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第4章 フィリスの決意とカイルの決断

    †


 クルクス砦に王妃の命令書が届いたのは、(うし)の月の火竜の日だった。


 王女の命令書を持参した使いは、(とく)と命令書を読み上げると、一ヶ月以内に実行に移すように、と念を入れた。

 フィリスは礼節を持ってその命令書を受諾すると、慣例通り使いを持てなし、褒美を与え、王都に返した。


 フィリスは望まぬ命令書を持ち込んだ使いの後ろ姿を見送ると、クルクス砦に滞在する千人隊長以上の武官と、軍師を全て集め、軍議を開いた。


 軍議の間に諸将が集まると、まず口を開いたのが、議長たるフィリスだった。


「皆さんはとっくにご存知だと思いますが、先日、王都より使いの者がやって参りました」


 フィリスは便箋にしまわれた手紙を開きながら続ける。


「使いは王都より、母上の命令書を持ってまいりました」


 フィリスは確認するため、あるいは自分の気持ちを落ち着かせるために、あえて周知の事実を口にした。


「現在、父上、いえ、国王陛下は病の床にあり、この国の実権は、母上にあります。つまり、母上の命令イコルール国王陛下の命令、ということです」


 ここでようやく彼女の軍師であるカイルが口を開いた。


「つまり、その命令書の内容は絶対遵守、ということか?」

「――ええ、そうなります」


 フィリスは端的(たんてき)に答える。


「その命令がこの場でストリップを始めろとかだったら?」

「服を脱げばいいのですか?」


 フィリスは不思議そうな顔で従おうとするが、アザークに速攻で止められる。

 アザークは親でも殺すぞ、という目をしながら、腰の物に手をやったので、カイルは真面目に続ける。


「今のは冗談だ。そうだな。例えば、近隣の村を略奪して、金品を奪い、王都に届けよ、という命令書がきたら?」


 今度もフィリスは即答する。


「そのような命令ならば、即座に破り捨てます」

「軍法違反に問われるぜ」


「そうですね。でもそれも仕方ありません。我々はエルニカの軍隊です。エルニカの民から集めた租税によって運営されています。王侯貴族が贅沢な暮らしをしているのは、命懸けで民を護っているから、ただそれだけに過ぎないのです。自らの足を切り落とすような愚挙には賛同できません」


「なるほど、お姫様らしい」


 まるでレバンナ共和国の「民主主義」的な考えだったが、その考え方は嫌いではなかった。

 この娘にとっては、まず王侯貴族がいるのではなく、民が存在し、あぶれ出たものが王侯貴族になる、という感覚があるのかも知れない。


「それにだからこそ、民を虐げる、正義に反する、という以外の命令は、遵守(じゅんしゅ)しなければならないと思っています」


「今回の件は民にも迷惑をかけないし、正義にも反しないと?」


「わたくしはそう判断しました」


「まあ、確かに正義には反しないか。先日の一方的な侵略に対する懲罰戦争だといえば、民も近隣諸国も納得するだろう」


 フィリスはうなずく。


「民にも迷惑はかけないしな。今回は徴兵は行わず、この砦の面子だけで行くのだろう。なら農民達も安心して見送ってくれる」


 フィリスは「その通りです」と肯定する。

 


 だが、



 カイルには納得がいかないことがあった。いや、納得がいくところなど一つもなかった。


「つうか、その命令書は、命令書ではなく、死刑執行書の間違いじゃないのか? 1ヶ月以内にマリネスカ砦を攻略しろだって? そんなこと、この砦の兵士をすべて不死人(アンデッド)にしたって無理だ」


 カイルは、軍議の間に居並ぶ宿将達を前に、彼らの気持ちを代弁した。


「確かに民草には迷惑をかけないが、それは兵士を民草から除外した場合だ。あいつらも兵役を終えれば、故郷に帰って畑を耕すんだぜ? それなのに兵士達に異国の地で死ね、と命令するのか」


 一同は沈黙する、カイルの言葉が正論以外の何物でもなかったからだ。


 しかし、その正論に反論する者もいる。

 老将ザハードはいった。


「まさかカイル殿の口から、そのような臆病風が吹かれるとは、このザハード、夢にも思っていませんでしたぞ」


「なんだと?」


 カイルは思わず語尾を強めてします。


「確かにマリネスカ砦は堅牢な要塞でございます。エルニカにクルクスあれば、ハザンにマリネスカあり、と歌う詩人もいる。しかし、だからといって、敵が強敵だからといって、逃げ回ることになんの意味がありましょう? 我らは皆武人です、死ぬ覚悟などとうにできている」


「生憎と俺は詐欺師でね、死ぬ覚悟ができるほどまだ人生達観してないのよ」


 そう言ってやりたかったが、カイルは沈黙するしかなかった。

 周りを見渡せば、カイルの正論に納得はするものの、それ以上に武人としての誇りを優先させようとするものばかりだった。


 まったく、度し難い馬鹿者だ、カイルは憤慨(ふんがい)した。

 騎士だの兵士だの傭兵だの、といった連中は本当に単細胞だ。

 負けると分かっている戦になぜこうも積極的になれるのだろうか。


 まったく理解できないゆえ、カイルは黙って会議の行く末を見守っているしかなかった。


 会議は深夜まで及び、用意された蝋燭(ろうそく)が少なくなったところで、お開きとなった。


 後日、皆の考えを整理してからもう一度開く、とのことだったが、要は先送りしただけだった。



   †



 軍議終え、疲れ切った身体を引きずり帰ってきたカイルだったが、カイルを出迎えてくれたのは、愛想のない銀髪の少女だった。


 本物のエシルことエリーは、カイルの顔を見るなり、

「98点」と言い放った、

 カイルは返す。


「……なんだよ、その点数は」

「先ほどのお前の態度だ。軍師としてのな」


「意外と高いな、1000点満点というオチはないよな」


 エリーはきっぱりと「ない」と答える。


「ちなみにサクラは100万点に花丸マークも添えると言っていたぞ」


「天秤評議会の軍師絶賛だな。つうか、なんか裏があるのか? 俺あてに届けられたケーキを勝手に食ったとか」


「まさか、我々に買収は通用しないよ。ただ、お前の戦略的感性のみ採点をほどこしたんだ。ちなみにケーキは食ったがそれとこれは別なので、叱るのは後にしてくれ」


 エリーは平然と言ってのけると付け加える。


「優秀な軍師の条件の一つに、冷静に敵の戦力と自分の戦力を分析できるか、がある。お前は冷静に戦力を分析できるようなのでその条件を満たしている」


「あほか、こんなの子供でも分かるだろう。この砦の総兵力は5000、マリネスカ砦は8000程度らしいが、相手は要塞に立て籠もっているんだ。どうにもならないよ」


「ふむふむ、城攻め3倍則の原則は知っているか」


「知らんがその言葉だけで大体意味は分かる。城攻めをするには相手の3倍の兵力を集めろ、っていうんだろ」


「その通りだ」


「しかしそれはただの経験則で、マリネスカ砦みたいな大要塞は想定してないだろ。あの砦を落とすには五倍はいると見た」


「良い目測だ。私の予測とほぼ変わらない」


「しかし、なんだな。武人って奴は馬鹿だ馬鹿だと思ってたが、本当に馬鹿だな。あそこまで頑固だとは思わなかった」


「それについては同意だが、あまり口には出すなよ」


「ださねーよ、犬に向かって犬という奴も馬鹿だ。俺はお利口なつもりでね」


「しかし、彼らの言い分も間違ってはいないぞ。確かに戦略的な見地からは愚行だし、戦術的な視点で見れば、自殺行為にも等しいが、こと、政治的な見地からは、間違っていない」


「……どういう意味だよ」

「軍人は皆、宮仕えという意味さ」

「ボスには逆らえない、ということか?」


「そういうことだ。他人に仕えたことがないお前には分からないだろうが。宮仕えっていうのは、上司がカラスを白と言えば白となるような世界だ。もしも、この命令書に逆らえば、姫様の立場は酷く悪いものになろうだろうな」


「まさか処刑とか?」


「そこまであるかはわからないが、少なくともクルクス砦から左遷されるだろう」


「その程度か」


「その程度? まあ、考え方にもよるな。今度はもっと辺境の地に送られ、戦力的にも政治的にも無意味な存在になってしまうかもしれない。お前にとっては辺境でのほほんと姫様と乳繰りあえるかもしれないが、姫様はどう思うかな? あの立派な志を持った姫様が、そんな隠居生活に耐えられるか」


 エリーは、ある意味、この砦で一番の馬鹿なのは、あの姫様なのだ、そう結ぶと、会話を切り上げようと、カイルに背を向けた。


 しかし、ドアのところまでやってくると、急に振り返り、

「あ、ちなみに戦略の点数は98点だったが、政治の点数は56点だ。お前はもっと大局的な見方をするといい」

 という言葉を残し、立ち去っていった。


 カイルはエリーの消え去った扉をしばし見つめると、自分も扉の外へ向かった。





 このような夜更けに、カイルが訓練場へと向かったのは、そこにいけばなぜかフィリスと出会えるような気がしたからだ。


 さすがに夜更けに王女の部屋のドアを叩く勇気はなかったし、例えそこにいなくてもいいという気持ちで訪れたのだが、カイルの勘はぴしゃりと当たる。


 フィリスは、一人、剣を持ち、それを振るっていた。

 何度目かの素振りになるかは分からないが、汗が玉のようににじみ、剣を振るごとに飛散する。


 月光に照らされるその姿は、剣の女神が演舞しているようにも見えたが、カイルは言葉によってそれを止めた。


「考え事があると剣を振るう癖があるのは、姫様の悪い癖だ」


 その言葉を聞いたフィリスは振り返ると、ぽつりと言葉を漏らした。


「カイル様……」


 両者は、互いの顔を数分見やると、ほぼ同時に同じ言葉を発した。



「……ごめんなさい」

「……すまない」



 見事などハモり具合だったが、不思議ではなかった。

 カイルはフィリスの顔を見た瞬間から、その言葉を投げかけられると思っていたからだ。


 フィリスがカイルに頭を下げた理由は、

 この砦を預かる将として、砦の兵達を危険にさらそうとしたことに対する謝罪、だった。


 一方、カイルの謝罪は、大局的な見方をせず、単純に感情論で軍議を乱したことに対する謝罪だった。


 双方相反する謝罪であったが、両者は即座に納得した。


「俺の言ったことは間違っていなかったが、それは俺個人のことであって、軍師白銀のエシルとしては間違っていた。すまない」


「いえ、わたくしも功を焦りした。もしもマリネスカ砦を攻略できれば、王都に戻れるかも知れない。そう思いいきり立ってしまったのです」


「いや、姫様は謝る必要はない。大将として当然の主張をしたまでだ」


「カイル様……」


 フィリスはカイルを見上げると、こうも補足した。


「確かにわたくしは焦っていましたが、それは戦功だけのことではありません。もしも、母上の命令を断った場合、わたくしは更に辺境の地に左遷されるかも知れません。そうなれば当然、ザハードやウィニフレッド、その他の千人隊長達からも切り離されてしまいます。そうなれば、次はもっと不利な状況で戦わなければならなくなるかもしれません。そう思ったのです」


「……なるほどね、すげえよ、俺よりも遙かに大局的に物事を見てるな。俺は自分のことばかりを考えていた。確かにこの命令を拒否すれば、次はもっと割りの悪い条件で戦わされるに決まってる。次は、素手でジルドレイを攻略してこいとでも言いかねないのが、姫様のかあちゃんだからな」


 カイルは素直に己の非を詫びると、翌日の軍議では、マリネスカ攻略に同意する旨を伝える。


 その言を聞いたフィリスは、破顔する。


 そして「ありがとうございます、わたくしの軍師様」と飛び跳ねながら抱きついてきた。


 胸の感触と王女の芳しい汗の匂いが、カイルの劣情を刺激したが、カイルは見事たえきった。




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