第1章 まずは専属メイド選びから
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セレズニア歴1012年――
その年は、とあるチンケな詐欺師が軍師を志した年として、後の歴史書に記載されることになるだろう――、
と、言い切ることはまだできない。
なぜならば、1012年という年は、まだ始まったばかりであり、これからどう転ぶか分からないからである。
だがそれでも、カイルという靴職人の子が、
白銀のエシルという女と出会い、
フィリス・エルニカという王女を助け、
クルクス砦の内憂を取り除き、
ウスカール強行軍を成功させ、
正式にフィリスの軍師になった年として、人々の記憶に残ることだろう。
それが永遠にであるか、――それはひとえにカイルの今後の行動に掛かっていたが、肝心な本人は浮かれきった顔で王女の執務室へ向かった。
フィリスの執務室は、砦内の中央にあり、立派な建物だった。
ここにおもむくのは初めてではないが、こんなにも軽やかな気持ちでこの建物に入るのは初めてだった。
正直、カイルの顔は今、とてもにやけたもので、人様に見せられない物かもしれない。
いや、事実、見せられないのだろう、カイルの連れであり、自称第二の師匠であるエリーが、無遠慮に品評してくれた。
「今のお前の顔は、良く言ってイボイノシシの発情期にそっくりだ」
無論、こんな小娘にそんなことを言われれば、指弾でも加えてやるのが通例なのだが、今日はしない。
「……というか、本当に気持ち悪いな。もしかして、矢尻が頭に突き刺さったままなのではないか?」
エリーは神妙そうな面持ちで問う。
つうか、本気で心配している顔だ。
なぜだかあざ笑われるよりムカツクが、突っ込まないでおく。
とある理由により、今日は機嫌がいいのだ。
それにこの娘には恩義がある。
――訳ではないが、先日の戦闘で救われたという借りがある。
信じられないことに、甲斐甲斐しく看病をしてくれたという怪情報もある。
「人に借りを作らせるな! 万が一作らせてしまったら、さっさと返せ!」
というのが、詐欺の師匠の格言でもあるし、カイルは黙ってエリーの方を振り向くと、頭を撫でてやった。
「な、なんだ、どうしたというのだ? やはり本当に体調が悪いのか? は、早くベッドに戻れ、ここでお前に死なれたら敵わない」
「いや、お前は見た目はちびっ子だから、撫でてやれば喜ぶと思ってな」
「馬鹿にするな。こう見えても私はお前より何倍も長く生きているのだぞ」
「ほう、つうか、いくつなんだ」
「ええと、たしか……」
エリーは指を折り、数えるが、すぐに止める。
「馬鹿者! 女に年を聞く奴がいるか!」
本物の白銀のエシルことエリーは歳を取らない。見かけこそ12、3の童女だが、その年齢が何歳か、永遠の謎である。
「まあ、ともかく、身体の方はなんともないさ。誰かさんが必死で看病してくれたおかげでな」
「必死になどしていないが、まあ、謝礼は受け取っておこう。というか、お前も人並みに礼は言えるのだな」
「まあな、その辺は師匠に叩き込まれた」
「やはり立派なお方だな」
「――叩き込まれたが、今まで実践したことはほとんどないがな」
「………………」
「つうか、まあ、感謝しているのは本当だ。ありがとな」
「ふ、気持ち悪い、気持ち悪い。というか、礼など一度聞けばもう十分だ。本当に感謝しているなら、今後、この件は持ち出すなよ」
エリーはそう言い切ると続ける。
「というか、本当に感謝しているのなら、物や行動で示せ。詐欺師の言葉ほど価値のないものはないからな」
少し顔を赤らめているのが可愛らしいが、指摘はしない。代わりに、もう一度頭を撫でてやった。
「だから、子供ではないと言っているだろう」
エリーは抗議するが、それでも満更ではないようだ。
カイルはしばし、その表情を観察していたが、実は、とある皮肉を言いたくて仕方なかった。
その皮肉とは、
「つうか、頭が嫌なら、胸を揉んでやろうか? さる文献(官能小説)によると、胸って揉むと大きくなるらしいぜ」
だった。
だが、カイルは精一杯それをこらえる。
こう見えても一応、感謝はしているのだ。
執務室のある建物に入ると、まっすぐにフィリスの元へ向かう。
樫の木の大きな扉を二度ほど叩くと、
「どうぞ」
という涼やかな声が耳に届く。
声の主は、カイルの主だった。
ドアを開けると、そこには美しい少女がいた。
眉目秀麗な少女で、王侯貴族の気品を漂わせる。
事実、この少女は王族で、この国の第三王女だった。
数週間ほど前にカイルと出逢い、昨日、正式に臣下の礼を交わした間柄だ。
ちなみにかなりの巨乳ちゃんで、カイルの好みにバッチリの少女である。
できれば主従というより、恋人と呼ばれるような関係になりたいが、それはできない。
身分が違いすぎるのである。
カイルは白銀のエシルの名を騙る偽物であって、本当はただの詐欺師でしかないのだ。昔から王子様や勇者と結婚するお姫様の話は聞いたことがあるが、詐欺師と結婚したという御伽噺や物語は聞いたことがない。
ゆえに、こうしてその豊満な胸を眺めるくらいしか、今のカイルには許されないのだが、カイルはいつも以上に胸に視線を集中させた。
その不審な視線を察したのは、本人ではなく、エリーだった。
「そんなに乳が恋しいのか? それとも、首より上を見たくないのか?」
本当にめざとい女である。
即座にカイルの心情を読み取ったのだろう、底意地悪く、小声で呟く。
カイルは仕方なく、視線を彼女の頭部に移すが、そこにあるのは未だに見慣れぬ光景だった。
女性の部位で一番好きなのは、もちろん、胸であるのだが、次点の瞳と争うかのように髪という箇所が存在する。
やはり、男たる者、女の綺麗な髪をその手で梳いてみたい、という願望があるのだ。
しかし、その願望はしばらくは満たせそうにない。
なぜならば、フィリスの美しい金髪に昔の面影がなかったからである。
彼女の美しい金糸は、首のあたりで切り揃えられていた。
「………………」
ちなみにエルニカには、乙女が髪を切るのは、己の半身を切り落とすも同然、という諺がある。
更に言えば、その髪を切る原因を作ったのは、カイルだった。無論、カイルがすべて悪いわけではないが、ともかく、自分を救うために彼女は髪を切ったのだ。
カイルは居たたまれない気持ちになったが、エリーはそんなカイルに小声でアドバイスをする。
「エルニカではどうだか知らないが、私の生まれ故郷では、女性が髪を切ったら、似合っているな、と言ってやるのが礼節となっている」
無論、そんなことは分かっている。
女心に関するレクチャーは、師匠からたっぷりと受けているのだ。
だが、この場で、彼女に向かって、その知識を実践するのは、高難易度過ぎる。
――結局、カイルは昨日と同じように、彼女の髪にはあえて触れず、事務的な会話を始めた。
さて、事務的な会話といっても、かなり間抜けな会話だった。
それはカイルの第一声からも分かるだろう。
カイルは開口一番にこう尋ねた。
「つうか、姫様、俺の《専属》の侍女についてなのだが」
不真面目な問いであるが、フィリスはカイルのことを聖人に近い存在だと認識(誤解)しているので、訝しんだりはしなかった。
「その件ですね。もちろん、人選を進めています」
「おお、それは助かる。なにぶん、家事の類いは苦手でね、侍女がいてくれると助かる」
そう、さっきからカイルが上機嫌なのには、こんな秘密があったのだ。
珍しくエリーに礼を言い、エリーの皮肉を無視し、頭を撫でてやった理由の一端がそこにあった。
やっと、色気のない小間使いから解放され、カイル専用侍女をゲットできるのである。
これも、正式にフィリスの軍師となった御褒美であるが、エリーもエリーでメリットがないわけじゃない。これでカイルの細々とした雑用を引き受けなくて済むのである。
「お前も嬉しいだろう」
そう思い、エリーの方を向いたが、銀髪の少女はそこにいなかった。
フィリスの侍女マリー曰く、
「お弟子様ならばカイル様の緩みきった表情に呆れて出て行かれました」
とのことだった。
まったく、この侍女といいエリーといい、少しはカイルに敬意を持つべきである。
カイルは憤慨したが、言葉には出さなかった。
なぜならば、フィリスが、
「それでは書類を見せるよりも、実際に面接して頂いた方が早いでしょう」
と、カイルの未来の愛人……、もとい、子猫ちゃんたちの紹介を始めたからだ。
カイルは、食い入るように女達が入場してくる様を見つめた。
まず紹介するのは、と、前置きすると、マリーは少女を紹介してくれた。
「彼女の名は、アロエ。エルニカの南西にあるシモンという街から出稼ぎにやってきた少女です。最初は、エロヒム伯爵の家で働いていたのですが、そこでの献身ぶりが評価され、王宮勤めとなりました。以後、おひいさま付きの侍女として勤めを果たしてきました。……ていうか聞いていますか?」
マリーは無表情に尋ねる。
もちろん、カイルはそんなことは聞いていない。
カイルは先ほどから、この娘の乳の大きさと顔の造形にしか興味はなかった。
なんでも料理の腕は侍女連中の中でも白眉らしいが、そんなのはどうでもいいのだ。ただ、歩くたびにどれくらい乳が揺れるかしか興味がない。
ちなみに、アロエ嬢の乳の大きさはそれなりにあり、合格ラインギリギリといったところか。ただ、ソバカスがマイナス点である。ともかく、キープということにしておこうか。
カイルは、
「なかなか働き者っぽいが、取りあえず保留で」
と、次の娘を呼ぶよう指示した。
マリーは溜息をつくと、次の娘を呼んだ。
フィリスは相変わらずカイルがそんな目で女を見てるなど露ほども考えていなそうだ。カイルの一挙手一投足を見つめ、伝説の英雄が国家百年の計を練っている! 的な視線を向けてくる。
いささか心苦しいが、それでもカイルの意識は次の少女に向けられた。
次にやってきた少女の説明をするマリー。
「彼女の名は、セフィール、王都の下町出身の娘で、気立てもよく美人で、更に付け加えれば剣の名手でもあります。いざというときは、カイル様の身を守ることもできるでしょう」
その説明を聞いたカイルは、へえ、とセフィールの品定めをする。
とても剣を振るうような少女には見えないが、人は見かけによらないものである。
そばかすがない分、こちらの娘の方が好みであるが、胸はいささか小ぶりだ。つうか、あっちが立てばこっちが立たない、とはこのことである。
カイルは取りあえず、
「保留」
と、次の娘を呼んだ。
マリーは当然、ひときわ大きな溜息をつき、こう言う。
「カイル様、侍女を選ぶのに、胸を基準にされるのは、どうかと思いますが」
「おいおい、無礼なことを言うなよ、俺は総合力で選んでいるつもりだぞ」
「ならばアロエの得意なものはなんだか覚えていますか?」
「………………」
もちろん、覚えているわけがないので、
「刺繍……、かな?」
と適当なことを言いごまかす。
「………………」
視線が痛々しいが、カイルは無視するとこう言う。
「つうか、軍師は、軍略さえ間違えなければそれでいいのだ」
言い訳でしかないが、強引に納得させると三番目の娘を呼ぶようにうながす。
マリーは、やれやれ、と、次の娘を呼んだ。
「ちなみに次の娘が最後でございます。カイル様の指定された条件はいささか品がなく――、言い間違えました。カイル様の条件は指定範囲が狭すぎるため、容易に探すことができなかったのです」
マリーはそう前置きをすると、最後の娘を呼んだ。
そしてその娘の紹介を始めるが、マリーが、
「この娘の名はサクラと言って――」
と、言った段階でこう漏らした。
「合格!!」
と――。
ちなみにその言葉を聞いて微笑んでいる少女、
黒髪をサイドで結い上げた可愛らしい少女で、黒い瞳が印象的だ。
――まあ、そんなことはどうでもよく、カイルが気に入ったのはやはりその胸だった。
一歩歩くだけでたゆんたゆんに揺れるそれは、カイルのフェイバリット・バスト、フィリスのそれをも凌ぐ凶悪なものだった。
カイルは、
「ノーチェンジ!」
と、叫ぶと、さっそく、彼女を自分の部屋へと連れ込んだ。
――もとい、自分の部屋を案内した。