第1章 異世界のサクラ
†
カイルの私室にて開かれるティーパーティー。
お茶を入れたのはメイド服姿の少女ではなく、銀髪の少女だった。
エリーはそれぞれの砂糖の量を尋ねることなく、見事な香茶を入れていく。
カイルにエリーのことを尊敬する要素があるとすれば、そのひとつはこれだった。エリーの注ぐ紅茶は、この砦の侍女が入れたものよりも旨いのだ。
カイルは香茶に口を付けると、第一声を発した。
「てゆうか、理由は説明してくれるんだろうな」
カイルの不機嫌な質問に呼応したのはエリーだった。
「そうだぞ、いくら童貞だとはいえ、やっていいことと悪いことがあるのだぞ」
「童貞ちゃうわッ!」
一応突っ込むと続ける。
「つうか、俺はお前にも怒ってるんだが」
「なぜ私に怒る」
「つうか、お前はこの女、……じゃなかった、このサクラって奴がこの砦に忍び込んでいることを知ってたんだろ、だからあんな絶妙なタイミングで現れたんだろ」
「知ったのはついさっきだ。姫様からカイルの侍女になった奴の人相とひととなりを聞いてピンときたのだ」
「ピンときたならさっさと来て事情を話せ」
「いや、師匠として弟子の童貞喪失の機会を邪魔していいか、非常に迷ったのだ」
「お前は俺が男を抱いたという不名誉な称号を得ても気にしないのか」
「古来より、男色は英雄の証だ、気にしない」
「………………」
カイルは思わず黙ってしまうが、代わりに口を開いたのはサクラだった。
「てゆうか、姉御は相変わらず酷いッスね。自分はこう見えても中身は乙女なんで、男色と言われるのは納得いかないであります」
「ああ、済まない。確かにそうだったな。もちろん、私はそう思っているぞ、だが、この男には甲斐性がないというか、根性がないというか、股間にイチモツがぶら下がってるくらいで萎える根性なしなのだ、許せ」
「まあその辺は教育しておいてください、自分はいつでも受け容れ準備万端なんで」
女(?)二人の謎の連帯感と、謎理論に圧倒されるが、カイルは話を本筋に戻した。
「で、サクラだっけ? 結局、お前は何をしにこの砦にやってきたんだ」
「はい、だからナニをしにやってきたっス」
「いや、それはもういいから……」
「いや、まあ、ほんとのことなんすけどね。だって、男と女が分かり合うのに、肌を重ねること以上のことはないじゃないですか」
「あのなあ……」
つまりこういうことだ、とエリーは説明する。
「サクラは私の弟子であるカイルがどういう人物か、見極めに来たのだろう」
「さすが姉御、そういうことッス」
サクラは笑顔で肯定する。
「更に付け加えれば、サクラはこう思っているはずだ、このカイルという男、本当に英雄としての素質があるのだろうか、と」
「ご名答ッス」
「ちなみに俺がもしもお眼鏡にかなったら、どうするつもりなんだ?」
カイルの素朴な疑問に、サクラは答える。
何の淀みも迷いもなく。
「そうすねえ、殺すつもりです。だって、自分、姉御の手下ではなく、セイラムの一派っスから」
その言を聞いて反応したのは、エリーではなくカイルだった。
身じろぎひとつしないエリーには呆れるが、そんなことよりもそんな台詞を平然と漏らすサクラにも呆れた。
つまりサクラは自分は敵である、と宣言しているようなものなのだ。
カイルは思わずベッドサイドに置かれた剣に視線を移してしまうが、サクラは機先を制する。
「いやあ、剣には触れない方がいいですよ、爆薬を仕掛けてありますから」
そう言うとサクラは、懐から怪しげな道具を取り出す。
「じゃじゃーん、古代のマジックアイテム、遠隔起爆装置~」
サクラは変な掛け声と共に言った。
「ちなみに今のは、とあるキャラクターの口調でいいました」
「……誰だよ」
「ああ、ま、知ってる訳ないッスよね。自分の生まれた国の、アニメ、いや、童話のキャラクターです」
無論、知っているわけはないが、カイルは知っていた。その手に握られた起爆装置とやらが、本物であることを。
元々、カイルはマジック・アイテムなど、存在しないと思っていたのだが、その考えはエリーによって改めさせられた。
エリーから借りている(パクった)印綬もそうだが、この世界にはカイルの想像もつかないようなマジック・アイテムが確かに存在するのだ。
それらの多くを秘匿する天秤行儀会に所属する軍師が、そんな装置を持っていてもおかしくはなかった。
事実、エリーは神妙な面持ちになり、その視線でカイルの行動を止めていた。
下手に動くなよ、ということである。
カイルはそれに従うと、サクラの次の言葉を待った。
「賢明な判断であります。さすが姉御の弟子。サクラちゃんポイントを7ポイント進呈しましょう」
「……ありがたいね」
「さて、主導権がこちらにあると認識してくれたのは助かります。話が早くて済みますから」
「で、具体的にお前の要求は? つうか、お前はセイラムの仲間なんだよな、つまり、お前が欲しいのは俺達の首か?」
「ああ、そうですね、最初は姉御達の首を手土産に、セイラム殿に取り入ろう、とも思っていました」
「最初はってことは今は違うのか?」
「ええ、カイル殿に会って気が変わりました」
「ほう、俺に惚れたとか?」
カイルは冗談で言ったのだが、サクラはあっさりと肯定した。
「その通りです。自分、カイル殿に惚れました。一目見たときから、なんか普通の殿方ではないと悟りました。そんな感覚を抱いたのは、セイラム殿に初めて会ったとき以来でしょうか」
「漆黒のセイラムと同列に置いてくれてる、ってことか、そいつは光栄だね」
「ええ、同列に置いています。だから同列に扱おうと、今回のゲームを思い至った、という訳であります」
「ゲーム?」
「ええ、ゲームです。もしもカイル殿がこれから提示する条件をクリアしたら、命を助けてもいいッス」
「もしも失敗したら?」
「死んで頂きます」
「あんまり俺に得がないゲームだな……」
「もしも自分が想定したよりも早く解決したら、サクラちゃんポイントを200ポイント上げるでありますよ」
「200あると何ができるんだ?」
「もちろん、ナニができますが、もしくは、全部使えば、自分を仲間にすることができるッス。俗にいうサクラちゃんが起き上がり、仲間にして欲しそうにこちらを見ている、という奴です」
「………………」
「どうしたんスか? 嬉しさのあまり声もでないとか?」
呆れて声がでないのだが、そうは伝えずにこう言った。
「いいぜ、受けて立とう、どうせ俺に拒否権はないのだろう?」
「賢明な判断です」
サクラはそう言うとニヤリと笑う。
こうして、天秤評議会の軍師、異世界のサクラと、カイルの戦いが始まった。