番外編1 うまい酒場
カイルがお姫様と出逢うちょっと前のお話――
「――白銀のエシル御用達の酒場」
エリーは、店の前にかかげられた看板を棒読みにし、表向きは主、ということになっているカイルの方に振り向き尋ねた。
「いつからこんな安酒場の常連になったのだ、私は」
「丁度一週間前だな、この酒場のマスターから依頼があったのは」
「ほう、どんな依頼だ」
「最近、隣にライバル店ができたので売り上げが下がっているから、なんとか売り上げを回復できないか、と相談されたのだ」
「なるほど、それで偽軍師殿は、いくらでその依頼を引き受けたのだ」
「馬鹿をいうな。俺はこれでも善人のつもりだぞ、金など受け取るか」
「そうか、じゃあ、言い方を変えよう。何リットル受け取ったのだ」
「それは酒の単位か? それとも酒場の看板娘の胸の容量か?」
エリーはその物言いに呆れたが、「まあいい」悪事を働いて人様から金を巻き上げるよりは万倍良い、と溜息をつきながら、酒場繁盛計画に荷担してくれた。
「しかし、だ。この酒場を繁盛させるにしても、こんな謳い文句では誰も寄りつかないと思うぞ」
「なるほど、確かに色気に欠けるな」
カイルはエリーの胸に視線を落としながら言う。
「そういう意味ではない。酒飲みと軍師の相性が悪いと言っているのだ。軍師とは知的な職業だからな、こんな場末の酒場に集まる酔っ払い共とは相性が悪い、と言っているのだ」
「そうか、だから、あまり客足が伸びなかったのか」
「……おいおい、何を他人事な。もう報酬は受け取っているのだろう。私の名を騙ったからには真面目にやって貰わねば困る」
「お前に言われるまでもない。第二の作戦は考えているさ」
と、カイルは懐に隠していた紙を取り出す。
「なんだ、それは?」
「これは新たな宣伝文句さ。第一弾の失敗をあらかじめ予期して考えていた珠玉のキャッチコピーだ」
カイルは自信ありげにそう言うと、その内容を読み上げる。
「この村で一番旨い酒場にようこそ、どうだ、シンプルにして洗練されているだろう」
「ふむ、確かに回りくどい言い方よりもいいかもしれない」
数日後――
「おい、すごいではないか。売り上げが二倍になったぞ」
エリーは店の売り上げを見て驚いたが、カイルは落胆しているようだった。
「どうした、なにを浮かない顔している」
「いや、確かに売り上げは上がったが、それも一瞬だけだったのさ。すぐにライバル店が真似しやがった。そしたら売り上げが元に戻ってしまった」
「なんとまあ厳しいものだな、商売という奴は」
「なあに、それは想定済みよ」
カイルはそう言うと第三弾のキャッチコピーを用意した。
そのキャッチコピーとは、「この地方で一番旨い酒場にようこそ」というものだった。
しかし、ライバル店もさるもので、すぐに対抗してこんな看板を掲げた。
「この国で一番旨い酒屋です」
その看板を見たカイルは歯ぎしりしながら、
「ならこっちは、セレズニア大陸一旨いだ!」
と対抗した。
ならばとライバル店は、
「この世界で一番旨い酒場です」と対抗した。
「ええい、じゃあ、こっちは天下で一番だ!」
カイルは向きになり対抗したが、エリーは呆れながら諫める。
「まてまて、それではライバル店は、星々で一番、天上で一番、と対抗するに決まっているではないか」
「お、その文句いいな、頂きだ。……って、確かに切りがないな」
カイルはエリーの言葉によって冷静になると、しばし熟考した。
「……まあ、確かに切りがないよな、こんな競争していても」
カイルは溜息を漏らしながら、最後のキャッチコピーを酒場のマスターに手渡した。
カイルが用意した紙に書かれていたキャッチコピーとはこんなものだった。
「隣の酒場よりも旨い酒場にようこそ」
そのキャッチコピーを見たエリーは苦笑いを浮かべながら首肯する。
「なるほど、確かにこの謳い文句ならば、宇宙一旨い酒場よりも旨いことになるな」
こうしてカイルは報酬を受け取り、次の目的地へと向かった。