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第1章 どっちを連れて行く?

   †


 カイルとフィリスの冒険――

 ラドネイ公爵領への旅は、こうして始まった。


 随伴者は、アザーク、ウィニフレッド、そして腕に覚えがある千人隊長と百人隊長、それに兵士も少々、30人規模の一団となった。

 旅人の一団としては大人数ではあるが、軍隊としてみれば、兵力とも呼べないような規模だった。


 さて、30人の随伴者は、当然、武官を中心に選んだわけであるが、文官を連れてこなかったわけではなかった。


 てゆうか、クルクス砦に滞在する二人の軍師は、

「私も連れて行け」

「自分も連れて行って欲しいであります」

 と、懇願(こんがん)してきた。


(本物の)白銀のエシルと異世界のサクラは、双方、留守番は嫌である、と詰め寄ってきたのである。


 エリーが随伴したい理由は、

「お前といた方が面白いものを見れそうだ」

 であり、

 サクラの理由は、

「ダーリンが旅をしている間に寝取られでもしたら、自分、後悔しても仕切れないであります」

 とのことだった。


 双方、戦略的な識見も、軍師らしい所見もゼロの言葉である。

 この二人、本当に天秤評議会の軍師なのだろうか。

 カイルは今更ながらに疑わざるをえなかったが、それでも決断をしなければならなかった。


 つまり、エリーとサクラ、どちらを部隊に残すかである。

 砦を立つ際、カイルは交互に見つめた。


 エリーはいつものすまし顔で、

「ふふん、私を選ばない奴がいたら、そいつの知能は、カマドウマ以下だ」

 というドヤ顔をしていた。


 サクラは、

「自分、お色気担当であります」

 と、メイド服のスカートを軽くまくり上げ、小悪魔のように微笑んでいた。



 ――ぶっちゃけると、正直どっちもうざい。



 エリーはエリーで小言が五月蠅いし、サクラはサクラで口の先から生まれてきたような女(?)で、一緒にいると疲れるのである。


 正直、どっちも連れて行きたくはなかったが、連れて行かないわけにもいかない。

 天秤評議会の軍師の知恵は、フィリスにとってもカイルにとっても有益なのだ。


「さて、そうなるとどちらを選ぶかだが……」


 カイルは独語する。


「二人とも連れて行く、という選択肢もありますが?」


 サクラはウィンクをしながら、指を突き出す。


 カイルは、

「却下」

 と一言で斬り捨てる。


 目下のところ、クルクス砦には、三人の軍師がいるが、三人が三人とも部隊から離れるというのは、あまりに馬鹿げた選択肢であった。


 いつ敵に襲われるか分からない状況で、そんなことができるわけがない。

 だから、必ず一人は部隊に残留して貰わねばならなかった。


 カイルとしては、能力的に、エリーに残って欲しいと思っていた。

 先日、ウスカール救援の際に援軍に来てくれたときの用兵は、まさしく神がかっていたし、エリーの能力ならば安心して部隊を任せることができる。


 ただ、逆にいえば、その能力は近くに置いておきたい能力でもあった。

 カイルはまだまだ軍師としての知識が欠けており、学びたいことがたくさんある。


 ならば、サクラを残すべきであろうか……。

 サクラの手腕は実は未知数である。

 天秤評議会の軍師なのだから、こいつも相当の実力を秘めているはずなのだろうが、カイルの前ではまだ発揮してくれていない。


 せいぜい、お色気担当としてカイルの目を楽しませてくれているだけだ。

 ――いや、男だとは分かってるけどさ。


「……うーん」


 即断即決タイプのカイルには珍しかったが、迷いに迷った。


「つうか、こんなときは、師匠の格言に従うべきだ」


 カイルはそう言うと、詐欺の師匠が教えてくれた取って置きの解決法を披露した。


「つうか、お前ら、ジャンケンって知っているか?」

「ジャンケン?」


 エリーは首をひねる。

 てゆうか、この女にも知らないことがあるのか。


「てゆうか、ジャンケンがこの世界にもあるんスか?」


 一際驚きの声を上げたのはサクラだった。なんでも、ジャンケンという遊びは、サクラの国、異世界ニホンにもあるらしい。


「いやあ、呼称まで同じとは、もしかして、自分と同じニホン人がこの世界にやってきて、広めていったのかもしれませんな」


 サクラの喜びようは、ひとしおだ。まるで旧友と再会したかのようである。

 まあ、この娘の来歴はよう分からないが、異世界からやってきたということはそれなりに苦労しているのだろう。その気持ちが分からないわけでもない。


 だが、カイルはこの勝負に手心を加えてやるつもりはない。

 てゆうか、ジャンケンに手心など加えられるわけがない。

 カイルは、エリーにルールを説明すると、勝負の審判役を引き受けた。

 ちなみに三回勝負である。


「ちなみにサンマという奴ですな。基本中の基本です」


 サクラはにやりと笑う。


「ちなみに自分、幼い頃からジャンケン・サクラちゃんと呼ばれていました。幼稚園の頃、おやつが余ると、3回中2回は勝つため、保育士にサクラちゃんはチョキかパーしか出しちゃ駄目といわれていたくらいであります」


「ほう、よくわからないが、すごそうだ」


 エリーは大仰(おおぎよう)に言う。


「ちなみに我が地方のルールでは、最初にグーを出し、そのあと、ジッケッタ、という掛け声をもちいます。それでかまいませんか?」


「かまわないが、そのジッケッタという言葉にどういう意味があるのだ」


「神よ、この乾いた大地に、敗者の血を流し、潤いを与えます、どうか御照覧あれ!、という意味です」


「……そいつは恐ろしいな」


 エリーはそう漏らすが、サクラは即座に、

「嘘です」

 と、返す。


「………………」


 こうして、女二人(?)の真剣勝負が始まった。

 最初の勝負はサクラが勝利した。

 それも偶然ではなく、必勝の策を使ったのだ。


「ジャンケンの素人は、とっさにチョキを出せません。案外、あのポーズは難しいのです」


 と、その策を披瀝(ひれき)した。


「つうか、こすい奴だな……、要は素人だからパーとグーしか出さないと踏んだのか」


 サクラは得意げに返す。


「その通りです。つまり、パーを出せば、負けることはありません。勝率は50パーセントです」


「相手がパーを出したときは?」


「次もパーを出します。素人は同じ手を何度も使うことが多いからです。勝てない手ですが、負けない手です。そのうち相手もしびれを切らしてグーを出します」


 なるほどね、と感心せざるを得ない。

 ジャンケン一つとっても色々あるものである。

 カイルは初めてこの娘、異世界のサクラの軍師らしいところを見たような気がする。


 いや、それは大げさか、たかだかジャンケンである。

 しかし、たかがジャンケン、だとは思えない人間もいるようで、サクラの言を聞いたエリーは珍しく、瞳を燃やしていた。


「ほう、この私を心理戦で出し抜くとは……」


 エリーは、そうポツリと漏らすと、「次は負けない」と言い放ち、二戦目に移った。


 二戦目の結果は、エリーの勝利である。

 エリーは「グー」サクラは「チョキ」を出したのだ。

 エリーは、先ほど負けた「グー」で勝負をかけ、サクラは先ほどの説明で混乱したはずのエリーをたたみ込むかのようにチョキを出したのだが、結果、エリーが勝利した。


 エリーは、

「見たことか!」

 と歓喜の声を上げる。


 てゆうか、この喜びよう、エリーは童女のようにはしゃいだ。


(……こいつ、こんな表情もできるのな)


 カイルはそう思ったが、やはりこうも思った。


(……つうか、軍師って奴は、ほんと勝負事が好きだな)


 カイルは自分のことを棚に上げてそう表すと、

「次が最後の勝負だ」

 と、うながした。


 両者、それぞれの動作を止め、真剣な表情となる。



 サクラは、直立不動の無形の位、

 エリーは、己の腕を引き、力を溜め込んでいる。



 剣豪同士の決闘のような雰囲気が立ちこめる。

 サクラは、最後に心理戦に持ち込む。


「ちなみに自分、パーを出しますよ」


 無論、ブラフであろうが、案外、本当に出すかも知れない。

 これが心理戦という奴だ。


 一方、エリーは無言である。

 この際、心理戦などというものには頼らず、己の信じた手で勝負するつもりなのかもしれない。


 エリーからはそんな勝負師めいた気迫を感じる。

 ――が、エリーは、最後の最後で、こんなことをつぶやいた。


「ところで、そこにいるカイルは、まだお前の本名を知らないようだが」


 その言を聞いたサクラは、

 ビクリ、と背筋を振るわせる。


「ま、ま、まさか、姉御、自分の本名をカイル殿にチクる気でありますか?」

「チクるなんてとんでもない。ただ、私は次、チョキとかいうものを出そうと思っている。そして私はお前が正直者だと信じている」


 そう言い切ると、

「私を失望させるなよ、サクラ」

 と、勝負の構えを見せた。


 明らかに動揺しているサクラは、声を震わせながら、

「――さ、最初はグー!」

 と言い放った。


 サクラは宣言通りパーを出し、エリーはチョキを出した。

 エリーは、にかりと微笑むと、カイルの方に振り向き、こう言い放った。

 

「ふふふ、これが駆け引きというものだよ」

「……駆け引き、ね」


 カイルは呆れながらそう漏らす。

 それは駆け引きではなく、脅迫の間違いだろう、と。


 カイルは、エリーの脅迫に屈した被害者を見やる。

 その場に崩れ落ちているが、気の毒という気持ちよりも別の気持ちが湧いた。


 てゆうか、こいつが一言で従ってしまうほどの秘密、異世界のサクラの本名とやらは、一体どんなものなのだろうか、と――。  




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