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第4章 強兵と精兵の激突!

   †


 カイルは、使者の役目を終えて帰ってきた男にねぎらいの言葉をかけた。

 この男は、先ほど、ギュネイの使者の身分を偽り、偽情報を届けてきたのである。


 ちなみになんなくライバッハを騙すことができたのは、この男がハザン人であり、本当にギュネイの配下にいたことがある為だった。


 先日のハザン侵攻の際に捕らえた捕虜であるが、捕虜のくせにあまりに態度がでかいため、目をかけていたのである。



 こいつは、捕虜のくせに、



「エルニカは捕虜に対する礼節を知らないのか。女を付けろとはいわないが、食事に葡萄酒を付けるのは礼儀だろう」



「おい、メシはまだか? なに? 先ほど出されたのが夕飯なのか? エルニカとは本当に貧しい国だな。あのようなもの、我が国では犬も食べないぞ」



 などと、衛兵に文句をつけまくっていたのだ。

 ちなみに飯は残さずに綺麗に食べていたらしい。


 カイルは衛兵から苦情を聞くと、この男、シロンに会ってみたが、カイルが天秤評議会に軍師だと聞いても態度を変えなかった。


 それどころか、更に偉そうな態度でこう言い放った。


「ほう、あんたが、天秤評議会の軍師、白銀のエシルか。思ったよりもずいぶん若いな」


「見た目はな。天秤評議会の軍師は、不老長寿の薬を飲んでいるらしいぞ」


「それでは見た目通りの歳ではないということか……、まあ、そんなことはどうでもいい」


 シロンはそう言い切ると、単刀直入に言った。


「エシル様とやら、俺をお前の部下に加えてくれないか?」

「お前を部下にだって?」


「そうだ。捕虜というのもたまになるのはいいが、3日もやると飽きがくる」


 カイルはその物言いに呆れたが、一応考察する。

 この男を部下に加えてもよいものか、と。

 無論、すぐに答えなど湧くものではない。

 カイルは答えを導き出すために、シロンに質問をした。


「つうか、お前を解放して逃げないという保証は?」


「ない」


「お前を解放して、俺達に襲いかかってこない、という保証は?」


「ない」


「……お前が俺の役に立つという保証は?」


「一切ない」


 シロンはそう言い切ると続けた。


「口で保証して欲しければいくらでもしてやろう。だが、そんなもの役にも立たない。だから俺は約束などしない」


「………………」


 とても就職活動をしている人間の言葉には思えなかったが、カイルはなぜだかこの男が気に入った。


 カイルは、

「口が上手い奴は俺を筆頭に有り余ってるからな」

 と、エリーとサクラの顔を思い浮かべ、シロンを配下に加えることを了承した。 


 そして、今回、偽の使者として、カイルの偽報(ぎほう)を敵将に伝えたのである。


 効果はてきめんであった。

 絶対に動くことはないだろう、と予測されていたマリネスカの駐留部隊を動かしたのである。


 その光景を見たザハードは、

「――山を動かされましたな、カイル殿」

 と、感慨深げに呟いた。


 カイルはその言を聞くと、戦闘の準備に入るよう、諸将に命じた。





 エルニカ軍は、マリネスカ軍の東方、5エルのところで陣を張っていた。

 敵軍の大砲の射程範囲外に陣を張ったのだが、ここが小高い丘であり、周りを見渡せることも大いに関係した。


 古来より、兵は髙きを尊ぶ、というのだ。


 だが、カイルはマリネスカの駐留部隊が砦を出た、という報告を聞くと、この陣を撤収するように命令した。


 フィリスは即座に従ったが、不思議そうに問う。


「なぜ、有利な地形で戦わないのですか?」


「ここからだと、マリネスカとの距離が近すぎる。不利だと判断されたら即座に撤収されてしまうだろう」


「なるほど、できるだけ砦と引き離すのですね」


「できることなら、敵を完璧に掃滅して、一兵たりとも砦に戻したくない。ハザンの本隊がやってくるまでにできるだけ戦力を削ぎたいというのもあるが、本隊がやってくる前に、できればあの砦を落としておきたい」


 ハザンの王都、ハザンクルスからどれだけの救援がくるか、カイルの耳にはまだ届いていないが、2万を下回ることはないだろう。


 もしもマリネスカの守備兵がそのまま温存されていた場合、戦力比は28000対5000となる。


 およそ6倍となり、勝負にならないはずだ。


「まあ、北方の龍星王様はその6倍をはね除けたらしいが……」


 しかし、カイルは北方の流星王ではなかった。

 漆黒のセイラムでもなかった。


 詐欺師には詐欺師らしいやり方があるはずだった。

 

「戦力を整えられる前に各個撃破、俺達に残された道はそれしかない」


 カイルはそう確信すると、全軍に総攻撃を命じた。


 先ほど陣を張っていた場所から、7エルほど後退した場所、名もなき平原で戦闘は行われることになった。



 エルニカの精兵と、ハザンの精兵のぶつかり合いは、正午丁度に行われた。


 精兵とは誠に適切な表現であろう。

 フィリス率いるクルクス兵は、元々、エルニカ随一の強兵だった。

 北方の要衝という土地柄、優先的に優秀な兵が配されていたのである。


 一方、マリネスカ側も事情は同じだった。

 ジルドレイとエルニカの最前線の砦ということもあり、同じように王都から強兵が配置されていたのである。


 こうしてつわもの共の戦いが始まった。


 一角獣の大笛が響き渡り、陣太鼓を叩く音が木霊する。


 まず最初に、槍を交えたのは、イーリスという女千人隊長の部隊だった。

 一番槍は是非、わたくしめに、と直訴してきたのでその大任を任せたが、彼女はその積極性に恥じない槍働きで、カイル達を驚かせた。


「見事な用兵ですね。それにあの細身の剣を巧みに使いこなしている」


 フィリスは賞賛の声を漏らす。


「姫様、よく見ておけ。重武装の兵士と戦う際に参考になる。重武装といっても、必ずどこかに継ぎ目があるし、細身の剣でも戦えないわけじゃないんだ」


 見ればイーリスは、前線に立ち、兵士を鼓舞しながら、自らも敵兵をなぎ倒していく。


 時折、まったく隙間のない重装鎧(フルプレートアーマー)の騎士が彼女を襲ったが、そういうときは無理せず後退し、部下に任せるか、あるいは従卒からメイスを受け取り、得物(えもの)を代える器用さも見せていた。


 カイルはその姿を見てこんな感想を口にした。


「……あんな使える奴だったのか。乳が小さいから侮っていた」


 無論、真横にフィリスがいるので、小声ではあるが。


 ただ、耳ざとい銀髪の少女には聞こえたらしく、

「乳に栄養を取られていない娘こそ、なんらかの長所があるものよ。私はあの娘の将器、最初から買っていたぞ」

 と偉そうに言った。


 カイルはそれを無視すると、次の指示を出した。



 緒戦はイーリスの活躍もあり、エルニカ軍の優勢でことが運んだが、それもいつまでも続かない。


 なぜならば兵の数は相手の方が多いからである。

 次第にその差は現れ始める。


「ゲリントリクス殿の部隊、後退を始めました。援軍を求む、とのことです」


「ケインズ千人隊長も援軍を要請しております」


「――カイル様、後退の許可と、援軍の要請を」


 数刻おきに入ってくる耳障りの悪い報告。カイルは思わず耳を塞ぎたくなった。


「どいつもこいつも愚痴ばかり言いやがって。二言目には援軍援軍って、送れるならとっくに送ってるっつうの。こっちにも事情があるんだ」


 カイルは前線にいる指揮官達に愚痴を吐いたが、彼らを見捨てるような真似はしなかった。


 ただ、援軍を送ることはできない。

 フィリス率いる本陣も、目の前の敵と戦うので精一杯なのである。

 代わりにカイルは、本陣にやってきた伝令達にこう言い放った。


「後退するのはもう少しだけ待て。あと、数刻、いや、一刻ほど待て。待っても駄目かも知れないが、その場合はあの世で土下座して詫びてやるから」


 伝令達は各自の部隊に帰ると、その言葉を一字一句違えることなく、主に伝えた。


 その台詞を聞いた将達の反応は様々だった。 


「あのお方らしいお言葉だ」


 と思った者、


「クルクス砦の奇跡、ウスカール救援の再現をして頂けるのかな」


 と過去に思いをはせた者、


「あのお方は本当に軍師なのだろうか、物言いが詐欺師にしか聞こえん」


と真実に近づいた者もいたが、全員が全員、カイルの言葉を信じてくれた。


 各将は、

「ここで踏みとどまれ! あと一刻、踏みとどまれば、この戦、我らが勝利ぞ! 白銀のエシル様が我らに勝利をもたらしてくれる」

 と、兵に命令をくだし、自身も前線で剣を振るってくれた。


 カイルはその姿を後方から確認しながら祈った。

 あの男が戦場にやってきてくれる瞬間を――




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