表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/99

第4章 北方の龍星王

   ††(フォルケウス視点)


 エルニカより遙か北方、ジルドレイ帝国の北にある王国、その国の若き王は、長年わずらってきた国内問題を僅か一年で解決した。


 ことにつけて王権をないがしろにする北方の11氏族をすべて従えさせたのである。


 それは、この国の始祖が成し遂げて以来の快挙であり、歴史的偉業でもあるのだが、それを再現させた若き王は、さして感慨にふけるでもなく酒宴に参加していた。


 この酒宴の名目は勿論、国内平定を祝って、或いは、若き国王にこれまで以上の忠誠を誓う場であるのだが、当の国王は、臣下の者や部族長達の賛辞や追従を軽く聞き流すと、「酒に酔った」と、一人席を立った。


 このロウクス王国において酒の弱い人間は一人前扱いされぬ傾向があるが、そのことを笑う者、見下す者はいなかった。


 この酒宴に集まった者達は、


「北方の龍星王」


 と呼ばれるこの若き王に心酔しているか、もしくは畏怖しているからである。

 誰もそのような些細な欠点を持ち出して、王の偉業にケチを付けるものなどいなかった。



 王は私室へ戻ると、そこにいる人物に語りかけた。


「ふう、酒という奴はどうも肌に合わない。一杯飲んだだけで火竜にでもなった気分だ」


「飲めないなら無理に飲まない方がいい。俺の知る限り、その液体を好む人間は総じて短命だ」


「何百年も生きている君が言うのだから間違いないな」


 北方の龍星王フォルケウスはそう応じると、改めて会話の相手に視線を移す。


 本来、王の寝室に臣下の者が許可なく待ち構えているなど、あり得ないことなのだが、ことこの男に関してはその非礼を咎める必要はない。


 ゆえになんの問題もないのだが、このような仏頂面で待ち構えられているとさすがに気分が滅入る、この男にはもう少し愛想とか愛嬌を学んで欲しいものである。


「さて、君がそんな陰気な様子で佇んでいるということは、なにか吉報でも入ったのかな? 例えばジルドレイで内乱が発生したとか」


「そうそう都合良く物事が動くものか。計略はときに万の兵に勝るが、そればかりに固執していると足をすくわれるぞ」


「いや冗談のつもりさ。相変わらず堅苦しい男だ」

「俺は冗談は嫌いだ」


 男はそう断言する。


 面白みのない男だ、改めてそのことを確認したが、別に気分を害したりはしなかった。フォルケウスはこの男を宮廷道化師として側に置いているわけではないのだ。


 フォルケウスはこの男のユーモアのセンスよりも、この男の知謀の方に価値を見いだしているのである。


 ちなみにフォルケウスは、この男と出会うまで軍師という輩を信用していなかった。王国の長として何人かの軍師は雇っていたが、それは部下達に宛がうだけで、自分の(かたわ)らには置いていなかった。


 その理由は単純なもので、自分よりも劣る人間の意見を受け容れても仕方ない、というものだった。

 これは自慢でもなければ過信でもない。フォルケウスは生まれてからこの方、自分よりも頭の良い人間に会ったことがなかった。


 学術の都サリューンで軍略の学位を最年少で取ったという若者、

 北方の賢者と謳われた老人、

 智聖とも称された隠者、


 そんな人間達と邂逅(かいこう)を重ねても、フォルケウスは心躍らされることはなかった。


 なぜならば皆、自分よりも「馬鹿」だったからである。

 そんな男達に教えを()うなど、まさしく愚者の所業だ。


 ゆえに今まで、北方の龍星王の下に軍師は存在しなかったわけであるが、その慣例を打ち破ったのがこの男だった。


 その慣例を打ち破った者、名をセイラムという。

 本人はかの天秤評議会に所属する軍師だというが、確認はしていない。天秤評議会の者が持つといわれている印綬さえみていない。


 そんな物を見なくても、いや、例えこの男が天秤評議会の軍師でなくとも、そんなことはどうでもよいのだ。フォルケウスはただ、生まれてから初めて会った自分よりも頭の良い男に興味が尽きないだけなのだ。


 さて、かの北方の龍星王から、そんな風に思われているとも知らずに、セイラムは、改めてこの部屋で待っていた理由を明かす。


 フォルケウスはセイラムの言葉を待つ。この男はいつもフォルケウスの好奇心を満足させてくれるのだ。


「先日少しだけ話したが、我が姉がついに動き出したようだ」

「ほう、姉というと、僕の野望を阻止しようとしているという」


「その通り。我らの仲間を暗殺し、評議会を出奔したあの雌狐が行動を始めたのだ」


「自分の姉上を雌狐扱いか、酷いな」

「兄弟を皆殺しにして王位についたお前に説教されるとはな」


「確かに兄上達は皆殺しにしたが、僕は兄上達を恨んでもなければ憎んでもいないよ。ただ、僕が王様になるのに少し邪魔だっただけだから、先にあの世に行って貰っただけさ。君みたいに悪口を言ったりはしないし、あの世に行ったら謝るつもりさ。ごめんね兄上、痛かったろう、って」


「………………」


 兄弟殺しの話だというのに眉一つひそめない王の剛胆さ、或いは無神経さに驚くセイラムだったが、あえて無視をすると続ける。


「我が姉、白銀のエシルは、エルニカという国で、自分の後継者になるべき男を見つけることに成功したようだ」


「ほう、後継者ね。つまりお弟子さんかい?」

「そのようだ」

「でも所詮は弟子なのだろう? なにをそんなに焦る必要があるんだい?」


「所詮弟子だが、されど弟子だ。姉は俺とは違い、今まで一人とて弟子を取らなかった。その姉が弟子としたのだから、相応の実力者とみていいだろう」


「君の姉上は確か寿命が迫っているんだよね? 焦って行きずりの男を弟子にした可能性もあるんじゃないかい?」


 セイラムはおもむろに首を振る。


「あの女に限ってそれはないな。才覚のない者に己の知識を授けるくらいなら、その辺の便所虫に接吻でもする方がマシとでも考えるような女だ」


「ふうん、そんな性格なんだね。でも、その男が便所虫だという可能性は? 君の姉上も所詮は女だ。惚れたという可能性もある」


「それはないな。あの女があんな冴えない男に惚れるものか」

「やけに否定するね。君はやっぱりシスコンかな」


 その言を聞いたセイラムは、本日初めて感情を表に出す。


「誰があんな女」


 セイラムは吐き捨てるように言ったが、自分が感情的になっていることに気がつくと、「まあ、いい。お前の手には乗らん」

 と、話を元に戻した。


「俺がその弟子が実力者だと見るのにはちゃんと根拠があるのだ」

「ほう、根拠ね。伺いたいね」

「俺は、エシル達が滞在する砦に忍ばせていた間者にとある指令を下した」

「ちょっと待ってくれ、君は大陸中に間者を送り込んでいるのかい?」


「まさか、主要な都市と、主要な砦にだけだ。エルニカ王国のクルクス砦はジルドレイに接する重要拠点だ、ジルドレイを攻略した暁には前線となる場所、布石を打っておくに越したことはない」


「さすが僕の軍師だ。僕がジルドレイを攻略することに疑いない、ということだね」


「だから慢心するな、と……、まあいい、そのことは後日話す。今はその男の方が大事だ。俺はその男の実力を試すためにとある指令を間者に出した」


 セイラムはそこで言葉を区切ると、一呼吸置き続ける。


「その指令とは、姦計を弄し、その砦の実力者を失脚させろ、というものだ」

「ほう、つまりこういうことかい? もしもその男、ええと、名前は?」


「カイル」

 短く一言だけ返す。


「そのカイル君が、その謀略を見抜き、見事君の間者の姦計を阻止できたら、カイル君に軍師としての器がある。もしもカイル君が阻止できなければ、後日、攻略することになる砦の戦力が半減する、と」


 セイラムはうなずく。


「さすが僕の軍師だ。どちらに転んでも損しないわけだね」


「欲を言えば失敗して欲しかった。そうすればそのカイルという男が無能だと分かると同時に未来の敵を弱めることもできた」


「でも、見事成功しちゃった、と」

「ああ、見事な手際だったらしい――」


 フォルケウスはセイラムから一連の謀略の結末を聞くと、さすがに神妙そうな面持ちになった。


「ふむ、それはなかなか厄介そうな人物を弟子にしたものだ」


 面持ちこそ神妙であるが、その言葉はいつものように軽快だった。

 その理由をセイラムは知っていたが、あえて口に出したりはしなかった。

 逆にフォルケウスは自分の悪癖を恥じることなく口にする。


「ふふふ、ていうか、そうこなくてはね」

「……まったく度しがたい男だな、お前は」


「いや、君は軍師だから、できるだけ楽に勝ちたい、と思うだろうけど、僕は王である前に一人の戦士だからね。そんな強敵が数百エル南にいると聞いてしまっては、血をたぎらせないわけにはいかないよ」


 この男、フォルケウスは、たった一年で積年の問題、北方の諸部族問題をその武力と知力で解決した英雄である。


 無論、セイラムの助力あってのことだが、それでもセイラムはこの男こそが大陸を統べる器の持ち主だと確信していた。


 その武力は、たったの一騎で戦局を左右してしまうほどの驍勇(ぎょうゆう)を誇り、

 その知力は、天秤評議会に所属する軍師でも舌を巻くほどであったが、

 この男にも欠点がないわけではない。


 そのひとつがこの悪癖である。

 要はこの男、敵とはいえそこに才能を見いだしてしまうと惚れ込んでしまうのである。


 まったく困った悪癖であるが、セイラムはカイルという男に少し同情した。

 この龍星王が惚れ込んでしまった、ということは、カイルという男の不幸である。


 仮にもし、カイルが龍星王の期待に背くような男だとすれば、王は無慈悲にもカイルを殺すであろう。王を失望させた代償は、もっとも残虐な形で支払わなければならない。


 仮にカイルが王の理想通りの好敵手として成長した場合、それもカイルの不幸に繋がるだろう。王は戦場で完膚なきまでカイルを叩きのめすまで満足することはない。


 どちらにしてもカイルという青年の命脈は尽きた、ということだ。

 フォルケウスの拷問吏に嬲り殺しにされるか、フォルケウスの剛槍によって串刺しにされるか、の二択である。


「――いや、もう一つの選択肢もあるか」


 セイラムは独語する。


 フォルケウスに殺される前に、この漆黒のセイラムの手にかかって死ぬ、という選択肢もあるのだ。

 セイラムは当然、この男を、いや、姉に自由な行動を許すほどの間抜けではなかった。


 幾重にも罠を張り巡らし、エシル達を亡き者にするつもりでいる。

 実際、セイラムはすでにひとつの手を打っていたのである。


 もちろん、すべてがセイラムの思い通りにことが進むわけではないだろうが、あらゆる布石を惜しまないというのは、軍師にとって必要な才覚の一つだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ