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第4章 暗殺者の誤算

   

   †


 晩餐会も終わると、各自、部屋をあてがわれる。

 当然男女別々であるが、カイルは念のため、フィリスのすぐ側の部屋を貰った。


 アザークは警戒の目を向けてきたが、

「心配するな。つうか、俺は眠い。今日は一日中でっかい物体を背負って国を横断してたんだぞ」

 と、言い放った。


 そのでっかい物体とは、不惑の森のジジンのことである。

 先ほど、医者に尋ねたところ、峠は越えたとのことで、あとはこの男の生命力次第、と言われた。


 ならば大丈夫だろうと思う。

 あの図体は生命力に満ちあふれているからだ。


 ゆえに、カイルは本気でベッドを求めていた。

 この疲れ切った身体は、睡眠しか欲していなかった。

 ゆえに、旅先のムードに乗じて姫様をくどくなど、二の次三の次だった。

 カイルの師匠がきいたら弟子失格と呆れるだろうが、それほどまでに疲れていたのである。


 カイルは、姫様に挨拶することもなく、即座に眠りについた。

 本当にあっという間だった。

 ベッドに入ってからほんの数秒で睡魔が襲ってきた。





 深夜、月光城にうごめく黒い影――

 手には鋭利な短剣が握られている。

 男はカイルを暗殺するため、とある人物から送られた刺客だった。


 男の主の名は、

「破軍のオグン」

 という。


 天秤評議会の軍師の一員だった。


 男はとある命令を受け、この月光城にやってきたのである。

 その命令とは、ラドネイの娘を人質に取り、ラドネイを今回の内乱に参加させない、というものだった。


 今回の内乱、ティルノーグ率いる白鳳騎士団の決起は、自然発生的に見えて実はそうではなかった。

 天秤評議会の軍師がその裏でうごめいていたのである。


 破軍のオグンと、断裁のユーフォニアは、協力してエルニカの分断を図った。


 ユーフォニアは王妃一派に取り入り、国政を乱し、貴族や軍人に恨みを買わせ、オグンはティルノーグを筆頭とする反王妃派に接近し、反乱をそそのかした。


 彼らの計略は見事に成功した。

 エルニカは内乱に陥り、味方同士で血を流すという最良の結果を生んでくれた。


 それは、ジルドレイ攻略を進めている漆黒のセイラムと龍星王にとっては、最大の援護であり、援助であった。


 龍星王フォルケウスとその部下は、ジルドレイ攻略に専念できるのである。


 それに、近いうちに行われるであろう龍星王フォルケウスの大遠征――、

 セレズニア平定戦においても、今回の計略は大いに役立つことと思われる。


 敵の戦力と和を、今のうちから削いでおくに越したことはないのだ。

 男は、漆黒のセイラムのため、主である破軍のオグンのため、この計画を完遂すべく、今宵動き出した。


「……計略はなかば成功している。あとはあのカイルとかいう小僧を始末すれば完璧だ」


 男はぼつりと漏らす。

 すでにラドネイは男の手の内にあった。

 ラドネイの娘を人質にしているのである。


 ラドネイは武人としても高名な男であったが、娘を溺愛している、という欠点があった。男はそれを利用したのだが、その策は想像以上に上手くいった。


 ラドネイの行動を制限するどころか、こうして暗殺に助力までしてくれるのだ。


 ラドネイは、

「さきほど、カイル殿のお茶に眠り薬をまぜておいた。疲れもある。今宵はどんなことがあっても起きないだろうな」


 と、言い放つと、カイル暗殺の許可をくれた。

 この男も政治家である。


 仮に、このまま中立を決め込むにしても、後にカイルは邪魔になると気が付いたのだろう。

 想像以上にあっさりと協力してくれた。


 こうして、男はほくそ笑みながらカイルの部屋へやってきたわけである。

 部屋の前には門番もいない。

 ラドネイが味方であると安心しきっているのだろう。


「哀れなものだ。ワラをもつかむ気持ちで頼ってきた相手が、実はすでに敵の手の中なのだからな」


 男はカイルに同情すると、カイルの部屋に入った。

 そこには横になり寝息を立てている哀れな軍師がいた。

 今から自分が殺されるとも知らず、夢心地な男がそこにいた。

 男はナイフを振り上げると、念仏のように言った。


「……恨むならその才能を恨め。お前はいつか我が主、漆黒のセイラム様にあだを成す。今のうちに殺しておかねば」


 そしてナイフを振り下ろすと、それをカイルに突き立てた。

 ――何度も、何度もである。

 そのたびにナイフは血に染まり、鮮血が飛び散る。

 男の両手と顔は真っ赤に染まったが、気にする様子はない。


 或いはそれほどまでにカイルを驚異に思っていた証なのかもしれないが、その過剰な行動に難癖を付ける人物がいた。


 カイル自身である。

 カイルは《自分を》滅多刺しにしている男に言い放った。 


「つうか、いくらなんでもそんなに刺すことはねーんじゃねえの? 一体、俺が何をしたというんだ?」


 驚いたのは暗殺者の男である。

 男はとっさにカイルにかけられていた毛布を取り去ると、死体を確認した。

 そこにあったのは動物の肉を巻いた木偶人形だった。


「く、図られた!」


 そう男は叫んだが、逃げ出すよりも先に、ベッドの下に潜んでいたカイルに剣を突き立てられる。


「おっと、動くなよ、お前には聞きたいことが山ほどある」


 カイルは酷薄に言い放つ。


「……抜かせ、俺がベラベラとしゃべると思うなよ」


 男がそう言うとカイルは男の薄皮を切り裂く。


「俺が慈悲にあふれてると思うなよ。先日、女の首を刎ねたんだ。今更、男の首を刎ねるくらい、訳ないんだぜ?」


 首筋に血が垂れると、さすがの男も動揺した。

 しかし、それでも男には余裕があった。

 まだ、切り札が残っていたからである。


 男は、

「公爵閣下、おいでください!」

 と、叫ぶ。


 すると、扉の外で控えていたのであろう。

 ラドネイ公爵が現れた。


「公爵……」


 カイルはラドネイの姿を確認するとそうつぶやいた。

 男は公爵の姿を見つけると、安堵の溜息を漏らす。


「ラドネイ公、今こそこの男をお斬りください!」


 男はそう言い放つ。

 男は公爵が自分の意のままになると信じて疑わなかったのだ。

 なにせ男はラドネイの娘を人質に取っているのである。

 娘を目に入れても痛くないほど可愛がっているラドネイが、男の要求を断るはずがないのだ。


 そう思った男だったが、男の想定は見事に外れる。

 ラドネイは、兵を部屋に呼び寄せると、男を捕縛した。


「ば、馬鹿な。娘がどうなっても良いのか? 俺が捕まれば、お前の娘は死ぬのだぞ?」


 男はそうわめいたが、それに答えたのはカイルだった。


「人質ってのは確保して初めて意味を成すんだぜ」


「なにを!? 貴様はあの娘を奪い返したとでも言うのか。貴様には身体が二つあるのか? そこでずっと隠れていたくせに、そんなことは不可能だ」


 男はそう言うとラドネイに振り向く。


「ラドネイ公、このペテン師の言葉に騙されてはなりません。お嬢様の命、惜しければ今からでもこちらに味方を……」


 男の言葉が途中で止まったのは、ウィニフレッドが室内に入ってきたからだ。


「やれやれ、お前らの隠れ家は品がないな。それによく臭う。あとで香料を入れた湯を浴びねば」


 ウィニフレッドはそう愚痴を漏らすと、エスコートをするようにラドネイの娘を呼び入れた。


「こちらにおわすは、エルニカ有数の美女、シルディア嬢にございます」


 ウィニフレッドは大げさに頭を垂れる。

 シルディアは悪漢から解放された喜びからだろうか、泣きながら父親の元へ駆け寄った。


「ば、ばかな、あの隠れ家を突き止めたというのか?」


「突き止めたというのだよ。鷹の目のウィニフレッドの異名をなめて貰っては困る」


「い、いや、その前になぜ公爵の娘が人質に取られていると分かったのだ?」


 その疑問に答えたのはカイルだった。


「いや、まあ、それは勘だな。客人が来たというのに顔ひとつ見せない姫様。だのに厳重な姫様の部屋の警護。あやしいな、と思ったからウィニフレッドに調べさせたら、案の定だった」


「まったく、人遣いが荒い軍師殿だ」


 ウィニフレッドは皮肉を言う。


 しかし、男はそれでも納得がいかない。


「よしんば、姫のことに気が付いたとしても、どうやって公爵を説得した。公爵に睡眠薬を盛るように命令したとき、あのときはまだ、姫は我らの手にあったはずだぞ」


 男はラドネイを睨みながら言うと続ける。


「まさか、ラドネイ公はお前らが姫を助けると信じて、俺の言うことに従わなかった、とでもいうのか?」


 男の最後の疑問に答えたのはラドネイ自身だった。


「その通り、私はカイル殿を信じ、あえてお前らの命令に従った振りをしたのだよ」


 その言を聞いた男は絶句する。


「……それほどまでにこの男を、……天秤評議会の軍師を信じたということか」


「いや、それは違うな。私はカイル殿の才知に賭けたのだ。というか、お前はあの場にいながら気が付かなかったようだな」


「気が付かなかった? なんのことだ」


「お前は、あの晩餐会にいながら気が付かなかったのだ。カイル殿が私に託したメッセージをな」


「……メッセージ……だと?」


 首をひねる男に、ラドネイは言い放つ。


「カイル殿が提案した余興はただの余興ではなかったということだよ」


「しかし、あの場で俺は目を皿のようにして見張っていたが、不自然な点は一切なかったぞ」


「それはそうだろう。容易に気が付かれたら、今、この場で勝ち誇っていたのはお前だろうからな」


 ラドネイは種明かしをする。


「カイル殿はあのとき、くだらない余興に見せかけて、私にメッセージを送ったのだ。『娘は助ける』とな。私はその言葉を信じた。あの状況下で即座にそんなメッセージを考え出せる男の知謀に懸けたのだ」


 ラドネイはそう言い放ったが、男はやはり納得がいかない。


「あの場でそのようなやり取りは一切なかったぞ? 貴様らは念話でもできるのか?」


「お前はまだ気が付かないようだな。あの余興で出されたメニューを思い出せ」


 男はあのときのことを必死で思い出したが、やはり不審な点は一切ない。強いて言えば出されたメニューに統一性がなかったことくらいしか思い出せない。


「あのときのメニューだと……」


 しかし、男はこの段になってやっと気が付いた。

 カイルが張り巡らせた策謀に――


「……そういうことか。この男は、あのメニューに意味を持たせていたのだな」

「そういうことだ」


 ラドネイは答える。


「一番最初に提示されたメニューは、蒸し鶏のオレンジソーズがけ。これ自体は前菜で出されても不思議はないし、次のスウォンジー・ライスも普通の構成だ。しかし、その後が滅茶苦茶だ。主食から副菜まで順番が滅茶苦茶。デザートの類いも一切ない。そして極めつけは最後にサラダを指定された。いくら大食いの余興とはいえ、私は奇妙に思った。そして私はそのメニューに隠されたメッセージに気が付いたのだよ」



 そう言うとラドネイは、先ほどのメニューをすべて口にする。



「蒸し鶏のオレンジソーズがけ」

「スウォンジー・ライス」

雌鶏(めんどり)の姿焼き」 

「ハザン風オムレツ」

暴君(タイラント)ステーキ」 

「スィート・ポテト」

「ケットシーの長靴グラタン」

「ルッコラとマニ草のサラダ」

 


 一つ一つメニューを紹介するとこう締めくくった。


「頭文字をつなぎ合わせるとこうだ」



 むすめはたすける。 



「このような洒落(しゃれ)の利いたメッセージを即座に考え出せる人物と、それに気が付きもしなかった人物、どちらを信じるかなど、考えるまでもあるまい?」


 ラドネイはそう結ぶと、カイルの方を見つめた。


 カイルは表情に困ったが、「こういうときは親指でも立てるものさ」と師匠にそう習ったので、それに従った。




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