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第2章 ジジンとの出会い

   †


 フィリスの恩人であるジジンは、見た目こそアレであるが、気さくないい男であった。


「お、おまえだち、は、腹はへっでいないか?」

 と、果物をとってきてくれたり、

「ふ、服が濡れていると、き、気持ち悪いだろ」

 と、着替えまで用意してくれた。


 ただし、用意した着替えが、この男の物でブカブカだったし、フィリスが着替えようとしても席を立たない気が利かない男であったが。


 カイルは男の腕をひくと、男を外に連れ出した。


「つうか、お前、おひめ……、いや、女が着替えようとしてるんだから、席を立つのがマナーだろう」


 カイルはジジンを叱りつけたが、ジジンは不思議そうな顔で問い返す。


「マナーってなんだ?」


 カイルは呆れたが、返答に(きゅう)する。

 ジジンが更に突拍子のない台詞を吐いたからだ。


「それに女ってなんだ?」

「………………」


 カイルは言葉を失う。

 最初は冗談だと思ったが、男の真剣な表情は、嘘からほど遠いものだった。

 なんでも、この男、ジジンは、この不惑(ふわく)の森から一歩も出たことがないらしい。


 また不惑の森に住まう暗殺集団、呪穏(じゅおん)の一族も、異常な集団らしく、男と女を完全に隔離して育てるらしい。


 ジジンは、記憶も定まらない頃に母親と引き離されて以来、女という生き物にあったことがないのだそうだ。


 ジュオンの一族の男は、幼き頃から女と引き離され、暗殺術を極めることだけを強いられる。

 想像しただけで背筋が震えるが、ジジンという男はそのことを疑問にさえ思っていないようだった。


 カイルは哀れに思ったが、同情はしなかった。

 もしかしたらこの男、敵になるかもしれないのだ。

 そんな男に同情するほど、カイルは出来た人間ではなかった。


 ――ただ、この奇妙に人なつこい男のことを憎むことはできそうになかった


 カイルは、

「女ってなんだ?」

 と、首をひねっているジジンに女について教えてやる。


「女というのは、小さくて、可愛くて、ふわふわしてて、ともかく、一緒にいるだけで楽しい存在のことだ」


「小さくて可愛くてふわふわしてて一緒にいると楽しい……」


 ジジンはカイルの言葉を反芻(はんすう)する。


「わがった! 女ってのはおっかあのことだな?」


「まあ、そうだな。人間一番最初に知り合う女はかあちゃんだ」


「そうか、分かった。女ってのは子供を産む奴のことをいうんだろ?」


「まあ、大体は産むな」


 カイルはなぜか赤ん坊を抱いているフィリスの姿を想像する。


「お、おでの兄貴が言ってた。ジュ、ジュオンの一族は、一人前になったら、お、女って奴を貰えるって。そ、そしてそいつと、こ、子供を作って、つ、次の戦士を育てるんだ」


「なるほどね。まあ、そうか。一生女と離ればなれに暮らしてたら、一族も滅んでしまうだろうしな」


 カイルはジュオンの一族の風習に納得がいったが、ジジンの次の言葉には納得がいかなかった。


 ジジンは、

「お、おでも女と結婚したい。だ、だから、おでと結婚してくれ」  

と、とんでもない提案をしてきた。


 カイルは小屋にいるはずのフィリスに視線をやると、即座に断る。


「マーガレット様はお前のような男と結婚する人じゃない」


 言下(げんか)に断ったが、カイルはとんでもない勘違いをしていた。

 ジジンと部屋の間に立ちふさがるように立ったカイルだったが、ジジンがその大きな手で握りしめたのは、フィリスの手ではなく、カイルの手だった。


「イ、イルカ、俺の嫁っこになって欲しいんだな」


 カイルは文字通り青くなる。

 男、それもジジンのような大男に求婚されるというのは、気色が悪いことこの上なかった。


 無論、カイルはそれ振り払うと、

「ば、馬鹿野郎、俺は男だ。その手の趣味はねえ!」

 と、怒鳴りつけた。


 だが、ジジンは聞く耳を持たない。

 どうやら本気でカイルを女だと思っているようだ。


 その理由は、

「小さくて、可愛くて、一緒に居ると楽しい気分になるから」

 ――らしい。


「いや、お前から見たらどんな男も小さいだろうし、可愛く見えるだろう」


 カイルはそう抗弁したが、ジジンはそれから30分近く、カイルに求婚した。

 つまり、カイルは30分近く、俺はふわふわしてないだろう、と抗弁したことになる。





 なんとか、ジジンの求婚を回避したカイルだったが、ジジンの矛先がフィリスに向かわないことを祈るばかりだった。


 だが、ジジンは、フィリスのことを女だとは認識できないらしい。

 あまりにも女と接点がなかったため、自分と違う性であるフィリスに違和感を感じるのだろう。


 カイルはそう考察した。


 さて、そんなこんながあり、ジジンの世話になったカイルだが、ここまで世話になると恩返しがしたくなるものである。

 もうじき旅立つ身ではあるが、なにか協力できることがないか尋ねた。


 何気ない一言であったが、その言葉が事態を急転させた。


「そ、そう言えば、お、おでの兄者が、ユーフォニア様から、こ、この娘っこを探して捕らえろと言われてるんだな。も、もし、おでが捕まえたら、兄者が喜ぶと思うんだな」


 そう言い、小屋の奥から持ってきたのが、フィリスの肖像画なのだから、おかしなものである。


 ちなみにジジンはその肖像画を持ってきても、未だにフィリスがフィリスであると気が付いていない。


 ジジンがその手に持っている肖像画は、生き写しのようにフィリスを描いていたが、幸いなことに一年前の姿を描いたものだった。


 つまり、まだ長く美しい髪が健在だった頃のフィリスである。

 カイルは、ある意味ジジンの間抜けさに感謝した。

 この男を斬りたくなかったからである。

 今ならばまだ、知らぬ存んぜぬを通すことができる。


 しかし、カイルはあえて尋ねた。


「ちなみに、そのユーフォニアっていうのは、天秤評議会の軍師、断裁のユーフォニアとかいう奴のことか?」


 ジジンという男の口から出たユーフォニアという名前には看過できぬものがある。

 ユーフォニアとは、先日、カイルの前に現れた天秤評議会の軍師で、カイル達の宿敵になるであろう男の部下でもあった。


 カイルはそのことを確認したのだが、ジジンはあっさりと認めた。


「て、てゆうか、お、お前は、ユーフォニア様のことを、し、知っているのか?」


「前に一度だけね。ちなみに奴も女だぜ」


 カイルは(うそぶ)く。

 ジジンは信じられないような顔をする。

 どうやら、一緒にいて楽しくなるようなタイプではないらしい。

 容易に想像できるが、カイルは言った。


「……ちなみに、そのユーフォニア様は、今、この森にいるのかな?」


 万が一に備え、カイルは尋ねたのだが、その質問をするのは半刻ほど遅かったようだ。


 最悪の想像を巡らしていたカイルだったが、その想像は最悪の形で現実となった。


 小屋の外から、聞いたことのある声が響き渡る。

 張りのある独特な声で、一瞬でその声の持ち主の顔を想像できた。


 すでに、断裁のユーフォニアの手勢に囲まれていることを悟ったカイルは、フィリスの顔を見ると決断をうながした。


「つうか、お姫様を危険な目に遭わせっぱなしだ。軍師失格だな、俺は」


 カイルは吐息を漏らしたが、フィリスは笑顔で応える。


「ですが、それらすべてを切り抜けてきたのです。今回も無事切り抜けられることでしょう」


 カイルはその信頼に応えられるよう、知恵を絞ることにした。





 ボロ小屋の外にいる手勢はおよそ10、一人なら突破できない数ではないが、フィリスがいる以上、無茶はできない。

 なんの土地勘もない土地を、なんの情報もないまま逃げ回ることほど、危険なことはなかった。


 ――ならば降伏するべきだろうか?


 フィリスは、

「わたくしが降伏し、カイル様の助命を嘆願するという手もあります」

 と、提案してくれたが、カイルは即座に断った。


 或いは、それでカイルの命は救われるかも知れないが、姫様の未来がなくなる。


 断裁のユーフォニアが、

 いや、その後ろに控える漆黒のセイラムが、姫の存在をどう思っているか未知数だからである。


 姫を傀儡(かいらい)に立て、このエルニカを意のままに操ろうとするのか、

 それともフィリスを殺して、その役目を他の王族にあてがうか、


 それがはっきりしない以上、降伏など論外であった。


 前者ならば奪還の機会はあるだろうが、後者ならば目も当てられない。

 のこのこと降伏した上に、フィリスとカイル両名は、仲良くその首を刎ねられるだろう。


「……まったく、手段を選ばない連中だ」


 カイルはそう独語すると、戸惑っているジジンを見つめた。


「断裁のユーフォニアって女は、悪役らしいことをするのに、ためらいを覚えないタイプらしいな」


 しかし、カイルには真似できない。

 カイル自身、正義の味方を自称するわけではないが、少なくともカイルの主は正義の人だと思っているからだ。


 だから、カイルはごく穏当に、

 《正義の味方》

 らしい、やり方で、この危機を切り抜けることにした。



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