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第5章 ウスカール救援

   †


 ハザン王国が侵攻してきたウスカール地方は、カイル達が滞在するクルクス砦から南に300エル離れた場所にある。


早馬を使えば1日で走破できない距離ではないが、通常は馬でも5日を要する行程である。しかもそれは単独で、それも軽装で、という条件付きでだ。


 軍隊という奴は大量に物資を必要とする。食料に矢玉、医薬品に寝具など色々であるが、それらを運ぶにも一苦労であるし、兵士自体、重量のある武具を身に纏っているのである。


 通常、1日に20から25エル行軍できれば良い方だった。

 つまりウスカール地方に救援に赴くには、最速でも12日前後かかる計算になる。


 そんな報告を受けたカイルは、

「馬鹿野郎。そんな悠長な真似ができるか」

 と、元騎士の発言を斬り捨てた。


 すでにハザン軍は第一の砦の攻略を済ませていると聞く。


「このままでは例え救援に赴いたとしてもすでにモニカ村は灰燼となっていることだろう。それでは意味はない」


 カイルがそう口にすると、老将であるザハードが知恵を授けてくれた。


「分かりました。この際、部隊はすべて馬で編成するべきでしょう。全員に馬を二頭ずつ与え、馬が疲れたら乗り捨てるのです」


 替え馬といって、急使などを使う場合に使われる手法だった。

 軍馬は貴重であるが、この際、そんなせこいことは言ってられない。

 カイルはその策を採用すると、こう付け加えた。


「城に籠もって戦うわけじゃない、持久戦になることはないんだ。余計な物は全て置いていく。最低限の食料と矢玉を括り付けて後はすべて砦に置いていくんだ」


 ――こうしてカイル達一行は、後に「ウスカール強行軍」と呼ばれる偉業を達成することになる。 


 今の段階ではその偉業が、成功例として扱われるのか、失敗例として扱われるのかは定かではないが、ともかく、カイル達一行は敵が想定するよりも遙かに早く戦場に到着することになる。



   ††



 ハザンとエルニカの国境地帯にあるシモン砦を僅か3日で落としたイカルディは上機嫌だった。


「ほれ見たことか。これが俺様の実力だ。さっそく急使を送ってあの老軍師に歯ぎしりさせてやるといい」


 近習の騎士はその言を聞き終えると、即座に使いの手配を始めた。

 しかし、主の言葉に眉をひそめる者もいる。古来より、油断と敗北の相性はどんな夫婦よりも良いとされているのだ。


「殿下、確かに砦は落ちましたが、それは砦内に内通者がいたためです。我らの実力で落としたわけではありません。ゆめゆめ油断めさるな」


 その言を聞いて青くなったのは近習の者である。折角、上機嫌な王子の機嫌を損ねるな、近習の騎士達は気の利かぬエイブラム将軍を睨み付けたが、意外にもイカルディは怒ることなく、上機嫌に応じた。砦を落としたことが余程嬉しいのだろう。


「なんだ、将軍は軍略も知らないのか。強固な砦は外から攻めてはならぬのだ。策を弄して開城させるのが上策だ」


「もちろん、存じ上げています。しかし、その策は、ロウクスからやってきた怪しげな軍師がもたらしたもの。決して我らの策が功を奏したわけではござらぬ」


「ロウクスの龍星王(わかぞう)が裏切る、というのか?」

「あの男は実の兄弟を皆殺しにして王位に就いた男です。信用なりませぬ」


「しかし、奴の送ってきた軍師の策略は今のところすべて当たっているではないか。あの軍師がいなければこんなに短期間に砦を三つも落とせるわけがない」


「今のところは全て上手くいっております。しかし、拙者には解せぬことがあるのです」


「解せぬだと?」


「はい、確かに砦を攻略するのは武人の誉れ、国王陛下もお褒めくださるでしょう。しかし、その後にモニカ村なる小さな村を略奪し、火を放てというのが解せぬのです」


「どう解せないのだ?」


「乱取り(略奪)を行うのは武人の恥です。我々は傭兵でもなければ蛮族でもない。ましてや食料も物資も潤沢にあるのです。態々、略奪をする意味が分かりませぬ」


「しかし、古代の王は言ったではないか。男としての最上の喜びは、敵を殺し、領土を奪い、異国の女を犯すことだ、と。まあ、俺は女には不自由していないが、俺のために働いてくれている兵達をねぎらうのも大将の努めだろう」


 その言を聞いてエイブラム将軍は眉をひそめざるを得なかった。

 最初は冗談で言っているのかと思ったが、主の目は本気だったのである。


 それでもエイブラムはなんとか主に翻意(ほんい)を促そうとしたが、その苦労も無駄に終わった。


 エイブラムはうなだれながら自分の陣へと戻り、その陣でぽつりと漏らす。



「これでハザンも終わりだ。自分の足下も見えぬ男がこの国の王となるのだから」



 エイブラムはハザン王国に、延いては王太子に忠誠を誓っていたが、今日ほどその忠誠心を揺らがせたことはなかった。


 もちろん、それでも王国の為に、国王の為に戦う意思を捨てるわけにはいかなかった。気持ちを入れ替えて行軍の準備を始めようとしたのだが、突如、イカルディの親衛隊がやってきて、将軍を拘束した。


 先ほどの愚痴を密告した者がいたのだ。


 こうして王太子イカルディは、自軍最高の軍師と将軍を自ら切り捨てたのである。





 イカルディは自分を批判したエイブラムに良い感情を持っていなかったが、しかしそれでも彼の意見を無視するほど愚かではなかった。


 栄光ある重犀騎士団が乱取りを行うなど確かに恥である、と、モニカ村への略奪は傭兵部隊に任せることにした。


 イカルディは傭兵団の団長を呼び寄せると、

「金品と女は好きなようにして良い。食料はすべて補給部隊に渡すこと」

 と、命令を下した。


 団長はうやうやしく頭を垂れると、こう漏らした。


「あんな寒村に金品などあるものか、このしみったれめ」


 もちろん、ぼろ儲け団の団長であるジャルはエイブラム将軍よりも遙かに処世術に長けていたので心の中で、あるが。


 しかしそれでも、ジャルは、戦場で憂さ晴らしできる機会を団員に与えてやれると喜んでモニカ村へ向かった。


 そしてジャルは呆気なく討ち取られた。





 ぼろ儲け団が壊滅した理由は三つある。


 ひとつ、団長であるジャルがモニカ村の戦力を過小評価したこと。

 ただの村であると侮り、ろくな準備もせずに村に飛び込んだのだ。


 二つ、モニカ村には十分な備えがあったこと。

 ジャルはモニカ村に先日まで白銀のエシル(の偽物と本物が)滞在していたことを知らなかった。

 カイルが、盗賊の報復に備え、村を要塞化していたこと、罠を張り巡らせていたことを知らなかったのである。


 そして三つ目であるが、これが一番の誤算かもしれない。

 すでにほとんどの村人は脱出しており、そこに代わって待ち構えていたのが、カイル率いるエルニカ王国の軍隊だったのが致命的だった。


 カイルは意気揚々と現れたぼろ儲け団の先発隊を村の落とし穴で捕縛すると、身ぐるみを剥ぎ、装備を奪ってしまう。そして似たような背格好の部下にそれを着せると、本隊に行き、こう言えと吹き込んだ。


「あの村は想像以上にへたれの集まりです。先発隊を見ただけで震え上がり、女を差し出してきました。先発隊の連中はもう宜しくやってるんで、あっしも早く戻ってもいいですかね?」


 そんな報告を受けて雪崩れ込んできた傭兵ほど倒しやすい存在はない。

 カイル達は鼻息荒くやってきた傭兵団をものの見事に蹴散らした。




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