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第2章 龍星王フォルケウス始動Ⅲ

   † 


 国土の三分の一を失った男は、悠然と言った。


「そろそろ頃合いかな」


 それは確認ではなく、同意ですらなかった。

 もはや我慢ならないという意思表示であったが、セイラムはそれを認めた。


「確かに、これ以上敵を肥え太らせる必要は無いだろう」


 欲を言えばもう三日ほど様子を見たかったのだが、これ以上この王を抑え込むのは不可能だと判断したのだ。


 それにセイラムは、龍星王フォルケウスだけでなく、居並ぶ将兵達の士気にも気を配らなければならない立場であった。

 戦には確かに機があるが、そればかりに気を取られていると、将兵達の心境の変化に気がつかず、大敗するということもあり得るのだ。


 そういった意味では、今こそが打って出る時なのかもしれない。

 セイラムはそう思うと、列将に指示をした。


「ユグノー平原で見事に負けてみせ、ロウクスの国土をタダ同然でくれてやったのは、今、このときの反攻のためにある」


「負けるというのもなかなか面倒くさいものでしたな」


 ロシェ将軍は苦笑を漏らす。


「だが見事な負けっぷりだったぞ」


 セイラムは皮肉ではなく、そう評価する。

 実際、敵に気取られずに負けるというのは、なかなか演技力を問われることなのである。それを難なくこなすというのは、ロウクス軍の練度と、ロウクスの将達の能力を物語っていた。


「お前達の見事な演技により、敵軍をロウクス深くまで誘い込むことに成功した」


「更に付け加えれば、敵兵は見事に分散しています。軍師殿の策は、今のところすべて成功しております」


 ルンゲメニは賞賛する。


「ルシフェンタールは、強欲な男だ。目の前に餌をちらつかせれば、それが疑似餌だとしても必ず食いつく、戦魚(せんぎょ)のような奴だ。ましてや帝国宰相の座がちらついているとあっては、冷静な判断などできまい」


 セイラムは敵将をそう切り捨てる。


「戦に負けて死ねば、宰相の位などなんの役にも立たないでしょうに」


「そんなに宰相位が欲しいのであれば、くれてやれば宜しい。どうせジルドレイという国は近日中になくなるのです。亡国の宰相位など、犬にくれてやってもいい」


 その言は大言壮語ではなかった。


 事実、ここに居並ぶ将達は、ジルドレイの滅亡を見届けるために集っているのである。我らが龍星王ならば、漆黒のセイラムならば、大陸一の強国であるジルドレイとて敵ではない、そう思い剣を振るっているのだ。


 実際、漆黒のセイラムの作戦は見事なものであった。

 敵兵を自国陣内深くまで引きずり込むと、その兵力を各地に分散させてしまったのだ。


 敵将は、目の前にぶら下げられた人参に食いついてしまったというわけだ。

 しかもこの幸運は偶然の産物ではなく、セイラムの知謀から生まれたものだった。


 セイラムはこの戦を始める前から、この計画を練り、丹念に事前準備をしていたのである。

 各村々、各都市に、間者(かんじゃ)(スパイ)を派遣すると、こう命令をくだしていた。



「そう遠くない日、ジルドレイの軍隊が侵攻してくる。そのときまでに各地の有力者を説き伏せ、有事には抵抗することなく、軍隊の駐留を許すように説得するのだ」



 無論、帝国軍の時節をわきまえない『宋襄の仁』も利用してやれ、と付け加えて。



 結果、帝国軍は、セイラムの思惑通りに行動した。

 各地に兵を分散し、大切な兵糧を村々に配ってしまったのだ。


 その行動はロウクス国民を手なずける、その支配を恒久的に行う、という意味では正しい行動なのだが、今回のそれは悪手以外の何物でもなかった。


 セイラムは、ものの見事に手のひらで踊ってくれたルシフェンタールの舞いに賛辞を送ると、フォルケウスに決断をうながした。


「龍星王よ、今こそ、全軍に(げき)を飛ばすときです」


 フォルケウスは微笑みながらその言葉を受けいれると言った。


「さあて、お上品なジルドレイの兵士達が、(いま)()(きわ)にどんな悲鳴を発するか、(とく)と聞かせて貰おうではないか」


 その言葉と共に出立した伝令により、各地で命令を待っていたロウクスの将軍達は、一斉に反攻を開始した。





 まず標的となったのは、ルシフェンタールの腹心として長年尽力してきたバルトハイム男爵の軍であった。


 城塞都市イルミナを占拠していたバルトハイムは、ロウクス軍が動いたと知ると、街を出て迎撃にあたった。


 そしてバルトハイムは、完膚なきまでに叩きのめされた。


 理由はいくつか存在するが、主な理由は下記によるものだ。



 ひとつ、バルトハイムは先日の勝利に(おご)り、敵兵を過小評価していた。

 ふたつ、帝国軍は戦力を分散させすぎた。

 みっつ、襲ってきたのが、ロウクスの名将として知られるルンゲメニだった。



 こうしてバルトハイムは、折角占拠したイルミナの街を手放す結果になった。


 撤退の間際、

「ううむ、口惜しいが仕方ない。また奪い取るまでよ」

 と、自分を鼓舞するように漏らしたが、そこまで悲観しているわけではなかった。


 バルトハイムは元々、兵力を分散することに反対だったのだ

 それにロウクスの民を手なずけることにも反対だった。


 ロウクスの国民は狼と変わらない。狼に縄を付けても犬にはならないのである。ならば好かれようなどという無意味なことは止め、略奪に徹するべきだと思っていた。


 無論、思っているだけで実行には移していないが、丁度良い機会なのかもしれない。

 ルシフェンタール侯爵の本隊と合流した暁には、そう進言しよう、と心に誓ったが、その進言は一ヶ月ばかり遅かった。


 セイラムはすでに二つ三つと先を読んでいたのである。

 セイラムはロシェに命じて、帝国軍の補給路を断っていたのだ。

 これでは元々、兵糧の乏しい帝国軍は飢えざるを得ない。


 こうなってしまえば、バルトハイムの思考通り、現地から徴収、――つまり略奪に走るしかないが、ここは敵地である。


 それに勇敢なことで知られるロウクス国民から食料を奪うなど、現実的ではなかった。

 案の定、バルトハイムが本隊と合流した頃には、各地から帝国軍が敗北したという報告が山のように届いた。

 食料を略奪しようと住民と対立していたところを、ロウクス軍に突かれたのだ。


 こうして、各地から敗残兵が集まってきたわけであるが、その事実は無傷のまま控えていた本隊にも動揺を与えた。

 全滅を免れたのはよいが、こうも戻ってこられれば、元々少なかった兵糧に余裕がなくなるに決まっている。


 ルシフェンタール侯爵の本隊は無傷であり、立て籠もる要塞も強固なものであったが、これでは野戦に打って出るか、撤退するしか道はなくなった。


 無論、ここは名誉の後退――、


 つまり撤退すべきなのだろうが、それでは目の前にちらついた宰相位が遠くなる。

 そう思い込んでしまったルシフェンタールは精神のバランスを欠いた。

 せめて撤退するにしても、もう一度野戦に勝利してから、と、要塞から打って出てしまったのだ。


 そして侯爵は知ることになる。


 古来より、飢えた軍隊が勝ったためしはない、という普遍的事実を、


 ロウクス軍の強さと、

 龍星王と呼ばれる王の実力を――


 帝国軍6万の将兵は、次々と討ち取られ、それを指揮するルシフェンタールも、フォルケウスの剛槍によって首を()ねられた。




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