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第3章 ありえぬ救援

   ††


 ファナック一行の夜襲が成功したのは、偶然ではなかった。

 これまで亀のように引き籠もっていた連中が、出撃してきたのだ。

 丁度、マリネスカ攻防戦時のときとまったく同じ手法が敵兵にも通用したのである。


 浮き足立つ敵兵、

 たいまつが倒れ、陣や立てかけられた外套(がいとう)が燃え上がる。


 敵兵は混乱をきたし、次々と打ち倒されたが、それもすぐに終わりを告げる。


 ロベール砦を抜け出してきた将兵は、おおよそ500。

 一方、ロベール砦を囲んでいた兵は9000。


 いくら完璧に奇襲が成功しようとも、その戦力差を覆せるものではない。

 時間とともに体勢を立て直した反乱軍は、ファナック率いる若手百人隊長の軍を押し返した。


 その光景を見たとある百人隊長はうなる。


「カイル殿と同じことをしているのに、この差はなんなのだ?」


 カイルがその言を聞いていれば、

「才能の差だ」

 と、即答するかも知れなかった。


 しかし、実際にはやはり戦力差というのはどうしようもない。


 それに反乱軍の尖兵を率いる将軍アドリアーシュは、白鳳騎士団の副団長を務めていた男である。


 独立して武勲を立てたことはないが、エルニカ最強の将軍と謳われるティルノーグの信頼が篤く、

 そのティルノーグに、

「あの男がいなければ白鳳騎士団は廻らない」

 と、言わしめるほどの男だった。


 アドリアーシュは、夜襲こそ許したものの、すぐに体勢を立て直すと、敵軍の包囲にかかった。


 見ればこの夜襲は単発的なもので、その後、ロベール砦から、後続の兵がやってくる気配はない。


 おそらくではあるが、この夜襲、一部の血気盛んなものによる、スタンドプレイなのだろう。


 完全に事態を推察したアドリアーシュは、見せしめに敵を壊滅させるため、包囲消滅戦法を採択した。


 退路をふさがれたファナックは舌打ちする。

 或いはカイルならば、夜襲はしても即座に引き上げたかも知れない。ともかく、この男は欲張りすぎたのだ。


 しかし、ファナックはそのことを自覚しても、恥じてはいなかった。


「まあいい、できればもっと敵兵を討ち取り、国王陛下にご報告したかったが、欲張りすぎたのも事実だ。だが、このファナック、ただでは死なないぞ」


 ファナックは剣を抜き放つ。

 周りに残った私兵と視線を交わし、うなずき合う。


 無謀な主君であったが、案外、この男は部下に好かれていた。

 大将が死ぬというのならば仕方ない、自分も付き合うか。

 そんな表情で、同じように剣を抜き放つと、敵軍めがけて突進した。


 こうして、反骨精神と王家に対する忠義に満ちあふれた若い貴族がこの世を去った――、


 いや、去ろうとしたのだが、それを止める人物が現れる。


 不倒翁ザハードである。


 愛馬スピニオンに跨がって現れたザハードは、敵陣を風のように切り裂き、まっすぐにファナックのもとへ現れる。


 そしてこう言った。


「貴殿は死ぬには若すぎる」


 そして、北を指さす。


「あの先で、我が部隊が敵と抗戦している。合流すればしばらくは戦えるだろう」


 ファナックは命の恩人に礼よりも先に尋ねた。


「し、しかし、ザハード殿の手勢だけでは、持ちこたえられますまい。なぜ、本隊を出撃させなかったのです」


 ザハードは即答する。


「絶対に兵は動かすな、と、カイル殿、いや、異世界のサクラ殿と約束したからだ。これは私の独断専行で行っている」


 ザハードはそう言い切ると、次の戦場へ向かった。

 自ら血路を開き、他の百人隊長を合流させる気だった。

 ファナックはその後ろ姿を呆然と見送るしかなかった。





 ザハードはできる限り、無謀な若者たちを救うと、自分の陣に戻り、指揮にあたった。まさしく八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍であり、その偉業は、敵味方の枠を超え、感嘆された。


 ただし、敵兵はザハードの見事さを褒め称えても、手を抜いたり、或いは恐れおののいたりはしなかった。


 逆に、

「ここでこの老人を殺して置かねば、後日、我らの災いになるぞ」 

 と、反乱軍の将兵はいきり立った。


 敵の士気がくじけることはなかったのである。

 そうなれば、ものを言うのは数の暴力である。


 ザハードの手勢は1000あまり。

 一方、反乱軍は8000を超える。


 その兵力差8倍。


 もはや、個人的武勇など、なんの意味も成さなかった。

 次第に追い詰められていくザハード。


 ザハードとしてはいつ死のうが知ったことではなかったのだが、やはり部下を道ずれにするのは気が引けた。


 ザハードは、散々敵を斬り殺すと、部下達に向かって言った。


「ここはこのザハードが殿(しんがり)を勤める。お前達は是が非でも生き延びろ」


 砦とは反対の場所を指さしたのは、今、砦に逃げ込むと、砦に迷惑が掛かるからだ。敗残兵を収容している混乱を突かれれば、さしものクルクス軍団も崩壊してしまうかも知れない。


 ここは散り散りになったとしても、別方向に逃げるが吉だと思ったのだ。 

 しかし、ザハードの兵達は命令を無視した。


「最後までお供します」


 と、その場を離れなかったのである。

 ザハードは馬鹿者め、とつぶやくしかなかったが、兵達の心意気に感謝するしかなかった。


 一人一人の顔を確認し、彼らの顔を記憶に焼き付けたが、一人だけ、明後日の方向を向いている人間を見つけた。

 ザハードは、この世界には死にたい人間の方が少数派であることを思い出すと、彼に語りかけた。


「何を見ている? 逃げたければ逃げてもいいのだぞ。我らのような戦馬鹿に合わせる必要など何もない」


 ザハードは、男が逃亡したいと勘違いしてそう尋ねたのだが、男は「違います」と否定した。


 だが、こちらの方を見ることはなく、一心に明後日の方向を見つめている。

 男は視線を動かさぬまま、唇を動かす。


「あ、あの、ザハード様、あちらの方向は、確か大河が流れており、兵の移動は不可能でしたよね」


 ザハードは答える。


「お前が見ている先には、ロベール川が流れている。雄大な川だが、兵を渡らせるのは時間が掛かる。だから逃げるのならばそっちではなく――」


 ザハードが最後まで言葉を発せられなかったのは、つられてザハードも男と同じ方向を見てしまったからである。


 ザハードは、思わず我が目を疑ってしまった。


 絶対に現れることはないだろうと信じていた場所から、兵が湧いたのである。

 ザハードはすぐに迎え打つよう命令を下したが、その行動は一歩遅かった。


 いや、正確にいえば迎え打つ必要などなかった。


 なぜならば、遙か遠方より土煙を上げて現れたのは、ザハード達の味方だったからだ。


 騎士達が付けている指し物(旗のこと)で、すぐに彼らが、ロベール砦に滞在していたクルクスの兵だと分かった。


 ザハードは、「助かった」という気持ちよりも、なぜ彼らが、という気持ちの方が先に湧いた。


 しかし、それを考えている暇はなかった。

 ザハードは彼らに呼応するように部隊を展開させた。


 絶対に有り得ない、と思われていた場所から兵が湧いたが、ザハードの手勢はそれを上手く利用した。


 反乱軍は、まったく警戒していなかった横腹を突かれ、崩壊していく。

 ザハード達は、ただ、彼らが討ち漏らした兵を片づけるだけだった。



 こうして反乱軍は撤退を強いられたのだが、なぜ、ロベール川を渡って兵が現れたのだろうか?


 ザハードは、砦に戻ると、軍を指揮していた軍師に尋ねた。

 異世界のサクラは、(とぼ)けた表情で応じてくれる。


「だから、満月の日にはなんとかするっていったじゃないですか」


 つまり、彼女は――、異世界のサクラは、満月の日、潮の満ち引きによってロベール川の川底が浅くなることを知っていたのだ。


「それに、先月から、自分の玉のようなお肌がかさかさであります。つまり、先月から雨があまり降っていなかったのです」


 しかもそれだけでなく、ロベール川の上流の降水量も把握していた、ということになる。


 ザハードは呆れたが、驚きはしなかった。

(これが天秤評議会の軍師の力か……)

 なるほど、確かに伝説になるわけだ、と納得した。




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