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第1章 ゲーム開始

   †


 異世界のサクラは、エリーを縛り上げるとこう宣言した。


「姉御はある意味、ジョーカーッスから、参戦禁止です。だから、こうして縛らせて頂きます」


「アドバイスも禁止か?」

「禁止ッス、口をふさぎましょうか?」


「そうして貰おうか。どうもこの弟子は頼りない。アドバイスをしてしまいそうだ」


「それでは猿ぐつわを失礼するであります」


 サクラはエリーの口に猿ぐつわをはめると、これでよし、と汗を拭った。


「ちなみに分かっていると思いますが、姉御は今回のゲームのお姫様役ッス。もしもカイル殿が途中で逃げ出したり、不正を働いたら、爆死して頂きます」


「不正というと?」


「ゲームに関係ない人に、このゲームの情報を伝える、とかです」


「なるほど、爆薬が仕掛けられているから逃げろ、と避難を促すのは駄目なんだな」


「その通りです。カイル殿には、期限までに三つの焙烙玉(爆弾のこと)を解除して頂きます」


「それはこの砦内に設置されてるのか?」

「無論であります」

「しかしこのクルクス砦は結構広いぞ、俺に不利すぎないか?」


「もちろん、その辺は考えているでありますよ、ワンサイドゲームは詰まりませんからな」 


 サクラはそう言うと三枚の便箋(びんせん)を差し出す。


「これにヒントが書いてありますので、迷われましたら参考にしてください」


 カイルは受け取ると、即座に一枚目を開いた。


「さすがカイル殿、普通の軍師なら自尊心が邪魔をして敵の前で即座に開くなんてできませんよ」


 サクラはそう感嘆(かんたん)し、エリーは「ひょれがわらひのれしのひょうひょだ」ともごもごと口を動かした。


 カイルはそれらを無視すると、手紙に集中する。

 一枚目の手紙にはこう書かれていた。



「己を偽り、剣に生涯を捧げ、剣に生きる者、その鎧は他者を拒絶するが、ひとたび殻を打ち破れば愛に溢れる」



 やはりヒントだけあって、婉曲的(えんきょくてき)に書かれている。

 カイルは集中して、その言葉の意味を探った。


 まずは、己を偽り、という言葉だが、これは何を指しているのだろうか。

 誰しもが己を偽るくらいしているだろうが、あえて書くと言うことは相当な秘密を抱えている、ということだろう。


 次に目を移す。

 剣に生涯を捧げ、剣に生きる者。

 これは文字通り、武人であることを指しているのだろう。これで文官や侍女達の線は消える。


 最後に、

 その鎧は他者を拒絶するが、ひとたび殻を打ち破れば愛に溢れる

 という文句があるが、これがまるで見当がつかない。


 抽象的すぎるのである。

 更に分からないのが、ヒントのヒントという箇所だった。



『ツンデレちゃんのクローゼットの中に入れますた♪』←ここ大事♪



「ツンデレってなんだよ……」


 たぶん、異世界、サクラの故郷であるニホンの言葉なのだろうが、セレズニア人であるカイルには皆目見当がつかなかった。


「………………」


 いや、実は見当はついているのだが、確証まではない、と言い換えた方がいいかもしれない。


 ずばり、カイルは上記のヒントの人物を、アザークだと想定していた。

 アザークが一番多く上記のヒントに当てはまるからである。


 アザークは、剣に生涯を捧げ、剣に生きるタイプだったし、その性格はジルドレイの重装騎士団も真っ青なほど強固である。

 それに、己を偽り、という点が一番気になった。


 誰しもが秘密くらい抱えているだろうが、アザークは特に大きな秘密を抱えているのである。


 カイルは思い出す。

 ――あの日、触ったアザークの胸の感触を。

さらしを巻いていたので大きさは判別不能だが、確かにアザークの胸にはおっぱいと呼ばれる器官が付いていた。


 アザークは女であることを隠して、フィリスの親衛隊長を勤め上げているのだ。


 ヒントの人物はアザーク以外あり得ないという気持ちになっていたが、それでも心配がないわけではない。


 カイルの知っているアザークは、例えその心の障壁を打ち払ったとしても、愛に溢れているとは思えないのだ。


 だがしかし、それでもカイルはアザークの元へ向かうしかなかった。

 時間が迫っているということもあったが、結局は自分の勘に従う以外、道は残されていなかったのである。



   †



 アザークの私室は、クルクス砦の武官達が集う場所にある。

 つまりカイルと同じ建物だ。

 ぶっちゃけると、すぐ隣の部屋だった。


 その立地条件から、今まで何度も言葉を交わしてきたが、特に親しい訳ではない。


 カイルが時折、

「よう、アザーク」

 と挨拶しても、

「………………」

 と――、

 汚物を見るような目で睨み返してくるだけだった。


 しかし、アレ以来、少しだけ態度が変わったようで、カイルが挨拶すれば、表情を歪ませ、

「……っく、殺せ」

 と返してくれるような仲になれた。


 心温まる間柄という奴だ。

 さて、そのような間柄ゆえ、不躾(ぶしつけ)にノックをしていいか迷っているのである。


 サクラ曰く、ゲームに関係ない者は巻き込んではいけない、とのことだから、アザークには知らせる義務があるだろう。そのまま砦探索の助手にすることもできる。


 しかし、日も昇らぬこの時間帯に、自分のことを恨んでいる女騎士の部屋へ向かうというのは勇気がいる。


 てゆうか、命懸けである。

「夜這いか! この痴れ者め!」

 と、有無も言わさず斬られるか、

「爆薬? 馬鹿薬の間違いではないか? お前がいつも飲んでいる奴だ!」

 と追い返されるのが関の山だろう。


「……つうか、どっちもやだな」


 姫様あたりに伝わったら、折角の好感度が下がってしまう。


 そう思ったカイルは、第三の道、

「忍び込む」

 という方法を使うことにした。


 ちなみに師匠は、

「こそ泥をする詐欺師は三流以下だ」

 と広言して(はばか)らない人だったが、こうも言っていた。


「人生何が役に立つかは分からん。解錠術くらい覚えておけ」


 ばっちり習得した弟子は今、その技能(スキル)をフル活用する。

 アザークの部屋の扉を開け、その中に入り込んだのだ。



 アザークの部屋はありきたりだった。

 カイルの部屋と全く同じ間取りで、個性という物をまったく感じさせない。

 人形の一つでも飾ってあれば笑いをこらえられないのだろうが、そんな物はなく、無骨な武具が飾ってあるだけだった。


「ふう……」


 溜息を漏らしたのは、安堵の為だろうか、それともガッカリした為だろうか。

 自分でも分からないが、取りあえず目当ての物を探すことにした。


「ええと、クローゼット、クローゼット」


 クローゼットは備え付けのものではないのでカイルとは配置場所が違うが、すぐに見つけることができた。


 ――見つけることはできたが、とんでもないところにあった……。


「よりにもよってあんなところに……」


 アザークのクローゼットは、丁度アザークのベッドの先にある。

 迂回して回り込むしかないのだが、なぜだか、そこには甲冑や武具の山が置かれていた。整理でもしていたのだろうか。


「……つうか、女なら小綺麗にしておけよ」


 カイルは悪態をつくと部屋の主の顔を見た。


 カイルの天敵である少女は、

「すやすや」

 という擬音が聞こえてきそうなほどに幸せそうな寝顔をしていた。


「……つうか、こいつもこいつで大変なんだろうな」


 カイルは率直な感情を口の外に出す。


「この年頃の女なら、小綺麗な格好をして街で遊びたいだろうに」


 自分の性別を偽り、男しかいないような環境で暮らすというのはさぞ難儀なことなのだろう。日が昇って沈むまで、常に緊張を強いられているはずだ。


 或いは、彼女にとって唯一の安らぎは睡眠なのかもしれない。

 寝ているときだけは自分を偽らなくて済む、そんな柔和な表情を浮かべていた。


 カイルはその表情を見下ろすと、今までとは違った評価をアザークにくだし、彼女のベッドに近づいた。


「いや、ムラムラして襲ってるわけじゃないからな」


 誰に言うでもなく、そう言い訳をすると、カイルはアザークを起こさないよう、細心の注意を払いながら、彼女をまたいだ。


「……よし、成功」


 どうやらアザークの眠りは深いようだ。起こすことなく、クローゼットの前に行けた。


 カイルはクローゼットの前に立つと、細心の注意をしながら、扉を開けた。



 そこにはやはり、焙烙玉(ほうろくだま)(爆弾)が設置されていた。



 しかも、自動起爆装置のようなものが付けられている。

 器が二つ上下に設置されており、上の器には小さな穴が開けられている。数秒ごとに一滴一滴こぼれ落ち、液体がすべて下の器にたまると、その重さで起爆する、という仕掛けだった。


 単純だが、効果的な仕掛けだった。

 見れば上の器にはあと僅かしか水が残されていない。


 カイルは即座に解体に取りかかるが、想定したよりも遙かに簡単に解除できた。

 確実に動作するように作られた分、構造が単純だったのだ。


 しかし、それでも一歩間違えば爆死していたのだ。

 そう思うと、今更、冷や汗のようなものが滲み出てきた。


「……ふう、あと二回もこれをやるのか」


 カイルはそう吐息を漏らすと、手近にあった手ぬぐいで己の(ひたい)を拭った。



 ――それが本日、最大の失敗だった。



 カイルは視線に気がつき、振り返る。

 そこには鬼の形相をした女がいた。


 彼女は瞬きもせずにカイルを見つめると、無言で立ち上がり、ベッドサイドに置かれていた剣を抜き放つ。


 怒気はない。

 或いは殺気さえない。

 そこにあるのは純粋な殺意だった。


 カイルは、

「ま、待て、落ち着け、お前は勘違いしているんだ」

 と、説得を試みようと思ったが、それは無駄だった。


 というか、とある物を片手にそんな言い訳をしても、端から見ればアホにしか見えないのである。


 先ほど、カイルが汗を拭い、今は必死に握りしめているそれは、一般的には下着と呼ばれるものだった。


 今日はなぜだか女性物の下着に縁がある日だ、そう思わなくもないが、全然嬉しくなかった。


 純白の下着という奴は、不幸も運んでくるのだろう。


 カイルは確信すると、アザークを説得するため、全身全霊を傾けた。




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