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 眼前に迫り今にも食いちぎられる寸前、自分の手もとから白い光が弾けたかと思えば突如としてサァッと視界が開け、私は「へ?」と間抜けな声を上げながらぱちくりと瞬いた。


 今の今まで黒い猟犬に似た魔物がデッカい四肢で私を抑えつけていたはずなのに次の瞬間には魔物がかき消えて、開けた視界に映るのは戦闘中の騎士さん達の合間から、頭頂部に盛り塩が作られ塩の小瓶を帽子のようにして被ったまま、騎乗したままこちらに腕を伸ばし駆け寄る姿勢と目を丸くした表情で硬直しているオーレリアン殿下がいた。殿下の愛馬は命令を下さない乗り手の無言の意向に従い、近寄る魔物を後ろ脚で蹴り飛ばしている。


 ……な、何を言っているのか分からないと思うが、私にも何が起きたのか分からない。

 魔物討伐に随行してきたはずなのに、気が付けば私は、真っ直ぐな姿勢を保ったまま頭の上に本を数冊乗せて歩く事でバランス感覚を身に着けるという、淑女の特訓などお茶の子さいさいな実力を持つらしきオーレリアン殿下の絶妙なる神業の片鱗を見た。殿下の未来の治世において、それが何の役に立つのかは定かではないが。



「よし、それでは話を纏めよう」


 待ち伏せて奇襲を仕掛けてきた黒犬魔物を返り討ちにして、ティエリちゃんが塩撒きをして魔物の亡骸を天に返した、その後。

 私達が合流した時には既に、先行していた輜重部隊含む討伐隊の本隊は順調に街道を進んで、予定されていた夜営ポイントで天幕を張り、焚き火が焚かれていた。本来ならば後続に単騎で迎えに出たりなどせず、こちらで指揮をとっているはずのオーレリアン殿下だが、居ても居なくても討伐隊の面々には混乱が見受けられない。


 ひとまず情報のすり合わせが必要だろうと言われ、オーレリアン殿下、私、コデルロスさんにティエリちゃん、討伐隊に参加している主だった部隊長さん達が、殿下が今夜就寝する為の広い天幕に集合する事となった。

 張られていた天幕に入るなり、ワクワク顔で切り出したオーレリアン殿下に、コデルロスさんが剣呑な眼差しを向けた。先頭でオーレリアン殿下のお守りをしていたはずの部隊長さんが、そっと視線を逸らす。

 因みに天幕内に椅子は一脚しか用意されておらず、オーレリアン殿下以外は立ったままだ。


「そうだな。まずはお前が単独行動をとった理由から、詳しく話してもらおうか」

「顔が怖いぞー、コデルロス。そんなだからお前はモテない……」

「うるさい。婚約者殿にモテたら俺にはそれ以外の女の秋波なぞ不要だ。話を誤魔化すなオーレリアン」


 場を和ませようとしたオーレリアン殿下の軽口を遮って、真顔で惚気るという高度なテクニックを披露しつつ、コデルロスさんは懇々と王子の一人歩きの危険性を説く。

 彼らの話がなかなか終わりそうも無いので、私は俯きがちなティエリちゃんの旋毛に声を掛けた。


「ティエリちゃん、ごめんね。お借りしていたお塩、思いっきり全部オーレリアン殿下にぶちまけちゃって」


 私が咄嗟に投げたあの小瓶、魔物には当たらなかったくせに駆けつけたオーレリアン殿下の頭部に命中するという要らん奇跡が起きて、今も殿下のきんきらきんな髪の毛は光が当たると、まるでダイヤモンドの粒を幾つも飾っているかのように、よりいっそう華やかに輝く。その煌めきの正体は王族の纏う生まれもった威厳や威光などではなく、単なる塩だが。


「お気になさらないで下さい」


 どこか固く冷めた口調でそう言われて、私はあれ? と、首を傾げた。ティエリちゃんとは婆様を通じて幾度か会い、多少は打ち解けてきていたのに。今日だって、一緒に御者台に座っていた時のティエリちゃんは親切だった。

 それなのに、何で急に素っ気ない感じになってしまったのだろう。私が何か、ティエリちゃんの気に障るような事でもしてしまったのだろうか?


「お二人とも、戯れ合いは後にして下さい。

それよりも今話し合うべきは、サーヤ殿が発現させた浄化の能力についてです」

「そうだそうだ。流石はティエリ。優先順位を弁えているな!」


 オーレリアン殿下はもう少し、反省を態度に表すべきだと思う。

 コデルロスさんはチッと舌打ちすると、渋々といった様子で頷いた。


「……了解した。では、夜の就寝前に言い聞かせるとしよう」

「いやいや、夜は私の天幕になど忍び込まずに、婚約者殿の天幕に夜這いを仕掛けろよ!」

「言うに事欠いて夜這いだと!? 任務中にそのような軽佻浮薄な真似が出来るか!

夜間はお前の天幕前で不寝番だ!」


 言い争う殿下とコデルロスさんに向ける、ティエリちゃんの眼差しがどんどん冷えていく。


「オーレリアン殿下、近衛騎士コデルロスをあまりからかわないで下さい」

「あのー、私の浄化の力についての話し合いじゃないのなら、ご飯食べに行っても良いですか?」


 天幕の外では大鍋にスープが作られていて、それがまたなんともいい匂いを漂わせているのだ。そろそろお夕食時だし、大事な話し合いがあるならと我慢していた私のお腹は、遂にきゅるきゅると鳴きだしてしまった。

 そんな私の情けない姿に慌てた様子で、オーレリアン殿下が天幕に人数分の食事を運び入れるよう指示を出し、ご飯をとりながらようやく話し合いが始まった。小さなテーブルしかないので、椅子は運び込まずに敷物の上に車座になっての食事だ。

 干し肉と香草とキノコたっぷりのスープと、炙ったパンとチーズ。出先なのに美味しく食べられるよう工夫が凝らされているのは、こちらは多分、オーレリアン殿下のご威光だよなあ。うまうまです。


「駆けつけた私が見た光景では、黒犬がサーヤ殿に食らいつこうとした途端、消えたように見えたが……コデルロスとティエリはどうだ?」


 パンを千切りながら、オーレリアン殿下がおもむろに切り出した。


「俺が見たのは、サーヤ殿が撒いた塩には何の痛手も負った様子が無い黒犬の背中だな。間違いなく塩が当たっていたにも関わらず、怯んだ様子すらなかった。

ティエリ殿を狙って飛びかかってきた黒犬を始末して、サーヤ殿の救援に向かおうと視線を巡らせた時には既に消え失せていた」


 どうやらあの時、コデルロスさんは私を助けにきてくれるつもりだったようだ。脅かされたり威嚇されたり睨まれたりと、彼の挙動にはとても怖い思いをしてきたが、ピンチの時には見捨てず助けてくれる人だったんだ……と、私は謎の感動を得る。


「僕はサーヤ殿からずっと目を放していませんでしたが、殿下や近衛騎士コデルロスの所感と大差はありません。

ですが、黒犬のあの消滅の仕方は間違いなく、婆様と同様の浄化能力です。話に聞く最盛期の婆様よりも、即効性という点ではもしかすると優れているかもしれません」


 ティエリちゃんの分析に、オーレリアン殿下は思案げに指を顎にあてがう。


「つまり、従来の天姫たる女性の婆様は対象数をものともしない超広域型の浄化能力を持つかわりに、完全に浄化せしめるには魔物を弱らせるか、仕留めておく必要がある。

新たな天姫として降臨されたサーヤ殿は男性であるが故に、自身が接敵した対象のみを一瞬にして浄化する、近接戦闘型と考えるべきか……」

「すみません、ですから私は女なんですってば」


 サラリと男性扱いされてムッとして訂正を求めると、戸惑ったように目を瞬かせたオーレリアン殿下が一拍置いて「ああ」と頷いた。


「そうだった、サーヤ殿の心は女性だったな。

どうもその風貌を目にしていると、その事情を失念してしまうのだ。許してくれ」

「覚えていて下されば、それでいいです」


 オーレリアン殿下に詫びられて、私は肩を竦めた。私自身ですら鏡を見て、この厳つく筋骨隆々とした巨躯の大男を「私は実は女なんです」と言われても、素直に同性扱い出来るかどうか自信が無いと思ったぐらいだ。


「発言してもよろしいですか?」


 部隊長さんの一人が、スッと手を上げた。オーレリアン殿下のお守り役……違った、討伐隊を率いて夜営地での指揮を取り、オーレリアン殿下の不在を見事にカバーしていた人だ。確か、彼の名前はリュカさん。


「忌憚なき発言を許す」


 コデルロスさんから思いっきり忌憚なくボロクソに言われていて今更だけど、オーレリアン殿下は鷹揚に頷いて許可を出す。


「一瞬にして浄化したとの事ですが、それは魔物の格によらず……と、考えても良いのでしょうか?」

「ふむ?」


 リュカさんの質問に、オーレリアン殿下は是非を問うようにティエリちゃんへと目をやった。天幕内の視線が彼女に集中する。

 私はと言えば、魔物の格ってやっぱり強いのから弱いの、ピンキリなのかな……と考えていた。赤い蜥蜴で私は既にいっぱいいっぱいだったけど、黒犬は何か頭が良さそうだったし。


「サーヤ殿が力を発揮したのが赤蜥蜴だったならば、格による能力の影響力の範囲を流石に一概には測れなかったでしょう。

ですが、今回浄化したのは黒犬。我らの手で黒霧状に帰さなくては婆様でさえ、集中して浄化に取り組んでもかなりの時間を要する難敵です。それが、我々が瞬きをする間にサーヤ殿は浄化してみせた」

「つまり実質上サーヤ殿は、どんな強敵や、瘴気が色濃く濁り凝った敵であろうとも、浄化の力さえ発揮すれば、魔物を弱らせたり仕留める手順や段階は必要が無い。危険度第一級の災害並みの魔獣や、それこそ魔帝相手であっても……という事か?」


 ティエリちゃんの言葉にコデルロスさんが目を見開き、「それは!」と、周囲が沸き立った。


「サーヤ殿が魔帝に浄化の力を発揮さえして下されば、我々は必ず勝てるという事ですね!」

「素晴らしい! まさに、今の我らに必要な浄化能力者ではありませんか!」

「かの方は確かに、我らを見守って下さっていたのだ!」


 期待に満ちた眼差しがこちらに向けられるが、私は反射的に縮こまった。


「えっと、すみません……

期待して下さる皆さんには申し訳ないのですが、自分でも何をどうすれば浄化能力が発現するのか、まだよく分かっていません」

「まあ今回は、無我夢中のうちに発揮された力だからな」

「心配せずとも、サーヤ殿が浄化能力者である事は証明されたんだ。発動条件や方法などは、焦らずこれから探っていけば良いさ」


 コデルロスさんが珍しく私に気遣うような声を掛けてくれて、オーレリアン殿下は励ますようにバシバシと私の肩を叩く。

 喜びに湧く天幕の中でティエリちゃんだけが一人、先ほどから俯きがちでいる事が、私は気になっていた。



******


 この夜営地、魔物が蔓延る以前はちょっとした温泉宿があったんですよ、という話を部隊長さん方から聞いて入浴を勧められた私は、露天風呂へと足を運んでいた。時間帯的に、今を逃したら順次騎士さん達が怪我を癒やしに入浴するらしいので急がないと。

 以前の温泉宿の建物はほぼ朽ちているが、服を脱いだり入浴時の衝立代わりにはなるし、建物跡の周辺を囲むように騎士さん達が天幕を張ったり周回警備しているので、この夜営地付近では恐らく最も安全だ。


 出入り口の見張りに立っていたリュカさんに会釈して奥に向かい、脱衣場でいそいそと服を脱いでいざ、露天風呂へ!


「……ん?」

「リュカか?」


 風呂場へ足を踏み入れると、そろそろ薄暗くなってくる時間帯なのだが、あちこちに燭台が置かれていて、視界はそう悪くはない。問題は、湯煙の向こうからザバッという水音がして、人影が近付いてきたという事で。


「でっ……!?」

「何だ、サーヤ殿だったのか。丁度良い、私がじきじきに背中を流してやろうではないか」


 超良い笑顔でマッパの美男子はそう仰ると、桶で湯を掬って手拭いを手にとった。

 衝撃のあまり、私は悲鳴すら上げられないというのに、オーレリアン殿下は私の腕を掴んで洗い場に連行して座らせ、人の頭からザバザバとお湯を振り掛けてくる。そして石鹸を泡立て……って、何でこの人こんなにマイペースなの!?


「ちょっ、待っ……」

「何だ? 私が王子だろうが遠慮はいらないぞ。

普段は洗われるばかりだからな。私とて皆のように、こうやって背中の流し合いをしてみたかったのだ」


 ああ、うん。何も疑問に思わずめっちゃ軽くスルーしていたけれど、入り口にリュカさんが立っていたのと、しばらく時間を置いてから他の騎士さん達が入浴を始めるのは、この時間帯はオーレリアン殿下が入浴中だったからなんだ。

 でもってオーレリアン殿下は本当は、討伐隊の皆さんとお風呂で連帯感とか育みたいとかそんな風に思っていたから、身分で遠慮されて一人寂しく思っていたところに、ひょっこり私が入ってきて嬉しくなってしまった、と。


「……オーレリアン殿下、お忘れかもしれませんが、私は男じゃないんです……」


 多分、全力を出せばこの場から逃走ぐらいは出来ると思う。だけど、こうも楽しそうに背中を流されてしまうと、なんかもう、心も男性になりきれない私が悪いのか? と、自嘲してしまう。

 これまで幾度も『私の心は女性だ』と主張してきたのに、この様子じゃあなあ。今ここで悲鳴を上げて嫌がったり逃走した後は、オーレリアン殿下へどんなに説明をしたとしても、きっとこちらの真意を理解してもらえないや。権力者様のご機嫌を損ねたり、隔意を抱かれたりしたら、過ごしにくくなるだろう事は想像に難くない。小市民はビクビクもんですわ。

 『わらわ』様のご厚意で、怪我や病気に強い健康な身体をお借りしているだけに過ぎないのに。感謝の念こそ抱いても、恨みがましい気持ちになるのは身勝手だと分かっているのに。


「……うむ、その、なんと言ったら良いのか……

男は大きさではないぞ、サーヤ殿!」


 オーレリアン殿下はしばらく無言で私を見下ろして、何と励ましたものかと言いたげに躊躇ってから、今度は私の髪の毛を洗い始めた。まじまじとどこを見て深く同情されたのか、悟りたくない。

 殿下は着痩せされるのか、とっても逞しいお身体をなされていますね……


「昔馴染みで砕けた態度を取るコデルロスでさえ、任務中だの裸で警護の難易度が上がって寛げないだのと言って、私と風呂になど入ってはくれないからな。

天姫の地位は王族と対等なのだから、サーヤ殿とは友人として付き合いたい」

「殿下……友達居ないんですか」

「そうズバリ言われてしまうと、何やら物悲しいな」


 オーレリアン殿下とコデルロスさんは、軽口を叩き合う友人関係だと思っていたけれど、同時に主従という関係性が決して消えて無くならないのだろう。そりゃあ、私が本当に男だったなら別に、一緒に温泉に入るぐらい親しい友達になる事に異論は無いよ?


 こっちの世界は、オカマにたいする理解度が低過ぎると思うんだ。多分、自分の性別に違和感を持つ人が居ないか、持っていても公言しないんじゃないだろうか。

 男扱いされて困惑して、何度説明してもなかなかこちらの苦境を察して貰えないから、諦めるしかない。女性扱いをしてくれないと一人でヒステリックに喚いても、どうして機嫌を損ねてしまったのだろうと、こちらの世界の人々を無為に悩ませてしまうという事はもう知っている。

 中身は女だと主張しても、彼らにとっての私は『女性が好む趣味嗜好を持つ変わり者の男性』というイメージを脱却出来ないのだ。何故なら色んな人から話を聞く限り、この世界にオカマは存在しないらしいから。存在しえないものに対して、世界は厳しい。


 高次元の『わらわ』様……私、こちらの世界でずっとこの身体で生きていく自信が無いです。


 是非、私の背中も流してくれ! とオーレリアン殿下にねだられて、視線を外しつつその背中を流してやり、お湯につかる段ではオーレリアン殿下から離れた、湯船の端っこの岩陰にそそくさと逃げ込んだ。


「む? サーヤ殿、何故そんなに離れるんだ?」

「恥ずかしいからです」


 不可解だ、と言わんばかりの表情で岩の向こう側から覗き込まれるが、私は遠い彼方へ視線を投げる。王族の方々は、従者さんの手により日常生活を世話されるのが当たり前だそうだから、他人に裸を見られるのが恥ずかしい、という羞恥心なんか持っていないのだろう。そうしないと、おちおち暮らしていけないしね!


 オーレリアン殿下の事は、まあ嫌いではない。そのサッパリとした性根の悪くないところが、好ましいと言えば好ましい。ただ、とんでもなく、異世界カルチャーショックを突き付けられてしまうだけで。

 私の前で隠す素振りもなく全裸でいても、貴方様は全く気恥ずかしくないとお考えならば、もう好きにして下さい。


「しかし、本当にサーヤ殿が浄化能力を持つ天姫で良かった」


 湯船の中ほどにある大岩に後ろ頭を預け、胸元まで湯につかったオーレリアン殿下は夜空を見上げて安堵の吐息を吐く。


「我々はこのまま、じりじりと滅亡を待つのみかと心のどこかで諦念を抱いていたから」

「滅亡ってそんな、大袈裟な……」


 世界の害悪だのと言われている、瘴気の塊だという魔物が跋扈する城壁の外はそれは危険ではあるけれど、私が想像していたような毒々しい汚染された世界ではなかった。

 緑なす木々や平原、清涼な清水が流れる川、澄み渡る夜空。公害や大気汚染など存在しない、とても美しい世界だ。


「む? ティエリから我らの歴史をまだ聞いてはいないのか?」

「少しだけ。何か昔の野心的な皇帝が不老不死を得る儀式を……って下りで、赤い爬虫類が襲来してきて中断してしまいました」


 訝しげな眼差しに私が答えると、オーレリアン殿下は「そうか」と頷いた。


「では、その続きは私が語ろう。

古の魔道皇帝が挑んだ儀式は、人々の望まぬ形で成功した。

帝国臣民と皇帝は全て、その身を黒い靄のような状態へと変化し、死ぬ事も生きる事も出来ぬ存在となった」

「黒い靄、って……」

「魔物だ。物理的に人々を害する為に仮初めの殻を纏い蹂躙しているが、彼らは哀れな帝国臣民の成れの果て。

徹底的に破壊して天官が清めれば黒い靄に戻るが、それとて時を経れば再び魔物の殻を纏う、時間稼ぎにしかならぬ。

その上、魔物に命を絶たれた者もまた魔物に変じる為、悲劇は加速の一途だ」


 水音を立てて、オーレリアン殿下がこちらを振り返った。


「破壊衝動に塗り込められた彼らを正しい輪廻の輪に戻し、安らぎを取り戻させてやる手立てはただ一つ。天姫の持つ、浄化の奇跡のみ。

五百年の間密かに瘴気と力を蓄えていたらしき魔道皇帝は、天姫の力が弱まったのを好機と見たのか魔帝として活動を始めたが、我らは決して負ける訳にはいかぬ」

「……どうして、魔物は人を襲うのでしょう?」


 私の根本的な疑問に、オーレリアン殿下は「さあな」と肩を竦めた。


「存外、帝国臣民だけではなくこの世界の全ての人間を魔物とすれば、魔道皇帝は次元を超えるのかもしれん。

私はそんなものの犠牲になるのはごめんだが」

「私もです」

「頼りにしているぞ、サーヤ殿。

私も全身全霊をもって、あなたを守ろう」


 深々と頷いて同意すると、オーレリアン殿下は温泉で温まりほんのりと全身を色付かせた状態で、さらりと気障な台詞を気負いなく口にして嬉しそうに笑った。

 その笑みがやけに艶やかに見えるのは、単に体温が上がってるからだ。そうだと分かっているのに、動悸がとても騒がしくなるのは非常に困る。

 私はやけに熱い頬を隠そうと湯船の中でうずくまって、無言のまま口元まで湯に浸した。



 動物も魔物の移動の邪魔になったりして襲われますが、この世界で魔物に襲われるのは基本、人間ばっかりです。仲間を増やしたいんですかね。

 栽培も行っていますが、動植物は自然の中でフツーに生きているので、狩人さんが街の外に出て野生の果物や野菜や山菜を採り、動物を狩り食物を賄っています。

 何しろ街の壁近辺ではお塩をざっぱざっぱ振り撒いているので、農作業にはあんまり向かない☆


 肉体美☆をご披露なされたので、この物語中における殿下の私的最大のご活躍シーン、終了。

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