第1章 師弟の絆
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執務室に居たフィリスは、何事かと目を見張った。
息を切らせながらカイルとアザークがノックもせずに入ってきたからである。
アザークが息を切らせながら、
「姫様、御宸襟(御心)をお騒がせします」
と説明すると、机の引き出しを開けた。
そこにはやはり焙烙玉が仕掛けられていた。
「そ、それは焙烙玉ですか?」
「ああ、仕掛けられた理由は後で説明するから、取りあえず離れてくれ」
カイルはそう言うと解除に取りかかる。
本日三つ目の解除ゆえ、手慣れたもので最短で解除すると、カイルは言った。
「これで大丈夫なはずだ」
カイルがそう言うと、一同は安堵の溜息を漏らしたが、アザークはすぐにとあることに気がつき、声を荒げる。
「カ、カイルなぜ慌てないのだ。そんな悠長なことをしている場合か、すぐにお前の部屋に行くぞ」
「俺の部屋? どうして?」
「どうしてって、お前の弟子が人質に取られているのだろう。助けにいかねば」
「サクラはどちらか一方しか助けないと言ったぜ。だから俺はこっちにきたんだ」
その台詞を聞いたアザークは呆れた。なんと冷たい男だと思ったのだ。
だがカイルの余裕に満ちた表情を見てこうも思った。
もしかしたら、この余裕、カイルには秘策があるのでは、
アザークはそう思ったのだ。
そのことを尋ねようと口を開いたのだが、アザークの口が開ききることはなかった。
なぜならば遠くから爆裂音が響き渡ったからである。
カイルは窓から見える白煙を他人事のように見つめると、ポツリと呟いた。
「ほんとに仕掛けてたのか。容赦のない奴だな」
その言葉を聞いた容赦のない奴は、執務室に現れると質問をした。
「まさかというか、やっぱりというか、お姫様の方にきましたな。ちなみにどうしてお姫様の方にきたのか、説明頂けますかな?」
その言を聞いたカイルは、腰から長剣を抜き放ち、サクラの首元に突きつける。
「もう、焙烙玉はないから、斬り捨ててもいいよな」
「もちろん、カイル殿にはその権利があります。煮るなり焼くなり、性奴隷にするなり、お好きなように」
でも、とサクラは続ける。
「最後に種明かしをするのが勝者の礼儀だと思うのですが」
「……いいだろう」
カイルはそう言うと剣を突き付けたまま説明する。
「俺が姫様を助けにきた理由は、ふたつある。ひとつは、俺は姫様の軍師だからだ。軍師が主の窮地を救わなくてどうする」
その宣言を聞いたフィリスは、「カイル様……」と顔を赤らめる。
「なるほど、でも、爆薬の量から助かる可能性もありましたが?」
「そんなあやふやな可能性に懸けるのは、軍師の仕事じゃない」
カイルは言い切る。
「ほう、確かに軍師らしい言い分です、この異世界のサクラの軍略に通じるところがある。確かに、一国のお姫様の命に比べれば、姉御の命など塵芥も同然、比べる価値もありませんよね」
サクラは皮肉を隠さずに言ったが、カイルは挑発には乗らずにこう言った。
「命の価値はもちろん、乳の大きさも比べものにならないしな。片や象、片や子ネズミだ。同じ助けるなら象だろ」
「確かに」
サクラは苦笑を漏らす。
「それにエリーには寿命が迫っている。この先何十年も生きる人間と、老い先短い人間、どちらかを助けるなんて考えるまでもないだろう」
「カイル殿は合理的ですな。まさしく軍師の才があります」
サクラはそう言い切ると、一歩前に出て、
「さあ、早くその剣で喉を突いてください。自分はそれだけのことをしたんすから」
と、ささやいた。
カイルはその覚悟を確認すると、突き立てていた剣を元の鞘に戻した。
「……どうしてですか? なぜ、お斬りにならないのです」
不思議そうに尋ねるサクラだったが、カイルにはサクラを斬る気など更々なかった。
カイルは大きく溜息をつくと、こう言った。
「お前を斬らなかった理由その3、つうか、ぶっちゃけるとこれしか理由はない」
カイルはそう宣言をすると、大きな声で理由を叫んだ。
「つうか、あのエリーをわざわざ助ける理由なんて一切ない。なぜなら、あの貧乳ならば、自力で脱出するからだ。そうだろう、エリー?」
名指しされた少女は執務室のドアの影からひょっこりと現れると、ばれていたのか、と悪びれずに言った。
その姿を見ると、サクラは「さすが姉御です」と賞賛の声を送る。
「なるほど、カイル殿はエリー殿を信じ、一直線にここにこられたわけですな」
「信じたなんて青臭い表現はもちいるな。ただ、殺してもくたばらない奴だと思っただけだ」
カイルはそう言い放ったが、エリーは、
「――これが師弟の絆という奴だ」
と、嘯いた。
天秤評議会の軍師、異世界のサクラは投降すると、大人しくお縄についた。
そして砦内に仕掛けた爆弾のありかを全て明らかにすると、解除方法も伝えてくれた。
その上で悪びれずにこう言った。
「煮るなり焼くなり、お好きにしてくれて結構、と言いましたが、気が変わりました。自分をカイル殿の部下にしてくれませんか?」
「俺の部下?」
「そうです。こう見えても自分の知謀値は結構高いですぞ。あと、魅力値も」
「いや、まあ、天秤評議会の軍師だしな」
カイルはそう言うとエリーに助けを求める。
「この娘が裏切る心配があるのか、と私に問うているなら、答えはYESだ。心変わりしない人間などいないが、この娘は特にうつろいやすい」
実際、この前まではセイラム殿、セイラム殿、と尻尾を振っていたしな、と付け加える。
「おっと、姉御、乙女の過去に触れるのは御法度ッスよ。つうか、自分を浮気者みたいに言わないでください。自分、一度惚れたら一途なんすから」
「確かにな。お前は一度惚れると本当にしつこい」
「甲斐甲斐しいとおっしゃってください」
サクラはそう言うと、カイルの方を振り向き、スカートをまくし上げ、生足を見せながら嘯く。
「どうすか、軍略の手ほどきから、夜のお世話まで、家事以外なら万能ッスよ。今なら、伝説の軍略書、六韜と孫子の兵法をお付けするであります。あ、なんなら、鍋とか演劇のチケットも付けるッスよ」
「……そんなものはいらん」
カイルはそう言い切ると漏らした。
「つうか、やっぱり自分を暗殺しにきた奴を雇うというのもなあ」
「なにをおっしゃるんですか、カイル殿、王者たる者、自分を殺しにきた刺客を笑って許して配下に加えてこそ、伝説に残るのです。かの覇王アカムも、自分を殺しにきた暗殺者を許し、覇業の力添えをさせたではありませんか」
「俺は大陸を統一する気なんてないぞ」
カイルは溜息をつくと、回答をフィリスに任せることにした。
死者が出なかったとはいえ、砦に爆発物を持ち込み、カイルの部屋を爆破したのは確かなのである。
ここは砦の主であるフィリスに判断をあおぐというのが筋という物だろう。
カイルがフィリスに視線をやると、一同の視線が彼女に集まる。
注目されるフィリスの答え、
その答えは素っ頓狂であった。
「か、カイル様の夜のお世話はわたくしがします!」
「な、フィ、フィリス様」
アザークは慌ててフィリスを見やる。
「先ほどから見ていれば、この娘、カイル様に馴れ馴れしすぎます。いくら、天秤評議会の軍師様でもやっていいことと悪いことがあります」
「そういう問題では……」
「そういう問題なのです。砦を爆破したことは不問にいたしましょう。幸い、怪我人もいませんでしたし、兵士には秘密兵器の試作中の事故だと伝えましょう」
ですが、とフィリスは強調する。
「ですが、この娘のカイル様専属侍女の任は解かせて頂きます。カイル様には別の侍女を付けるので、サクラさんにはわたくしの侍女をして頂きながら、カイル様の補佐を務めて頂きます」
フィリスはそう言い切ると、この場を収めた。
一同は唖然とするしかなかったが、或いは一連の発言は、サクラが自分の罪に思い悩むことがないようにとの配慮かも知れない。
そうであるならばやはりこの娘には王者の資格がある。
エリーは改めてフィリスのことを見直したが、最後にこんなつぶやきを聞いてしまった。
「ところでアザーク、サクラさんの言う夜のお世話とは、どんなことをすればいいのでしょうか?」
――この娘は、天然なのかもしれない、エリーはそう思った。