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第1章 桃色のいざない

  †  


 カイル専属侍女のサクラは、想像以上の少女だった。


 まず胸がデカイ!

 とてつもなくデカイ!


 それに歩くだけでたゆんたゆんと揺れるし、メイド服からはち切れんばかりのモノを持っている。


 しかも、彼女は分かっているというか、天然というか、メイド服のスカートがとても短い。

 あの鉄面皮女マリーの半分もない、少しかがむだけで、偉大なる地平線(グランド・ホライズン)が見えそうになる。つうか、見える。


 ゆえに、カイルは書けもしない小説を書く振りをしては、

「ああ、だめだ、こんな文章では俺の求める、死と生というテーマを表現できない」

 と、頭をかきむしり、紙を丸めて床に捨てる。


 するとサクラがトコトコとくず入れを抱えて現れて、紙を拾ってくれるのだ。


 くう、なんと可愛い少女なのだろう。


 カイルは、軍師になったことを今ほど嬉しく思ったことはない

 可愛いは正義である。

 カイルは例え、この娘の一人称が「ボク」とかいう変な物だったとしても許容してしまうだろう。


「あー、カイル殿ぉ、《自分》、お色気担当でカイル殿の侍女になったのは承知しているんですが、それ以上のことは求めないでくださいね、まじで」


「………………」


 一人称が自分かぁ……、まあ、拙僧(せっそう)(それがし)とかいう一人称よりマシかな。


 そう思い込むことにしたが、問題はそんなことではなかった。


 この娘、自分でお色気担当以外の何物でもない、と宣言するとおり、ほんと侍女スキルが低かった。


「いやあ、自分、こう見えても箱入り娘という奴でして、国元では上げ膳据え膳の生活をしていたッス。朝になるとばあやが起こしにきてくれて、朝の食事はおめざとか呼んでた甘ったるいものですた」


 サクラはそう宣言すると、掃除を始めるのだが、まず道具の使い方を知らない。

 ハタキを持ってくると、これは何に使うのだろう、という顔をする。


「いや、それ、祈祷用の道具じゃないから……」


 お祈りを始めるサクラに突っ込む。


「お前は魔女か? またがっても空は飛べないぞ……」


 股に挟み、「ふーん、ふーん」とうなるサクラに突っ込む。


「いや、頭に乗せる物じゃないし、つうか、振るな、なんだそのなぎ払いは」


「ああ、これは自分の中の英雄ランキング、プロスポーツ部門1位のとある野球選手のバッティングフォームっス」


「プロスポーツ? なんだそりゃ」


「ああ、こっちの人には分からないか。ええと、まあ、奴隷剣闘士の安全なやつ版だと思ってください」


「聞いたことないな。お前はどこ出身だ」

「ここからずーっとずっと遠くにあるニホンっていう国からきますた」

「ニホン? 聞いたことないな、別の大陸の人間か?」

「まあ、そんなとこっス」


 確かに、この娘の顔立ちはどこか異国情緒がある。整っているゆえにあまり気にならないが、セレズニアの人間ではないといわれれば確かにそんなような気がする。


 カイルはやれやれ、と、ハタキの使い方を教えてやる。


「いいか、これはハタキといって、部屋のホコリを落とす道具だ」


 そう言うと実践する。


「質問であります! なんで上からやるんスか?」


「下からやったんじゃ二度手間になるだろ、上からやった方が効率的だ」


「おお!」


 サクラはカイルの言に大げさに感動する。


「確かにその通りッス! やっぱり白銀のエシル様の知謀は、このセレズニア大陸一でありますな」


「こんなのそこら辺の子供でも――」


 そう言いかけたが言葉が止まる。

 なぜならばサクラが目の前で下着を脱ぎ始めたからだ。


 彼女は、カイルの目の前で、スカートの中から下着をずり落とすと、

「進呈であります」

 と言い放った。


「………………」


 無言になってしまったカイルにサクラは己の下着を握らせると、こう言った。


「自分、お色気担当っスから。これくらい心得ています。ちなみに、今、自分の中でカイル殿大好きポイントが10貯まったから、このイベントが発生しますた」


「じゅ、10ポイント……」


「ちなみにこのポイントがどんどん貯まっていくと、とんでもないことになります」


「と、とんでもないことって……」


 思わず生唾を飲んでしまう。ゴクリ、と。


「カイル殿は、オーガ・シックス先生の一連の文学作品は読まれますか?」


「全巻持ってます」


 即答する。


「緊縛巨乳メイドシリーズはお好きッスか?」

「10回は読み返しました」


「なら、あとで第2巻、第3章の42ページを読んでみてください。1000ポイント貯めれば、あのプレイをカイル殿も楽しめますから」


 サクラはそう言うと部屋から出て行こうとする。


「ちょ、待て、どこに行くんだ?」


「いや、刺激的な話をしてしまいましたし、カイル殿は人払いを望んでいるかと思いまして」


「どういう意味?」


 カイルはたじろぎながら返す。


「その下着、ニホンから持ってきたお気になんで、《使用》したら、洗わなくてもいいんで、返して頂けると嬉しいッス」


 サクラはそう言い残すと、

「ちり紙はチェストの上に置いてあるッス」

 と、部屋を出て行った。


「………………」


 カイルはその姿を無言で見送ると、まずは本棚に向かった。


「ええと、巨乳メイドシリーズ、巨乳メイドシリーズ、と……あ、あった」


 カイルは二巻を手に取り、サクラの指定したページを開いてみる。

 そこには挿絵と共に、とんでもなく官能的で文学的なシーンが繰り広げられていた。


 カイルは食い入るようにそのシーンを見つめると、


 究極の文学を世に送り出してくれたオーガ・シックス先生に、絶え間ない感謝の念を送った。



   †



 こうしてカイルの奮闘記が始まった。

 カイルは、フィリスに相応しい軍師となるべく、古今東西の書物に目を通す、……わけではなく、サクラちゃんポイントを1000貯めるために、その知性を総動員させた。


 最初は、師匠の格言に従い、

「女なんていうのは、花と甘い物でも送ってれば、そのうちに股を開くんだ」

 と、涙ぐましい努力をしていたのだが、


「ああ、自分、基本的に乙女なんで、花も甘い物も大好きなんですが、なんかこう定番過ぎて、心に響く物がないんスよね」


 と、効果的ではなかった。


 ゆえにカイルは、単刀直入に尋ねた。


「お前って、どんな男が好きなんだ」

 と――。


 サクラは答える。

「自分、頭の良い男が好きッス、あと度胸がある男ですね」

 そして続ける。


「ちなみに初恋の男性は、自分を取り上げてくれた男性の医者でした。若くてイケメンで素敵な人だったっス。でも、残念ながらオギャアッとしか言えない身、それに相手は妻子持ちでしたからね、この世に生まれて数秒で失恋ッス」


 まだまだしゃべり足りないのか、更に続ける。


「次に恋をしたのは幼稚園の時ッス、相手はきりん組のタカシくんという子でした。普通、この年頃の娘は、ヤンチャで活発な男の子に懸想(けそう)するもんですが、自分は小生意気にもエジソンの伝記とか読んでバリアーを張ってる少年に恋してしまいました。1年くらい付きまとった……、いえ、アプローチしたのですが、結局、ぞう組のシオリとかいう泥棒猫に横取りされまして」


「………………」


 サクラのトークはまだまだ続くが、要約すると、サクラは頭が良く、行動力のある男が好きらしく、ずばり言わせて貰えれば、カイルは好みにバッチリ合う、とのことだった。


「じゃあ、今、何ポイントなんだ?」


 と、尋ねたが、サクラは、


「それを言ったら詰まらないじゃないですか」


 と子猫のような表情をして、答えをはぐらかした。



 しかし、そんな風にはぐらかされると、かえってムズムズしてしまうのが男という生き物。

 カイルは、サクラの仕草が、その一挙手一投足が気になって仕方なくなってしまい、仕事が手に付かなくなった。


「はて、カイル殿は仕事なんてしてましたっけ? 常に喰っちゃ寝してるだけの人だと思いましたけど」


「俺は寝転がっても仕事してるの! オーガ・シックス先生も作家は常に仕事をしているのに、遊んでばかりいると思われて敵わない、って言ってたもん、あとがきで」


「言ってたもん、て……」


「つうか、今、サクラちゃんポイントいくつなのよ? 1000は無理でも100くらいあるんじゃねーの? 100あるなら、あんなことや、こんなことはしてくれるんでねーの?」


「もちろん、節目節目ごとに、素晴らしい御褒美は用意していますよ」


「まじで!? どんな? つうか、今、何ポイントよ? 前借り制度とかないの?」


 カイルの鼻息にサクラは呆れる。


「カイル殿、自分、アグレッシブな男性は好きですが、あまりに直情的なのは、さすがに引くッス。つうか、カイル殿、気がついています? 先ほどからのカイル殿の言動、直訳すると、」



『やらせろ!』



「ってことですよ? 普通、乙女がそんな言葉をまくし立てられたら、百年の恋も冷めるってもんス」


「むう……」


 カイルはうなる。さすがにその通りなので返す言葉はなかった。


 カイルは「分かった。もう言わない」と謝ると、サクラに背を向けた。

 なるべく男の哀愁を漂わせるように、

 或いは相手に罪悪感を抱かせるように、


 カイルは師匠から習った駆け引きを用い、トボトボと歩く。

 もちろん、即効性のある作戦ではないが、相手に罪悪感を抱かせる、というのは、ワンナイトラブにおける基本である、と師匠が言っていた。


 この作戦を繰り返せば、そのうちに口説き落とせるだろう、と思ったのだ。

 だが、そんなカイルの計算をあざ笑うかのように、女神は言った。


「はあ、仕方ないっすねえ、あんまりお股のゆるい乙女だと思われたくなくて、焦らしていたんですが」


 サクラはそう言うと、


「このサクラ、実はカイル殿の猛アプローチ、満更ではなかったのです。祖国ニホンでは絶対見かけないその積極性、肉食系男子と言うよりも野菜って何? 系男子とでも申し上げましょうか。ともかく、カイル殿は乙女をその気にさせる何かを持っています」


 と結び、


「というわけで、自分、処女を捨てる決心をしました」


 と、カイルを驚愕させた。


「ただ、日も沈みきらないうちにベッドインするのもなんですし、乙女にも色々と準備があるので、今夜までお待ちください。(よい)もふけた頃に夜伽(よとぎ)に参ります」


 カイルは頭をぶんぶんと振り了承すると、サクラの後ろ姿を見送った。

 こうして、日が沈むまでの数時間、人生で一番長い数時間を過ごすことになる。




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