第1章 だめだめな訓練風景
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翌朝、昨夜起きた事件を村人達に伝えた。
エリーは、
「村娘に夜這いを掛けに行こうとしたら、山賊の斥候を見つけた」
の方が真実みが増すのでは? と提案したが、無視をすると、
「連れの弟子が怖くて一人でトイレに行けないというので一緒に外に行ってやったら、山賊の斥候を見かけた」と説明をした。
エリーは怒ったが、更に無視をしながら、村長を始め、村の重鎮達に事実を伝える。
「つまり、我々がエシル様を雇ったと知った山賊達が仕返しにくる、と、そういうことですか?」
「ぶっちゃけるとそうなる」
「ま、まさか、そんな」
小心者の村長は文字通り顔を青ざめたが、村の自警団の若者や他の壮年の男達は特に怯む様子を見せなかった。
「村長、なにをそんなに弱気になっているのです。こんなことは始めから分かっていたことじゃないですか。そもそもこういう事態を想定して、高名な軍師様を雇おうと皆で決めたんじゃないですか」
「そうですよ。傭兵ではなく、軍師様を雇って、村の禍根を一気に断って貰うのです。そもそも奴らが仕返しを考えても我々には白銀のエシル様がいるのです。何を恐れるというのですか」
カイルはその言を聞くと、なるほどな、と思った。確かに彼らはカイルのことが偽物だなんて夢にも思っていないので、大船に乗ったかのような気持ちでいるのだろう。
ある意味、この村で二番目にびびっているのは、カイルなのかもしれない。
だが、カイルはそのことを悲観せず、逆にチャンスだと思うことにした。
正直、自分一人では山賊に抗うことはできないが、村人の力を借りれば、ワンチャンスくらいはある。
昨晩、エリーが言ったように、この村には戦える男が80人はいる。
中には徴兵を経験した者もいるだろうし、山に入り弓で獣を狩る狩人もいるはずだ。
彼らの力を十全に発揮できれば、山賊を追い払うことぐらいはできるかもしれない。
ともかく、村人達がカイルのことを信じ切っているというのは、この状況下では有り難い武器となる。
カイルがエシルであると思い込んでさえくれれば、カイルのような戦の素人の作戦にも従ってくれるだろう。
それはなんの経験もないカイルにとって、唯一にして最大の武器だった。
戦の準備を始めると、エリーはどこからともなく現れ、カイルをからかってくる。
「これはお遊戯の練習か何かかな?」
「……戦闘訓練だよ」
カイルは、エリーの皮肉を半ば受け入れながら漏らした。
確かに村には徴兵を経験した者、熟練の狩人も何人かいたが、まともに戦闘に参加できる者は、20人にも満たなかった。
しかもその20人もとても一人前とは呼べず、なんとか戦える程度の実力だったのだ。
「これじゃあ、とても戦い馴れした山賊の相手はできないぞ」
カイルは率直な感想を漏らす。
「ならば、この連中を正面から戦わせて、残りを背後から襲わせたらどうだろうか?」
エリーは軍略に興味があるのか、昨晩からしきりにこの手の提案をしてくる。
だが、女の浅知恵というか、下手の横好きというか、まったく役に立たない。
「アホ、この主力じゃ、山賊の攻撃を5分と支えられないよ。最悪、主力が壊滅したときノコノコと有象無象の連中が現れて、虐殺ショウの始まりさ」
「なるほど、難しいものだな」
「俺も最初は数で押そうかと思った。こっちは山賊の3倍近い戦力があるんだからな。それに俺のことを白銀のエシルだと思い込んでる村人達ならば、案外、実力以上に力を出して、山賊を撃退してくれるかもしれない」
「ほう、どうしてそうしない?」
「犠牲が大きくなるからだ」
カイルは憮然と答える。
「村人にあまり犠牲を出したくない。それに……」
「それに?」
「どうせならば、楽に勝ちたい。詐欺師が泥臭く勝つだなんて、恥ずかしいだろ」
カイルは照れ隠しのようにそう言うと、及び腰の村人の名前を叫び、村人を叱咤した。
その後、訓練に1日を費やしたカイルはとある結論に達した。
この訓練が無駄という結論だ。
「こんなへたれどもが3日で戦士になるなら、4日あればエリーの胸が膨らむはずだ」
もちろん、それは絶望的に有り得ないことなので、カイルは思い切って作戦を変えることにした。
つまり、武器を持つ者を20人に限定したのである。
「同数の兵力で山賊と戦うつもりなのか?」
エリーが驚くのも無理はないが、カイルにはカイルの考えがあった。
「武器を持ちなれないものが武器を持っても足手まといになるってことが昨日一日でよくわかった」
「だが、たった20人では返り討ちにあうのでは?」
「もちろん、残りの連中もただ遊ばせてるわけじゃないぞ。基本的に武器を持つ主力の連中に二人のサポートを付ける予定だ」
「サポート?」
「そうだ。一人は主力のために槍や弓を渡したり、剣でサポートする係り。残りは後方から投石をしたり、山賊に砂などをかぶせて目くらましをさせたりするんだ」
「なんと、まるで騎士とその従卒のような関係だな」
「騎士の従卒はちゃんと戦うし、砂をかけるだなんて汚い真似はしないけどな」
「確かにその通りだ。それにしても、よくこんな戦術を思いついたな」
「人生経験が豊富なものでね」
この作戦を思いついたのは、ガキの頃のヤンチャの賜物だろうか。
カイルが生まれ育った街には悪ガキのグループがいくつも存在し、日々、闘争という名の喧嘩に明け暮れていた。
そのとき生み出した戦術に、砂をかける、石を投げる、噛みつく、などのものがある。それによくよく思い出せば、喧嘩に使えない味噌っかすなども石団子造りに参加させていたような気もする。
つまり戦力にならない奴などいない、ということを子供ながらに知っていたのだろう。
「三人一組で戦うのならば、20人ほど余るが、それはどうするのだ?」
「後詰めなんていう贅沢な戦力はこの村にはないよ。奴らにもフル稼働して貰うさ」
カイルはそう不敵に漏らすと、訓練の最後の仕上げに取りかかった。