から引き抜いた剣で牛頭の胸元を切り裂く。


「ぬうっ!」

「コデルロス!」


 ぶん! と牛頭が振り払った豪腕がコデルロスさんを障壁ごと横凪に打ち払い、どうっ、と地面に横倒しになるコデルロスさん。コデルロスさんに駆け寄ろうとするティエリちゃんに向かって、牛頭がズンッ! と大きく足を踏み出した。


「はあっ!」


 私の真横から飛びかかってきた黒犬の喉に、オーレリアン殿下のレイピアが深々と突き刺さり、黒犬は動きを止めた。


「サーヤ殿、今だ!」


 周囲の傭兵さん達や、リュカさんやグレン君が立ち回りを引き受けてくれており、今の一匹を仕留めた事で私とオーレリアン殿下、牛頭魔物とティエリちゃんの間に立ち塞がり妨害する黒犬はもう居ない。

 黒犬に突き刺さったレイピアをそのままに、背負っていた弓を構え直して矢筒から矢を取り出しつつ、走り出すオーレリアン殿下の後に従い、黒犬魔物を引き付けてくれている人々の脇をすり抜け、駆け出す。


「愚かしき幼き天姫よ、貴様には我が陛下のお力を特別に披露する栄誉を授けてやろう」

「きゃあっ!?」


 牛頭が腰から何だか真っ黒い丸い物を取り出し……それは一瞬のうちに、まるで黒煙のようにティエリちゃんの身を包み込んだ。


「ふん、また羽虫か……」


 斜めから真っ直ぐ走り込んでくる私達の姿をようやく捉えた牛頭は、ティエリちゃんに伸ばしかけていた腕をこちらに向けてくる。


「サーヤ殿、そのまま走れ!」


 狙いを定める為に立ち止まったオーレリアン殿下の指示に従い、バシュッ! と力強く矢が放たれる音を聞き取りながら全速力で走り抜ける。


「愚か、なのは……そっちだ」


 黒煙が消えたティエリちゃんは、うずくまり苦しげに咳き込みながらも、顔を上げて笑った。

 牛頭が伸ばした腕は殿下の矢が命中して一瞬動きを止め、大きな丸太を振り上げるよりも、足を蹴り上げるよりも、私がそこへ駆け寄る方がきっと速い!


「ウワーッ!」


 槍を構えた突撃兵と化し、私はただ真っ直ぐに駆けた。

 矢継ぎ早に放たれた、オーレリアン殿下の二射目が牛頭の目に刺さり、更に槍が届く範囲はがら空きに……


「僕じゃない……新しい世代の、浄化能力者は……!」

「何……!」


 牛頭は反応し、咄嗟に私を避けるように半身を逸らし……私の真っ直ぐバカ正直に突き出した槍が牛頭の足には触れず。しまった!? と、頭の中がパニック状態を引き起こしかけたところで、足に突き刺さったままだったコデルロスさんの長槍の柄に、私の槍の穂先がカツン、と当たった。

 そして足に刺さっている方の……つまり私が握っている槍じゃなくて、コデルロスさんの長槍を中心に、牛頭は白い光に包まれて驚愕に顔を歪めて私を見下ろし、次の瞬間にはパンッ! と、光が弾けてその姿を消した。あの巨体が浄化されたのだ。

 え、えええっ!? な、なんか今、凄い事が起きたよ!? 武器の浄化有効範囲って、継ぎ足し可なの!?


 私は驚きと安堵のあまり気が抜けて、その場に腰を抜かしてへたり込んでしまった。

 一瞬の静寂の後、背後からはドッと歓声が上がり、魔物達は御大将の消滅を察知したのか及び腰になり、次々と潰走してゆく。


「サーヤ殿、座り込んでいては危険だ」


 傍らに駆け寄ってきたオーレリアン殿下が、ぽん、と私の肩を叩くが、その表情は安堵に満ちている。


「殿下……ごわ、ごわがっだよー」

「よく、頑張ったな」


 思わず泣き言を漏らすと、殿下は私の頭をぐりぐりと撫で、安心させるように背中をぽんぽんと叩いてくれる。

 少しだけ、私はオーレリアン殿下の胸元にしがみついて泣いた。



 僕が浄化するとは一言たりとも言っていない。騙される方が悪い。byティエリ


 貴様が虫けらのように無造作に振り払った騎士の無念が、貴様を最期に導いたのだ! ってやつか……byサーヤ

(近衛騎士コデルロス、まだ死んでません)


 この時のリュカさんの心境↓

(……敵の大将討ち取ったり! と、盛り上がり衆目が集まった中で、おもむろに繰り広げられる王子と大男のラブシーンに、勝ち鬨を上げるに上げられず反応に困る防衛戦で戦った兵達。

そろそろわたし、怒っても良いような気がしてきましたよ?)

 戦い疲れて半ギレな近衛騎士の苛立ち。

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