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第3章 老将ザハード

   ††(ザハード視点)


  一方、クルクス砦の部隊――


 クルクスの兵達は、カイルの命令により、エルニカの中央部の砦に滞在していた。

 反乱軍との間にくさびを打ち込み、牽制する役目を与えられているのである


 ザハードを主将とする7000の兵は、エルニカ中央にあるベロール砦へと入った。

 ザハードはそこで指揮をとり、砦の上から大砲の弾と、矢尻を敵に放ち、砦を完璧に守り切っていた。


 ただし、ザハードにも不満がないわけではなかった。

 ザハードは、ある日、そのたまった不満を身体の外に放出した。


「サクラ殿、出撃の許可はいつくれるのです?」


 老将にそう語りかけられた軍師、異世界のサクラは答える。


「出撃などもってのほかであります」

「しかし、このままでは砦の士気に関わりますぞ」


「そこは、ザハード殿の統率力と、自分の魅力値で乗り切ってもらいましょう」


 サクラは冗談めかしたが、ザハードは冗談に応じる気分には慣れなかった。

 サクラは、この御老体、なにをそんなに怒っているのだろう、と思ったが、口には出さず、こう言った。


「まあ、もうちょっとだけ待ってください」


「もう少しというと? 具体的な期限を区切って欲しいのですが」


「そうですな。では、次の満月の日にしましょうか」


「満月? なぜに満月なのです」


「ザハード殿は、満月と絹の女神セリカをご存知ですか?」


 無論、知っていたが、返答はしなかった。


「女神セリカは、すべての乙女の守護者でもあるんです。つまり、自分の守護女神様ということですね」


 サクラはそういうと片目をつむり、ウィンクをして見せた。





 ザハードは私室に戻ると大きな溜息をついた。

 なぜ、この歳にもなって、あのような小娘を軍師としなければならないのだろうか、と神を呪ったのだ。


 しかし、ザハードはすぐにかぶりを振る。


 異世界のサクラが天秤評議会の軍師であることを思い出したのだ。

 それに彼女は、カイルの同僚である。

 その能力がカイルを超えているとはとても思えないが、それでもそれに準じるなにかがあるはずだった。


 この砦の指揮官であるザハードが信じずして、誰が彼女を信じるのだろう。


 ザハードは元々、軍師という奴が大嫌いで、側に寄ってくれば露骨に眉をつり上げ、なにか小賢しいことを話そうものなら、罵詈雑言をあびせかけていた。

 そんな偏屈老人の(もう)(ひら)いてくれたのが、カイルという軍師だった。


 カイルは魔法のようにクルクス砦の難題を解決すると、このザハードと互角以上に戦ったのである。


「……そうだな、小娘を信じるのではなく、小娘を信じるカイル様を信じることにしよう」


 ザハードはそう独白すると、今日も迎撃の指示を始めた。





 元々、砦というものは、敵兵を足止めするために設置された施設である。

 僅かな人数で大多数と戦えるように設計されており、通常1000人単位の兵士が滞在するように作られている。


 無論、クルクスやマリネスカのような要塞は別なのだが、このロベール砦はどこにでもある小さな砦であった。

 結果、砦の広場はもちろん、厠や死体置き場にまで兵達のテントが張られていた。


 兵士達がうんざりするのは当然であったが、百人隊長たちはもっとうんざりしていた。

 彼らは不満を言語化し、ザハードにぶつける。


「この砦にやってきて、もう10日目です。以来、我らは穴モグラのように敵兵から逃げ回っている」


「我々は何倍もの敵兵を葬り去ってきた勇者ですぞ? こちらにやってきた反乱兵は、たったの9000、なにを恐れるというのです」


「ともかく、こんな狭っくるしい砦にいるのはもう飽き飽きだ。明日にでも出撃できぬと言うなら、俺は傭兵団を引き連れてこの砦を出て行くぞ」


 それぞれ、もっともな意見だったが、ザハードとしては、彼らの士気を削がないように説得するので精一杯だった。

 ある意味、ザハードは、軍師サクラの気持ちが分かった。


「なるほど、サクラ殿は先ほど同じ気持ちに駆られたのだろうな」

 と――。


 そもそも、この砦の兵は動かさず、敵を引きつけるというのは、カイルが命令した大前提であった。


 理由は、このままでは王都にいる王妃の一派が、反乱軍に投降しかねない、というのが主な理由だった。


 兵を動かすことで、反乱軍に対抗するものあり、とエルニカ全土に伝えるのが、ザハード達の役目だった。


 そしてカイルの戦略の根幹には、こういう意味もある。


「お前達が反乱軍を引きつけていてくれれば、俺らがラドネイ公爵領に入りやすくなる」それに、とカイルは続ける。


「もしもラドネイを仲間に加えたとき、クルクスの手勢と、ラドネイの兵で、反乱軍を挟み撃ちにできるかもしれない。そうすれば、エルニカ最強の白鳳騎士団とて、ひとたまりもないだろうな」


 ザハードはカイルの知謀に感嘆したが、それを支援できるか、心許なくあった。


 この世に生まれて幾星霜(いくせいそう)、ザハードは槍を振り回すことに慣れていたが、将兵を説得するのには慣れていなかった。

 むしろ、若手の百人隊長の(いくさ)にはやる気持ちを理解している側だった。


 そんな自分が彼らを説得できるのだろうか?

 ザハードは知恵熱が出るほど頭を悩ませた。



 ある日、しびれを切らした若手の百人隊長達が、ついに行動を始めた。

 勝手に武具を持ち出し、軍馬まで奪おうとしたのである。

 もちろん、砦の外に打って出て、敵兵と戦うためだったが、ザハードは難儀した。



 ここで厳罰に処さなければ、砦の秩序が保たれないし、

 ここで厳罰に処してしまったら、砦の士気が保たれないと思った。



 ザハードは迷いに迷ったが、彼らと会い、話し合いをしてから処罰を決めようと、行動を起こした百人隊長達を自室に呼んだ。


 ザハードはそこで言葉を失うことになる。

 今回の行動を起こした人物の中に、見慣れた男がいたからだ。


 前日、反乱軍の暴挙に憤りを感じ、クルクス砦に私兵を引き連れて現れた若手の貴族だった。


 名は知らない。貴族といっても猫の額ほどの領地しか持たない騎士階級の男だった。


 しかし、問題なのはそんなことではなく、その男の顔が、ザハードの旧知の人物とそっくりだったのだ。


 ザハードは思わず、

「イシュハ……」

 と、つぶやいてしまう。


 イシュハとは、ザハードが十数年前に亡くした子供の名前であった。

 ザハードには年老いた妻が一人居るが、その妻が産んでくれた息子が一人だけいた。


 文字通り「いた」だ。今はもういない。


 十数年前に、ハザンとの戦争で死んでしまったのだ。

 イシュハは、父である不倒翁をも超える働きをし、将来を嘱望(しょくぼう)された若武者であったが、戦場で流れ矢に当たり、あっさりと死んだ。


 父であるヨシュア・ザハードは全身に矢傷の跡を誇っていたが、その息子であるイシュハはたった一本の矢で死んでしまったのだ。


 ザハードは、神を呪った。

 億万本の矢を代わりに受けてもいいから、息子を返してくれと、神に願った。

 熱心なロズウェル教徒だったザハードだが、神はザハードに奇跡は起こしてくれなかった。


 以来、ザハードは死に場所を求めるかのように、最前線をさまよい。

 妻は片田舎でひっそりと息子の墓を守りながら、夫の戦死の報告を待っていた。


 そして、今日、神はザハードに奇妙な縁をもたらす。

 それは、息子と同じ顔を持つ貴族と出会う、という奇妙な計らいだった。

 ザハードはしばし言葉を失い、その若者を凝視したが、若者の方は無感動だった。


 当たり前である。若者にとってザハードは自分の上官でしかない。

 いや、自分の意思を尊重してくれない嫌な上官でしかないのだ。


 ザハードの息子に似ている青年貴族、ファナックは、無遠慮にもこう言った。


「ザハード様、我々が勝手に出撃しようとしたのは事実でございます。無論、(とが)を受けるのも覚悟の上。ですが、罰を(たまわる)るのならば、是非、戦場で賜りたい。我ら、槍を振って死ねというのならば、喜んで死にましょう」


「………………」


 明瞭簡潔なザハードが言葉を窮してしまったのは、やはりこの男が息子に似ているからだった。


 無論、ザハードはこの男が他人であると知っていた。

 知っていたが、もしも息子が生きていたら、この年頃の孫が生まれていたかと思うと、言葉にならないのである。


 しかし、ザハードはいつまでも過去に囚われているわけにはいかなかった。

 唖然とした表情を作り直すと、命令違反者にいった。


「貴君らに、謹慎を命ずる」


 軍令違反者への処罰としては、軽いものだった。

 ザハードの私情が減刑をもたらしたことは明白だったが、ザハードの慈悲は、彼らに危険をもたらすことになった。



「俺らが謹慎だと?」


「あの老人、軍師カイル殿と出会われて、人が変わられた。昔の翁ならば、絶対、我らに同調してくださった」


「今こそ、反乱軍の先兵共を倒すチャンスだというのに、なぜ、指をしゃぶってこの好機を見逃すか」



 若手の百人隊長達は、ザハードの親心なども知らずに憤慨したが、或いはこの若者達を増長させてしまったのは、カイル自身なのかもしれない。

 カイルはフィリスに仕えて以来、奇跡としか言い様のない采配によって、あまたの事件を解決し、多くの戦場で勝利をもたらした。


 ここ一年のエルニカの軍事的勝利の半分以上は、カイルと、フィリス率いるクルクス軍団がもたらしたものだった。

 将兵達が自信過剰になるのも仕方ないことだった。


 もしも、この場に、カイルかフィリスでもいれば、彼らをなだめることができたかもしれない。


 しかし、不幸なことに彼らはこのベロール砦から遙か南で戦っていた。

 今、丁度、ラドネイ公爵の領地にたどり着いたところなのだが、予知能力のない彼らはそれを知らない。


 ともかく、百人隊長達は、懲りずに武具を身にまとい、砦から出撃することにした。


 今回は前回と同じ(てつ)を踏まないよう、見張りは買収済みである。


 それにもうじき新月である。

 月明かりが少ない今夜であれば、夜襲もやりやすくなるだろう。

 若者達はそう計算をし、砦の外へ出た。




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