第3章 人材獲得
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先日の軍略の講義の後、実は一番悩みを深めたのはカイルだった。
姫様などもやがてこのセレズニアに戦乱の時がやってくると予感しているようだが、カイルなどはより逼迫してそう感じていた。
詐欺師としてのカイルならば、戦乱上等、自分の才ならばどんな世の中でも食っていける、と開き直ることもできたが、曲がりなりにも姫様の軍師となってしまったからには、そういう態度ではいられなかった。
カイルは現状を考察する。
まずは龍星王フォルケウスが、ジルドレイを攻略する可能性だが、カイルは近いうちに必ず成すと想定している。理由は自分でも分からないが、そうなるとしか思えないのだ。
ならば近い将来、このクルクス砦は必ず最前線となることだろう。
この砦は、ジルドレイ帝国とハザン王国とを結ぶ、交通の要衝なのだ。こちらが望む望まないに関わらず、龍星王は必ずこの地を求めにやってくるだろう。
そうなったとき、この砦は、いや、カイルは、この地を守ることができるだろうか。
カイルは更に考察する。
今の自分は、正直、想定していたよりも軍師としての才があると分かった。
さすがは白銀のエシルが認めたことはある、と自画自賛してしまうが、それでも楽観視するほど自分を買っている訳ではなかった。
自分を過大評価することほど危険なことはないからだ。
ゆえにカイルは冷静にクルクス砦の戦力を分析する。
カイルの主、フィリスだが、彼女は将軍としての才はあると思う。
まだまだ経験不足ではあるが、それを補って余りあるほどに聡明であるし、また将兵達に好かれていた。
このまま適切に成長していけば、エルニカ一の姫将軍として大陸中にその名を轟かせるだろう。
続いて、天秤評議会の軍師ーズどもだが、こいつらに対する論評は不要だろう。
白銀のエシルの知謀は、敵の漆黒のセイラムの知謀に拮抗しうるものだし、異世界のサクラもそれに準じる能力がある。
二人とも性格に難があるが、それはカイルも似たようなものなので、今更指摘はしない。
ただ、エリーには寿命が迫っており、サクラには全幅の信頼が置けないところが辛いと言えば辛い。
まあ、その問題はカイルがあがいてどうこうなる問題でもないので無視をするが、ともかく、現状としてはクルクス砦には世界最高峰の軍師が二人もいることになる。
「ふむ、改めて考察すると、人材的には悪い状態ではないな」
とカイルは思った。
軍師の頭数と質は十分足りていることになる。
ならばあとは実際に戦う将兵、ということになる。
兵の質は問題ないとして、問題があるとすれば、それは将だろうか。
もちろん、ザハードを筆頭に、この砦には名うての武辺者が揃っている。
ザハードはエルニカだけでなく、近隣諸国にも名を轟かす男だ。
若手の千人隊長たちも、有能と言っていいほどには頼れる存在だった。
だが、問題があるとすれば、やはりザハード級の将が足りない、ということだろうか。
欲を言えばもう一人、
いや、もう二人、
いいや、三人でも四人でも、一騎当千の将が欲しいところである。
いくら軍師をたくさん揃えても、実際に戦場で戦うのは兵士であり、それを指揮するのは武将なのである。優秀な将は何人いても困ることはないのだ。
ゆえにカイルは、優秀な将をかき集めようと、老将ザハードに相談を持ちかけた。
将は将を知る、というし、なんらかの情報を持っていると思ったのだ。
相談を持ちかけられたザハードは、白髪髭を持て余しながら、「ううむ」とうなった。
「心当たりがない、ことはないのですが」
ザハードはそう言うと、
「ですが、あまりお薦めしない人材ですぞ」
とカイルに釘を刺した。
「てゆうか、その口ぶりだとかなりの問題児ということか?」
「かなりの問題児、まあ、言葉にすればそう表現するのが適切でしょうが、いやはや、言葉を生み出したロズウェル神も、こと人の欠点をあげつらう言葉に関しては語彙を少なめにしたようで」
「つまり、筆舌しがたいほどの問題児、ということか?」
「左様」
とザハードは首を振る。
その言葉を聞いてカイルは俄然興味が湧いた。
問題児大いに結構。
カイルはその浅からぬ人生経験から、有能な奴ほど性格に問題を抱えていることを知っていた。
カイルが砦の若手の千人隊長たちに不満があるとすれば、それは彼らが皆、常識人であるということだった。常識的な人間は常識的な思考しかできず、変人に思うがままにもてあそばれるのが人生という奴であり、戦場というものだと思っていた。
「で、その問題児は、どんな奴なんだ」
「そうですな。弓の名手でございます。先祖伝来のヴォルクウスの魔弓という大層な弓を持っていて、その腕前はエルニカ一でございます」
「エルニカ一といわれてもピンとこない。お前より上手いのか?」
「拙者は、100メルン先の鹿の眉間を射貫いたことがあります」
「おお、すげいじゃないか。で、そいつは?」
「そやつは、300メルン先の《蚊》の眉間を射貫くことができます」
「……なるほどね、そいつは達人だ」
カイルは戯けながら賞賛したが、ふと湧いた疑問を口にする。
「つうか、そんな達人が、どうしてどこにも仕官していないんだ? いくら問題児とはいえ、不自然ではないか?」
「いえ、その男は先日まで我がエルニカに仕えておりました。更に言えばこの砦に配属されており、拙者の同僚でもありました」
「まじか、なんでそんな男が今はいないんだ?」
「そこが奴の問題児たるゆえんなのです。ありていに言ってしまえば、ウィニフレッドの奴は――、ウィニフレッドとは件の男のことですが、あやつは度が過ぎた女好きというか、自尊心が高すぎるというか……」
要は、その男、砦に赴任してきたフィリス王女に恋をしてしまい、告白したあげくに振られてしまったらしい。失恋を知らない男(自称)としてはしこたま、自尊心を傷つけられたらしく、そのまま辞表を書いて出奔してしまったのだそうだ。
顛末を聞いたカイルは呆れざるをえなかったが、まあ、気持ちは分からないでもない。
姫様に懸想する気持ちもだが、振られた相手と同じ職場で働くというのは、男にはこたえるものがある。
「要は、姫様に袖にされて、いじけて出て行ってしまったというわけか」
「ざっくばらんに話せば、その通りです」
ザハードはそう言うと続ける。
「ですから、ウィニフレッドを再びこの砦に呼び戻し、姫様の旗下に加えるのは、難しいでしょうな」
ザハードはそう表情を曇らしたが、「――だが」と付け加える。
「凡百な軍師にそれは不可能でしょう。ですが、カイル様は違う。先日、拙者に見せてくださった奇跡を今回もまた見せてくださると、このザハード信じておりますぞ」
と、黄色い歯をニヤっと見せ結んだ。
ザハードはこの話を聞いたときから、カイルがウィニフレッドの元へ向かうと予測していたのだ。
軍師としては行動を見破られたことを恥じなければいけないのかもしれないが、カイルはその辺の軍師とは違い、そんなプライドは持ち合わせていなかった。
カイルはザハードからウィニフレッドの滞在する隠れ家を聞き出すと、さっそく、そこへ向かった。