第1章 悪魔の二択
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カイルが向かった場所は、クルクス砦の礼拝堂だった。
そこにやってきたアザークは、礼拝堂の天井を見上げ、こう呟いた。
「なるほど、そういう意味か」
見れば礼拝堂の天井には大きな天窓があり、そこにはステンドグラスがはめこまれていた。
そして天井にはロープがピンと張り巡らされている。
「正午になると光が差し、レンズによって収束され、このロープが切り落とされる、というわけだな」
「そして落下と同時に爆発、というわけさ。丁度、正午の祈りにやってきた坊さんもろともドッカーン!!」
「むむう、さっそく、解除せねば」
アザークはそう言うとはしごを持ってきたが、解除したのはカイルだった。
女にそんな危険な真似はさせられない、とは言わない。この女、女扱いすると怒るからだ。ただ、「知謀が低い奴には任せられない」と皮肉を言っただけだった。
二つ目の爆弾も、単純な作りだったため、解除に時間は取られなかった。
あっという間に解除すると、カイルは軽く汗を拭う。
そして、こちらの方を見つめている少女、……いや、異世界のサクラに、軽く皮肉を言った。
「あと一個だが、期限よりも遙かに早く俺が勝っちまうんじゃねーの?」
その言葉を聞いたサクラは返す。
「いやいや、まだまだ分かりませんよ、勝負は下駄を履くまで分からないッス」
そのやり取りを聞いて、アザークはこの娘を敵と判断したのだろう。腰の物に手をやる。
カイルはそれを制止する。
「賢明な判断であります。さて、カイル殿には二つの焙烙玉を想定よりも早く解除されてしまったので、予定を変更しにきますた」
「どういう意味だ?」
「このままだと三つ目もあっさり解除されそうなので、三つ目の場所を変更させて貰いました」
「つまり、この三通目のヒントはもう役に立たない、と?」
「そういうことッスね」
「汚ねえな」
「汚くないであります、自分、毎日お風呂でゴシゴシしてますから」
「最後の焙烙玉は、ノーヒントでやれってことだろ? アンフェアだと思うぜ」
カイルはお前もそう思うだろう、とアザークに同意を求めたが、アザークが肯定する前に、サクラは言った。
「まさか、この広い砦をノーヒントで探せなんて無茶ぶりはしないッスよ。そんなの不可能ですから」
サクラはそこで言葉を止めると続ける。
「ゲームって奴は、ゲームバランスが整ってないと糞ゲーっスからね。だから今回も当然ヒントはあります。いや、ヒントどころか、場所を直接教えちゃいます」
「直接?」
その意外な言葉に思わず反応してしまう。
「はい、これから場所を二カ所指定するので、お好きな方の爆弾を解除してください。ちなみに解除できるのは二つに一つです。そこの女騎士さんと二手に分かれるのはNGっス」
「解除できなかった方は爆発するってことか」
「はい、そうなりますね。でもご安心を。爆薬と言っても少量なので、死人はそんなにでないでしょう」
平然と、眉一つ動かすことのないサクラに恐怖を覚えたが、サクラがその後に付け加えた言葉には戦慄を覚えた。
「仕掛けた場所は、王女様の執務室と、カイル殿の部屋であります。つまり、カイル殿にはこれから究極の二者択一に挑んで貰います。お姫様の命を救うか、姉御の命を救うかの二択です」
その冷酷な言葉にいち早く反応したのはアザークだった。
「なッ、フィリス様の執務室に爆弾を!?」
「はい、執務室の机の引き出しに仕掛けました。自分がスイッチを押せばドカンです」
「この痴れ者め!」
「おっと、剣は抜かないで頂きたい。姫様の寿命を縮ませたくはないでしょう?」
「……っく」
「さて、カイル殿には悩みに悩み抜いてから、どちらを助けるか選択して頂きたい」
サクラはそう言ったが、そんなもの容易に決まるわけはない。
更に付け加えれば、サクラはそんなカイルをあざ笑うかのように、こんな条件も付け加えてきた。
「ちなみに、一国の姫様の命と、一介の貧乳お姉さんの命を対等に扱うのはどうかと思いまして、こんな仕掛けもしています」
サクラはそう言うと更にカイルを惑わす。
「ええと、お姫様の部屋の焙烙玉は、人が死なない程度の量にしました。ただ、重傷は免れませんし、運が悪ければ死ぬでしょう。一方、姉御の横に置いてある奴は、確実に人が死ぬ量を仕掛けてあります」
「つまり、エリーの方を助ければ、ふたり助けられる可能性がある、と」
「ですな。姫様を助ければ、姉御は確実に死ぬでしょう」
「っく、狡猾な」
アザークはそう言ったが、まさしくそうであった。
カイルとしては、恩義があり、惚れているフィリスを助けたい気持ちが勝っているのに決まっている。
またフィリスは一国の王女であり、この先、この国の人々に欠かせない人材に育ってくれるだろう。
一方、カイルはエリーにも恩義があった、借りがあった。それに数ヶ月前から一緒に旅をしており、情のようなものもなくはない。
更に言えば、この二者択一の厭らしいところは、同一の条件ではないと言うところだろう。カイルがフィリスを助けると見越して爆薬の量を変えているあたりが厭らしい。
当然、カイルは逡巡せざるを得なかったが、永遠に悩むわけにもいかなかった。
サクラは何もしなくても正午きっかりに焙烙玉を爆発させる、と宣言したからだ。
カイルは、必死の形相でこちらを見つめるアザークの視線をあえて無視すると、走り出した。
誰を助けるか決めたのである。
その決断が正しいか、それは今のカイルには分からないが、カイルには自分が正しいと思った選択をするしか道は残されていなかったのだ。