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第4章 部隊編成

   †


 こうして、ハザン王国侵攻、マリネスカ砦攻略が決まってしまえば、あとはその準備にいそしむだけだった。


 カイルは、クルクス砦の陣容を思い浮かべると、5000の部隊を5つに分けた。


 ひとつは、フィリス率いる本隊で、その数は2000。

 ハザン攻略部隊の主力として、フィリスが指揮し、カイルが横に控えるつもりだった。

 


 二つ目の部隊は、不倒翁の異名を誇るザハードの部隊。

 数は500。

 少ない数であるが、その代わり騎馬中心に組織し、機動部隊として縦横無尽に暴れさせるつもりだった。

 


 三つ目の部隊は、先日スカウトしたウィニフレッドの部隊である。逆にこちらは一切の騎馬を廃し、歩兵と弓兵のみで組織する。

 腕の立つ弓兵はこの部隊に優先的に配置し、できるだけ火力を高める予定だ。

 


 残り二つの部隊は、若手の千人隊長それぞれに300兵ずつ与えて一つの軍団とし、傭兵団はゲリンクスを大将と定め、傭兵500名すべてを統括させる予定だ。



 その陣容を思い描いたとき、我ながら完璧だと自画自賛したが、よくよく考えればこれ以上の配置はなく、誰が部隊を編成してもこうなるだろうと思った。

 ただ、カイルにオリジナリティがあるとすれば、それはザハードの部隊を騎馬のみとし、ウィニフレッドに弓兵を集中させたことだろうか。


 エリー曰く、

「凡百な軍師には真似のできない所業」

 らしいが、こうも言った。


「熟練の軍師にも真似はできまい。一カ所に戦力を集中させるのは、ことが上手くいっているときには何倍もの相乗効果を生むが、ひとたび劣勢に追い込まれれば、そこが穴となり、全軍が崩壊するだろう」


 なるほど、と思わなくもなかったが、カイルは決定を変更しなかった。


 サクラは、

「さすが自分のダーリンです。普通の軍師にはできないことを平然とやってのけます。そこに痺れるしあこがれるであります」

 と、訳の分からない賞賛をしてくれた。


 ちなみにこの乳なし軍師ーズの配置だが、なぜかこいつらも本隊だった。


 エリー曰く、

「ここでお前の成長具合を見ておきたい」

 とのことだった。


 サクラは、

「いや、自分は犬馬の労も惜しまないつもりなんですが、姉御が手を貸しちゃ駄目って言うんですよ」

 と、主張した。


「………………」


 正直、どこまで俺を試す気なのだ、と思わなくもなかったが、元から戦力として期待はしていなかった。万が一破れるようならこいつらに敗戦処理は任せるとして、ともかく、マリネスカ攻略は自分の知謀に懸けるしかないようだった。


「まあ、それくらいが丁度良い。ここで負けるようなら、漆黒のセイラムにも龍星王にも勝てるわけがない」


 そう独語すると、眠りについた。

 明日からはこんなにフカフカのベッドでは眠れなくなるのだ。

 今夜くらい、昼まで熟睡する、という贅沢を味わっても、責める人間はいないはずだった。






 カイル達の滞在するクルクス砦は、エルニカの北部、ジルドレイ帝国とハザン王国の国境の近くにある。


 その設立目的は、両国の侵攻を食い止める、という一点に突き詰めることができたが、ハザン王国にも似たような砦があった。


 ジルドレイ帝国とエルニカ王国との国境線に存在する砦で、設立以来、クルクス砦と争うかのように敵国の侵攻を防いできた。


 ジルドレイ帝国はもちろん、エルニカ王国も、何度もこの砦を落とそうと兵を派遣したが、その都度屍の山を築いてきたという実績がある。

 フィリスの父であり、小覇王の異名を誇ったトリステン四世でさえ、三度攻略を試みたが、すべて失敗に終わっている。


 以後、

「あの砦に手を出すな」

 という言葉を残して、病床に伏せているわけであるが、実の娘であるフィリスはその禁を破ることになる。


 カイルはフィリスから聞いたそんな話を思い出すと、改めて溜息をついた。


「つうか、エルニカの小覇王が落とせなかった砦を俺が落とせというのかよ。それもたったの5000兵で」


 もちろん、その愚痴は口にしない。

 将兵の士気に関わるからだ。

 代わりに、改めてマリネスカ砦の情報について尋ねた。


「ちなみにあの砦に留まっている兵は8000とは本当か?」


 専属の従卒ではなく、エリーに尋ねたのは、エリーのことを買っていたからだ。その性格はともかく、この女の記憶力は驚愕に値する。


「最後の報告では、8000と100人を超えるか超えないか、というところらしい。一軍団としての戦力ならば普通だが、一砦の戦力としてみれば過剰だろう」


「しかも、あの砦の作りはなんだ。三重に柵が設けられているし、どれも城塞都市みたいじゃないか」


「そのようだな。まともにやったのでは、傷一つ付けることは叶わないだろう」


 エリーはそう言うと、

「ちなみに我が軍の攻城兵器は、中型のカタパルトが2基、攻城塔が2基だ。一応、旧式だが、大砲も2門ある」

 と、ご丁寧にもクルクス軍の攻城兵器を羅列してくれた。


「力攻めも不可能ではない、ってことか……」


 カイルは己の顎に手を添え、考察するが、それでもやはり力攻めは無意味だと悟った。


「理由は?」


 と、エリーは問うが、理由は二つしかない。

 あの強固な砦を、たったの一ヶ月で力攻めにするのは不可能だと思ったのだ。


 ならば、

「包囲戦に持ち込むのか?」

 と、エリーは問うたが、それも否定する。


「まさか一ヶ月で音を上げるほどハザンの連中も軟弱じゃあるまい。それに奴らの必勝パターンは、砦の兵士8000で耐えるだけ耐え抜き、王都からの救援を待つというものだ。一ヶ月も悠長に包囲してたら、確実に挟撃される」


「ならばどうする?」 


 と、エリーは問うたが、カイルはその言を無視すると、考察した。

 確かに、力攻めは無益だと思った。

 マリネスカは難攻不落に恥じない構えを誇っていたし、そもそもたった5000の兵で攻略できるならば、マリネスカ砦の主はころころと変わっているはずだ。


 この砦はトリステン四世でさえ攻略することは叶わなかったし、ジルドレイの大軍5万でさえ跳ね返したことがあるのだ。

 攻城兵器を揃えたところで、たった5000の兵で落とせるわけはない。

 戦はそれほど甘くはないのだ。


 なら持久戦、つまり、敵の砦を包囲して、相手の兵糧が尽きるのを待つ、という手もあるが、今回はそれもできない。

 マリネスカにどれほどの食料が残されているか、それは分からないが、クルクス砦を基準にすれば、最低でも半年は持つくらいには備えてあるだろう。


 辺境の要害とは、長期戦をするために設計されているのだ。

 そんな要塞をのん気に包囲していたら、逆にこっちの兵糧が尽きかねないし、1ヶ月後には援軍に挟撃されるに決まっている。


 力攻めも駄目、包囲戦も駄目ときたら、残るは(からめ)め手しか道は残されていなかった。


 要は奇策に頼るのである。


 エリーなどの正統派の軍師にいわせれば、

「奇策に頼る軍師は、いつか足下をすくわれる」

 とのことだった。


 要は、用兵とは、常に相手より多くの兵を揃え、堂々たる布陣で行うのが、基本ということだった。


 カイルもその基本には同意するが、そもそも、カイルはこれまでの戦闘において相手よりも潤沢(じゅんたく)な兵を与えられたことなど一度もなかった。


 常に相手よりも不利な状況で戦ってきたのだ。

 自然、小賢しい奇策ばかり長けるようになる。


「一度でいいから、大兵力という奴を指揮してみたいものだ」


 そう思わなくもなかったが、そんな愚痴を口にしても、兵力が増えるわけではなかった。


 ゆえにカイルは愚痴を口にする代わりに、フィリスにこう言った。


「姫さん、この前相談した捕虜の件なんだが」


 この前の捕虜の件とは、先日のウスカール救援の際に捕縛したハザン兵の捕虜である。

 あの戦はカイル達の大勝に終わったが、その結果、大量の捕虜も得たのだ。


 捕らえた捕虜達は、一時的にではあるが、クルクス砦に送られた。

 後日、ハザンとの捕虜交換に使うこともできるし、身代金を要求することもできる。そして今回のように、カイルの奇策の一部にもなってくれるのだ。


 カイルは、連れてきた捕虜達の一部を集め、こう宣言した。


「お前達はこれで自由だ。さあ、祖国へ帰るがよい」


 あらかじめ相談されていたフィリス、それにエリーとサクラ以外は、例外なく顔をしかめる。捕虜達でさえその言葉に動揺を隠せなかった。


 ある千人隊長が控えめに具申してきた。


「カイル殿、せっかく捕らえた捕虜をタダで解放するというのですか?」


「タダで解放するというのだよ。つうか、捕虜を見れば金換算するのは、軍人の悪い癖だと思うね。俺は人道的見地から、捕虜は即刻解放するべきだと思っている」


 無論、嘘である。


 カイルとしてもせっかく得た捕虜をタダで帰すのが惜しくて仕方ないという気分だった。ただ、そんなケチなカイルが兵士達をタダで解放するのは、それなりの理由があった。


 カイルは、捕虜達の中に、エルニカの間者を混ぜていたのである。

 そして砦を出立する前から、ハザン兵にこんな噂を吹き込むように命令していた。


「クルクスの5000兵はただの先発隊に過ぎぬ、今、エルニカの王都では、出兵の準備が進められている。その数は空前の物で、3万、いや、4万はくだらないであろうか」


 当然、捕虜達はマリネスカ砦に駆け込むと、その噂を砦の主に伝えた。




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