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第1章 旅の人選

  †


 手紙を送ってから二週間が経過したが、ラドネイ公は何も返事を寄越さなかった。


 フィリスは、

「公爵は味方してくれない――、ということでしょうか?」

 と、問うた。


「分からない。日和見(ひよりみ)を決め込むならば、そう宣言して欲しいところだが……」


「しかし、妙ですな。ラドネイ公は、頑固な武人として知られるお方。もう少しはっきり自分の立場を鮮明にされると思っていましたが」


 老将ザハードは首をひねる。


「敵に加わらないだけ、助かるといえば助かるが……」


 カイルは独白する。


「……カイル様、これ以上待つことはできません。このままでは、王都が陥落してしまうでしょう。母上や弟に危険が及ぶかも知れません」


「姫さんの言うことはもっともなんだが……」


 カイルは考える。

 このままクルクスの兵だけで王都救援におもむいてよいか、を。


 クルクスの兵は、今、7000ほど。

 先日まで4000を切っていたことを考えれば、倍近くになっている。



 理由は、負傷兵が復帰したこと。

 王都から逃れてきた兵を吸収したこと。

 僅かばかりいた変わり者の貴族が兵を率いて参陣してくれたこと。

 そして先日ハザンから頂戴した金貨で傭兵を集めたことにある。



 この短期間でよくぞここまで集めたと自画自賛したくなるが、敵兵は4万規模にふくれあがっているという。

 彼我の戦力差は開くばかりだった。


 このままでは、反乱軍に対抗できないばかりか、戦う前に瓦解してしまう恐れもあった。


 いや、その前に王都の連中が音を上げてしまい、反乱軍に降伏してしまう、という事態も考えられる。


 そうなれば、カイル達が賊軍と呼ばれるようになり、軍を動かす根拠さえなくしてしまうのだ。


 そうなってからでは、なにもかもが遅かった。

 カイルはそう思っているのだが、銀髪の少女は冷やかすように言う。


「ほう、つまり、兵力が拮抗していれば、お前はティルノーグに勝てる自信があるのか?」


 カイルはあっさり答える。


「まあね」

 と――。


「相手は、この国最強の将軍なのだぞ? 白鳳騎士団は、セレズニア全土に響き渡る強力な騎士団だ」


 それはカイルも知っていた。


 ついでにその白鳳騎士団という奴が、先日、ブリューン六公国の内乱に介入し、華々しい戦果を上げていたことも知っている。


 白鳳騎士団は、ブリューン六公国のとある公王家の援軍に派遣されていたのだ。

 ブリューン六公国は、エルニカ南部に存在する公国で、その名の通り、六つの公国の連合体である。

 いわゆる選王制という奴で、六つの公国が順番に国王を務めることにより、国内の安定を図ってきた。


 国王の任期は10年、もしも途中で国王が死ねば、次の公王が順番に王位を継ぐ制度だ。つまり、50年に1回は、必ず王位が回ってくる計算になる。


 ――ただし、逆にいえば、下手な時代に生まれてしまえば、一生王位に就くことなく、公王家の当主として人生を終えるのが定めだった。


 当然、納得いかない覇気のある公王もいた。

 それゆえに、時折内乱となり、他国の介入を受けてしまうのだ。

 事実、先日の戦もそのような経緯で行われた。


 とある公王家が、現国王の意に逆らい、討伐軍を送られたところに、エルニカは介入したのである。


 反乱を起こし、他の五公王家に対抗するため、私財をはたいてエルニカに救援を求めたわけだが、その無意味な戦に派遣された白鳳騎士団は、縦横無尽に活躍した。


 他の五公王家の軍隊と、五分以上に渡り合ったのである。

 結局、反逆した公王を不問に付す、という形で和議を結ぶことに成功し、白鳳騎士団は華々しく凱旋した。


 ――凱旋したはずだったのだが、功を上げたと思っているティルノーグに対して、王妃アマルダは冷淡すぎた。


 褒美どころか、ねぎらいの言葉すらかけず、むしろ命懸けで戦った白鳳騎士団を詰問(きつもん)した。


「白鳳騎士団は、この国最強の騎士団と聞いていましたが、どうやらそれは貴方方自身が流している噂に過ぎないようですね」


 王妃アマルダは、勝手に和議を結んで帰ってきたティルノーグをなじったのだ。


 自分の許可なく和議を結んだことに腹を立てているのか、

 或いは戦功を立てすぎたティルノーグを警戒していたのか――、

 それは本人に聞かねば分からぬことであったが、ティルノーグの矜持(きょうじ)をしこたま傷つけたのは確かだった。


 王妃の仕打ちに怒った白鳳騎士団の団員達は、今こそこの国の為に立ち上がり、国政を正道へと戻すのです。これ以上、王妃の専横を許すべきではない、と、団長にせまった。


 このような経緯で、ティルノーグは、5000の兵を率いて立ち上がったのである。 


 上記が、今回の反乱のきっかけとされている。

 聞けばティルノーグとその部下達には同情せざる得ないというか、



「あれ、この境遇って俺達と一緒じゃね?」



 と思わずにはいられない。

 しかし、同情したからといって、手心を加えるつもりはまったくなかった。

 こちらとしても、姫様の未来が懸かっている以上、絶対に勝つつもりで挑むしかないのだ。


 先ほど、エリーは、

「お前は最強の騎士団に勝つ自信があるのか?」

 と、問うてきたが、カイルはこう答えるしかない。


「自信のあるなしなんて関係ねえ。勝つしかないんだよ」


 カイルは改めてそう宣言をすると、1%でも勝率を高める作業に入った。

 その作業とはやはり、ラドネイ公爵を味方に付ける作戦だった。

 カイルは、会議の間に集まった諸将達にそう宣言すると、具体的な策を話し始めた。



「ラドネイ公爵のもとに、直接おもむいて談判しようと思う」


 カイルは、フィリスと居並ぶ諸将に己の胸の内を伝えた。

 誰一人意外そうな顔をしなかったのは、もはやそれしか道が残されていないからだった。

 カイルの考えは、砦内の武官の共通認識だったのだ。


 こうして、誰一人反対することなく、ラドネイ公爵の領地への旅が決まった。


 ――いや、正確にいえば一人だけ反対するものがいた。

 アザークである。

 フィリス王女の親衛隊長であるアザークは、姫様を連れだっての旅に反対した。


 理由はこうである。

「ラドネイ公爵の領地は、王都を挟んで反対側にある。つまり、敵中を突破して向かわなければならない。オレはそんな危険な賭けをするのに反対だ」


 親衛隊長として、姫様の忠臣として、当然の言葉だった。

 だが、同時に、アザークは反対を強行するつもりもないようだった。


「……しかし、この状況下では、それしか選択肢もないのも承知している。だから、今回の旅、絶対にオレも同行させてもらう」


 アザークは、その細眉を凜々しく立てながら言い放った。


 無論、カイルとしても、アザークの個人的武勇は頼りにしていた。

 それに今回の旅は、絶対に姫様の同行が欠かせない。

 姫様の安全を長年守ってきた親衛隊長の随伴(ずいはん)は、既定の事実だった。


 ただ、カイルとしては、無制限にこの砦の将兵を連れて行くつもりはない。


 理由は単純で、カイル達がラドネイを説得すると同時にこの砦の兵を動かすつもりでいるからだ。

 カイルとフィリス一行以外は、別行動を取ることになる。

 つまり、このクルクス砦の軍団を率いてもらう将を残して置かなければならない。

 カイルがいない間、王都の軍勢と対峙し、それを指揮統率して貰う人間がいるのだ。



 カイルは改めて一同を見やり、人選を始める。

 カイルがまず始めに視線をやったのは、当然のように白髪頭の老人だった。

 ヨシュア・ザハードである。


 このエルニカ王国の宿将にして、カイル一番の部下だった。

 出会った当初は反目していた二人だが、今では当時のことを感じさせない良いコンビになったと思う。


 ただ、カイルが一方的に好かれるというか、ザハードに気に入られているというか、暇さえあれば近寄ってくるので、最近、辟易(へきえき)している。


 フィリスなどに言わせれば、

「孫ができたようで嬉しいのでしょう」

 ということになるが、エリーに言わせると、

「チェスで唯一勝てる相手を見つけて嬉しいだけではないか」

 となる。


「………………」


 事実、ザハードは暇さえあればチェス盤と駒を持ってカイルの部屋にやってくる。

 カイルはこのチェスというゲームが苦手で、今のところ、3勝21敗の戦績を誇っていた。

 しかもその3勝も、ザハードが(かわや)へ行っている隙に駒を入れ替えたことによるイカサマの勝利である。


 老練なザハードはそのことに気がついているようだが、文句を言われたことはない。さすが大人というかジジイである。


 横道にそれたが、カイルがザハードを信頼しているということは分かって貰えただろう。


 カイルはこの男の武人としての能力も人格も、高水準で評価していた。

 もしもあのとき、この男の出奔を許していたら、今のカイルは存在しなかっただろう。


 ウスカール救援も失敗に終わっただろうし、

 マリネスカ砦も奪うことができなかっただろうし、

 イカルディとギュネイ両王子を倒すこともできなかったはずだ。

 この老人の武勇と指揮能力は、それほどまでに高いのである。



 ――となると。



 カイルは己の顎に手を添え、結論を出さざるをえない。


 そもそも総大将のフィリスが軍団を留守にするのだから、代わりとなるものは必然的にこの男しかいなかった。

 フィリスがこの砦に赴任してくる前の主であり、この砦の生き字引きでもある老将以外、その役目をまっとうできるものなどいないと思われた。


 カイルは率直な感想を口にする。


「ああ、人材不足だわ。他に兵を預けられる千人隊長がいない」


 ザハード以外の千人隊長は、まだ年若く、圧倒的に経験が不足しているのである。

 カイルは、頭の中でザハードの顔を描くと、ザハードの顔に「残留」という文字を張った。


 ザハードもその意を伝えられると、

「そのお役目、(つつし)んでお受けします」

 と、頭を垂れた。


 ザハード自身は姫と同行したい気持ちがあるようだが、自分が最年長者であると心得ており、我が(まま)を言うことはなかった。


 カイルは改めてザハードに感謝の念を送ると、次は我が儘を言いたい放題の男に視線を向けた。


 つまり、ウィニフレッドである。


 この男は、先日、カイルがわざわざウスカールの山奥まで行き迎え入れた弓使いである。

 なんでも、

「300メルン先の蚊の眉間を射貫く」

 という腕前を持っているそうだ。

 大言壮語に聞こえるが、これがまったく誇張されていないのだから驚きである。


 このエルニカで(もち)いられる弓の射程は、最大で400メルン前後、無論、それは狙いを付けるとか、一撃必中の概念を無視した距離である。


 通常、有効射程は、100メルン前後とされる。

 だが、この男、ウィニフレッドは、300メルン離れたところにいる敵将を次々と射貫いていく。


 雑兵と百人隊長クラスを300メルン先からきっちり見極め、風や湿度なども計算しながら、敵将の急所に矢を撃ち込んでいくのである。


 その実力は、先日のマリネスカ攻略でしっかりと見届けさせて貰った。

 個人的武勇に限れば、ザハードに匹敵しうる唯一の男である。

 ただし、先ほどもいったとおり、この男は我が儘だった。


「麗しの姫君が危険を冒し、旅に出るというのなら、この勇者ウィニフレッドの出番であるな」


 ウィニフレッドは、この計画が決まって以来、自分も同行するとの一点張りだった。

 ウィニフレッドは、フィリス王女の騎士を自認しており、騎士道精神も持ち合わせるキザな男だった。むしろ、ここで残留する方が不自然なのだが、カイルはそれでも迷った。


「むう……、お前が付いてきてくれれば、百人力ではあるのだが……」


「千人力の間違いだろう。なあ、カイルよ、お前がこの軍団の戦力が落ちることを心配しているのなら、それは筋違いだ。そもそも、お前が反乱軍と雌雄を決するのは、ラドネイ公爵を説き伏せた後なのだろう? それまでは戦闘は厳禁にすると言っていたじゃないか」


「万が一と言うこともあるだろう」


 カイルは言う。


「万が一ということは、一万回繰り返して、一回しか起きない、という意味だ。お前はそんな微少な可能性を恐れて、私の能力を無益に消費してしまうつもりなのか?」


 カイルはそれでも悩んだが、結局、ウィニフレッドを連れて行くことにした。

 この男との出会いを思い出したからだ。


 この男は、指ではじいたコインが何回転するか言い当て、コインがこすれる音だけで何枚のコインがあるか見抜いてしまうほどの男である。

 こういった危険な旅では、ある意味、誰よりも役に立ってくれるだろう。


 カイルは改めてウィニフレッドを見つめると、

「姫さんにちょっかいを出すなよ」

 と、命令し、ウィニフレッドの同行を許可した。


 ウィニフレッドは、

「さすが軍師殿だ。常に最善手を打たれる」

 と、口元を緩めた。


「………………」


 カイルは、絶対、姫様に言い寄ると見抜いていたが、それでも何も言わなかった。

 アザークという名の番犬がいる限り、なんの問題もないだろう、と思ったのだ。


 事実、アザークは、ウィニフレッドをマークし、姫様には絶対に近づけまい、と念仏のように唱えていた。




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