第3章 カイル VS ウィニフレッド
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ウィニフレッドが提案したゲームの内容は、
「眼力」
勝負だった。
抽象的で曖昧な主題であるが、要はどちらが目端が利くか、勝負しよう、というものだった。
カイルは、まずこう言った。
「つうか、どんな奇術師だって、カードの1枚くらいは切らせてくれるぜ。最初の勝負は俺が指定してもいいか?」
ウィニフレッドは、
「どうぞ」
と、あっさり同意する。
その言を聞いてカイルは勝った、と確信した。
これから提案するゲームは、カイルの勝率100%のゲームなのである。師匠に教わって以来、負けたことがないのだ。
カイルは自信たっぷりに懐からコインを取り出すと、それを指ではじいた。
「ほう、なるほど、コインの裏と表を当てろ、ということか。古典的なゲームだ」
「通貨が鋳造されて以来の伝統的なゲームだな」
「単純にして明快だ。嫌いではない」
「さて、裏か表、どっちだ? お前から先に言っていいぜ」
カイルは余裕たっぷりにそう言ったが、その余裕は一瞬にして追いやられる。
「ふむ、裏か表かを当てるのは簡単だが、お前は俺が裏だと言ったら、裏しかないコインを投げ、表だと言ったら、表しかないコインを投げるのだろう? それはアンフェアではないか?」
ウィニフレッドはそう言うと、カイルが先ほどはじいたコインを指さす。
「ちなみにそのコインは両方とも裏だ。さっき、指ではじいたとき、空中で何回転したか、その回数も伝えた方がいいかな?」
「………………」
カイルは沈黙せざるを得なかった。
……つうか、この男、あの一瞬でカイルの策略を見抜いたどころか、コインが何回転したのかまで数えていたのだろうか。
ウィニフレッドの異名は、鷹の目のウィニフレッドだそうだが、この男には回転するコインが本当に止まって見えるのかも知れない。
(つうか、人間の目じゃねえな、もはや……)
カイルは、負けを認めると、次の勝負に移れ、と提案した。
続いて勝負方法を提案したのは、ウィニフレッドだった。
ウィニフレッドは、従僕の少年に貨幣の詰まった壺を持ってこさせると、こう言った。
「ゲームのルールは簡単だ。各自、壺の中の貨幣を鷲掴みし、それを己の後方に投げ捨てろ」
「遠くに飛ばした方が勝ち、とか?」
「そこまで単純ではない。各自、交互にそれを行い。自分の投げ捨てた貨幣の枚数を当てるんだ」
「……なるほどね。ところで、壺の中には各国の金貨や銀貨がバラバラに入っている理由は?」
「各国の通貨は、金の含有量が違う。それに彫られているモチーフもな。それによって地面に落ちたときに音が微妙に変わるのだ。それをヒントに枚数を数える」
「……なるほどね。そりゃ、助かる」
カイルはそう言ってみせたが、国によって金貨の音が変わるなど初耳だった。
金貨大好き、死ぬなら金貨の上か、女の腹の上がいい、と公言して憚らなかった師匠でさえ、その事実に気がついていたか。
「つうか、俺が先にやっていいか? あと、枚数はすべての枚数で、金貨は何枚、銀貨は何枚、とか数えなくていいんだよな?」
「総数で構わない。それくらいのハンデはやろう」
「――つまり、あんたはそれぞれの枚数を数える、と?」
「そっちの方が数えやすいからな」
「……なるほどね」
カイルは舌打ちする。
(……嘗め腐りやがって)
その表情は、お前ごときには絶対負けない、と言い張っているかのように余裕に満ちあふれていた。
そんな態度をされてしまったら、カイルの内に眠る勝負師としてのプライドが刺激されざるをえない。
カイルは全神経を己の手のひらに集中させると、壺の中にそれを突っ込んだ。
「……ちなみに、双方とも枚数を当てられなかったら?」
「有り得ないが、その場合は総数の近い方を勝者とする」
「同じ場合は?」
「お前の勝ちでいい」
「……余裕だな、あとで吠え面をかくなよ」
カイルはそう言うと、己の後ろに通貨を投げ捨てた。
空中にはらり、と金銀銅の通貨が散開する。
陽光を受け煌めくそれらは、不規則に舞うと、やがて力を失い、地面に着地していくが、確かにその際、それぞれに個性的な音色を響かせた。
カイルはその刹那、全神経を集中させ、それぞれの音色を記憶した。
――しかし、カイルにできるのはそこまでだった。
音色の違いは聞き分けられても、あんな一瞬でそれぞれの枚数を数えるのは不可能だった。
音により、おおむねの数は推定できるが、それは当てずっぽうでしかない。
それではウィニフレッドには勝てないのだ。
カイルはしばし熟考すると、投げ放った通貨の枚数を数えた。
カイルが宣言した枚数は、38枚。
正直、当てずっぽうである。
金貨を掴んだときの見た目、その重量、そして音と、総合して数えた概算であるが、実数は分からない。ぴたりと当たっていても驚かないし、逆に数枚のずれがあっても驚かない。
つまり、それなりの自信はあるのだが、それだけだった。
恐らくではあるが、それなりではウィニフレッドには勝てないのだ。
そんな考察をしていると、審判役の少年が、カイルの投げたコインの枚数を数え上げた。
「36枚にございます」
その言葉を聞き、カイルは神妙な面持ちになる。
ウィニフレッドは、にやりともせずにこちらを見つめている。
その差が、今のカイルとウィニフレッドの立場を如実に表していた。
「初めてにしては見事なものだ。次は私の番だな」
ウィニフレッドがそう言うと、少年は通貨の詰まった壺を差し出す。
ウィニフレッドは流れるような動作で、通貨を掴むとこう言った。
「カイルとか言ったな。お前はこう思っているだろう。通貨を投げる際は静かにしていなければならない、というルールはない。ならば私が通貨を投げるときに何か音を立てればミスを犯すのではないか、と」
「……正直、一瞬だけ思ったが、止めた」
「ほう、なぜ?」
「小賢しいのは俺の専売特許だが、お前だけは実力でぎゃふんと言わせたくてね」
「なるほどね、そうなるといいのだが」
ウィニフレッドはどこまでも余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な表情でそう言うと、通貨を後方へ投げ放った。
先ほどと同じ金属音が室内に木霊する。
一応、カイルも数えてみたが、先ほどよりも混乱する有様だった。
やはり聴覚という情報だけではどうにもならないのである。
カイルは半ば諦め気味で、ウィニフレッドの言葉を待った。
ウィニフレッドは淡々とした口調で言った。
「37枚、だな」
「………………」
「更に付け加えれば、リエージュ金貨が5枚、エルニカ銅貨が8枚、レバンナ銅貨が7枚、セレズニア共通銀貨が10枚――」
と、投げ放った通貨の種類まで、ぴたりと言い当てる。
「さて、これが私の見解だが、判定役はお前達にやって貰おうか」
と、通貨の数え役にカイル達を指名した。
「先ほどはこちらが数えたのだから、そうするのがフェアだろう」
との配慮だが、カイルにとっては屈辱以外の何物でもなかった。
しかし、そんなカイルにサクラは耳打ちする。
「――カイル殿、これはチャンスですぞ。やっとこの異世界のサクラが役に立つときがやってきました。こんなこともあろうかと自分、とても短いスカートをはいてきました。この状態でかがみまくればラッキースケベどこの騒ぎではありません。その隙にカイル殿はコインの枚数をちょろまかすのです」
なるほど、見事な策である――、が、カイルはその策を採用しなかった。
理由は二つ、
「お前はアホか、あんなに耳がいい奴が、今のささやきを聞き逃すと思うか」
カイルは大声で言い放つ。
「それにずるをかましてあいつに勝ったところで、あいつが俺を信頼すると思うか? 俺が欲しいのは弓の上手いキザな野郎じゃなく、弓が上手くてキザでもいいから俺の指示通り動いてくれる武将だ」
カイルは、そう言い放つと、
「あーあ、数えるのも面倒くさい。つうか、俺の負けだ、負け」
と、あっさり自分の敗北を認めると、自分の荷物をまとめ始めた。
「潔いな。もしももう少し早くお前と会っていれば、違った人生を歩めたかも知れない」
「俺もそう思うよ、俺があと数ヶ月早くお姫様と出会ってれば、俺が先にお姫様を落として、お前を出奔させるなんて事態にはさせなかった」
「……ふ、言いおるわ」
ウィニフレッドはそう言うと、従僕の少年にたいまつを貸すように命令した。
見れば窓の外は暗くなり始めていた。
トボトボと夜道を歩く二人組、真っ暗な山道には、ただ枯れ葉と土を踏みしだく音だけが木霊する。
二人に会話がないのは、二人が敗残の将だからだろう。
負け戦を体験した将は、自然と口数が減るものなのだ。
信じられないことに、異世界のサクラは、二刻もの間、一言も言葉を発することはなかった。それはカイルと出会って以来の快挙であり、サクラの人生においてもそうそうあることではなかった。
だが、サクラは二刻は黙っていたが、二刻と1分は黙っていることができなかった。
街道が見えてくると同時にこう言った。
「まあ、カイル殿、そんなに落ち込まないでください」
「……俺が落ち込んでいるように見えるか?」
「ええ、背中に大きく、哀愁、と書かれていますぞ」
「………………」
「まあ、確かにあの御仁は、部下にするに越したことがない大物です。陣営に加わってくれれば頼もしい味方になってくれるでしょう。ですが、まあ、どんな英雄にも相性といものがありますし、また巡り合わせというのもあります。なあに、勇者は彼一人ではないのです。また別の御仁を探しましょう」
「珍しく、ッス、って言わないのな」
「自分、傷心の男性の前ではつい母性本能をくすぐられて、真面目になってしまうんです」
「……母性本能をくすぐられるか」
カイルはそうポツリと漏らすと、思いっきり背筋を伸ばす。
「ふぁーあ! つうか、男のお前に母性本能をくすぐらせるとは、俺も相当落ち込んでたってことだな」
「男じゃないッス、男の娘であります」
「そうだった。まあ、どっちでもいいけど。さて、歩きづめで疲れたし、今日はその辺で野宿でもするか」
「まじっすか?」
「なにをそんなに驚いているんだよ?」
「いや、展開的に、ここは傷心の主人公をヒロインが身体を使って慰める、っていうのが、物語的に正しい展開なような気がしてまして……」
「物語ってなんだよ……」
「ともかく、自分的にはやぶさかではないのですが、やはり、自分、乙女ですし、初めては野外ではなく、こうロマンチックな宿屋がいいというか……」
「ていうか、もじもじするな――」
カイルはサクラの方へ振り向き、そう叱りつけようとしたが、その言葉は途中で止まってしまう。
とある重大なことに気がついてしまったからだ。
カイルは、ウィニフレッドを仲間にする奇策を思いついてしまったのである。
その策を思いついたカイルは、サクラの手を取り、謎のダンスを披露してしまう。
サクラは訳も分からずにそれに従うが、まんざらでもないようだ。
カイルはダンスを踊り終えると、改めてサクラの方へ振り向き、こう言った。
「つうか、俺はウィニフレッドを配下に加える策を思いついた。だが、それにはお前の協力がいるんだ。協力してくれるか?」
サクラはカイルの屈託のない表情と提案に即座に返した。
「もちろんであります。自分はカイル殿の愛の奴隷でありますから」
こうして二人は今やってきた道を再び戻ると、ウィニフレッドの館へと向かった。