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エピローグ

  †


 こうして、カイルはエルニカ王国で起きた未曾有の内乱を解決に導いた。


 このエルニカという小さな王国を真っ二つにした内乱は、この国に深い傷を残した。 双方の死者はおびただしい数に上り、街がひとつ消えた計算になる。


 人々は、この内乱の傷跡を見つめながら、復興に尽力した。

 陣頭に立ったのは、この国の王女、フィリス・エルニカである。

 彼女は戦災にあった街や村に周り、一人一人に語りかけた。


「皆さん、辛い思いをされたでしょうが、この国には未来があります。皆さんには明日があります。どうかわたくしに協力してください」


 人々は、フィリスの言葉に聞き入り、焼け落ちた家を、荒らされた田畑を再建させる。


 その姿を間近で見ていたカイルはフィリスに尋ねる。


「戦争というのはやはり何も生まないものだな」

 と――。


 カイルの常識論にフィリスはうなずく。


「そうですね。やはり天秤評議会の考え方は正しいのかも知れません」


「大陸統一を夢見る覇王の誕生を阻止する、か――」


「はい、彼らの考えは小さな火種が大きくなる前に消し去る、というものです」


「もしもこの大陸をすべて我が物にしようとするものが現れたら、この光景が大陸全土で見られるということか……」


 カイルはその光景を思い浮かべる。


「ですから、カイル様達は、千年もの長きの間、がんばってきたのですよね」


 その言葉を聞き、自分が白銀のエシルの偽物であることを改めて思い出した。


「そうか、あいつは千年もの間がんばってきたんだな……」


 カイルはそうぽつりと漏らすと、銀髪の少女の顔を思い出した。


 もしもカイルがエリーの弟子になるのならば、この後、何百年にも渡って彼女と同じことをするのだろうか。

 そもそも、エリーはこれまで、何百年にも渡ってこのようなことを繰り返してきたのだろうか。


 各国に戦の兆しを見つければ介入し、

 その知謀によって敵を打ち払う。


 その後に残された敵兵の山々を彼女はどんな気持ちで見つめていたのだろうか。


 カイルはエリーの気持ちを想像したが、それは想像でしかなかった。

 人の気持ちは所詮(しよせん)他人にはわからないのだ。


「……つうか、考えても何も始まらないよな」


 カイルはそう言うと、己の頬を両手ではたいた。

 そしてフィリスの方を振り向くと言った。


「さて、復興の方はもう民に任せるしかない。姫様、王都に戻るぞ」


「……王都? ですか?」


 フィリスは不思議そうな顔で問い返す。


「ですが、まだ巡っていない村々がありますが」

「全部の村を巡っていたら、俺が爺さんになっちまうよ」

「ならばわたくしもお婆さんですね」


 フィリスはクスクスと笑う。


「つうか、さっき連絡があって、至急、王都に戻ってこい、って姫様のかあちゃんから連絡があったんだ」


「母上からですか?」

「正確にいえば、新国王陛下からだ」


 そう、内乱の終結後、姫様の父親であるトリステン4世は世を去ったのである。


 その後、王位はフィリスの弟であるアレクストが継いだわけであるが、新国王はまだ八つだった。

 政治的判断どころか、夕食のメニューを決められるかも怪しい年齢である。


 ともかく、その新国王から召喚命令が届いた。

 それを受け取ったアザークは何事かと顔を青ざめていたが、封を開けると、そこに書かれていた文字に驚いた。


 その手紙にはこう書かれていたのだ。



「汝、フィリス・エルニカをこの国の宰相とする」



 フィリスは反乱軍討伐の功績により、大出世を果たしたのだ。

 幼き新国王を補佐し、この国の舵取りをするのである。


 その報告を聞いたフィリスは目をぱちくりとさせる。


 そしておそるおそるカイルに尋ねた。


「わたくしにそんな大役が務まるでしょうか?」


 カイルは即座に答える。



「姫様以外に勤まるわけがないだろう」

 と――。


 ただ、カイルにはひとつだけ不安な点があった。

 フィリスが宰相になると同時に、クルクス軍団は解散することになったからである。


 いや、解散というと語弊があるか。

 正確にいえば主を失った白鳳騎士団と合流させ、新たな騎士団を創設することになったのだ。


 それだけならばいいのだが、その部隊に名前を決めなくてはならない。 

 たぶんであるが、そのことを姫様に伝えれば、命名役はカイルに一任されることになるだろう。


 カイルは一応、フィリスにそのことを伝えたが、やはり、

「名前はカイル様が決めてくださいまし」

 と、言われてしまった。


カイルはしばし悩んだが、結局、一番無難な名前を選んだ。



 フィリス騎士団――



 それがカイルの選んだ名前だった。

 王女は厭がるであろうが、この名前は一番この騎士団の実態に即していると思う。

 なぜならばこの騎士団は、この恥ずかしがり屋の王女を守るために存在しているのだから――



   †



 王都に帰り、カイルはしばしゆったりと過ごす。

 思えば今まで戦の連続で、じっくり休んだことはなかったんじゃないだろうか。


 その原因である銀髪の少女に、カイルは愚痴を言う。


「ふう、軍師って案外大変なもんなんだな」

「やっと私の偉大さが分かったか」


「ああ、お前が白髪な理由が分かったよ、気苦労が多すぎる」


 エリーは御自慢の銀髪を馬鹿にされたというのに、怒るでもなく、こう言った。


「姫様は就任以来、忙しく政務に励んでいるというのに、お前は良いご身分だな」


「いや、まあ、俺は軍師だから、政治はノータッチで……」


「ふむ、ならば政治の専門家を招集せねばならないか」


 エリーは顎に手を添えながら漏らす。


「心当たりがあるのか?」

「ないわけではない」


 エリーはそう言ったが、その者の名前は伏せた。

 おそらく、天秤評議会の誰かなのであろうが、今はその名を出すときではないそうだ。


 ならば、今は、どのような話をすべきときなのだろうか、カイルはエリーに尋ねた。


「そうだな。まずその小汚い格好を着替えるべきだろうな」


 カイルは自分の姿を見る。


 昨日と同じ格好だが、女や王侯貴族ではないのだから、毎日着替えなくてもいいだろう、と思った。いや、パンツはさすがに替えているが。


「そう言う意味で言っているのではない。正装をしろ、と言っているのだ」


「正装?」


 カイルは思わず問い返す。


「正装ってあれか? 貴族や王族が(もよう)すパーティーでする格好か? 今夜はパーティーでもあるのか? 旨い物を食えるのはいいんだが、どうもあの雰囲気は苦手だ」


 エリーはその言葉を聞くと、

「まあ、そういうな」

 と、カイルの背中を押した。


 すると、フィリスの侍女であるマリーが現れ、彼女の指揮のもと、カイルは着替えさせられる。


 美女揃いのメイド達に揉みくちゃにされるというのは悪い気はしなかったが、なぜこのような真似をされなければならないのか、カイルが文句を言おうとしたとき、ドレスアップが終わる。


 それと同時に侍女の一人が大鏡を持ってやってきた。

 その鏡に映ったのはなかなかの男前であった。


 仕立ての良い白いシャツに、黄金の刺繍を施し、エルニカの紋章である緑陽大樹をあつらえた黒外套(マント)、まるで御伽噺の中に出てくるような英雄がそこにいた。


 その姿をじっくり見ていたカイルをエリーは茶化す。


「馬子にも衣装とはこのことだな」

「……相変わらず皮肉しか言えない女だな」

「それはお前が私の艶姿(あですがた)を褒めないからだ」


 見ればエリーも今日はいつにも増して着飾っている。

 カイルの師匠曰く、着飾った女を見かけたら褒めろ、とのことだが……。

 カイルはしばし逡巡(しゅんじゅん)すると、エリーを褒めてやろうとしたが、止められる。


「時間でございます」


 マリーは無表情にそう言うと、カイルの背中を押した。

 カイルは押されるがままにパーティー会場に案内される。



 そこには大勢の人々が集まっていた。


 普段は見かけないような文官連中、

 他の騎士団に所属する武官連中、

 偉そうにふんぞり返っている貴族連中もいる。


 彼らは、カイルがやってきたのを確認すると歓声を上げた。

 万雷の拍手がカイルを包み込む。


 カイルは戸惑いながら壇上に押し上げられると、そこにはフィリスがいた。


「姫様? これは一体?」


 カイルはそう口にしたが、フィリスは、

「エリーさんからなにも聞いていないのですか?」

 と、不思議そうに返した。


 カイルは最前列で人の悪い笑顔を浮かべている銀髪の少女を睨み付ける。


 遠いので当然聞こえないが、口の動きから察するに、

「ほめなかったばつだ」

 と、言っているようだ。


 カイルは皮肉を言ってやろうと思ったが、それはできなかった。

 フィリスの演説が始まったからである。 



「皆さん、はじめまして、もしくはいつもお世話になっています。このたび、エルニカ王国の宰相となったフィリス・エルニカです」


 苦笑を禁じ得ない挨拶であった。

 事実、会場の何人かは笑っている。

 王国宰相の威厳ゼロの前置きである。

 しかし、カイルはフィリスらしいと彼女の言葉を待った。



「このたびの内乱、この国に大きな傷跡を残しました。何千人もの人間が死に、その数倍の人間が傷つきました。

 また、戦災によって家を失ったもの、田畑を失ったものもいるでしょう。 

 しかし、わたくしは、この国ならば、いえ、この国の国民ならば必ず立ち直ってくれると信じています」



 人々は静まりかえる。誰もがフィリスの言葉に聞き入る。



「そして、今、北方では戦乱の渦が巻き起こっています。

 ロウクスの王フォルケウスがその野望を剥き出しにし、ジルドレイに襲い掛かっています。

 近い将来、必ずセレズニア北部を征服し、南部にその牙を向けるでしょう。

そのとき、彼ら征服軍の矢面に立たされるのは我が国となります。

 ――その際は、皆さんの力が、絶対に必要になります。

 そのときはどうかお力添えをお願いします」



 フィリスは軽く頭をたれた。

 巻き起こる拍手。


 カイルはそれを横目で見ると、音が出ない程度に自分も手を合わせた。

 そしてカイルは彼女に背を向ける。これでこの演説は終了だと思ったのだ。


 しかし、そんなカイルをフィリスは呼び止める。

 今までの演説は前振りでしか無かったのだ。

 フィリスはカイルを方をまっすぐに見つめるとこう言った。



「――皆さんの協力が不可欠なのは、今言ったとおりです。

 ですが、それと同じくらい。

 いえ、それ以上に必要な力があることは皆さんも承知のことだと思います。

 これからこの国がどうなるか、

 この大陸がどう変わっていくか、

 未熟なわたくしには予測することさえできませんが、一つだけ分かっていることがあります」


 フィリスはそこで一呼吸おくと言った。


「モニカ村という小さな村を命懸けで守り、ハザン王国の侵入を防ぎ、難攻不落の要塞を落とし、この国の内乱を終結に導いた英雄、白銀のエシル様……、いえ、カイル様がこの国には絶対必要だということを」


 フィリスがその言葉を言い終えると歓声が上がる。

 カイルは気恥ずかしさと嬉しさ半分といった表情でその場に立ち尽くしているしかなかった。

 そんなカイルにフィリスは更なる衝撃を与える。



「――わたくしは、この国を救ってくれたカイル様に少しでもむくいたい、と、とあることを思いつきました。


 太古の昔、このセレズニアを混乱から解き放った12将の一人、建国王ゼノビアの傍らには常に一人の軍師がいました。

 その者の名は残念ながら伝わっていません。

 しかし、彼はゼノビアと供に常にあり、あまたの戦を勝ち抜き、このエルニカという国を立ち上げました。


 ゼノビア曰く、彼なくしてこのエルニカはなかったであろう、と言わしめた人物です。

 ――以来、エルニカでは、この国を救った英雄に、その人物と同じ称号を与えました」


 

 フィリスはそこで言葉を句切ると、その称号を口にした。



「竜殺しの軍師」



 それが、このエルニカという国を救った軍師に与えられる称号であった。


 初代国王と共に、戦乱を駆け抜けた英雄の呼称であり、

 この国を救った軍師にのみ与えられる称号であった。


 それをカイルに与える、とフィリスは言っているのである。

 カイルはそれを素直に受け取っても良いものか迷った。

 自分がその称号に相応しいか、或いは今後もその期待に応えられるか、分からなかったからである。


 珍しく困惑しているカイルに、いつの間にか壇上に上ったエリーは言う。


「どうした、珍しく迷っているのか?」


「……いや、俺がそんな称号を受け取っていいのかな、って」


「なぜそんな謙遜をする」


「なぜって、俺はただの詐欺師だぜ? なんの軍略も学んだことがない素人だ」


「その素人が、小さな村を二度も救い、難攻不落の要塞を落とし、この国の内乱を終結に導いたのだ。お前はもう立派な軍師だよ」


「………………」


「なんだ、その表情はまだ納得いかない、という顔だな。実際、お前より優れた軍師など見たことはないよ。これはお世辞ではない。お前はとっくに私を越える軍師となった」


 エリーは珍しくカイルを褒め称えると、こう付け加えた。


「この万雷の拍手の中、お前がこの誘いを断れるとは思えないが、ひとつだけ心配がある」


 カイルは問いただす。


「その心配とはなんだ?」


 エリーはいつものようにからかいながら言った。


「その心配とは、お前が、お姫様と私、どちらを選ぶかだ。

 お前は案外、こう思っているんじゃないか?

 胸の大きな娘も良いが、小さな娘も悪くない、

 ――と」


「………………」


 沈黙によって答えるしかない質問であった。


 この娘と不思議な出会いをして、もう半年以上になる。

 最初こそ小うるさい娘としか思えなかったが、今ではふと気が付くと、その姿を探してしまうことがあった。

 先日のラドネイ公爵領への旅の際も、この少女を見失ったとき、心に喪失感を覚えた。



 朗らかに微笑むフィリスと、

 小悪魔のように微笑むエリーを交互に見つめる。



 ――仮にもし、今後、どちらかを選ばなければいけないとしたら、どちらを選べば良いのだろうか。


 悩みに悩んだが、その答えを導き出すのは、世界最強の軍師とて容易ではなかった。




ここまで読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございます!

はじめてのなろう連載でここまでたくさんの人に読んで頂いた嬉しさを糧に、今後もがんばろうと思います。

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