第5章 内乱終結
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破軍のオグンを倒したカイルは、急いで王都の救援部隊に戻った。
案の定、カイルが離陣している間に、王都の救援部隊は混乱していた。
指揮を任せていた将軍は、カイルの顔を見ると、文字通り顔を輝かせた。
「か、カイル殿、どちらにいっておられたのですか?」
「ちょいと野暮用だ。で、状況はどうだ?」
将軍は多少狼狽しながらも戦況を的確に報告してくれた。
「つまり、反乱軍に押し返されつつあるということか」
カイルは舌打ちすると言った。
「ですが、カイル様が来てくれたからにはもう安心です! ささ、伝説の軍師様のお力を我々に見せてください」
その言葉を聞いたカイルは、この将軍に俺はただの詐欺師です、と打ち明けたらどうなるだろう、と、思ったが、その衝動を抑えると言った。
「取りあえず、後方に待機させてある後詰め部隊を、敵陣右翼にぶつけろ」
「左翼ではなく、右翼にでございますか?」
「ああ、俺の見立てだと、左翼の方は俺がやらなくても、姫様がなんとかしてくれるはずだ」
将軍はそれでも納得はいっていないようだが、伝説の軍師の言葉に逆らう気など毛頭ないようだ。
部下に命じて伝令を送った。
こうしてカイル率いる王都の部隊と、クルクス軍団の反撃が始まった。
カイルが敵陣右翼を狙ったのは、一番浮き足立っていると判断したからだ。
間近で破軍のオグンが討ち取られたところを見ているため、真っ先にその情報が伝搬したのだろう。
士気が下がっている部隊を狙うのは常識であった。
カイルは独語する。
「問題は、この意図にエリーが気が付いてくれるかだが……」
一瞬だけ心配したが、それはカイルの杞憂だったようだ。
エリーは見事にカイルの作戦に乗ってくれた。
まるで生き物のように部隊を展開させると、敵陣左翼を包囲し始めたのである。
それを確認したカイルは、
「さすがは本物だ」
と、呟くと、自分の仕事に専念した。
浮き足立っている右翼に突撃を仕掛けたのである。
敵軍は見事に崩壊していく。
あれほど強勢を誇った敵だが、崩れ去るときは一瞬であった。
反乱軍の両翼を破壊したカイル達は合流を果たした。
まだ戦が終わったわけではないのだ。
反乱軍の首領が指揮する白鳳騎士団は未だ健在であった。
彼らは他の部隊が敗走を始めたというのに、未だに士気が旺盛で抵抗を止めなかった。
カイルはぼつりと漏らす。
「もう、勝ち目がないのだから降伏すればいいのに……」
それを横から聞いていたエリーは口を挟む。
「それが武人というものだよ。普通の騎士団ならば、とっくに崩壊していてもおかしくはない。だが、ティルノーグという男はそれほど士心を得ているのだろうな。罪作りな男だ」
「……どういう意味だ?」
「奴が無能ならば、白鳳騎士団はとっくに敗走していた。それならばこの戦い、とっくに終わっていたよ」
「奴が頑強に抵抗するから、死人が増える、というわけか……」
「その通り、《敵》も《味方》もな」
カイルはその言葉を聞くとしばし考え込む。
そしてフィリスのもとにおもむくと尋ねた。
「姫様、ティルノーグに降伏勧告してもいいか?」
エリーは無駄なことを、と思い。
フィリスは諸手をあげて賛同する。
カイルは言う。
「そうだな……、ティルノーグは罰しないわけにはいかないが、命までは取らない。部下達の身分は保証する、というのはどうだろう?」
「そうですね。わたくしもそれがいいと思います。……ただ」
フィリスは付け加える。
「わたくしはティルノーグを重罪にするのも反対です。彼の力は我がエルニカの役に立ってくれると信じています」
カイルはその言を聞いて姫様らしいと口元を緩めたが、こうも思った。
(たぶん、そうはならないだろうけどな)
と――。
事実、降伏勧告に送った使者はすぐに戻ってきて頭を垂れた。
「申し訳ありません、取り付く島もありませんでした」
ティルノーグは使者の書状を受け取ると、その場で破り捨ててこう言った。
「王女の厚意は有り難い。だが、俺にも意地がある。部下も最後まで共に剣を振るってくれるだろう。それに俺はこうも思っているのだ」
ティルノーグは続ける。
「人生、最後の戦が、白銀のエシルという伝説の軍師が相手で、自分はなんと幸せだったのだろうか、と。今、俺は最高の夢を見ているのだ。その夢を邪魔しないで欲しい」
その言葉を使者から聞いたカイルは返答した。
「……馬鹿野郎が、血なまぐさい夢に酔いやがって」
こうしてカイルとティルノーグの戦いは続いた。
彼我の戦力差はすでに3倍以上離れていたが、白鳳騎士団は善戦した。
カイルは寡兵となった敵軍を包囲殲滅しようと躍起になったが、ティルノーグはそうはさせまいと抵抗した。
頑強な抵抗は、夕刻まで続いたが、それも終わりを告げる。
乱戦のさなか、白鳳騎士団の指揮をしていたティルノーグの首筋に矢が突き刺さったのだ。
ティルノーグは名も無き兵が放った矢によって、その生涯を閉じた。
白鳳騎士団団長、サーパス・ティルノーグ――
齢16で戦場に立って以来、あまたの武勲を打ち立ててきたエルニカ最強の騎士、その死を持って、エルニカの内乱は終わりを告げた。