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第5章 ハザン侵攻

   †


 ハザン王国とは、エルニカの西方にある隣国である。

 エルニカと同じ、解放戦争の12将の一人が興した国で、その経緯と立地条件から、兄弟国のように扱われることが多い。


 もっとも、兄弟は兄弟でも、これほど仲の悪い兄弟も珍しいが。

 解放戦争以後、現在の形の国境線が引かれて以来、この二つの国ほどいがみ合ってきた国はないのではあろうか。


 例えば、ハザン王国は良質の岩塩の産地なのだが、エルニカ王国は輸入するのが(しゃく)だからと、遠方からコストをかけて岩塩を輸入している。


 ハザン王国もハザン王国で、エルニカを横断している中央交易路を使うのをいさぎよしとはせず、物資の運搬に自前の交易路を使っている。他国の商人達にはすこぶる評判が悪く、その悪路から交易日数が余分にかかるにも関わらず、改めようとする声は全く上がらない。


 そもそも、王国の始祖からして仲が悪かったらしい。

 同じ12将といえば聞こえが良いが、当時から犬猿の仲だったらしく、その伝統は今日の今まで続いているということだ。


 さて、そのような間柄であるからゆえ、度々、国境を巡って紛争を繰り返してきた。

 1年単位でも、年に数回は大規模な戦闘を起こし、10年に1回は会戦規模の戦争を起こすのが通例となっていた。


 そのため、昨日、伝令がもたらした情報のように、ハザン王国が国境を侵し進入してきたというのも、青天の霹靂というわけではなかった。

 それを示すように、クルクス砦で行われた軍議の出だしは緊張感に欠けた。


「やれやれ、またですか。騒がしいことこの上ない」

「今年に入って三回目ですか、小規模ないさかいを含めれば、ですが」


「しかし、今回の進行は今までのものよりも大規模なのでは?」

「伝令の話によれば、重犀(じゅさい)騎士団を中心に二個兵団、傭兵団も二つは加わっているらしい」


「近年稀な規模だな」

「規模だけはな。しかし、率いているのはハザンの王太子だそうだ」

「なんだ、つまり王太子に武勲を立てさせるための花試合のようなものか」

「ああ、恐らく」

「ならば戦果を上げれば早々に立ち去りそうだな」

「ああ、砦のひとつかふたつ落とし、村のひとつでも略奪すれば気が済むだろう」


 会議の間に集った宿将達はそんな見解を述べた。

 太平楽に近い考え方だが、まったく見当違いの考え方ではなかった。

 ハザン王国との戦争はおおむねそんな感じで行われるのだ。

 互いに憎み合ってはいるが、国力を総動員してまで雌雄を決することはほとんどないのである。


 しかし、その考え方に異を唱える者がいた。


 フィリスである。


「不謹慎です!」


 フィリスは開口一番にそう叫んだ。


「砦のひとつふたつと皆さんはおっしゃられますが、皆さんがその立場におかれても同じ台詞が言えますか? ジルドレイが侵攻してきて、我々が王都から見捨てられても、同じようにのん気に笑っていられるのですか?」


 無論、笑えるわけがない。


「………………」


 千人隊長たちは沈黙することで己の不徳を詫びた。


「それに村の略奪もです。我々が彼らから租税を取り立てるのは、この日のためです。命を賭けて民を守るからこそ彼らは我らに税を払うのです。それを見捨てるなど、この国を支える柱を自ら切り落とすのと同義です」


これも道理なので千人隊長達は返す言葉もなかったが、代わりにこの砦の旧主が進言した。


「姫様の考えはごもっとも。この砦の者すべてが同じ価値観を共有していると拙者は信じております」


 しかし、とザハードは続ける。


「王都の人間は姫様のような価値観は持ってはいないでしょう。恐らく、この報告を王都に伝えても、王都の重臣共は重い腰を上げますまい」


「………………」


 今度はフィリスが沈黙する。その通りだと思ったからだ。


「それに今現在、王都の主力はブリューン六公国で陣を張っています。彼の地の戦況も思わしくなく、容易に帰還させることも難しいでしょう」


「自国の民の危機よりも他国の内乱の援助ですか」


 母上らしい、とはさすがに言わずにフィリスは続ける。


「ならば我が砦だけでも救援に参りましょう。民の苦難に際し、一兵の援軍も送らないとあっては、エルニカ王家の名折れです。初代国王ゼノビアに顔向けできません」


 クルクス砦に集う将達に臆病者はいない。

 本来ならば将軍であるフィリスがそう言うのなら、「おう!」という掛け声と共に戦支度を始めるのが当然であるのだが、フィリスの言葉に呼応する者は誰も現れなかった。


 その理由を熟知しているザハードは、苦虫を噛み潰したような顔で姫に言った。


「……ご無理を申し上げないでください、姫様」


 無論、フィリスも無理は承知しているが、それでもそれを理由に座していることなどできなかった。


「ジルドレイへの備えはこの際不要でしょう。かの国は皇位継承問題が発生していると聞きます。早晩内乱が起こるとも。エルニカに兵をさく余裕はないはずです」


「――姫様」


「心配ならば1000兵ほど残し、ザハード卿が指揮を執ってください」


「――姫様」


「ザハード卿が残られるなら千人力です。ジルドレイの強兵とはいえ、容易にこの砦は落とせないでしょう」


「――姫殿下ッ!」


 たまりかねたザハードは思わず大声を上げてしまう。

 フィリスはその大声に思わず身をすくませる。


「無礼の段、平にご容赦願いたい。しかし、拙者には姫様をおいさめする義務がござる」


「………………」


「確かに、今の時期ならばジルドレイが攻めてくることはほぼないでしょう。しかし、それでもこの砦の兵は動かすわけには参りませぬ。それは姫様も良くご存じのはず」


 その理由を口にしたのはアザークだった。


「王妃様は、この砦はジルドレイへの備え、王都に危機が及ばぬ限り、一兵たりとも動かしてはならぬ、とおっしゃられました」


 ザハードは相づちする。


「その通り。王都の許可なく、この砦を離れるわけにはいきません。軍令違反となります」


「許可は後日取ります。責任の一切はわたくしが取り、皆に類は及ばせません、と言っても駄目ですか?」


「姫様、この砦に処罰を恐れるものなど誰もいません。しかし、それは己に関してのみです。敬愛する姫様が(とが)められるとあっては、臣共もおいさめするしかありません」


「軍令違反といっても自国の民を助けるためです。罰といってもたかがしれています。それでも駄目ですか?」


「腕を一本切り落とされるのがたかが、ですか。建国王ゼノビア王以来の勇猛さですな。しかし、駄目でございます。臣としては全力で阻止させて頂きます」


 そう言うとザハードは、現在の上役に向かって振り返った。


「軍師殿、先ほどから沈黙を貫いていますが、軍師殿の考えは奈辺(なへん)に? もちろん、救援には反対なのでしょうが」


 もちろん、反対してくれると思い込んでそう言ったのだが、カイルの答えはザハードを驚愕させるものだった。


「俺としてはこの砦の兵力だけでも救援におもむくべきだと思う」

「な、なんと、カイル殿までッ!?」


 その言葉を聞いたザハード達は驚愕し、フィリスは瞳を輝かせる。


「カイル殿は姫様の腕が切り落とされてもよいと申されるか? 軍令違反者は身体の一部を切り落とすことにより国王陛下に詫びる、と古来から決まっているのだ。王族とはいえ、その罰を免れることはできないのだぞ?」


「……そう言われてしまえば返す言葉はないな。だが、それでも救援にはおもむくべきだと思う」


 カイルは続ける。


「理由は姫様が言ったとおりだ。こんな時にこそ国が、兵士が必要なんじゃねーのか? むかつく徴税官に税を取り立てられ、その税で兵を養ってるのは、こんなときのためなんじゃねーのか?」


「……それは……、そうなのだが」


 この正論に反論できる者はいない。


「それに、今ここで、村を見捨てれば俺は一生後悔すると思う。この砦の中にだって、あの村の出身者はいるかもしれないだろう? いや、あの村じゃなくてもいい。自分の村を思い出してくれ」


「自分の村……ですか?」


 年若い千人隊長は問う。


「そうだ、もしも自分の村が隣国に略奪されたら、もしも自分の村が自分の国に見捨てられたら、そう考えれば他人事ではいられないはずだ」


「………………」 


 会議の間に集う者達すべてが沈黙する。

 カイルの言葉の意味を解さない者などいなかった。皆、すぐにでも戦支度を始めたい気持ちに駆られていた。しかし、それでもここで立ち上がるわけにはいかないのだ。


 無論、カイルもそんなことは分かっていた。

 皮肉なことに、フィリスという王女はこの砦の将兵達の心を掴んでいたのだ。それゆえに逆に行動を起こせないというジレンマを生んでしまっているのだ。


 しかし、それは、《この砦》の将兵に限ってのことだった。

 歯ぎしりをする男達を改めて見やると、カイルはとある決断をした。


 その決断とは、やはり村を救いに行くというものだった。

 一同はその宣言に改めて驚愕するが、それは救援に行くということよりも、その内容だった。



「砦と村の救援には行く。しかし、救援に行くのは俺と傭兵団だけだ。俺はまだ姫様の正式な家臣じゃないし、傭兵団はこの国の兵じゃない。姫様が(とが)を受ける口実にはならないはずだ」



 カイルの考察は正しい。

 カイルは王女の家臣ではなく、傭兵団もこの国の兵ではない以上、どこに移動しようが軍令違反に問われることはない。


 しかしカイルの戦略は間違っていた。

 この砦に滞在する傭兵団は小規模なものがふたつで、そのふたつを合わせても500に満たない数だった。


 しかもその数字はその傭兵団すべてが味方してくれても、という仮の数字だ。

 傭兵は金を積まれれば戦うが、負け戦には決して命を懸けない。

 死んでしまえば大金を持っていても無意味だからだ。


 途中で逃げ出すなど当たり前のことだったし、そもそも死地へおもむけと言っても断られるだけだった。

 精一杯楽観的に換算しても半分の傭兵が従ってくれるかどうか、そんなところである。


 そんな人数で、ハザンの大軍と立ち向かうというのは無謀も良いところだった。

 報告によればハザンの大軍は10000を超えるとある。


 カイルの行動は戦略ではなく、玉砕と呼ばれるものだった。




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