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第4章 フィリスの嫁入り

   †


 カイルが野戦で敵を打ち払う算段を立てたのは、フィリスの親衛隊長であるアザークからとある情報を得たときだった。

 王都からやってきた援軍が、王太子イカルディとその弟だという情報を得たのだ。


 カイルはその情報を聞いたとき、意外に思った。


「両方いっぺんにやってきたのか?」

「そのようだな」

「その二人は玉座を争う政敵だと聞いていたんだが」


「それだけの緊急事態ということだろう。実際、マリネスカは落ちてしまったしな」


 それに、とアザークは続ける。


「あの兄弟の仲の悪さは、国外にも響き渡っているが、ハザンの現国王、アルシャイン陛下は聡明な方として知られる。兄弟喧嘩で国難に大事を及ぼすような輩に、次期王位は与えまい」


 と、説明した。

 なるほど、カイルは納得する。


 アルシャインは高齢ではあるが、王としての才覚はなかなかのものだと内外に評判だった。

 戦におもむくことは少ないが、賢能の士を幅広く集め、登用し、内政に関しては文句の付けようのない実績を誇っている。


 そんな王だから、イカルディ王子のような難物もなんとか御しているのだろう。


 カイルはそう推測したが、気になる点もあった。


「つうか、お前、やけに詳しいな、もしかして《その》馬鹿兄弟と知り合いか?」


 何気なく尋ねた質問であるが、アザークの答えは意外なものだった。


「知り合いも何も、二人の王子、特にギュネイ殿下は姫の御友人だ」


「姫様の友人だって!?」

「本人は、未来の夫、を自称しているがな」


 そう言うとアザークは説明を始める。

 なんでも敵軍の王子、ギュネイとは古い知り合いらしい。


 出会いは数年前まで遡り、ハザンの国王アルシャインがエルニカに訪問した際に出会っている。


 ――一方的な一目惚れだったらしい。


 アルシャイン王の共として随伴したギュネイは、一行をもてなす夜会で可憐な少女と出逢ってしまう。


 それがフィリスである。


 ギュネイは、真っ白なドレスに身を包んだ王女にたちまち夢中になると、即座に結婚を申し込んだ。

 困ったのはフィリスであるが、当時、娘を大事にしていたトリステン四世は、ギュネイ側の求婚を断った。


 王家の娘である。

 いつかは他家に嫁ぐ身だが、まだまだ手元に置いておきたかったのだろう。


「………………」


 というか、その話を聞いたカイルは沈黙せざるを得ない。


 アザークは、

「どうした?」

 と尋ねるが、カイルはこう返すしかない。


「……なあ、姫様って今、14歳だったよな? たしか?」

「そうだが?」


 アザークは不思議そうに返す。


「ちなみにその夜会は何年前に開かれたんだ?」

「確か4年前だったと記憶している」


 その言葉を聞いたカイルは、指を折って数えるが、やはり計算が合わない。

 カイルが仕入れた情報によると、ギュネイ王子は、20代も半ばを過ぎた青年らしい。


 そんな男が10歳の娘に求婚したということになる。

 それも政略とか、そういうのを抜きにして、純粋に惚れたとなると、カイルはとある言葉を思い出さずにはいられなかった。

 カイルはその言葉を口にしようとしたが、代わりに口にしたのはエリーだった。


「その男は真性の小児性愛者だな。しかも王侯貴族に多い、倒錯(とうさく)趣味もありそうだ」


 エリーは断言したが、カイルもそう思う。

 カイルはフィリスに惚れていたが、それは今現在のフィリスであって、10歳前後のフィリスに会っても胸がときめいたかどうか。


 カイルは少し離れたところにいるフィリスに視線をやるが、やはり真っ先に胸に視線が行く。努力して胸以外のパーツも見てみるが……。


「………………」


 あ、やばい、やっぱり胸以外も可愛い。

 特にあどけない表情というか、無垢な瞳がとても魅力的だった。


(むう、これはもしかしたら10歳の段階でも惚れてたかも)


 カイルは数エル先にいるギュネイに共感した。

 共感したが、共感したからといって、負けてやる道理はなかった。


 それどころか、同じ感覚を抱いてしまったことにより、ギュネイという男の弱点も分かってしまったのである。


 とある作戦を思いついたカイルは、諸将を集め、作戦を披瀝(ひれき)した。

 その作戦を聞いた将達の反応は様々だった。



 カイルらしいと思った者、

 馬鹿馬鹿しいと思った者、

 その手があったかと思った者、

 小細工を弄しすぎるのではと思った者、



 全員がそれぞれ個性的な反応と表情を表に出したが、その中でも姫様の反応が特筆だった。

 きょとん、という表情でこちらを見つめているのだ。


 どうやらこのお姫様、ギュネイ王子が自分に惚れているという自覚がないらしい。

 天然というか、純粋というか、カイルは少し呆れたが、ともかく、今回の作戦には、彼女の力が不可欠だった。





 カイルはまず、フィリスに偽の書状を書かせる。

 内容はこうだ。




 武運に恵まれ、貴国の砦を落としたはいいが、我が幸運もそこまででした。


 貴軍の連日の猛攻に、砦内の将兵は疲れ切っております。


 また、食料の備蓄も少なく、飢える兵も出始めました。


 このままでは貴軍と戦う以前に、冥府へと旅立つ者も出てきましょう。


 そこで恥を偲んでお願い申し上げます。


 どうか、我が軍の降伏を許して頂きたいのです。


 そしてどうか、我が軍の将兵に寛大な処置を(たまわ)りたいのです。


 将兵の命を助けて頂けるのならば、我が命、惜しくなどありません。


 この首を刎ねてくださっても構いませんし、以前より申し出のあった求婚の儀に応える用意もしてあります。


 もしもわたくし如きを貰って頂けるのでしたら、生涯、この身と心を王太子に捧げる所存です。


 忠誠の証として、持参金、金貨3000枚も用意して――




 長文になるので一部抜粋となるが、内容はおおむねこうである。


 終始不思議そうな表情で筆を執っていたフィリスは、書状を書き終えると、

「これで宜しいのでしょうか?」

 と、カイルを見上げた。


 カイルはその書状を見て「上々」と一言だけ言ったが、先ほどから顔をしかめているアザークが横槍を入れてきた。


「分かったぞ。その書状をギュネイのところに届けて、降伏するというのだろう」


「まさか、降伏なんてしねーよ。勝てる戦なのに勿体ない」


「勝てるだって? ならばまさかその書状で油断したギュネイ王子を暗殺でもするのか? それはさすがに汚すぎるだろう。姫様の名誉にも傷が付く。そんなこと絶対に許せない」


 アザークは鼻息荒く否定する。


「お前はほんと短絡的だな。俺はこの手紙をギュネイに送るなんて言ってないぜ?」


「なんだと? ならば誰に送るんだ?」

「イカルディの方だ」


「なんだとイカルディ王子に送るのか。だが、あの御仁はすでに愛人が何人もいるし、姫に惚れているなどという話は聞いていないぞ」


「イカルディの気持ちなんてこの際、どうでもいいんだよ」


「むむう、言っている意味が分からん」


 やはりアザークの知謀はとても低いようだ。カイルは説明してやる。


「つまりこういうことだよ。ギュネイはお姫様に惚れている。今回、是が非でも捕らえて捕虜にしたいと思っているのはギュネイの方だ。だから兄弟仲良く出兵してきたという面もあると俺は思っている」


「ふむ」


「そこに、政敵である兄貴の方に、降伏を申し入れたらどうなる? しかも、姫様の純血と持参金まで添えると申し出たら」


「は!? そうか、その噂を聞きつけたギュネイは怒り狂うだろうな」


「ご名答。もちろん、兄貴の軍を襲う、だなんて馬鹿な真似はしないだろうが、兄貴が敵軍にやられても助ける気にはならないだろうな」


 カイルはそう断言すると、フィリスの方を振り向き、姫に尋ねた。


「とまあ、今回の策はこんな具合だ。姫様の名を(かた)って、姫様の名声をわずかばかり落としちまうが構わないか?」


 フィリスは、「構いません」と即座にうなずく。


「一応補足して置くが、この手は一度しか使えないし、未来永劫、ハザン王国から姫様を嫁にという話はこなくなるが、それでもいいかい?」


 カイルは念を押したが、フィリスは、

「構いません。もしも嫁の貰い手がいなくなってしまったら、カイル様に責任を取って頂きますから」

 と、おどけてみせた。


「………………」


 カイルは姫様の思わぬ返しに言葉を詰まらせてしまうが、悪い気持ちはしなかった。冗談だと分かっていてもときめくものがあるのだ。


 アザークは、「不埒(ふらち)なことを考えるなよ」とギロりとこちらを睨んでいるが、カイルはそれでも口元をにやつかせながら、出兵の準備を始めた。




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