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第4章 おひいさまの秘密

   †


 水竜の日になるとお姫様は自室に籠もられる、という噂は、砦の兵士達の共通認識となっていたが、別にそのことを咎めたりするものはいなかった。


 むしろ度が過ぎた姫様の努力家ぶりを和らげる効果があり、兵士達からはかえって好評でさえあった。


 我らの姫様にも休息の時は必要なのである。

 あの忠犬であるアザークでさえも、水竜の日の休息を邪魔するまいと、姫様の私室の扉を叩くことはない。


 ゆえに、偽白銀のエシルことカイルは、そんな主の休息を打ち破る初めての不届き者ということになる。


 不名誉な称号であるが、それも仕方ないことだった。

 かりそめにも臣下の者としては、姫が単身、砦の外におもむく事実を放置できなかった。


 そんなカイルにエリーは行きがけにこんな不埒(ふらち)な考察を述べる。


「この手の物語だと、お姫様は城外で誰かと逢い引きをしている、というのが定番なのだが」


 もちろん、カイルはそんな言には耳を貸さない。


 耳は貸さないが、腹が立ったので、出かけ間際に、エリーの額に思いっきり指弾を入れた。カイルは悶え苦しむエリーを見下ろしながら、彼女から聞き出した抜け道の出口へ向かった。

 


 抜け道は砦の外にある森の中へと繋がっていた。


 そこにある岩の横に木戸があり、普段は土と木の葉がかぶせられている。

 熟練の狩人が注意深く観察してやっと見分けられるであろうそれには、今も土と木の葉が覆い被さっていた。


 つまりまだ姫様達はこの扉を開けていない、ということだ。


 カイルは暫し、木陰から見張る。


 姫様が朝食の後、部屋に戻ったまでは確認しているが、そこからの行動は分からない。すぐにこの抜け道を使うことも考えられるし、午後になるまで使わないかもしれない。


 そんな考察をしながら待っていたのだが、一刻が経とうとも木の葉が揺れることはなかった。


「さすがにおかしいな」


 そう独語すると、カイルは懐から手紙を取り出す。


 困ったことがあればこの手紙を読め、とエリーから渡されたものだ。


 便箋(びんせん)には、

「我が愚弟子へ、困ったらこれを開けなさい。私の海よりも深い慈愛に感謝の念を捧げながら」 

 と書かれている。


 カイルは破り捨てたい衝動を抑えながら、便箋を開いた。


「古来より、城や砦の抜け道という奴はいくつかあり、出口がひとつとは限らない」


 手紙を読み終えると、カイルは拳を握りしめ、ここにはいない小悪魔に悪態をつく。


「なら最初からそう言えッ!」


 カイルはおもむろに立ち上がると隠し戸を開け放ちその中に入る。


 案の定、抜け道は途中で二手に分かれていた。

 フィリス達はこの道を使ったのだろう。

 カイルは彼女たちの足跡をたどった。





 結論から言えばカイルはフィリス達の足跡を見失った。

 当然である。

 カイルは詐欺師であって、狩人でもなければ山の民でもないのだ。足跡を辿って人を追跡するなどできるわけがなかった。


 途中で足跡を見失うと、カイルはさっさと諦めた。


「来週にしよう。水竜の日は月に4回あるんだ」


 カイルに来週が訪れない理由はなかったので、あっさりそう決断すると、その足で街へと向かった。

 せっかくここまできたのだから、街の本屋にでもおもむこうと思ったのだ。


「オーガ・シックス先生の新刊が出ているかもしれないし、なにか珍しい本でもあるかもしれない」


 知らない街に訪れたとき、まず最初にするのが本屋巡りである。

 官能的で浪漫あふれる本との出逢いは一期一会なのだ。


 そう思い、本屋におもむいたわけであるが、この街の本屋はカイルを失望させるに十分な品揃えだった。


 オーガ・シックス先生の新刊どころか、官能小説ひとつ置いていないのである。それどころか学術書や医学書のようなお堅い本しか置いておらず、浪漫小説のひとつもなかった。


 正直、これでは本屋ではなく葬儀屋といってもよいくらいだった。

 無駄足を踏んだカイルは、とぼとぼと帰り道についた。



 道中、エリーに土産でも買っていってやるか、一瞬だけ悩んでいたところ、教会で炊き出しをしていることに気がつく。


 野菜スープの良い匂いが、カイルの鼻腔をくすぐる。

 カイルは花の蜜に集う蜂のように引き寄せられた。


 砦に帰ればもっとましなものを食べられるが、カイルには師匠に教わった格言がある。


 曰く、

「据え膳は場合によっては辞退すべし。ただし、ただメシは兄弟を押さえつけてでもありつけ」

 とのこと。ゆめゆめおろそかにはできない。


 さて、そんな調子で炊き出しの列に並ぶ。

 無宿人や浮浪児達が列をなしているが気にしない。カイルは黙々と並ぶと教会の人間からスープとパンを受け取る。


 スープの給仕は、カイルの顔を見るなり「あっ」という間抜けな声を上げる。

 だが気にしない。

 カイルのような美男子ならば婦女子の注目を受けて当然だ。


 小綺麗な格好してるくせに小賢しく列に並んでいるんじゃねえ、そんな視線に見えないこともないが、気にはしない。


 カイルはパンとスープを受け取ると、簡易的に設けられた椅子の上に座る。


 ちなみにスープをよそってくれた女、いや、少女だろうか、

 泥に塗れた小汚いフードを着ており、年の頃は一四、五だろうか。

 さっきからチラチラとこちらを見ている。


 余程カイルがこの場にいるのが気にくわないのだろうか、しみったれた娘である。

 神は万人に平等なのだから、カイルみたいな詐欺師にも恵みを与えてくれても良いだろう。そう言ってやろうと思ったが止めた。


 睨み付けると視線を逸らしたからだ。


 カイルは気を取り直すと、黙々とスープを口に運ぶ。


「………………」


 沈黙する。

 黙々とパンをかじる。


「………………」


 沈黙する。


 さて、カイルがなぜ、こんな三流喜劇の真似事をしているかといえば、それはやはり件の少女のせいだった。


 先ほどの小汚い少女、カイルが視線を外せばこちらを見つめ、カイルが視線をやれば目を逸らす、そんな行動を延々と繰り返していた。


 さすがにこの一連の行動からはひとつの答えしか導き出されない。

 要はこの少女、カイルに惚れているのである。


「まったく、罪作りな男だぜ、俺って」


 確かにカイルのあふれ出る男気になびかない女など存在しないといってもいいが、カイルはこう見えても好みに五月蠅いのである。


 小汚い格好はともかく、14、5の小娘は正直守備範囲ではない。

 カイルに小児性愛の趣味はなく、巨乳好きなのだ。


「あの娘もフィリスくらいの巨乳ならなあ」


 一人せんないことを言うと、カイルは少女の胸元に視線を移した。

 あのように小汚い格好をしているのだから、その胸もエリーに毛が生えた程度だと思ったのだ。


「………………」


 しかし、カイルは沈黙する。 

 己の目測が外れたのだ。

 小汚い格好をした市井の町娘が、思いの外凶悪なものを持ち合わせていたからである。正直、あの年代であんなにもふくよかな胸の持ち主をカイルは知らない。


(ッ!?)


 ――瞬間、カイルの脳裏に落雷めいた映像が浮かんだ。


 いや、カイルは知っているのである。

 あの娘と同じ年代で、あの娘のようにふくよかな胸をした人物を。

 カイルはその人物を追って砦の外にやってきたのだ。


 そのことを思い出したカイルは、立ち上がると娘のもとに走り出した。


 そしてすくみ上がっている娘のフードを取り払うと、その中から現れた見知った顔に問うた。


「フィリス王女、なぜ貴方がこのような場所に」


 フィリスは開口一番に、

「わ、わたくしの名はそのような名前ではありません。わたくしはエルニカ王国の第四王位継承者、フィリス・エルニカではありません」

 と否定したが、端から見てもその言い訳は間抜けだった。


 もちろん、列に並んでいる無宿人達は、小娘の戯言を信じたりしない。


「このねーちゃんがお姫様なら、俺はこの国の王様だよ。痴話喧嘩は後にして、スープをよそってくれんかね」


 無宿人の冗談に呼応し、笑いの輪が広がるが、当の本人達は笑う気にはなれなかった。





 結局、そのようなやり取りの後、カイルは遠目からフィリスを見張り、護衛の真似事をした。


 彼女の侍女であるマリーという女に、

「事情は後でお話しします。ですので今は王女に自由の身を与えてください」

 と、さとされてしまったからだ。


 ちなみにこの無表情な女もその後、教会の炊き出しに精を出していた。

 彼女たちの献身的な働きぶりは日が暮れるまで続いた。


 さて、日が暮れ、この教区の教区長と思われる神官に礼を述べられると、フィリス達はようやく働くことを止めた。


 次いでカイルのもとにやってくると、「事情はわたくしの部屋で話します」と、カイルをいざなった。


 夕暮れに三つの影が伸び、街から遠ざかって行った。




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