第4章 包囲殲滅作戦
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戦の潮目が変わったのは、その時だった。
ハザン軍優勢に動いていたパワーバランスが、逆転したのは、ザハードという名の老将が戦場に到着した瞬間だった。
カイルは主力であるザハードをあえて戦闘には参加させず、後方に迂回するよう指示していたのである。
ザハードはカイルの命令を完璧な形でこなした。
最速にして最良のタイミングで敵軍の後背を突いたのである。
元々、カイルはこの作戦を見越して、ザハードの部隊を騎馬のみで固めた。
その方がザハードの実力を十全に発揮できると思ったこともあるが、このように機動部隊として扱ってカイルの作戦の一端をになってくれると思ったからだ。
そしてカイルの作戦はものの見事にあたる。
思わぬタイミングで現れたザハードの騎馬部隊に、敵軍は大崩れとなったのである。
ザハードは、バターでも切り裂くかのように敵軍を真っ二つにしていく。
「やあやあ、我こそは不倒翁!! この龍髭落としによって1000名の命を奪ってきた死に神のような男だ。死に神の白髪首を居間に飾りたい者、1000と1人目の犠牲者になりたい者は、我が前に出でよ!」
ザハードはそう叫びなら、次々と敵兵の首を吹き飛ばしていく。
その姿は不倒翁の異名に恥じないものがあるが、いつまでも見とれているわけにはいかなかった。
カイルはザハードによって切り裂かれたハザン軍の片割れに、集中攻撃をするように命じた。
ここで無傷のまま控えさせていたウィニフレッドの部隊を投入したのである。
ウィニフレッドは、
「一番良い役者は最後に出るものだ」
と、嘯くと、カイルの命令に従った。
ウィニフレッドは、ザハードによって切り裂かれた部隊の後方に歩兵を回すと、退路を塞ぎ、自分は弓兵を指揮しながらこう言い放った。
「敵兵は混乱している。今ならどんな下手くそでも当てたい放題だぞ。まあ、私の部隊にそんな下手くそはいないが」
そう言うと、自ら弓を放ち、敵軍の百人隊長と思わしき男の眉間に矢を突き立てる。
「これが手本だ。真似せよとは言わないが、せめて3本に1本は当てろよ。私に恥をかかせるな」
そう言い放ち、部下達に弓を放つように命令した。
こうしてハザン兵達の頭上に、無慈悲な矢の雨が降り注ぐ。
その矢の雨は、次々とハザン兵の命を奪っていく。
そうなるとハザン兵も人の子、包囲された部隊は、次々と退却を始めるが、後方にはウィニフレッドの歩兵が控えており、武器を捨て逃げ出したハザン兵を次々と討ち取っていった。
マリネスカの駐留部隊も、ただ指をくわえて傍観しているわけではなかった。半包囲をまぬがれたもう半分は、当然、もう半分を救おうと、救援に向かった。
だが、カイルはそれを許さなかった。
カイルはフィリスに本隊を前進させると、敵部隊を引きつける。
何も無理をして兵を消耗することはない。
ただ、目の前の部隊を引きつけ、援軍に行かせないのが、カイルの作戦であり、役割だった。
数刻ほどこの部隊を引き留めれば、残りの半分は、ザハードとウィニフレッドが掃討してくれるのだ。
それまで耐えきれば、カイル達の勝ちなのである。
そしてカイルは見事敵部隊の足止めに成功し、フィリスに勝利をもたらした。
マリネスカ砦攻略の前哨戦ともいえる野戦はこうしてエルニカの勝利で終わった。
ザハードの活躍により、兵力を二分されたハザン軍は、各個撃破されたのである。
ウィニフレッド率いる弓兵による火力の集中運用によって壊滅的ダメージを受けた半数はそのまま全滅し、残りはその他の部隊によって包囲殲滅させた。
中盤の苦戦が嘘のような快勝であった。
カイルは、
「すべて俺様の知謀のおかげよ」
と、自慢げに漏らしたかったが、やめた。
そんなことをしなくとも、周りが賞賛してくれたからである。
特にフィリスの喜び様はひとしおで、
「さすがカイル様です」
という賛辞を、この日、20回は聞いたような気がする。
巨乳のお姫様にそう褒められ、抱きつかれるのは、男としてこれ以上ない喜びではあるが、そのお姫様の親衛隊長、アザークの視線が痛くなってきたので、カイルは、お姫様の肩を離すと、こう言った。
「つうか、これはまだ前哨戦だ。もうじき、ハザンクルスから敵の本隊がやってくるだろうし、浮かれている場合じゃないぞ」
フィリスはその言を聞くと、
「その通りです」
と、表情を作り直した。
「確かに、これで駐留部隊の戦力の7割は削りましたが、マリネスカ砦が我が手に落ちたわけではありません。浮かれるのはまだ早いでしょう」
フィリスは続ける。
「マリネスカは、セレズニア南部に二大要塞有り、と並び称されるほどの要塞です。皆さん、気を抜かずに攻略にあたってください」
フィリスは諸将の戦功をねぎらいつつ、そう宣言し、諸将の襟元をただした。
だが、それでも少し緊張感が足りないような気がする。カイルは小声で尋ねた。
「なぜ、姫様はそこまで自信に満ちあふれてるんだ?」
姫様は小声で返す。
「それはわたくしの軍師がカイル様だからです」
なんの衒いもなく、純真な瞳と笑顔で言い放つ姫君。
この姫様は、稀代の軍師殺しなのかもしれない、カイルはそう思った。