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第4章 難攻不落の要塞マリネスカ

   ††(王妃アマルダ視点)



 エルニカ王国の王都――


 王宮の奥深く、貴族しか入ることの許されぬ部屋にて、とある密談が交わされていた。


 昼間だというのに室内の窓は全て閉じられ、光は僅かばかりも届かない。

 蝋燭(ろうそく)の灯りだけが参加者の顔を照らしていた。


 この会議の参加者は、三人。

 数こそ少ないが、その陣容は、豪華絢爛だった。



 まずはこの国の軍務大臣を務めるアルフォンス侯アルフレイム、

 その横に座るのはこの国の宰相を務めるアスター公フィリック、

 そして中央、議長席に座るのが、この国の王妃アマルダだった。



 三人は容姿からして非凡だった。


 アルフォンス侯は軍務にたずさわるものらしく、威風堂々としており、

 アスター公はこの国の宰相を務める人物らしく、恰幅(かっぷく)の良い腹と、色つやの良い肌を持っている。

 それぞれ絵巻物から抜け出たような容姿をしているが、その中でもアマルダの容姿は特筆に値した。


 彫りの深い顔立ちに、陶器のような白い肌。

 全身を覆う金糸はまるで後光が差しているかのように煌めいている。

 これで齢30を超えているというのだから、まさしく妖艶(ようえん)としか言い様のない容姿を誇っていた。


 その妖艶な美女が、くちもとを扇子で隠しながら、第一声を発した。


「――もう皆の者も知っていると思うが」


 アマルダはそう前置きをすると、昨今、宮廷内を駆け回っている噂を口にした。


「フィリスが、天秤評議会の軍師、白銀のエシルをその配下に加えた、という噂がある。それは誠であるか?」


 返答をしたのは軍務大臣アルフォンスだった。


「砦に忍ばせている間者によると、その噂、真実のようですな」


 眉をしかめながら返したのは宰相のアスターだった。


「なんと、あの姫君は天秤評議会の軍師をその配下に加えた、というのか?」


「左様、どうやってその配下に加えたかまでは分かりませんが、白銀のエシルはあの砦に滞在し、常に王女の側に控えている様子」


「するとつまり、先日宮廷で繰り広げられた茶番もその男の指示か?」


「――恐らくは」


 先日の茶番とは、フィリスが命令を破り、クルクス砦の兵をウスカールに動かした件である。


 アマルダはフィリスに対し、クルクス砦の兵は、何があっても動かさないこと、と言明していたため、本来ならば命令違反を理由に、罰を与えねばならなかったのだが、フィリスはその罰をまぬがれている。


 罪をまぬがれた理由は、

 自国の民を護る行動だったこと、

 ハザン王国に大打撃を与えたこと、


 だが、それは表向きの理由で、フィリスが罪をまぬがれた理由の過半は、宮廷内で行われた演説にある。


 彼女は、宮廷に申し開きにやってくると、居並ぶ家臣達の前でこう宣言をした。



「民を救うのが罪だというのなら、その罰、喜んで受けましょう。

 敵を(ほふ)るのが罪だというのなら、その罰、甘んじて受けましょう。

 この腕を切り落とすことでその罪を償えるのなら、どうかわたくしの腕を二本、切り落としてください」



 フィリスはそう言うと、建国の父、初代国王ゼノビアの肖像画の前まで歩み寄り、自らその髪を切り落とした。


 そしてその髪を掴み、一同にそれを見せると、

「これは建国の父に対する謝罪です。さあ、どうか次はわたくしの腕をお切りください」

 と、声を上げた。


 そんな見事な演説をされてしまえば、王女を罰せよ、などという意見が出るはずもない。


 それは王妃の一派でもあるアルフォンスもアスターも同じである。

 結局、王女の一件は、国を護る大義があったとして、不問に処せられることになった。


 それどころか、王妃はフィリスの行動を褒め称え、褒美まで与えたのである。


 ――もっとも、内心は口惜しくて仕方なかっただろうが。


 さて、王妃と王女はそのような間柄であるからして、王妃は常に王女の監視を怠らなかったのである。


 ゆえに今回、王女が白銀のエシルをその幕下に加えたという事実は、一同に衝撃をもたらした。


「なるほど、あの見事な演説、気弱な王女が考えたにしては見事すぎる、と思ったが、裏に傀儡(くぐつ)使いがいたというわけか」


「しかしただの傀儡使いならば笑っていられるが、相手はあの天秤評議会の軍師だぞ。笑って見過ごすことはできまい。……ううむ」


 二人の男はそううなったが、その姿を見た王妃は笑い声を上げる。


「これは、まあまあ、一国の大臣と宰相ともあろうお方が揃いも揃って、辺境の小娘の影に怯えるとは」


「し、しかし、王妃様。王女はまだ一五の小娘ですが、その人望は厚く広い。民草に好かれているのはもちろん、宮廷内で支持するものもいる」


「支持しているのは(わらわ)たちにまつろわぬ反主流派でしょう。恐れるに足りません」

 

「ですが、ラドネイ公爵など、有力な貴族も次期国王にフィリス王女の名を上げているとか――」


 その言を聞いたアマルダは、本日初めて顔をしかめる。

 それを見たアスターはアルフォンスをたしなめる。


「――いや、これは失礼しました。無論、次期国王陛下は、御嫡男であるアレクスト殿下に決まっているのですが」


「その通りです。王とはその国の嫡子(ちゃくし)が継ぐ者。女の身であるフィリスには相応しくありません」


 王女はそう断言すると、「――しかし」と続ける。


「確かに、フィリスを王女に担ぎ出そうとする一派がいるのは確かです。その勢力は今はまだ脆弱ですが、今後どうなるかは分かりません」


「ならば今のうちに潰しておきますか?」


「いえ、それは危険でしょう。今は陛下が病床にあるため、政治が不安定になっています。自ら乱を招いて混沌を深めるのは愚策です」


「確かに、今、内乱でも起こされれば、隣国の野心に火を付けかねませんからな」


「ですが、このまま黙って見ているというのも(しゃく)にさわりますな」


 アルフォンスは口惜しそうに言ったが、アマルダは心配には及びません、と言い切った。


「妾には策があります」


 アマルダはそう宣言すると、一同にその策を打ち明けた。


 その策を聞いた一同は、王妃の策略に感心する。

 実の娘にそこまでするか、とある意味思ったが、今更指摘して善人ぶる気にはならなかった。


 アマルダが披瀝(ひれき)した秘策とは、王女の暗殺であった。


「しかし、王女の暗殺はこれまで幾度と試みて、失敗しておりますが」


「その通り。砦内には不倒翁の異名を誇るザハードがおりますし、私室には常にアザークという名の騎士が控えております。暗殺は困難かと思われますが」


「確かに今まではそうです。ですが、それは平時のこと。もしも、戦になればザハードは常に(かたわ)らにいることはできませんし、親衛隊にも隙は生まれるでしょう」


 それに、と王妃は続ける。


「暗殺などという無粋な真似をせずとも、案外、あの娘は自分から死んでくれるかもしれません」


「どういう意味で?」


「妾は、あの娘に、クルクス砦に滞在する部隊にハザン王国への侵攻を命令します。それもハザンの要衝であるマリネスカ砦を落とせと命じるつもりです」


「マ、マリネスカ砦ですか!?」


 軍務大臣は思わずうなってしまう。


 マリネスカ砦とは、ハザン王国北部の要塞の名前である。

 ジルドレイとエルニカ、双方の国境線に位置する重要拠点であり、難攻不落の要塞として知られる。


 砦建設以来、その持ち主が変わったことは一度もなく、常にハザンの防備を担ってきた。


 そんな砦をたったの5000兵で落とせと王妃は命令するのだ。


 それは、もはや軍命などではなく、死刑執行の別名と言い換えてもいいくらいだった。


 大臣たちは王妃の冷酷さに呆れざるを得なかったが、こうも思った。


「なるほど、さすがは王妃様、その知謀(冷酷さ)、我ら凡夫は及びもしませぬ」


 ただ、一見完璧に見えるこの策略には、不安がないわけではない。

 アスターは一同を代表して訪ねた。


「確かに一見完璧な策に思えますが、ひとつだけ心配事がございます」


 アスターはそう前置きすると、それを口にする。


「心配事というのは、件の軍師のことです。確かに5000兵でマリネスカ砦を落とせというのはいい策にございますが。万が一、奴らめが砦を落とした場合はどうされるつもりで?」


「その件に関しては心配無用です。もしもあの娘がマリネスカ砦を落とせばそれもよし。我が国の版図が広がるだけのこと」


「王女が調子づき、王位を狙うことも考えられますが」

「そのときは全力を持って阻止するまで」


「しかし、マリネスカ砦を落とした勢いのまま、それも天秤評議会の軍師を配下に加えた精鋭と戦うのですぞ、万が一、億が一のことも考えねば」


 その言を聞いたアマルダは笑った。一国の宰相があまりにも臆病だと思ったのだ。

 だが、馬鹿にするような態度は表に出さずに、こう言い宰相をなだめた。


「宰相は心配性ですね。ですが、その心配は無用です。確かにあの娘のもとには、天秤評議会の軍師がいますが、それでもその兵力はたったの5000」


「その天秤評議会の軍師という奴が厄介なのではありませんか」

「確かにその通りです」


 王妃もそれは認める。

 認めるが、認めるがゆえに可笑しくて仕方なかった。

 王妃は笑いをこらえながら、問うた。


「宰相、もしも、同じ能力を持った兵士が戦えばどうなるでしょうか?」


 宰相は首をひねりながら答える。場違いな質問だと思ったのだ。


「それは引き分けになるでしょう。もしくは運を味方にしたものが勝ちます」


「ならば同じ能力を持った軍師が、30000と5000兵を率いてそれぞれ戦った場合は?」


「それはもちろん、数が多い方が――、っは!? まさか」


 この段になって宰相はやっと気がついた。


「も、もしや、我が方にも天秤評議会の軍師が?」


 王妃は、妖艶な笑みで微笑むと、肯定する。


「そう、我らにも天秤評議会の軍師が付いているのです。それに兵力は我らが遙かに上。あの娘がどうあがいたところで我らに勝つことはできないのです」


 王妃はそう結ぶと、高らかに笑い声を上げた。

 その笑い声は、やがて一片の命令書となり、クルクス砦に届くことになる。





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