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第3章 三つの条件

   †


 会見が終わると、カイルは私室へと戻った。

 そこにはベッドにちょこんと座り、にやにやと人の悪い笑顔を浮かべる銀髪の少女がいた。


 少女は開口一番、

「なかなか見事な啖呵ではないか、詐欺師にしておくのは勿体ないほどだ」

 と、カイルをからかうような感想を漏らした。


 どうやら先ほどのやり取りを覗き見ていたらしい。相変わらず抜け目のない女である。


「うるせー、予定変更だ。少なくとも俺が本物のエシルであるとあのジジイに信じ込ませてからこの砦からトンズラする」


 カイルはそう言い放ったが、エリーは、

「良い傾向だ。次は、お姫様を一助けしてから、次は一戦助力してから、と、どんどん深みにはまっていってくれるに違いない」

 と、不吉な予言をすると、言葉をつぐんだ。


 来客がやってきたからである。

 やってきたのはアザークを伴ったフィリスだった。


 あのような顛末(てんまつ)になってしまったことを詫びにきたらしい。フィリスは本当に申し訳なさそうに頭を垂れたが、それでも後悔はしていないようだ。


「売り言葉に買い言葉になってしまいましたが、結果だけ見ればあれで良かったのかもしれません」


 フィリスはそう前置きをすると、その理由を披瀝(ひれき)した。


「どのみち、ザハード翁に許可なくカイル様を軍師に据えても、後にその不満が噴出することになったでしょう。翁だけでなく、わたくしを快く思わない者すべてがその不満をため込んでしまうかもしれません」


「肝心の戦の時にその不満が噴出したら大変、ということか」


 エリーは補足する。


「その通りです。それにここでカイル様の実力を砦の者に見せておくのもいいかもしれません。砦の者の士気向上にも繋がります」


「カイルが見事ザハード翁の難題を解決すれば、天秤評議会の軍師の実力を垣間見ることになり、信頼にも繋がる、ということか」


「その通りです。さすがカイル様のお弟子さん、見事な補足です」


 エリーは、一国のお姫様にお褒めに預かり恐縮だよ、と返礼すると、彼女に聞こえない音域でこう付け加えた。


「カイル様があの啖呵(たんか)の通り、3日であの難題を解決できれば、だがね」

 と――。


「………………」


 カイルにはその言葉が届いていたが、敢えて無視すると、その難題の解決に向かって、フィリスたちの知恵を借りることにした。エリーを無視したのはこの天の邪鬼が協力するとはとても思えなかったからである。

カイルはまず情報を整理するために、先ほどザハードが提示した条件を改めて口にしてみた。


「まずは、砦内の物資を横流しする不届き者を捕らえる、か」



 ジジイ曰く、

「この砦にある物はすべて国王陛下から下賜(かし)された軍事物資だ。それを商人共に横流しをし、私腹を肥やすなど不届き千万。そのような輩、見つけ次第、その首を胴から離してやるぞ」

 とのことだった。


 剣呑(けんのん)な発言であるが、理にはかなっている。

 軍事物資の横領をする奴は、国法により死刑と定まっている。

 ちょろまかす奴もそれを覚悟でやっているのだろうから、この際、同情などする必要はないが、カイルはとあることを確認したかった。


「姫様、この砦の物資が横領されているっていうのは本当なのか?」


 フィリスは、「本当です」と前置きをすると、詳細はアザークが説明してくれた。


「フィリス様がこの砦に赴任して以来、倉庫に保管してある武具の数、食物庫に保存してある食料の量が合わないことが多々あるのだ。最初は計算違いだと思っていたが、こうも数字が食い違うと、誰かが意図的に盗み出していると解釈するしかあるまい」


 そうか、なるほどな、とカイルは言ったが、フィリスはカイルの怪訝な表情を見逃さなかった。


「何か気になることでもお有りですか?」


「有りもしない横領事件をでっち上げられても困るから、その可能性に言及したまでさ」


「まさか、ザハード翁は頑固者ではありますが、卑怯者ではありません。詐欺師ではないのですから、そのような真似をなさることはありません」


「詐欺師ね……」


 カイルは苦笑すると、

「まあいいや、次の条件だが」

 と話を続ける。



「もう一つはこの砦に入り込んでいる間者(かんじゃ)(スパイ)を見つける、か」



 カイルは再びフィリスを見つめる。フィリスも察したのか、自分の識見を披露してくれた。


「間者が誰か分かっているのならばすでに捕縛しています。間者がこの砦にいるか、と問われたのならば、いるはず、としかお答えできません」


「まあ、確かにな。この砦だけで5000人の人間がひしめいているんだ。それにここは北方の要衝(ようしょう)だ。王妃派の間者はもちろん、ジルドレイの間者が紛れ込んでいたっておかしくない。いや、常識的に考えれば絶対にいるだろうな」


 アザークは提案する。


「兵士すべてを尋問してみるか?」


「どうやって? あんたは間者なのか? と尋ねたら、はいそうです、なんて白状すると思ってるのか」


「……するわけ……ないな」


「それに時間も足りない。怪しい奴を何人かは尋問したいが、それでも3日はきついな」


 まったく、誰だよ、3日なんて期限を区切ったのは、などとはさすがに言わず、カイルは続ける。


「まあいい、つうか実はこの二つはなんとかなるとは思っているんだ」


 カイルはそう放言すると、三つ目の条件について考えることにした。


「問題は三つ目なんだよな。こればかりはさすがに早まったかな、と思わないでもない」


 カイルはフィリスたちが不安になるようなことを平然と言ってのける。

 フィリス達もその言を聞き、「やはりか」というような表情を浮かべた。


 最初に提示された条件は、純粋に軍師の仕事の領分である。

 砦内の不正に関わる問題で、武力よりもその知謀が試される軍師(詐欺師)向けの案件だった。


 だが翁が最後に提示した問題は、軍師とはまったく無縁の条件だった。

 いや、それどころか軍師にとってこれ以上ないほどに不利な条件だった。


 その条件とは、



「白銀のエシルはジルドレイの皇位継承問題をその知謀によって解決した稀代(きだい)の軍師と聞く。そして同時に多くの兵士をなぎ倒した武辺者であるとも聞く。手合わせしてその実力を確かめたい」



 だった。

 ザハードの口調を真似てみたが、誰も笑う者はいない。


 カイルの実力を心配しているのか、ザハードの実力に恐れおののいているのか、まあ双方なのだろうが、あまり気分は良くない。


 カイルは気分転換のために、エシルに耳打ちをする。


「つうか、そもそもお前が多くの兵士をなぎ倒した、という一文がすげい気になるんだけど」


 エリーの姿を見やる。

 今更胸のことには言及しないが、その手足はとてもか細く、なぎ倒すどころか剣を握ったこともあるかも疑わしい。


 エリーはその件について答える。


「ああ、それか。当時、私は敵対者の皇族から暗殺されることを恐れ、影武者(ダブル)を用いていた。その者が殴牙(オーガ)と見誤らんばかりの大男だったために流布した伝説のひとつだろう。その男は虫一匹殺せない心優しい奴だったというのに」


 まったく、いい加減なものだ、とエリーは呆れたが、自分の影武者に自分とは正反対の人物をあてがうエリーの剛胆さの方もどうかと思う。


 カイルは気を取り直すと、改めて最後の条件を満たされるか検討した。

 さて、ただの詐欺師である自分に、歴戦の勇者であるザハードを倒すことができるだろうか。

 カイルは同じ武人であるアザークに率直に尋ねた。


「つうかアザーク、お前の見立てとして、どっちが勝つと思う」


 アザークはお前と手合わせしたことがない、ゆえに憶測になるがいいか?

 と前置きをした上で、

「8:2だな」

 と、あっさりと二人の実力を対比させた。


「8:2か、思ったよりあるな。絶対に勝てないと言われるかと思ってた」


 意外な高評価に気を良くするが、アザークは申し訳なさそうに続ける。


「……いや、8:2でお前が死ぬと思ったんだ。ザハード翁はオレたちが生まれる遙か以前から戦場を往来していた勇者だ。その武芸に並ぶ者はいないが、いくら翁とはいえ、殺さずにお前を負かせるかどうか」


 なにせ翁はご高齢だからな、手元が狂うかもしれない、

 全盛期なら全身をなます切りにしながら、命だけは取らない、ということもできただろうが、と結んだ。


「……なるほどね、的確な考察痛み入るよ」


 見事首をすっ飛ばされる未来の自分を想像すると、その身を震わせる。


 フィリスは、

「で、ですが、翁はただ手合わせをしたいと言ったのです。カイル様の実力を見たいだけかもしれません。残り二つを見事解決すれば、軽く打ち合いをしただけでその実力を認めてくれるかもしれませんよ」

 と、己の希望的な観測でカイルを励ましてくれた。


「そうなるといいんだが」


 カイルは期待せずにそう言うと、「さてと」と椅子から立ち上がった。


「あの糞ジジイと剣を交えるのは最後の最後だ。闘技場のチケットを手に入れるためにはその前に二つばかり事件を解決しなければならない」


 カイルは、心配げな表情をしているフィリスを励ますため、敢えて表情を作ると、

「まあ、見ていてくれよ、お姫様。手始めに横領事件とやらは今日中に解決して、姫様の目に狂いはないと砦中に知らしめてやるから」

 と、戯けて見せた。


 もちろん、カイルにはその為の秘策がある。

 ――と言いたいところだったが、そんなものはまったくない。

 あるのは根拠のない自信だけだったが、そんな詐欺師のもとに、神は思わぬ使いを寄越すことになる。




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