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第3章 手荒い歓迎とカイルの紹介状


   †


 久しぶりの旅である。

 考えてみればクルクス砦にやってきて以来、カイルは滅多なことでは砦の外に出ることはなかった。


 時折、街におもむいては、本屋を冷やかしていたが、外出はそれくらいで、旅らしい旅はしたことがなかった。


 カイルは、新緑に染まり始めた街道の空気を目一杯吸い込むと、久方ぶりの自由を堪能した。


 その光景を間近で見ていたサクラは、カイルの真似をするように大きく息を吸い込み、背筋を伸ばす。


 ちなみに今回の旅の供は、エリーではなく、サクラだった。

 なぜ、白銀のエシルではなく、異世界のサクラを選んだかといえば、それは単に好みの問題だった。


 同じ乳無し軍師ならば、まだ愛嬌のある方がマシ、という理論も働いているが、ともかく、小言に五月蠅い女よりも、脳天気な男の娘を選んだのだ。


 カイルはその選択が正しい、と旅の最初の数日は思ったが、すぐにその決断が間違いであったと気がつく。


 この小娘、カイルが今まで出会ってきたどんな人物よりもしゃべるのだ。



「カイル殿、自分を旅のパートナーに選んで頂き、まことに恐縮であります。無論、自分を選んでくれたからには、カイル殿の期待に応えらるよう、誠心誠意お手伝いします。といっても、自分にできることなどたかが知れていますが。自分、料理も家事も苦手なので、その辺は期待しないでください。あ、でも夜のお勤めはばっちりッスよ。ここには正妻であるおひいさまも、口うるさい姉御もいません。遠慮無く、その獣欲を自分にぶつけてくださって結構であります」



「あ、ちなみに今、誠心誠意って言いましたが、性心性意って、りっしんべんの方の漢字で書くとエロいことに気がつきました。文学賞ものの発見ッス。あれ? なぜそのような顔を。ああ、こっちの人って漢字を知らなかったか。ああ、今のネタ面白かったのに。つうか、こちらの世界にきて以来、ネタが通じる人がいなくて困ってるんスよねえ」



「あ、カイル殿、カイル殿、見ました? 今横切ったカップル、右の道にそれて行きましたよ。たぶん、木陰に入って一発やる気っスよ、あの表情は。覗いていきます? それとも頃合いを見計らって花火でもぶちかまします?」



「ああ、そう言えば、カイル殿、シチューは肉から食べますか? それとも野菜から食べますか? いえね、自分の生まれ故郷であるニホンではそんな話題がたまにのぼることがあるんですが、一人っ子は肉から、兄弟が多い人は野菜から、って法則があるんだって、心理テストのようなものがありましてね。ですが、当時、疑問に思っていましてね、この一人っ子ばかりの現代社会においてそんな心理テスト意味なくね? と。それにニホンは飽食の国でして、飢える人なんていません。そんな社会で、好きな物を先に食べる食べないで己の心理状態を語られるなんてナンセンスだと思いません? ちなみにこちらにきて色々観察したんですが、食うに困らないはずの王侯貴族の人さえ、それぞれの好みで順番に食べていました。兵士もそれぞればらばらです。自分が何を言いたいのかというと――」



 一部だけ抜粋したが、終始こんな風に一方的にまくし立てられるのである。

 これならば可愛げのない銀髪娘の方がましだったかな、と思い始めたとき、目的の場所に着いた。


 そこはエルニカ王国の中央、ウスカール地方の北部にあたる場所で、獣道を幾重にも通り過ぎたところにあるあばら屋だった。


 そのあばら屋を見たときのサクラの反応は至極当然なものだった。


「いやあ、これが大貴族様の御子息の隠れ家ですか。想像以上の豪邸ですな(皮肉)」「大貴族の息子といっても五男坊、それに親には勘当されているらしい。ま、雨露しのげるだけましなんじゃね」


「しかし、これでは今宵の夕飯は期待できそうにも――」


 サクラが愚痴を全て発することができなかったのは、カイルが(おお)(かぶ)さってきたからである。


 サクラは最初、やっと発情したか、と喜んだが、次の瞬間、自分が居たところに矢が突き刺さったのを確認する。


 とっさに物陰に隠れたサクラはこう言い放つ。


「なるほど、手荒い歓迎のようですな」


 カイルもそれに同意すると、木陰から大声を放つ。




「少年、我々は敵ではない。お前の主人に用があり、クルクス砦からおもむいた。至急、お前の主人に取り次いで欲しい」



 その問いかけに少年は返す。

 弓矢を持って――

 カイル達が隠れる木に矢を突き立てると、少年はいった。


「主は誰も通すな、とのことです。例え一国の王が現れたとしても、決して建物には入れるな、と命令を受けています」


「それじゃあ一国の姫様はどうだ? 俺達は姫様の使いだ」


「主曰く、女性に弓を射る奴は、逸物(いちもつ)がもげて死んでしまえ、とのこと。女性に突き立てる矢尻はありません」


 ですが――、と少年は言うと、再び弓を放つ。


「ここにいるのは姫様の使いであり、姫様ではありません。ゆえに通すことはできません」


 と、言い放った。

 取り付く島がない、とはこのことである。


 カイルは仕方ない、と少年の説得を諦めると、ウィニフレッドに手紙を送ることにした。


「しかし、カイル殿、我々は紙はおろか、ペンも持っていませんぞ。一番近い村までは結構な距離がありますが、一度戻りますか?」


 カイルは、「いや」と首を振ると、サクラの瞳を見つめる。


「てゆうか、なんで自分を見つめるんでありますか?」


 訝しげな視線を返すサクラに、カイルはこう言い放つ。


「つうか、サクラ、今すぐ下着をはずせ」

 と――。


 サクラは最初、この人はこんなときに発情でもしたのだろうか、と呆れたが、こういうときに発情する殿方も悪くはない、とカイルの指示に従った。


 カイルは黙々とサクラが胸帯を外す姿を見つめると、受け取った胸帯を袋に詰め込み、中に適当な大きさの石を入れ、少年に投げ渡した。


「それをお前の主に渡せ。そうすれば俺達を快く通してくれるはずだ」


 少年は袋を受け取ると、指示通りそれを主の元に届ける。

 


 5分後――



 カイルの目論見通り、カイル達はウィニフレッドの館へ立ち入ることが許された。


 ちなみにサクラはカイルの一連の策略に対し。


 さすがは自分が惚れただけはあります。

 ワイルドにして敵の弱点を突く、見事な計略です、という感想をくれた。


「……つうか、こんな馬鹿げた方法が通じるとは思わなかった」


「女好きな色男という噂は本当でしたな。自分を連れてきて正解ですぞ。姉御なら絶対にこんなサービスはしてくれません」


 カイルとしてはあまりにも馬鹿馬鹿しい作戦だったが、ともかく、ウィニフレッドと面会することだけは叶いそうだ、と胸をなでおろした。




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