第4章 パーティーに余興はつきもの
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月光城でもよおされた晩餐会は、とても豪勢なものであった。
月光の間と名付けられた大広間に、ところ狭しと食べ物が並べられている。
豚の丸焼きに、鹿肉のロースト、リエージュ通商連合で珍重されている南国の果物も山のように添えられている。
また、楽団も用意され、心地よい音楽が広間に流れる。
こんな状況でなければ舞踏会が始まってもおかしくなかったが、残念ながら今日の出席者の男女比率では、男が男と踊るはめになるだろう。
今は有事、女性の姿はほとんどなかった。
案の定、ラドネイの娘であるシルディアの姿も見られない。
国中の美しい女性はすべてその名と顔を記憶している、とは、ウィニフレッドのホラであるが、ウィニフレッドはシルディアという少女と面識があるようだった。
「残念ながらシルディア嬢は欠席か。どれほど美しく成長したか、この目で確かめたかったのだが」
ウィニフレッドは心底残念がったが、すぐにめぼしい女性を見つけると、口説きにかかった。
無論、本気で口説きなどしないのであろうが、
「美しい女性を見たら口説かないのは失礼にあたる」
とは、この男の座右の銘であるらしい。
ゆえに、邪魔はしたくなかったのだが、カイルはウィニフレッドに耳打ちをした。
ウィニフレッドは、
「男に耳打ちされるのは拷問にも等しいな」
と、嘯いたが、カイルの言葉を聞くと、すぐに真剣な表情になり、
「それは誠か?」
と、返した。
カイルはうなずきながら言う。
「……いや、俺の勘だ。勘違いの可能性は大いにある」
だが――、と続ける。
「ここで手を打って置いても損はないと思う。もしも、俺の勘違いだとしても、損するのはお前だけだしな」
「損をする人間の前でよくもまあぬけぬけと……」
「どうせ、本気で女を口説く気なんてないんだろう? 御馳走は喰い損ねるが、今度、しこたまメシをおごってやるぜ」
「私は小食だ。おごるなら、ワインにして貰おうか。帝国歴999年ものの一品が良い」
「……すげい高そうだけど承知した」
カイルはそう言うとウィニフレッドの背中を見送った。
すると、丁度入れ替わりのようにこのパーティーをもよおしてくれた人物がやってきた。
ラドネイ公爵だ。
ラドネイは、
「パーティーは楽しんで頂けていますかな?」
と、常套句を口にした。
「まあまあだな。食い物や楽団は一級品だが」
「それは申し訳ない。城主としてこれ以上ない不徳です」
「いや、実際、パーティー自体は最高だって。王都にいったことはないが、これ以上のパーティーなんてそうそうないんじゃないかな」
カイルはフィリスに視線をやり、同意を求める。
「確かに、王都でもこのような素晴らしい晩餐会は滅多にありません」
と、首肯してくれた。
「ただ、やっぱり足りないのはサプライズかな。ここでとある公爵が、『私はフィリス様に味方する』と宣言してくれれば、食い物も酒も何倍にも旨くなるだろうに」
ラドネイはその言葉を聞くと苦笑する。
「そうできればいいのですが……」
「やはり、我々には味方願えませんか?」
フィリスは尋ねる。
ラドネイは、心苦しそうに言う。
「我々の王家に対する忠誠心、それは誰にも負けない自信があるのですが、やはり王妃の仕打ちを恨みに思うものは多いのです。私が首を縦に振っても、部下や他の貴族がついてきてくれるかどうか……」
「しかし、ラドネイ公爵だけでも、味方になってくれれば千人力です。何卒、お考え直しくださいませんか?」
ラドネイはそれでも首を縦に振らない。
苦渋の表情を浮かべるしかなかった。
そんなラドネイに、カイルはとある提案をする。
「その顔は、決断したいけどできない、って顔だよな?」
「………………」
ラドネイは沈黙によって答える。
「てゆうか、なら余興も兼ねてこうしないか。今からとあるゲームをするから、そのゲームに俺達が勝ったら、考えを改めてくれないか?」
「……余興? ……ゲーム?」
しかし、そんなことで国の大事を決めるなど、とラドネイは言いかけたが、カイルはそれを止める。
「まあまて、これはあくまで余興だよ。あくまで考え直してくれるだけでいい」
カイルはそう言い切ると、ゲームの内容を説明した。
「いや、つうか、ゲームと言っても単純なものだ。頭さえ使わないものだよ」
「頭を使わない?」
「そうだ、宴の席で小難しいことをしてもしょうがないだろ。だからすげい単純にした」
つまり、カイルが提案したゲームとは、
大食い競争――
だった。
双方の陣営から一人だけ選び出し、大食いを競うのである。
もっとも素早く、もっとも大量に食べられた者が勝利者となる。
ラドネイはそのルールを聞いたとき、たしかに余興に丁度良い、と思った。
近くにいた従者に確認をする。
従者は無言でうなずく。
カイルはそれを了承と見なすと、料理の指定をした。
「てゆうか、料理は俺が《指定》するものを、《指定》する順番で出して欲しい」
ラドネイはうなずくが、こうも言った。
「ちなみにカイル殿。こちらの指定する人物は、この男になるが――」
そう言うとラドネイの横に、小山のような男が現れる。
「この男は、我が部下一番の大食らいでございます。鹿3頭を一人で平らげた、という伝説を持っているが、それでもよろしいかな?」
カイルはラドネイに紹介された男を見て、「なるほど」と思った。
簡単にゲームに乗ってくるわけだ。
ラドネイは、「ゲームに負けたら考え直す」と約束してくれたが、実はそんな気などさらさらないのだ。
絶対に勝つ自信があるからこの勝負を受けたのだろう。
たしかにラドネイが連れてきた男は、鹿一頭をそのまま丸呑みにしそうなほどの大男だった。
カイルは思わず冷や汗をかいたが、ここで降りるわけにはいかなかった。
「……いいぜ、それくらいの強敵でなければ、こちらも詰まらない」
カイルはそう言うと、服の袖口をまくし上げる。
その光景を見たエリーは思わず尋ねる。
「まさか、お前が代表者なのか?」
「ん? そうだけど、なにか問題でもあるのか?」
「いや、お前はそこまでの大食いではないだろう」
「まあ、でも、今の面子の中だと俺が一番喰う方だろう」
ウィニフレッドには所用を与えており、この場にいない。そもそもあいつは小食だ。
他の百人隊長も若いゆえにそれなりに喰うが、それでも大食いと呼べるような人物はいない。
フィリスとアザークに至っては論外であろう。あの二人は小鳥の雛くらいの量しか喰えない。
消去法的にカイル自身がエントリーしたわけであるが、エリーは納得いかないようだ。
「こういう場合、自軍最高の戦力で挑むのが軍師の筋だと思うぞ」
「いや、だから最高の布陣で――」
カイルの言葉が途中で止まったのは、エリーのとある行動が目に入ったからだ。
エリーは己の服の袖口をまくし上げていた。
カイルはその行動を無言で見つめると尋ねた。
「……まさか、お前が出場する気か?」
「最高の布陣で挑むのだろう? 他に誰がいる?」
「……誰がいるって」
カイルは、童女のようなエリーと小山のような男を交互に見つめるが、とても勝負になるとは思えない。
むしろ、敵がそのままエリーを食べてしまいそうなほどの体格差であった。
しかし、エリーは、
「ここは私に任せておけ」
の、一点張りだった。
なんでもお前と旅をしていたときは自重してやっていたが、自分には満腹中枢がなく、いくらでも腹に詰め込めるらしい、とのこと。
(……それが本当でも容量が違うだろう)
と、思わざるえなかったが、結局、カイルはエリーを送り出すことになる。
エリーの自信があまりにも満ちあふれていた、ということもあるが、それにこの勝負、実は、《勝敗》は関係ないのだ。
この勝負の肝は、勝敗にではなく、《とある》ところにあった。
ゆえに、この娘が負けてもかまわないと思ったのだ。
(まあ、ここで負ければしばらく大人しくなるかな)
そうも思い、送り出したのだが、エリーの食欲は、カイルの想像を上回るものだった。
その大言壮語に偽りはなかったのである。
大食い勝負で出された最初のメニューは、
「蒸し鶏のオレンジソースがけ」
だった。
エルニカ産の地鶏に、南部産のオレンジをベースにしたソースをかけた前菜である。オレンジの酸味と鶏の旨味が凝縮された前菜にぴったりの料理であるが、エリーは用意された三皿をあっという間に平らげ言った。
「ふむ、もう少しソースがかかっている方が好みかな」
ちなみに対戦相手の大男は未だ二皿目である。
次いで、
「スウォンジー・ライス」
という料理が出される。
これはリエージュ通商連合の名物料理で、米を炊く際に魚介類を入れ、そのダシで味を付けた炊き込みご飯である。
中心に少しだけ芯を残すのがポイントで、その味は無類である。
エリーはそれも圧倒的な速度で平らげると言った。
「これは旨いな、おかわりをしても良いか?」
対戦相手は真っ青になったが、カイルもそれは同様だった。
この小さな身体のどこにあの量が入るというのだろうか。
こいつの胃袋は異世界に繋がっているのではないか、そう思った。
エリーは出される料理すべてをあっという間に平らげていく。
「雌鶏の姿焼き」
「ハザン風オムレツ」
「暴君ステーキ」
「スィート・ポテト」
「ケットシーの長靴グラタン」
「ルッコラとマニ草のサラダ」
エリーは対戦者の三倍の速度で平らげたが、途中でその手を止める。
さすがに無理がたたったのか、そう思ったが、エリーは主催者を見ると一言だけ言った。
「てゆうか、旨いことは旨いが、メニューに統一性がなさ過ぎないか? なぜ、最後がサラダなのだ?」
呆気にとられていたラドネイだが、表情を作り直すと返す。
「メニューを決めたのは、カイル殿でござる……」
「ほう、そうか、《メニュー》を決めたのはカイルか。さすが、軍師だけあって、《統一性》があるようでないな」
エリーはそう皮肉を漏らすと、最後の料理を平らげた。
――勝者は語るまでもないだろう。
エリーは圧倒的大差で、すべての料理を食べ終えた。
「しょ、勝者、エリー殿」
審判役であるラドネイはそう漏らすと、勝者を褒め称えた。
「いや、さすがセレズニア一の軍師殿のお弟子。私の想像以上の逸材でした」
カイルも改めてエリーを見たが、未だに信じられない。
下腹部がぽっこりと妊娠したように膨らんでいるが、それ以外、いつものエリーと変わりはなかった。
ともかく、カイル達の勝利である。
カイルは勝利の褒美を貰うべく、ラドネイの方を振り返った。
もしもラドネイが愚物でなければ、とあることに気が付いてくれるだろう。
カイルはその可能性に賭けたのだが、ラドネイの瞳からはその真意を測ることはできなかった。
ラドネイは、
「お味方の件、検討はしますが……」
と、不明瞭な言葉を残し、従者とともに立ち去っていった。




