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第5章 破軍のオグン

   ††(ユーフォニア視点)


 エルニカの王都郊外にあるとある館――

 そこに二人の男女が集っていた。


 一人は、妖艶な格好をした美女であり、大鎌を所持している。

 まるで物語に出てくる死に神のようだ。


 もう一人は筋骨隆々の肉体を所持しており、それを他者に誇るためだろうか、半裸に近い格好をしていた。


 第三者が見れば奇異に映る二人だったが、事情を知る人間――、例えば白銀のエシルあたりに言わせれば、

「乳がデカイだけの女軍師と、脳筋軍師、お似合いのカップルじゃないか」

 ということになる。


 そう、この二人は、天秤評議会に所属する軍師だった。

 このエルニカを混乱に(おとしい)れるため、白銀のエシルとその弟子を抹殺するため、天秤評議会より派遣されてきたのだ。


 エルニカを混乱に陥れるのは、将来、ロウクス王国に併合させるため、

 エリーとカイルを暗殺するのは、未来の脅威を排除するためである。


 その方針は天秤評議会の実質的な議長である漆黒のセイラムが決めたことであり、断裁のユーフォニアと破軍のオグンも異論はなかった。


 最上の策だと思い、(互いにいけ好かない奴だと思いつつも)協力し、ことを進めてきた。


 そして二人は完璧にセイラムの期待に応えた。


 まずはユーフォニアが王妃一派に取り入ると、心ある貴族や将軍達を国政から遠ざけるように仕向けた。


 次にオグンはその心ある貴族や将軍に近づき、()き付けた。


「今こそ兵を挙げ、あの雌狐を討ち、国政を正道に戻すのだ」

 と――。


 エルニカの貴族や武官達は、心地よいくらい簡単に、或いは哀れなくらい容易に手のひらで踊ってくれた。

 このままエルニカは、王妃一派と反王妃一派に別れ、自滅し、自分たちの手で滅び去るかと思われたが、そうはならなかった。


 いや、まだ、この内乱は解決したわけではないが、ユーフォニアとオグンの思惑が外れつつあるというべきであろうか――。


 オグンは(なげ)く。


「このままではエルニカを自滅させるという当初の計画が失敗に終わるのではないか」


 どう責任を取るつもりだ? とは言わない。

 この計画を完璧にこなせなかったのは、オグンにも責任があった。


 ラドネイの娘を人質に取り、彼らの一派を中立に保つ、というのはこの男の仕事であった。


 ただ、目の前の女、断裁のユーフォニアに文句がないわけでもない。

 この女が不惑の森でカイル殺害に失敗していなければこんなことにはならなかったのだ。


 オグンはそのことを突いた。


「しかし、不惑の森という自分の城に追い込んでおきながら、そこから敵を取り逃すとは、断裁のユーフォニアとは思えぬ手落ちだ」


 ユーフォニアはその皮肉に応じる。


「失敗したのはお互い様でしょう。あなたこそラドネイの娘を人質に取っておきながらあのていたらく、おかげで計画に大幅な修正が必要になったわ」


 破軍のオグンはその言葉に苛立ったが、それ以上は何も言わなかった。

 これ以上は水掛け論になるからだ。

 それは天秤評議会の軍師同士のやり取りではない。


「……まあいい。失敗したのはラドネイを中立に保つことと、カイルという男の暗殺だけだ。内乱はまだ収まっていないし、失点は今からでも取り返せる」


「その通り。未来志向でいきましょう。仮にここで第三勢力のフィリス・ラドネイ連合が参戦してきても、私達の目的は達成されるわ」


「――画竜点睛を欠くがな」


「……ほんと、あんたってムキムキのくせに細かいわね。だから、ここから挽回すると言っているでしょ。私達の目的はこのエルニカで内乱を起こし、その国力を削ぐことなのだから。その計画自体は半ば成功しているわ」


「たしかにそうだが……」


「このままいけば、フィリスとラドネイは、反乱軍と真っ向から勝負することになるわ。どちらが勝つかは……。いえ、この際、どちらが勝とうとかまわないのだけど、どちらが勝つにせよ、無傷というわけにはいかないでしょ」


 確かにその通りだ、とオグンは思った。

 失敗続きで失念していたが、内乱はすでに起こっている。やりようによっては今からでもより多くの血を流すことも可能なのだ。


 そのことを思い出したオグンは不敵に笑う。


 その姿を見たユーフォニアは、

「気持ち悪いわね。男が高笑いなんて」

 と、オグンを小馬鹿にする。


 オグンはそれを無視すると言った。


「なんとでも言え、今の俺は気分がいい。大抵のことは笑って許せる

 心の底から上機嫌にいう同僚に、ユーフォニアは興味が湧いた。

 この男が皮肉を返さないなど、珍しいと思ったのだ。


 ユーフォニアはすぐにその理由を察することになる。


 破軍のオグンは、窓を開け放つと、遠方に陣取っている反乱軍を指さし、こう言った。


「久しぶりにこの破軍のオグンが、陣頭に立ち、戦の指揮をしよう」


 その言を聞いたユーフォニアは、

「へぇ……」

 と、言葉を漏らした。


「雑魚をなぎ倒しても心が震えることはない」


 と、前線に出るのを面倒くさがっていた男が、心変わりをしたのだ。

 意外に思うのは当然であった。


「………………」


 ――いや、意外ではないか。


 ユーフォニアは、自分の首筋に手を添え、縫合された箇所をなぞる。

 自分の首を切り落とした男――、最初はただの詐欺師と侮っていたが、実際に逢ってみればなかなかの男だった。


 いや、想像以上に軍師としての才を秘めていた。


 この男、破軍のオグンもその才能の一端を垣間見てしまったのだ。

 一戦交え、その実力が本物であるか確かめたくなる気持ちも分からなくはなかった。


 ユーフォニアとしては、先を越される気持ち、得物を横取りされる気持ちもあったが、あっさりとオグンの行動を許した。


 こう思ったからだ。


「そうね、こいつの戦士としての力、久しぶりに拝見させて頂こうかしら」


 この男、破軍のオグンは実力は、天秤評議会でも屈指といわれている。

 そんな男の戦ぶりを特等席から見られるというのだ。

 あの詐欺師には気の毒だが、こんなに面白い余興、そうそう見られるものではなかった。 



   †



 フィリス達が月光城を出立したのは、卵の月のことであった。

 即座に軍を動かさなかったのは、ラドネイがフィリスの傘下に加わったことをエルニカ中に知らしめるためである。

 ラドネイを慕う貴族と軍人を味方に付けると同時に、反乱軍に動揺を与え、これ以上反乱軍の数が膨張しないようにするための処置であった。


 この策は見事成功する。


 事実、ラドネイが去就を決めて以来、反乱軍の動きはぴたりと止まった。

 反乱軍にはせ参じる兵が減った証拠である。


「さすが人望あついラドネイ公爵だ。次々と兵が増えていくぞ」


 カイルの想像通り、ラドネイの影響力は相当なものであった。

 今までの苦労が嘘みたいに将兵が集まってくる。



「ラドネイ殿には戦場で命を救われた恩義がある」


「エルニカ貴族としては、王国建国以来の廷臣であるラドネイ公に御味方するが筋」


「ラドネイ公は負け戦を知らぬお方。ティルノーグ如き若造に助力する気はない」


 

 集まった貴族や将兵達は口々にその理由を口にしたが、要は勝ち馬に乗ってくれただけであった。


「つまり、我々が頼りないと判断されれば、すぐに陣を離れる、ということでしょうか?」


 フィリスは心配げに問うてきた。


「その通り。しかしそれは敵側も一緒だ。反乱軍は王妃憎しの一点だけで集まった連中だ。状況が不利になればすぐに瓦解するだろう」


「それでは、戦わずしてこのまま状況を見守ることはできませんか?」


「戦うのが怖いのか? 姫様は」


「そうではありません」


 と、フィリスはかぶりを振る。


「カイル様を軍師に迎え入れて以来、この身はすでに神に捧げたつもりでいます。今更死を恐れることはありません」


 ですが、とフィリスは言う。


「今回は、同じエルニカ人同士の戦です。無論、他の国々の人なら殺してもかまわないとは言いませんが、それでも――」


「そういうことか。まあ、気持ちは分かる。確かにこのまま対陣しているだけで敵軍が瓦解してくれるならそれに越したことはないが――」


 カイルは言い淀む。


「……しかし、そうそう都合良くはいかないだろうな。反乱軍の首領は、名将ティルノーグだ。手をこまねいて静観していれば、先に王都を落とされてしまうかも知れない」


「……そうなれば、わたくしたちが賊軍の汚名を着せられることになりますね」


「そういうことだ。せっかくこっちに味方してくれた将兵達が逃げ出すかもしれない」


 カイルはそう言い切ると、フィリスに決断をうながした。


「ちなみに、今現在の戦力差は、こちらが2万、向こうが3万だ」


「丁度1.5倍ですね」


「その通り。まあ、今までよりも遙かにましかな。今までは、5倍10倍がデフォだったからな。それに比べれば天国みたいなもんだ」


 カイルはあえて楽観的に言い放った。


「さて、姫様。姫様さえ命令を下してくれれば、俺は全力で反乱軍を叩きのめすぜ?」


 フィリスはカイルの気遣いに微笑みを浮かべると、感謝の言葉を口にした。


「このエルニカの未来、カイル様に託します」


 カイルは、

「仰せのままに」

 と、主に礼を捧げた。




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