第3章 信用はしたけど、信頼はしていない
†
さて、一通りの話を終えると、置物のように黙りこくっていたエリーが話しかけてきた。
「お前はあの男を信用するのか?」
カイルは「ああ、信用するね」と答える。
「お前は人を見る目だけはあると思ってたのだが」
「どういう意味だ?」
「いや、確信はないが、なんだかあの男、胡散臭くてたまらない」
「ああ、なるほどね、つまりあの男がザハードの間者、と思ってるのか」
「ああ、そんな気がする」
エリーはそう答えたが、カイルは即座に否定する。
「いや、それはないね。断言できる」
「なぜだ? あの男、まだザハードに未練を残していたようだぞ。仮に今はこちら側に付く気でいても、土壇場で情にほだされるかもしれない」
「いや、それはない。あの男はザハードに対して僅かばかりも忠誠心を抱いていないからだ」
「なんだと? 根拠はあるのか」
「根拠はある。あの男、結局最後までザハードの悪口一つ言わなかった。それどころか三文芝居のようにザハードをかばいやがる。それが奴の心底を語っている」
「案外、本心かもしれないぞ」
「いや、それはない。なぜならばザハードは軍師を毛嫌いしているからだ。ザハードと話したとき、奴は軍師など便所を這いずり回る地虫以下のようにこき下ろしていた。そんな人間に忠誠心を抱くようなM男には見えなかったぜ」
「根拠はそれだけか?」
「無論、それだけじゃないが、あとは詐欺師としての俺の勘かな。もしも奴が、ことさらにザハードを憎み、復讐を誓っていたり、或いは単に私欲丸出しで褒美でも迫ってきたら、俺はころりと騙されて奴の手のひらの上で踊ることになったかもしれないが」
「なるほど、やはり詐欺師という職業と軍師という職業は似ているのかもしれないな」
エリーは素直に感心する。
「それに奴は横領犯の存在を知っていながら、そのことを主であるザハードにも、王女にも報告しなかった。まるでとっておきの切り札かのようにこんな場面で切ってきたんだ。あまりに都合が良すぎる。言っておくが、俺は奴の抜け目のなさは信用するが、奴の人格を信頼しているわけじゃない」
「つまり、あの男は、ザハードだけでなく、お前も取り除こうとしている、ということか」
「ああ、恐らくね。まずは俺にザハードを失脚させる。そして俺に取り入って俺を安心させたところで次は俺だ。暗殺するか、俺に無実のザハードを謀殺させた罪をかぶせるか。ともかく、絶妙のタイミングで裏切ってくるだろうな」
「なるほど、食えない男だ」
「俺に言わせればお前の方が食えないと思うけどね、そんなことすでにお見通しなんだろ? だからわざとらしく進言してきたのだろう」
「――さあ、なんのことだか」
エリーはとぼけると、最後にカイルが渡した薬のカラクリについて尋ねた。
「ああ、あれか、もちろん、青い方にではなく、赤い方に睡眠薬を混ぜてあるのさ。奴は観覧席で睡魔に襲われたときになってやっと気がつくだろう。しまった、計られた、と」
「そしてお前は二番目の条件と三番目の条件を同時に解決する、と」
「ああ、恐らくだが、エルトランはどこかの間者だろうからな。ジルドレイか、王妃一派か、それを吐かせるのは拷問吏の役目だからどうでもいいが、ともかく、二つの難事を同時に解決する、というこの俺の演出の一端を担って貰うつもりでいる」
エリーはその言を聞き、カイルの抜け目のなさ、如才なさに改めて感心したが、とあることを見落としていることにはあえて触れなかった。
先日宣言したとおり、例えカイルが間違いを犯したとしてもそれを正してやる義理はないのである。
カイルは恐らく、二つ目の条件を解決したことにより、三つ目も自動的に解決すると思い込んでいるのだろう。
ザハードの部下が公の場で捕縛され、間者として処理されるのだから、そのままザハードが失脚し、ことが丸く収まる、と思っているのだ。
しかしそれは詐欺師の浅知恵だった。
いかにも戦場に立ったことのない、武人というものがどんな存在か理解していない者の考え方だった。
エリーはそのことを教えてやりたかったが、先ほど宣言したとおり、沈黙によって弟子候補の成長を見守ることにした。
ここでその鼻っ柱をくじき、武人とはいかなる者か身を以て知っておくのも悪くはないと思ったのだ。