番外編3 カイルの侍女選び
カイルがフィリスの正式な軍師になった少しあとの話――。
偽軍師のカイルはその目覚ましい活躍により、一国の姫の軍師となった。
クルクス砦において、上級指揮官にしか与えられない部屋を用意され、専属の女中も用意された。
フィリスは語る。
「カイルさま、このままでは生活がご不便でしょう。専属のメイドを何人か集めました。その中からお好きな娘をお選びください」
「そいつはありがたいお姫様」
主であるフィリスの配慮に感謝するカイル。
この辺境の砦クルスクには女性は少ない。
いたとしてもフィリスのようにやんごとなきお方で容易に手が出せなかったり、アザークのような男女騎士で手を出すと火傷をしそうになったり、エリーのように手を出すと気にさえならない娘ばっかりであった。
ここで女中を貰い受け、天秤評議会の軍師らしく、優雅で雅な生活を手に入れるというのも悪くなかった。
「これくらいやくとくがないとね」
と、ほくそ笑むカイルだったが、それを見た本物の白銀のエシル、エリーは全身でため息を漏らす。
「優雅で雅ではなく、退廃的でふしだらな日々だろう」
カイルは反論する。
「まさか俺はそこまで不真面目じゃないよ」
「不真面目が服を着て歩いている貴様がなにを言う」
「失礼な洗濯板胸娘だな。まあいい、俺が不真面目ではないことを証明してやろう」
カイルはそう言うと、女中の選考にエリーも同行させることにした。
「不真面目ではない証拠に、俺が真面目にメイドを選ぶ姿を見せてやる」
そう言うと、カイルは軍議の間にやってきた女中候補に自分のセールスポイントを述べさせた。
カイルは予断を排除するため、集まった女中たちに目隠しをする。
「これで女中たちの美醜に囚われず、彼女たちの内面を見て決められるだろう?」
と、エリーに言った。
カイルの行動にエリーは思わず賞賛の声を漏らす。
「女好きのお前がこのような選考をするとはな。軍師になったことにより、新たな価値観に目覚めたか」
そう評価すると黙って選考を見守った。
最初の女中は、目隠しをされながらこう言った。
当然ながら顔の大半が覆われているのでその美醜は分からない。
彼女は自分の長所を説明する。
「私はカイル様に毎日美味しいお茶をそそげます。実家が香茶の卸売りをしているんです。幼い頃から香茶の効茶をたしなんでいたんですよ」
次に現れた少女はこういう。
「わたしは洗濯物が得意なんです。わたしをメイドにして頂ければ、カイル様には毎日良い香りのするシャツを着て貰いますわ。折り目ひとつない、のり付けされたシャツを常に着ていただきます」
そして最後に現れた妙齢の女性はこう言った。
「あたしは本の整理整頓が得意なんですよ。それに掃除も。カイル様の女中になったら、カイル様の部屋からホコリは一掃されるでしょう。それにご所望の本を一瞬で持って参ります」
彼女たちの発言を聞き、「うーん」と悩み声をあげたのは、当事者のカイルではなく、横にいたエリーだった。
「これは困ったぞ。どの娘も甲乙付けがたい」
その言葉にはカイルも同意だった。
「たしかにな」
と、返答する。
しかし、こんな皮肉も付け加える。
「それにしてもお前も見かけ倒しだな。本物の白銀のエシルにして、何百年も生きた知恵者がメイド一人即断で決められないとはなさけない」
その言葉を聞いたエリーは「なんだと?」と頬を膨らませる。
「ならばお前は即断できるというのか? この娘の女中としての技能に大差はないぞ。しかも容姿は目隠しで隠されているのだ。選考基準にならない」
「お前は女中を容姿で選ぶのか。見かけどおり子供だな」
カイルはそう言い切ると、こう豪語した。
「俺はそんな無粋な真似はしない。メイドを選ぶならば俺は中身で選ぶよ」
と、カイルは一番最初に自己紹介をした女をメイドに選んだ。
何の迷いも逡巡もなかった弟子の姿を見て、エリーは思わず我が弟子もなかなか即決果断ではないか、と感心してしまった。
――後日、彼女を選んだ本当の理由を知るまでは、だが。
数ヶ月後、カイルに仕える女中が新しくなっていたことに気がついたエリーは、さりげなく新しい女中を選んだ理由を聞いた。
カイルは悪びれもせずにこう答えた。
「前のメイドよりも胸が大きかったから」
その答えを聞いたエリーは心底呆れた。