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第5章 イカルディ王子と詐欺師カイル

   ††(イカルディ視点)


 ハザン王国の王太子イカルディ・マルムンクは、軍師などという職業を信用していなかった。


 幼き頃から兵学漬けの頭でっかちで、狩猟や女遊びの楽しさも知らない無粋な連中、というのがイカルディ王子の彼らに対する評価である。


 ゆえに、王宮の主席軍師である老人に、

「殿下、今は功を焦ってエルニカに攻める時期ではありませぬ」

 と、横槍を入れられたときは、正直、腹立たしかった


 イカルディの返答が喧嘩腰になるのも無理からぬことだった。


「功を焦るとはどういう意味か、それではまるで此度(こたび)の一戦、俺の私闘のように聞こえるではないか」


 無論、此度の一戦はイカルディの私戦である。

 なんの大義もなければ戦略的な意味もない。

 単に後継者争いを繰り広げている実弟への牽制でしかないのだ。


 そんなことは王宮の者皆が、いや、下級の兵士達も知っていたが、誰も指摘することはなかった。

 未来の国王候補に諫言(かんげん)し、不興を買うほど愚かなことはない。


 この男、イカルディには、部下の建言を受け容れるほどの度量がないのだ。


 しかし、この老人は違った。


 間違っていることは間違っている、例え主君に煙たがれようとも、(いさ)めるときは諫めるのが軍師だと思っている。


 ゆえに、その長い軍師生活において、失脚すること三回、放逐されること二回、出奔すること四回と、地に足が付かない生活を送ってきたのだ。


 だが、それだけのことを繰り返してきても今の地位にいるということが、この老軍師の実力を物語っているともいえる。

 それゆえに、現国王からは手厚く遇され、主席軍師の地位にあるのだ。


 そんな人物を息子の下につけるというのは、国王の親心であるのだが、親の心子知らずとはよくいったものである。


 イカルディはこの老人の価値も、親の気持ちにも無頓着だった。


「殿下、あえて申し上げますが、功を焦られる必要はござりません。確かに弟殿下と殿下は珠玉の座を争うライバルでございますが、殿下は王の嫡子(ちゃくし)でございます。大過なく過ごされれば、自ずと玉座に座ることになりましょう」


「大過なくとはどのような意味だ。俺に宮廷に閉じこもり、狩猟に明け暮れろとでも言うのか」


「女遊びが抜けておりますぞ」


 とはさすがには言わずにこう言う。


雌伏(しふく)の時でございます。将来の勇躍に備え、力を蓄える時期です」


「その間に弟めが武勲を立てたらどうするつもりだ。そもそも、まるで俺が負けるかのような物言いではないか」


忌憚(きたん)なく申し上げさせて頂ければ、殿下は負けるでしょう」


 老人はきっぱりと言い淀むことなく告げる。

 その言を聞いたイカルディはみるみるうちに顔を真っ赤にさせる。


「無礼な! いくら主席軍師とはいえ、王太子である俺に対する言葉か?」


「非礼なのは百も承知、しかし、勇気と無謀をはき違える主を諫めるのが軍師の努め。この戦、殿下は三つの誤謬(ごびゅう)を犯し、負けることでしょう」



「ひとつ、殿下には大義がござらぬ。何を以て兵を動かす名分となさるか。単なる私闘に命を賭ける将兵などおりませぬ」


「ふたつ、今は時期が悪い。真偽は不明だが、エルニカ王国には今、白銀のエシルという天秤評議会の軍師が滞在しているという。大陸の調停者を気取る評議会の連中が、私欲剥き出しの私戦を見逃すとは思えない」


「みっつ、殿下には人望がござらぬ。いくら大軍を集めたところで、殿下のために命を懸けて戦う者などいないでしょう。いや、たった一人、そのような馬鹿者もいますが、陛下はそやつを遠ざけてしまうでしょうから」



 老軍師の予言は、この場にいる者を納得させる論理性と説得力に富んでいた。

 イカルディ以外の人間は老人の言葉にこそ光明を見いだしたが、それでもイカルディという男の(もう)(ひら)かせるには不十分だった。


 或いはこの男の蒙を啓かせるのは、天秤評議会の軍師でも不可能なのかもしれない。


 イカルディは老人の予言通り、老人を解任すると、こう言い放った。


「その白髪首を()ねたいところであるが、官職を解く程度で留めてやる。首と胴が繋がっていなければ、俺が武勲を立てるところを見せつけられないからな」


 そう宣言すると、居並ぶ列将達へ振り返り、同意を求める。

 ほとんどの者が同意の色を示したのは、彼らが王子の気性を知り尽くしているためであろう。

 王子は列将達の行動に満足すると言い放った。


「軍師などいなくても、俺が見事大軍を統率してみせるわ。我こそがハザン王国の第一王位継承者であることを国内外に示してくれる」


 王子は、前祝いだ、と側に控えていた侍女からグラスを奪うと、それを飲み干し、グラスを床に叩き付ける。


 居並ぶ将達もそれに習うと、こう叫ぶ、


「神よ、イカルディ殿下の聖戦を(とく)とご覧あれ!」


 イカルディはその追従に満足すると、王都ハザンクルスを出立した。



   †



 クルクス砦内の軍議が終わり、カイルが単独で救援におもむくことが決まると、フィリスは当然のようにカイルのもとを訪れ、翻意(ほんい)をうながした。


「カイル様、わたくしはここでカイル様を失うわけにはいきません。それにこれはエルニカ王国の問題、外国人であるカイル様に命を懸けて頂くいわれはありません」


 カイルは即座に否定する。


「おいおい、お姫様、そんな物言いじゃ、まるで俺が望んで死地におもむくみたいじゃないか」


「違うのですか?」

「もちろん、モニカ村への救援には向かうが、別に死にに行くわけじゃない」

「しかし、敵は大軍です。いくらカイル様とはいえ、多勢に無勢過ぎます」

「ただの軍師ならば確かにそうだな、でも俺は天秤評議会の軍師だぜ」


 カイルはそう(うそぶ)くと己の軍略を披瀝(ひれき)する。


「救援にはおもむくが、俺は砦の二つ三つが落とされるのを見逃すつもりだ。さっきはあんなことを言ったが、いくら救援を待っているといっても、絶対に勝てないと分かっている戦いに挑めとは兵達には言えない」


「………………」


「村も同じだ。モニカ村だか、モナカ村だか知らないが、命を懸けてまで守らないさ。砦を二つ三つ落とし、村を略奪していい気になっているところの側面を突く。さすれば敵軍は混乱をきたすだろう。あとはボーナスタイムだ。好きなだけ敵討ちをして、利子を払って貰ってお帰り願うさ」


 理論としては完璧である。

 本物のエシルが考えたのだから当然であるが、フィリスは納得いかない。

 それはカイルが民を見捨てると思っているからではなく、その逆であった。


 しかし、一国の姫として、この砦を預かる者としては、そのことを追求することはできなかった。


「……カイル様、ご武運をお祈りしています」


 結局、それ以上の言葉を口にすることはできなかった。


 カイルはフィリスが感づいていることを感づいていたが、努めて笑顔を作るとこう言った。


「俺を誰だと思ってるんだ。俺は白銀のエシルなんだぜ」





 麗しの姫君との別れを済ませると、カイルは実務に入った。

 まずは救援に向かう傭兵達の募集である。

 砦には500人近い傭兵が詰めていたが、結局は200人前後しかカイルに従ってくれなかった。


 その報告を受けたザハードは「やれやれ」としわがれた声を漏らすが、カイルは落胆しなかった。


 むしろザハードを励ますようにこう言う。


「つうか、想定よりも遙かに多いくらいだ。これくらいいればやり方次第では十分戦えるぞ」


 ――或いは自分に言い聞かせるようにそう言ったのかもしれない。


 しかし、その台詞はある意味本心である。

 本当ならば一兵も集まらずにカイルの行動が茶番で終わることもあり得たのだ。


 曲がりなりにもこれだけの数が集まったのには、やはり姫様の人徳が反映されている。姫様の民を思う気持ちは、荒くれ者である傭兵達の心にも響いたのだ。


 普段の行動はもちろん、先ほどの民を思う発言に偽りはない、と傭兵達も心得ているのだろう。ゆえにこの国出身の傭兵を中心にだいぶ残ってくれたのだ。


 それにではあるが、 カイルが白銀のエシル(の偽物)だという事実も大いに傭兵達の信頼に繋がっている。やはりめざとい彼らである。生き残れるという確かな実績がなければ動くことはなかった。


 そういった意味では、彼らを騙していることになるのだが、カイルは心を痛めることはなかった。


 ある意味自分が詐欺師であること今ほど喜ばしく思ったことはないかもしれない。


 自分を信頼をしてくれる人々を騙しながら、そのことをおくびにも出さずにいられるということは、詐欺師以外の何者にもできないことだった。


「……まあいいさ。死んだらあの世で土下座して謝るだけさ」


 カイルはそう言って砦を出立しようとした。


 しかし、それを止める者がいる。

 砦の騎士達である。

 彼らは広場に集まった傭兵達の前に現れるとこう宣言をした。


「傭兵共、おまえらが救援に向かうそうだな」


 喧嘩腰の物言いである。

 元来、傭兵と騎士の仲が麗しいという例はほとんどない。

 騎士は傭兵のことを金でしか物事を計れない守銭奴とさげすみ、

 傭兵は騎士のことを国王や貴族に尻尾を振る犬と見なしている。

 同じ砦に居住していてもいさかいなどしょっちゅうである。


 中立であるカイルは両者の気持ちが分かるといえば分かるのだが、カイルは舌打ちせざるを得なかった。


「っち、なにもこんなときにからんでこなくても」と、思ったのだ。


 カイルは、ザハードにこの諍いの仲裁に入って貰おうと振り向いたが、ザハードは目して首を振るのみだった。


 黙って様子を見よう、ということであるが、確かに事態はカイルの想像した方向には進まなかった。


「俺はお前達のことが大嫌いだが、それでも今回のことは感謝しているんだ……」


 正規兵はそう言うと、腰に帯びていた剣を差し出す。


「できれば俺達も戦に赴きたいが、それはできない。姫様が処罰されてしまうからだ。だから、代わりといってはなんだが、俺達の剣を持って行ってくれないか。お前達のなまくらではろくな戦働きもできないだろう」


 その言を聞いた傭兵達は、神妙な面持ちで剣を受け取る。

 騎士の剣である。そのほとんどは名のある名工が鍛えた一品で確かに傭兵達の持っている武器よりも優れていた。


 傭兵達が一瞬でも受け取って良いか迷ったのは、騎士にとって剣がどれほど大事な物か知っていたからである。


 傭兵隊長であるゲリンクスは思わずカイルの方を見るが、カイルは軽く頷くことで、彼らの背中を押した。


 ゲリンクスが剣を受け取ると、他の傭兵達も次々にそれに習う。


「ありがてえ」

「これで百人力だ」

「こんないい剣に触ったのは初めてだ」

「貰ったからにはもう俺の物だからな。返さないからな」


 と傭兵らしい台詞を漏らすと、彼らは馬にまたがった。


 そしてカイルが「いくぞ!」と号令を漏らすと、砦の大門が開かれた。


 カイルと傭兵団、それに騎士の位を返上したザハードの部下、合わせて300人は、砦の人間全てに見送られながら、ウスカール地方への救援に向かった。 




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