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第2章 龍星王フォルケウス始動

   † (フォルケウス視点)


 ジルドレイ帝国の北部、ロウクス王国との国境地帯にあるアルメニア砦、そこにいる兵士達は奇妙な光景を目撃した。


 白馬に跨がった一人の男が両腕を天に突き出し、立ち尽くしていたのである。


 最初は狂人の類いかと思われたが、よくよく見れば身なりがしっかりしており、身につけている武具も、ただの騎士とは思えなかった。


 ゆえに、弓弦を伸ばす手にも力が入らなかったが、弓兵達は上官の言葉によって、本来の役目を思い出した。


「何を見とれておる! 敵だぞ、弓を放つ準備をせぬか」

「しかし、隊長、相手は一人です。様子が変ではありませんか?」


「ここはすでに戦場だ。戦場にぶらついている味方以外の人間はすべて敵だ。敵は全て撃ち殺すべし、将軍はそうおっしゃった」


「……敵の使者という可能性もあるのでは?」


 弓兵は控えめに上申した。


「使者ならば使者らしく、それ相応の格好をしておるだろう。それに先ほどからあそこに留まり、撃ってくれと高らかに宣言しているのだ。ここで射殺して置かなければ敵が付け上がる」


 なるほど、と弓兵達は思った。上官の言い分はもっともだと思ったのだ。

 男のあまりの雄偉さ、いや、不貞不貞しさに気を取られてしまったが、ここは戦場なのである。敵を射殺すチャンスがあるのならば、逃さない手はなかった。


 弓兵の頭は、部下に弓を放つように命令すると、砦の上から一斉に弓を放った。


 その数78本、砦の大門上部に配置された弓兵と同じ数だけの矢が、眼下にいる男の頭上に注がれた。

 一人の男を殺すにしては過剰な量だったが、或いは見世物としては丁度よいのかも知れない。弓兵の頭はそう思い命令したのだが、驚愕することになる。


 砦の上から放たれた78の矢は、ことごとく外れ、男の命を奪うどころか、傷一つ付けることができなかったのである。


 弓兵の頭は、慌てて第二射の発射を命令したが、それも当たることはなかった。


「ば、馬鹿な!! あ、あり得ない……」


 長いこと弓一つで飯を食ってきた弓兵の頭だったが、こんな現象は初めてみた。

 弓兵の頭は動揺し、その動揺は部下達にも伝わっていった。





 アルメニア砦の前にひとり立ち尽くし、78本の弓矢の洗礼を受けていた男、名をフォルケウスという。

 ロウクス王国の若き国王であり、北方の龍星王と呼ばれる男であった。


フォルケウスは、一人、本隊から抜け出し、アルメニア砦にやってきたのである。

 そしてあえて敵の前に己の身体をさらすと、とある願掛けをした。

 もしも、敵兵が放った矢に当たることなくやり過ごせたら、この戦に勝利できる、そう願掛けをし、敵に姿をさらしたのだ。


 結果――


 フォルケウスは211本の矢をすり抜け、傷一つ負うことはなかった。


 避けることもせず、受けようとも思わず、ただ、その場に立ち尽くしていただけなのだが、敵兵の矢はフォルケウスに触れることさえ叶わなかった。

 その光景を、どこか他人事のように俯瞰(ふかん)していたフォルケウスは、地面に突き刺さった大量の矢尻を見てこう思った。


「やはり僕は運がいい」


 と――。


 211本の矢を射られて、運の一言で片づけてしまうのが、フォルケウスという王の本質を表しているのかも知れない。

 フォルケウスは、真の王には運も宿る、という哲学を持っていた。


 かの覇王アカムも、72度の戦を経験していながら、ついぞ傷一つ負うことなく、その生涯を閉じたというではないか。


 その後を追う、いや、アカムを超える王となる自分が、こんなところで傷つくわけがないのだ。

 それに、フォルケウスは、自分が強運の持ち主であると自覚していた。




 幼き頃、王妃から毒殺されかけても死ぬことはなかった。

 幼き頃、兄から崖の上から突き落とされても死ぬことはなかった。

 幼き頃、暗殺者に短剣を突き立てられても死ぬことはなかった。




 大人になってからもそうだ。

 大小様々な戦を経験し、国内を平定したときも、フォルケウスは死ぬことはなかった。


 戦場往来し、無数の弓矢を受け、幾千の敵兵の中に孤立しても、常に強大な守護天使に抱かれているような感覚を抱いていた。


「このフォルケウスを殺せる人間など、この世にはいないのだ」


 そう信じ、或いは錯覚し、20年の人生を送ってきたのだが、結局、今日も死ぬことはできなそうだ。


 失望を感じたフォルケウスは、(きびす)を返すと、アルメニア砦に背を向けた。


 或いは、神はそんな増上慢(ぞうじようまん)な王に罰を与えたのかも知れない。

 とある弓兵が放った矢が、ついにフォルケウスの後頭部をとらえた。


 しかし、悪魔は不遜(ふそん)な王を愛していた。

 王の頭に突き刺さろうとした矢を、とある男が素手で受け止めた。


 フォルケウスの配下、ルンゲメニ将軍が、王の命を救ったのである。

 矢を素手で掴み取ったルンゲメニは王に言った。


「セイラム殿がお呼びです」


 (たしな)めもせずに、用件だけ言ったのは、ルンゲメニがフォルケウスの性格を知り尽くしているためだった。


 それにルンゲメニは、王のこういう豪放な性格が嫌いではなかった。

 或いはルンゲメニ自身、王と同じ哲学を共有しているのかもしれない。


 セイラムは、そんな忠臣の方に振り返ると言った。


「ふむ、ちなみにセイラムは怒っているかい?」


 王の問いに、ルンゲメニは正直に答える。


「いつもの無表情にございます」

「そうか、ならばとても怒っているということだな」


 フォルケウスはそう漏らすと、渋々といった表情で、本陣に戻った。





 案の定、セイラムは怒っていた。

 フォルケウスが本陣に戻ってくるなり、皮肉の矢を浴びせてくる。


「これはこれは、北方の龍星王のご帰還だ。朝から敵兵の弓矢を浴びなければ気が済まない綺麗好きな王に、祝福あれ」


 ルンゲメニの報告通り、いつもの無表情だった。

 この男は怒れば怒るほど、表情を無くしていく。


「まあ、そう言わないでくれ。敵兵の矢を大量に消費させたと思えば、怒りの矛も収まるだろう」


「もしも貴様が死んでいたら、俺の計画だけでなく、このセレズニアの未来も大きく変わる。それにお前の部下や民もだ。自覚しているのか?」


「死ねばそこまでだった、ということだ。僕に王位を与えた部下や民達にもそれ相応の責任を負ってもらうだけのこと。もしも僕が死んで困窮するというなら、最初から王位を与えぬか、今からでも遅くない、王位を剥奪すればいい」


 その言を聞いた陣内の将軍達に戦慄(せんりつ)が走る。

 陣内にいる将軍の過半は、かつての兄たちの配下や、先日までフォルケウスに対抗していた部族長達なのだ。そんな発言を面と向かってされては、表情に困るというものだった。


 フォルケウスは将軍達の表情を楽しむと、セイラムに今後の方針を尋ねた。

 セイラムは頷くと、まず今回の戦の目的を述べた。


「我々が、大陸一の強国であるジルドレイ帝国と敵対したのは、もちろん、大陸統一の第一歩を記すためである」


「ああ、長年結んできたジルドレイとの友好条約を一方的に破棄し、修繕要求の使者の首を切って送り返したのもそのためだ」


 フォルケウスは確認するように返す。


「つまり、後戻りできぬ、というわけですな」


 ルンゲメニは呼応する。


「その通りだ。もはや、ジルドレイとの戦争は避けられない。だから今回、機先を制するために先に仕掛けたんだ」


「ちなみに、隣国のアシュハール騎馬王国ではなく、なぜ、格上のジルドレイを戦略目標に定めたのですか?」


「格上? ロウクスより国力の劣る国なんてこのセレズニアにいくつあったっけ?」


 フォルケウスはおどけてみせる。

 将軍達は苦笑する。


「アシュハール騎馬王国を攻めなかったのは、ジルドレイより手強いと踏んだからだ。かの国は騎馬の数でその諸侯の力を計るほどの軍事大国だ。仮に攻め込んでもこちらの被害が多くなるだけで実入りも少ない」


 セイラムは説明する。


「だが、ジルドレイは違う。大陸一の強国ということは、大陸一の富もあるということだ。同じ奪うなら金を多く持っている方がいいだろ」


「なるほど、妻を娶るならば肥えている方がいい、というわけですか」


「その通り、だが、君の奥さんは少々太り気味だ」


 フォルケウスが冗談を言うと、陣内に笑い声が満ち溢れる。


「それに、先日、ジルドレイの皇帝であるボーグナインが死んだ」


 セイラムは周知の事実を口にする。


「跡を継いだのは、15にも満たないマルムマリア二世だ。皇太子が若死にしていたため、皇太孫である孫娘が即位したが、マルムマリアには実権がない」


 セイラムはそう言い切ると、

「実権は、叔父にあたるルシフェンタール侯爵にあるとみていいだろう」

 と続けた。


「叔母のラクチェ女伯爵は権力争いに敗れた、と見ていいのですか?」


 ルンゲメニは問う。


「失脚したわけではないが、主流派ではないことだけは確かだろう。それを証拠に、今回、迎撃にあたるのは、ラクチェ女伯爵ではなく、ルシフェンタール侯爵だそうだ」


 ちなみに、とセイラムは、朝食のメニューを一品追加するかのような口調で続ける。


「今回、迎撃にやってくるジルドレイ軍の数は、6万の数を下回ることはないそうだ」


 セイラムはさらりと言いのけたが、その言を聞いた列将は戦慄(せんりつ)する。

 なぜならば6万という数字は、ロウクス遠征軍の3倍以上にあたるからだ。


 しかも、ジルドレイは大陸一の強国であり、兵士の質はともかく、装備面では遙かにロウクスの上を行く存在なのだ。

 さしもの勇敢なロウクスの将達も言葉を失ったが、彼らの主であるフォルケウスは兎狩りに行くかのような声で気軽に言った。


「なあに、たかだか戦力差は3倍だ。なんとかなるだろう」


「しかし王よ、ここは敵地でもあるのだぞ。城攻めは敵の3倍の兵を用意せよ、という格言が古来からある。この戦力差、絶望的なのではないか?」


 11氏族の長の一人がそう主張したが、それは正論だった。

 フォルケウスはその正論にこう返した。


「なあに、そこは我らの軍師殿、漆黒のセイラム殿が策を用意してくださっているさ」


 要は丸投げであるが、将達は無責任だとは思わなかった。

 漆黒のセイラムの実力、天秤評議会の軍師の実力は、先日、まざまざと見せつけられたばかりなのだ。


 ロウクス北部で半ば自治権を有し、ロウクス王と盟友気取りでいた諸部族を、あっという間に屈服させ、フォルケウスの配下に組み込ませたのが、セイラムなのである。

 今更、そんな男の立てた作戦に異を挟む者など、誰もいなかった。




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