第1章 決戦! 詐欺師 対 山賊
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村が山賊に見張られている、と、カイルに報告してきたのは、意外にもエリーだった。この娘、前々からこの手の視線に敏感なのである。
「私のように可憐な少女だと常に人々の視線を浴びるので、自然とそうなる」とのことだが、カイルに言わせればその白髪が目立つだけだろう、ということになる。
そんな不毛な言い争いを終えると、
「どうしましょうか?」
と問う村長に、カイルはこう告げる。
「想定内だ。むしろここで斥候がきていなかったら拍子抜けだよ」
と嘯く。
「で、ですが、我々の手の内がばれるのでは?」
村長は心配げにそう問う。
つまり、村の殆どの物が役立たずであると敵にばれてしまうのでは、と心配しているようだ。
しかし、そんなものはカイルに言わせれば滑稽以外の何物でもない。
そんなことはとうにばれているに決まっているのだ。
村人たちが手強いと判断しているなら、とっくに他所に移っているに決まっている。
「俺があえて訓練風景を見せているのは、相手に油断して貰うためだ」
「油断……、ですか?」
「ああ、勝ちを確信した相手を騙すことほど容易なことはないからな」
「はあ、なるほど。ですが、あえて強勢を装って、戦を避けるという手段はありませんか?」
「まあ、その手もなくはないけど、いいのか? 俺がこの村から出て行ったら、すぐに戻ってきて仕返しされるかもしれんぞ」
「それは困ります」
村長は震え上がると、以後、口出しをしなくなった。
次に声をかけてきたのは、村の自警団の若者である。
「エシル様、山賊達のアジトに乗り込むのではなく、ここで向かい討つのですか?」
「その予定だけど?」
「ですが、山賊達はエシル様が村にいることを知っています。のこのことやってくるでしょうか?」
「俺が山賊の頭ならこない」
「え、そ、それじゃあ――」
「――まあ、待て。話を聞け。俺が山賊の頭ならこないが、山賊の頭は俺じゃないからな。山賊の頭ってのは面子の塊みたいな奴らだし、案外、嗅覚がきくんだよ。山賊の斥候がもたらす情報を聞くたび、やつの心は揺れてるはずだぜ。いくら白銀のエシルとはいえ、こんなヘタレを率いたところでどうにもならないんじゃね? つうか、今襲えば勝てるんじゃね? と」
カイルは、そう漏らすと、「たぶん、明日辺りには痺れを切らすんじゃないかな」と他人事のように言い、「つーわけで、明日は本番だから、各隊に伝えておくように」と若者に伝えた。
若者は少しだけ困惑した表情で従う。
そして翌日、本当に山賊達はやってきた。
山賊達はなんの前触れもなく、火矢を放ってきた。
運悪く命中した村人はいなかったが、家畜小屋に刺さった火矢は、見る見るうちに燃え上がり、黒煙を上げる。
それが狼煙代わりとなり、戦が始まった。
様々な武具を身に纏った山賊達が、奇声を発しながらやってくる。
手に持つ武器は、剣、刀、槍、斧とまるで統一性がなく、陣形さえ組んでいない。彼らは国に仕える騎士団ではないのだ。
ゆえに、騎士道精神など持ち合わせるわけもなく、なんの前口上もなく、村人に斬りかかってきた。
カイルはその一撃を颯爽と受止めると、相手を蹴り飛ばし、こう宣言をする。
「この三日間の訓練はエリーの言う通りお遊戯の練習だったのか? つうか、てめーら、それでも本当に男か? ほんとに玉は付いてるのか? ここで根性見せなきゃ、女房子供に一生笑われるぞ!」
カイルの上品な激励が効いたのか、緊張で凝り固まっていた村人達は奮い立つ。
「そ、そうだ。今こそ戦うときだ」
「訓練を思い出すんだ!」
「我々にはエシル様が付いている。エシル様さえいれば、負けることはないんだ!!」
カイルはそれを見届けると、後方に下がる。
前線に出たい気持ちはあったが、大将である自分が討ち取られたら、そこで戦の勝敗が決してしまうのである。
カイルは、後方から、村人達がちゃんと三人一組で戦っていることを見届けると、伝令代わりの少年に声をかけた。
「おい、そこの伝令隊長」
鍋を兜代わりにしている少年は、「なんでありますか、騎士団長殿ッ!」と返す。
「良い返事だ。今から貴様に指令を与える。まずは女子供たちに戦いが始まったことを教え、村の教会に逃げ込むように言うんだ」
「はい、確か、山賊に見せつけるように逃げ込むんですよね」
「その通りだ。全員の避難が終了したら、別働隊に例の仕掛けの準備を急がせるんだ」
「分かりました!」
少年は元気よく了承すると、その場を立ち去った。
戦は意外にも一進一退が続いていた。
広場に倒れ込む山賊は3人、
村人達は6人、
サポート係りも含めればまだ圧倒的に人数ではまさっているが、楽観視はできない。
このままのペースで村人が倒れていけば、必ず恐怖が伝搬し、戦線が崩れる。
実際、サポート係りの中には何人か戦線を放棄する者も現れだした。
「頃合いかな」
そう感じたカイルは、大声を上げる。
「これ以上は無理だ。この戦線は放棄する」
その声を聞いた村人達は、武器を捨て、敗走を始める。
通常、兵を引くときは多大な損害をもたらすが、こうすれば確実に山賊よりも早く移動でき、被害を最小限にできる。武器が潤沢ではない村人達にとってはあまり良い作戦ではないが、命あっての物種である。
村人達は潮が引くように、村はずれにある墓地へと引いた。
それを見た山賊は、それぞれに勝ちどきを上げるが、山賊の頭は冷静にそれを制す。
「まだだ、まだ終わったわけじゃないぞ。あと10人くらいはぶった切らないと気が収まらないし、あのエシルとかいう小僧もまだ捕まえてない。野郎ども、やつらを追うぞ」
山賊達は、頭の命令に粛々と従う。
墓地に集結した山賊達は、断崖を背に武器を持つ村人達をあざ笑った。
手に持つ武器は、鍬に鋤と、先ほどとは比べものにならないほど貧弱だったからだ。
山賊達は哀れむように降伏を勧める。
「村の責任者の命と、白銀のエシルの身柄を差し出し、俺達への上納金の額を倍にすれば許してやる」とのことだったが、その不遜な要求に、村人達は石と矢によって応えた。
短気なことで定評のある山賊達は、当然、怒りに身を任せ、刀を抜き放ち襲いかかってきたが、それが彼らの命取りになった。
山賊達が村人の目の前にさしかかったとき、地面が崩れ落ち、多くの山賊と共に奈落の底に墜ちていったのである。
その数、およそ6人。
村人達の慈悲により、突起物こそ設置されていなかったが、ここまで深く掘られていれば容易に這い上がることはできないだろうし、中には骨折する者もいるだろう。
山賊達の呻き声が地中から響き渡る。
「な、く、くそ、落とし穴を掘ってやがったのか!? きたねえぞ、てめえら!」
「山賊にそんな風に言われるなんて光栄だよ。つうか、本当に引っかかるとは思わなかった。お前、斥候から穴を掘ってるって情報は得なかったのか?」
怒髪天をつく表情でサジを睨み付ける頭。
サジは顔を真っ青にしながら、両手を振る。
「あっしはちゃんと伝えやしたぜ。でも、お頭達は、奴らが自分たちの墓穴を掘ってやがる、って相手にしてくれなかったじゃないですか」
「ばっきゃろー! 俺が言ったのは、あいつら、俺達を殺して埋葬する気でいやがる、だ! こんなに大きい穴なら、最初からそう言え、さすがにここまで馬鹿でかけりゃ気が付くわ!」
「まあ、これにひっかからなくても他にもトラップは用意してあるけどね」
その言を聞いた山賊の頭は、むむぅ、と唸り声を上げる。
正直、戦力が半減したとはいえ、今だ自分達の方が有利だ。
相手は鍬と鋤を持った農民で、このまま斬りかかれば負けることはないはず、である。
――はずであるのだが、そのはずであるが今日は何度も外れているのだから、この場は慎重にならざるを得ない。
山賊の頭は暫し熟考すると、とある悪巧みを思いついた。
山賊の頭はその悪巧みを実行に移すべく、手下共に命令を始める。
「お前とお前、それにお前たちはこの場に残り、あいつらを見張ってろ。俺達を追ってくるようなら斬り殺せ」
「へ、へい、で、ですが、親分達はどちらに行かれるんで?」
「俺達は教会に行く」
「は、はあ、お祈りですかい?」
「馬鹿野郎、俺が神なんかに祈るか。あの教会には女子供が集まっているんだ。あいつらをとっ捕まえて、こいつらに降伏を促す。いくらなんでも自分の女房や子供に刀を突きつけられたらあいつらも抵抗をやめるだろう」
「な、なるほど、さすがお頭、頭良いですね」
「ふふん、俺は頭がいいんだよ。じゃあ、ちょっくら行っってくるから、おさえを頼むぞ」
山賊達は勢いよく了承すると、村人達の方に振り返り、こちらを睨み付けてくる。
カイルを始め、村人達はその光景を見守っているしかなかった。
村の広場に戻ってきた山賊達は、真っ先に教会へ向かう。
教会の前に現れると、教会の扉の隙間からこちらを覗き込んでいた銀髪の少女が、慌てて首を引っ込める。
まだ年端もいかない少女だが、小綺麗な顔をしているので高値で奴隷商人に売れるだろう。
そんなことを考えながら、山賊の頭は教会のドアを蹴飛ばす。
だが、教会のドアは思いの外頑丈でびくともしなかった。
小さな村ではあるが、教会だけは立派な造りにしてあるようだ。信心深いというか、辛気くさいというか、自分には理解できない考え方である。
頭は、手下に丸太を持ってこさせると、それを数人がかりで担ぎ上げ、振り子のように何度も扉に叩き付ける。
ガシンッ! ガシン!
木と木がぶつかり合う音が鳴り響き、大きな扉がきしみ声を上げる。
そして数度目の激突によって、教会の扉は破壊された。
山賊達は歓声を上げ、勢いよく教会内に飛び込んでいく。
教会内は薄暗かったが、天井にあるステンドグラスが光量を確保しており、十分視界が利いた。山賊の頭はその光りを頼りに、室内に隠れている村人を探したが、すぐに異変に気が付いた。
室内に誰も居ないのである。
それこそ猫の子一匹、この教会にはいなかった。
「お、おい、馬鹿な。さっき小娘が入り込んだだろう。俺は確かに見たぞ」
山賊の頭はそう言うと、手下にお前も見ただろう、と問うた。当然、答えはYESである。
「どこかに隠れるスペースなんてあるわけがねえし、一体、どこに消えちまったって言うんだ?」
その素朴な疑問に答えてくれたのは、この教会の主だった。
もちろん神などではなく、一介の詐欺師だが。
「つうか、お前の部下は本当に頭が悪いな。あんな簡単なトラップに引っかかってくれるとは」
振り返ると、そこには白銀のエシルと呼ばれている少年がいた。
「て、てめえ、どうしてここに」
「いや、だからお前の部下は馬鹿だって言ったろ。残りも全員のして、落とし穴の中で眠って貰ってるよ」
「…………あの役立たず共め」
「まあ、そう怒るなよ。子分は親分を映し出す鏡って昔から言うじゃないか。つまり、子分のレベル=お前さんのレベルなんだよ」
「こ、小僧、言わせておけば! 勝ったつもりでいるようだが、ここにいるのは俺の手下達の中でも精鋭なんだぜ。それに俺は一騎当千の男だ。例え俺一人でもお前らなど蹴散らしてくれるわ」
山賊の頭の丸太のような腕に力が入る。
一騎当千は過大かもしれないが、確かにこの男を相手にしていたら被害は甚大になりそうだ。
ゆえに、カイルは、一歩さがると、村人からたいまつを受け取る。
「おっと、山賊の頭、一歩でも動いたら、こいつを投げ込むぜ?」
「……それを投げ込んだからといってどうなるっていうんだ」
「つうか、本当に鈍いのな。誰もいなくなった教会、その中に敷き詰められたワラの山、そしてそのワラに染み込んだ嗅ぎなれた匂い。それだけそろってればゲームオーバーだって気が付かないのか?」
「……匂い?」
山賊の頭はそう言うとあらためて室内に立ち込めた匂いを確認する。
その匂いは、確かに嗅ぎなれたものだった。
この辛気くさい村にやってきたときから何度も嗅いできた匂い、つまりエリーズ油の匂いだった。
「気が付いたみたいだな。まあ、俺も山賊の丸焼きだなんて趣味はない。素直に降伏するなら命乞いは認めるぜ」
その言を聞いた山賊は力なくうなだれ、
「――無念」
と一言だけつぶやいた。
こうしてカイルと村人たちの戦いは勝利に終わった。