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第5章 モニカ村の自警団

   †


「お見事な計略です。カイル殿」


 白髪髭を血で染め上げた老人がカイルを褒め称える。


「褒めても何も出ないぞ」


「いやいや、このザハード、生まれてからこの方、世辞の類いは言ったことがありません」


「だから家に帰っても奥さんが歓迎してくれないんだよ」


 カイルの絶妙な返しに周囲は笑みを漏らす。

 戦の緊張の為、表情を作ることができなかった兵達に、余裕のようなものが生まれていた。


 カイルは先日習った軍略の講座を思い出す。


「兵士に必要なのはこいつの為なら死ねる、という信頼よりも、この男の下なら死なずに済みそうだという余裕だよ」


 何百年も生きてきたこの私が言うのだから間違いない、と銀髪の少女は言っていたが、確かにその通りだとカイルは思い知らされた。


 初戦におけるこの勝利は、カイルでさえも、もしかしたらやれるのでは、という気持ちにさせてくれる何かがあったのだ。


 例えそれが幻想だとしても、恐怖や恐慌より遙かにましなのである。

 カイルはそう結論づけると、次いで横に控えていたモニカ村の自警団の団長に問いかけた。


「村人の脱出は終わったか?」


 自警団長は答える。


「たった今、産気づいていた娘が子供を産み終え、村を後にしました」

「ほう、そいつはめでたい。男か、女か?」

「玉のような男の子だそうです」


「このような騒がしい日に生まれたのです。さぞ勇壮な()()に育つことでしょうな」


 ザハードはそう言うと笑う。


「まあ、それも後日、笑い話になれば、だがな」


 カイルは補足する。


「ですな。笑い話にするためにも、我らが努力する他ありません」


「そういうことだ。村には年寄りや女子供が多い。のろのろと逃げ回っていたら敵に捕まっちまうだろうな」


「ウスカール山脈を北に抜け、クルクス砦の庇護を受けるというのはどうか? いや、砦まで赴かなくても最寄りの城塞都市に逃げ込むという手もある」


「それについては僕は反対です。男達だけならまだしも、女子供だけでウスカール山脈を突き抜けるのは自殺行為です。兵士達に殺される前に、熊に殺されるか、凍死するのがオチですよ」


 自警団長は反対する。


「ならば東進させ、最寄りの都市に避難させるしかないか。しかし、街道ならば確かに素早く安全に移動できるが、それは敵兵も同じだ。もしも我らが敗れれば、猛獣共が騎馬を駆って村人達に襲いかかるぞ」


 それが心配だったが、ザハードはその心配をあっさりと解決する。


「なあに、要は我らが負けなければいいのです。我らが三日持ちこたえればその間に村人達も逃げられましょう」


 ――解決、というよりも現実を無視するというか、気楽な考え方だった。


 だが、そういう考え方は嫌いではなかった。


「そうだな、元よりそのつもりでここまでやってきたんだ。あとはやるっきゃねえ」


 カイルはそういうと自警団長に、この辺りで狭い谷のような地形はないか尋ねた。


 自警団長は即座に「ある」と答える。


「よし、ならばそこに陣を張ろう。この村に留まっていたら包囲されちまう。要塞化してあるといってもそれは野党盗賊対策であって、正規の軍隊に通じるとは思えない」


「なるほど、地形を利用されるのですな。谷のような地形に陣取れば少なくとも囲まれる心配はない、と」


「その通り、向こうも大軍を有効活用できないはずだ」

「兵力の逐次投入をさせるわけですな」


「難しい用語は分からんが、たぶんそうだ。100人の兵が1000人の兵と戦うのは難儀だが、100人の兵が100人の兵と10回戦うのはなんとかなるもんだ」


 規模や持っている武器こそ違うが、これはカイルが子供の頃に明け暮れていた悪ガキ同士の抗争でも同じだった。


「よし、そうと決まればそこに行くぞ。自警団のあんちゃん、俺にその場所を教えてくれ」


 カイルはそう闊達に言ったが、自警団長は意外にも首を振る。


「場所はお教えできません。僕らが案内するので、付いてきてください」


 つまり、自警団長は自分を、いや、自警団を、カイルの軍勢に加えてくれと申し込んでいるのだ。


 カイルはもちろん断る。


「あほ、お前らはすぐに村人を追って護衛をしろ、俺らが負けたとき、どうやって村人を守る気だ」


「エシル様達が負けたときこそ、モニカ村が終わるときです。エシル様の力になることが、モニカ村を救う道にもなるのです」


「………………」


 それでもカイルは断ろうとしたが、自警団の若者の真摯(しんし)な視線を見てしまっては、それもできなかった。


「……ったく、馬鹿者揃いの村だ」


 カイルはそう言い捨てると、自警団の参加を許した。僅か数十人の参加であるが、確かにこの際、その戦力は貴重だった。


 カイルはそう決断すると、「よし、さっそく案内しろ」と自警団長に促す。


 自警団長も「はい」と馬取りのように先導しようとするが、歩みを進める前に振り返り、こう言った。


「伝説の軍師様を困らせたのは、一生の過ちであると同時に誇りになるとも思っています」


 自警団長はそう言うとはにかむ。


「まったくだ。このカイル様を難儀させるなんて歴史書に記されても良いくらいだぞ」


 カイルは冗談を返す。


「ならば困らせついでにひとつだけお願いしたいことがあるのですが」

「ちゃっかりしてやがるな。まあいい、俺にできることならなんでも言え」


 若者はそう言うと、「エシル様にしかできないことなのです」と前置きをすると、恥ずかしそうに頭をかきながらこう言った。


「実は先ほど生まれた赤ん坊は僕の子なのです。エシル様にあやかって名前をカイルにしたいのですが、宜しいでしょうか?」


「……赤ん坊に俺の名前を?」


 カイルは思わず正気か、と自警団長を見返してしまうが、結局はそのことを許可してしまう。


 そして心の中で、「俺の知ってる小説なら、この後、大抵死ぬんだよな、こういうこと言うと」と不吉な想像を巡らせたが、そんなことは口に出さずにこう言った。


「まあ、軍師になれるかは保証はしないが、少なくとも口達者な男になると思うぜ。それだけは保証する」


 カイルはそう言うと、自警団長に先導され、峡谷に向かった。




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