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第5章 空城の計

   †


 月光城から出陣をし、 ラドネイ領北部で陣を張ったカイルは、クルクス砦の部隊との合流を図った。

 ラドネイが()き集めた兵士は13000、クルクスの兵は7000、合わせれば2万となり、十分、反乱軍に対抗できる数となる。


「しかし、兵力を集中させるのもよいですが、クルクスの部隊と協力して、挟撃するという手もありませんか?」


 フィリスは控えめに提案する。


「それは俺も考えたが」


 カイルは、その案を却下した理由を話す。


「今まで何度も挟撃によって敵を叩いてきたが、今回はその手は通じないと思う」


 それに同意したのは、エリーだった。


「その通り。同じ手が何度も通用するはずがない。敵の腹背を突く、敵を包囲殲滅する。それは戦の基本形だが、だからこそ対応策はいくらでもある」


 カイルはその言にうなずく。


「それに今回、敵方には、天秤評議会の軍師がいるだろう。断裁のユーフォニアとかいう乳オバケか、破軍のオグンあたりか、それは分からないが、どちらにしても、なんの工夫もない挟撃など、逆用されて各個撃破の対象とされてしまう」


「反乱軍に天秤評議会が味方している!?」


 驚くフィリスにエリーは応える。


「以前、説明したと思うが、我々天秤評議会は、今、一枚岩ではない。我が弟、漆黒のセイラムは、ジルドレイ攻略で手一杯だろうが、奴の仲間はフリーハンドだ」


「今回の内乱を影で操っているのも奴らって訳か。ほんと、影から歴史を操るのが得意な連中だな」


「それは否定しないが、天秤評議会は万能でもなければ全能でもない。火のないところに煙は立てられない。内乱が起きたということは、そこに付け入る隙があったのだよ、この国にな」


 その言葉を聞いたフィリスは軽くうつむく。

 その付け入る隙のひとつに実の母親が関わっていたからだ。

 それを見たエリーはフィリスを慰める。


「姫様が気にすることではないさ。今はただこの内乱を収めることだけを考えればいい」


 その声はどこまでも優しい。

 こんな声も出せるのだな、とエリーの新しい側面も見れたが、カイルはそのことをからかうことができなかった。


「クルクスの本隊が到着しました」


 という報告を受けたからである。

 カイルとフィリスは、合流した将兵にねぎらいの言葉をかけ、情報を交換するため、彼らを本陣に呼んだ。





 クルクス軍団の臨時指揮官に任命していたザハードは、うやうやしく頭をたれると謝罪をした。


「カイル殿より、交戦するな、という命をたまわって置きながら、拙者は勝手に兵を動かし、フィリス様の兵を(そこ)ないました。万死に値します。どうか拙者に罰を」


「しかし、襲ってきた反乱軍に何倍もの損害を与えたのだろう。それで帳消しだ」


「いえ、それらの功績はすべて異世界のサクラ殿のもの。拙者は何もしていません」


 名指しされたサクラは興味なさげにそれを聞き流すと、

「まあ、自分が側面を突いたのは事実ですが、それまで敵を引きつけてくれたのは、ザハード卿っスよ」

 と、一言言うだけで、自分の功を誇ることはなかった。


 カイルはフィリスの方へ振り向くと、処置をフィリスに任せた。


 フィリスはカイルの想像通りの罰をザハードに与えた。


「ヨシュア・ザハード卿、貴方に罰を与えます。その罰とは、この戦に生き残るというものです。いいですか? わたくしが命令するまで、決して死ぬことは許しませんよ」


 その罰を聞いた老人は、感動でむせびながら応えた。


「……ははっ! その罰、謹んでお受けします」

 と――。


 カイルはその姿を見て、改めてフィリスの将才を肌で感じた。


 計算の上でやっているのではなく、フィリスはただ思ったことを口にしているだけだったが、だからこそ彼女の言動は人々を引きつけるのだろう。

 その言葉に虚実はなく、誠しかないからだ。


「この姫様のためなら喜んで死ねる」


 姫様の人柄に触れた将兵は、例外なくそう思ってしまうのだ。

 それはカイルも一緒だったが、カイルの横にいる銀髪の少女はどう思っているであろうか。


 合理主義を絵に描いたような少女であるが、案外、この二人は気脈が通じているというか、良いコンビなような気もするのだが。


 しかし、エリーはなにも答えることなく、こちらの方を見ていた。





 見事、ラドネイ公爵を仲間にし、クルクス砦の連中とも合流を果たしたカイルだったが、ひとつ解決しておかねばならないことがあった。


 それは、不惑の森で出会った心優しい大男の件だった。


 カイルは傷だらけになったジジンを救ったが、カイルはジジンの兄の(かたき)なのである。 もしもジジンが快復したら、その場で斬られても文句は言えない立場だった。


 しかし、カイルは快復したジジンを戦場に連れてきた。


「なぜ、そのような無茶をするのだ? 前面に反乱軍、後方に仇討ち志願者、それで生き残れると思っているのか?」


 エリーは呆れながら尋ねた。


「いや、俺はこの男にいつでも仇討ちにこい、と言ってしまったからな」


 カイルは弁明する。

 一方、命を救われたジジンはそのことを感謝はしていても、自分の意思を曲げる気はないようだ。


「お、おでは、カ、カイルを必ず殺すんだな」


 ジジンは口癖のようにそう口にしていた。


 ――だが、こうも言っていた。


「で、でも、カイルを殺すのは、せ、正々堂々でないと駄目なんだな。そ、そうじゃないと、兄者に顔向けできないんだな」


 エリーはジジンの言葉を意訳する。


「つまり、お前はカイルと決闘をするためにここまでついてきたのか?」


 ジジンはうなずく。

 カイルは補足する。


「ちなみにこの男は決闘をする前に俺が討ち取られたらかなわないから、俺のボディーガードをしてくれるそうだ。もしも、俺がこの戦乱を生き残れたら、正々堂々と決闘してやる、と約束した」


 その言葉を聞いたエリーは呆れた。

 要はこの男の馬鹿正直さを利用して、怪力無双の護衛を仲間に加えた、というのだ。

 エリーは相変わらずのカイルの抜け目のなさに感心した。 

 




 カイルとティルノーグの戦いは、卯の月の黒竜の日に行われた。

 丁度、カイルの誕生日だったのは幸運の前兆だろうか。


「1年、365日、誰かの誕生日でない日はないさ」


 エリーはそう論評した。


「ついでに言わせて貰えれば、365日、誰かの命日ではない日もない」


「……つうか、せっかく人が気分良く戦に挑もうとしているのに、水を差すな」


「そうか、お前でも願掛けをしたくなることがあるのか。許せ、お前はそういうタイプだとは思っていなかった」


「数日前までは俺もそう思ってたよ」


「どういう心境の変化だ? ……と、聞くのは野暮かな」


「まあ、俺も人の子だ。相手がこの国最強の騎士団、それに天秤評議会の軍師なんだ。願掛けくらいするさ」


 カイルはそう(うそぶ)くと、エリーに尋ねた。


「で、相手の軍師の情報は掴めたか?」


 エリーはあっさり返答する。


「ああ、掴めた。ちなみに良い情報と悪い情報があるが、どちらから聞きたい?」


「勿体ぶりやがって……、じゃあ、良い方から」


「相手は天秤評議会の軍師、破軍のオグンだった」


「それのどこが良い情報なんだ? すげい強そうな名前じゃないか」


「破軍のオグンは、天秤評議会でも一番の若輩だ。まだ軍師になってから数十年といったところか」


「天秤評議会は年齢順で強さが決まるのか?」


「そういうわけではないがな。まあ、奴の知略は評議会の中でも低いと思ってくれていい」


「……なるほどね、で、悪い知らせは?」


「奴は天秤評議会最強の軍師だ」


「っておいッ! 一番頭が悪いんじゃないのか?」


「智においては他者に劣っていても、武においては違う。奴は、天秤評議会始まって以来の武将でもあるのだ」


 その説明を聞いたカイルは吐息をする。


「はあ、つまり、俺は最強の騎士と最強の軍師と戦わなければならないのか」


「そういうことになるな」


 エリーはそう返したが、不思議そうな表情をした。


「台詞と表情のバランスが悪いぞ? なにをにやけている」


「にやけている? 俺が?」


「ああ、まるで馬上試合に挑む前の騎士のような表情をしていたぞ」


「優勝候補の老騎士か? それとも初試合に挑む騎士か?」


「そうだな、勝ち方を覚え始めた若手の騎士という感じかな」


「………………」


「すっかり軍師の楽しみを覚えて結構なことだ。私が昔口にした予言が当たったな」


「………………」


 悔しいので返答しなかったが、自覚はあった。

 無言になるカイルにエリーは言う。


「しかし、自覚に目覚めてくれたのは有り難いが、今回の戦、私も参加させて貰うぞ」


「お前が戦に参加するだって!?」


「なにをそんなに驚いている。そんなに獲物を横取りされるのが(いや)か?」


「んなわけあるか。ただ、今まで静観を決め込んでいたお前が、今更しゃしゃり出てきて驚いただけだ」


「今まではお前の成長を見守るため、あえて戦にはノータッチだったのだ」


「……有り難いことだよ、お前のおかげでレベルアップできた」


 カイルは皮肉を言う。


「つうか、もうレベルアップは十分だから、手を貸してくれる気になったのか?」


「ふ、まさか、お前はまだまだ向上の余地があるよ」


 エリーはそう(うそぶ)いたが、顔は笑っていなかった。

 それほどまでに今回の敵は強敵だということだろう。


「向こうは王国最強の騎士と天秤評議会最強の軍師だ。ならば、こちらは王国一の詐欺師と天秤評議会最高の軍師で挑むしかあるまい」


 エリーはそう結論を結ぶと、今回の作戦について協議を始めた。





 カイルは従者に地図と駒を持ってこさせると、誰も近づけるな、と命令した。

 今更、カイルが白銀のエシルではない、と疑う人間はいなかった。それでもエリーが雄弁に軍略を語れば、違和感に気が付く人間もいるかも知れない。


 それにカイルは誰にも邪魔されず、この女の軍略を聞いてみたかった。

 エリーは、駒を手に持つと、配置を始める。


「我々の数は丁度2万だ。敵軍は3万に少し足らずといったところか」


「姫様にも話したが、今回はいつもみたいに兵力差がないのが有り難い」


「確かにな。しかしそれでも相手の方が上回っているのは事実だ」


 エリーは眉をしかめる。


「なにか良い手立てはないか?」


 エリーは尋ねる。


「……ないわけではないが、お前は反対すると思う」


「反対はするかもしれないが、頭ごなしに拒否はしない。話せ」


「ああ、そもそもこの2万って数字は、自由に動かせる兵士の数だ」


「ああ、守備隊や後方の補給部隊を勘定に入れても仕方ない」


「それだ。この際、守備隊って概念をなくさないか?」


「なんだと!?」


「ぶっちゃけると砦はすべて空にする。そうすればあと3000~4000は引っ張ってこれるんじゃないか?」


「理論上はそうだが、砦を空にするということは、敵に城を取ってくださいとお願いするようなものだぞ」


「もちろん、そんなお願いはしないが、やってみる価値はあるんじゃないか?」


「ううむ」


 正統派の用兵家であるエリーはうなった。

 カイルの作戦は奇策に入る範疇なのである。

 もしも敵に感づかれたら、あっという間に砦は占拠され、敵の勢力はエルニカ全土に広がることになる。それはそのままフィリスの負けを意味する。


「お前が躊躇(ちゅうちょ)するのも分かる。しかし、俺はこの作戦に懸けてみる価値はあると思うぜ?」


「……根拠はあるのだろうな?」


「ない」


 カイルはきっぱり言い切る。


「だけど、相手の気持ちになって考えれば、こうも思う。敵はこの状況下で平然と城を空にすることはない、と」


「――それにもしもそう思っても、敵は逆に警戒する、か」


「その通り。分かっているじゃないか」


「これは空城の計といって昔からある計略のひとつだ」


「へえ、そんなに由緒正しいのか」


「ああ、古来から効果は絶大だ。人間、開けっぴろげにしていれば、案外、警戒してしまうものなのだ」


「じゃあ、採用でいいのか?」


 エリーは明確には答えずこう言った。


「ちなみに、この計略を得意とする軍師が昔いた」

「天秤評議会の軍師か?」

「いや、でもそれに準じる大軍師だ」


「へえ、そいつはどうなったんだ?」

「一国の主席軍師にまで上り詰めたが、最後は死んだ」


「死因は?」

「空城の計の失敗」

「……なるほど」


 カイルはその言葉の意味を噛み締めたが、こう言った。


「つまり、それまでは成功に次ぐ成功だったんだな」


 カイルはそう解釈すると、この作戦を採用することにした。

 エリーもそれを見越していたので、それ以上、何も言わなかった。




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